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アンは腕を組み、
軽く背を反らしてふんぞり返るように腰を下ろし、
嘲るような笑みを浮かべていた。
「へえ、マダム・オフィーリアに取り入ろうとして、直球アピールだなんて最悪だよ。
あの人、そういうの見ても、ただの礼儀としてしか受け取らないからね。
ぜんぜん効果ないよ。」
「そ……そんな……どういう意味ですか?」
セシリアは声を詰まらせ、
アンの言葉に心がざわつくのが明らかだ。
アンは目を細めながら、ニヤリと笑う。
「そんな顔しないの。あたし、これまで何度も見てきたんだよ――
メイドや執事たちがマダム・オフィーリアを崇拝して、
恩師や古参の使用人から歴史を教わって暗記して……
でも、本人には存在さえ気づかれずに玉砕するのをね。」
セシリアの表情が少し揺らぎ、
その言葉が図星であることを物語っていた。
「でもまあ、あたしって優しい女だからさ、助けてあげるよ。」
アンはわざとらしく慈悲深い口調を作る。
セシリアは疑いつつも、
「……どうやって?」と問い返す。
アンは楽しそうに口元を歪めながら、
「マダム・オフィーリアに気づかれたいなら、エドワードかあたしを通すのが一番早いんだよ。」
と続ける。
セシリアは自嘲気味に唇を曲げ、刺のある声で言う。
「つまり、あなたの靴を舐めればいいんですね。」
アンは眉を上げ、挑発的な光を宿した目でセシリアに顔を近づける。
「質問だけど、オフィーリア様の本当のお気に入りの飲み物、あんた知ってる?」
「もちろん知っています。」
セシリアは大きく息を整え、
まるで講義でも始めるような調子で言う。
「第三タウリス和平会議のとき、オフィーリア様が自らレモンティーを淹れて要人たちに振る舞ったんです。
それがなければ条約は成立しなかったとも言われていて……
あのときのレモンティーこそ、彼女のお気に入りと記録されています。
それが平和をもたらしたとも……。」
彼女はメガネを押し上げ、得意げに微笑んだ。
アンは鼻で笑うように、
「ふん、それは世間が知ってる話だけ。
実際はさ、その会議でガウル側のトップがマダム・オフィーリアの好物を全員で飲もうとか言い出したから、
彼女はレモンティーが好きと嘘をついて全体の雰囲気をまとめた。
あの策略が和平に繋がったってわけ。」
そう言って、セシリアの仕草を真似するかのように
架空のメガネをくいっと直す素振りをする。
「しかも、本当はコーヒー牛乳が一番のお気に入りの飲み物なんだよ。」
セシリアははっとして身を正し、
軽くお辞儀をする。
「そうでしたか……私の知識不足でした。申し訳ありません、アン……いえ、アン様。」
「いいね、その謙虚さ。でももっといい呼び方があるでしょ?」
アンはソファに深く腰を下ろし、
テーブルの上に脚を投げ出す。
「アネゴと呼びな。」
「……わかりました、アネゴ。」
セシリアは苦笑しながらも、
どこか素直な笑みを浮かべる。
アンはさらに姿勢を崩し、脚を組む。
「カーーディフ、だっけ?
そりゃあ、あんたの主人があの金髪ドリル姫と気が合いそうなのも納得ね。」
「エドワードは、あなたがカーーディフ家のメイドだってこと知ってるの?」
アンがからかうように尋ねると、
セシリアはわずかに眉を寄せ、
「多分知らないかと。それが重要なんですか?」と問い返す。
アンはニヤリと笑う。
「今度会ったときに言ってみなよ。奴のリアクション、きっと最高だから。」
セシリアは首を傾げ、
その瞳に好奇心がきらめく。
「どうして?」
アンは背を反らし、
わざとらしくあくびまじりに言う。
「エドはバカだからさ。
カエルウィスクの者はカーーディフの親友を持つ運命にあるとかいう昔話を
本気で信じてるかもしれないよ?」
セシリアは小さく吹き出し、メガネを整える。
「なるほど、そうなんですね……。」
アンは大げさに肩を回して、
「あー喉が渇いた……」と嘆くように言う。
その瞬間、セシリアは表情をきりっとさせ、
素早く立ち上がる。
「アイスティーでもいかがでしょう、アネゴ?」
声には素直な奉仕心が滲んでいる。
「うん、それでいいよ。」
アンは偉そうに手を振りながら、
ソファにさらに沈み込んだ。
セシリアは会釈をしてすぐに廊下へと消えていき、
その動きにはためらいがない。
アンが脚をテーブルの上に投げ出したまま寛いでいると、
ロビーを何人かの使用人が通り過ぎる。
彼らが談笑する中、
一人のメイドがアンの姿に気づき、足を止めた。
「アン、足を下ろしなさい。
次に屋敷へ伺うときに、この振る舞いのことを報告しますよ。」
アンは手をひらひら振り、ふてくされ気味に言う。
「ちぇ、勝手に言えば?
あたし、今いいのか悪いのかわからない気分だし。」
メイドは呆れたように眉を上げる。
「マダム・オフィーリアではなく、ベアトリス様に伝えるんですけど?」
アンは一瞬固まり、慌てて姿勢を正す。
背筋を伸ばして、満面の笑みを作る。
「まあ、いいお天気ですね~?」
メイドは鼻で笑い、
「ええ、そうね。では礼儀だけは忘れないで」
と言い残して仲間とともに去っていく。
アンは明るい声で、
「働きすぎ注意だよ~」
と見送るが、その笑みはまったく崩れないまま。
ロビーが静まりかえると、
アンは笑顔を崩さずに固まった姿勢でじっとしていた。
まるで、それ以上身を乱したら何かが起こることを恐れているかのように。




