2-6-1【Caerwysg Maids and Caerdydd Maid】
オフィーリアはアンへ視線を向け、その声には軽い叱責が滲んでいた。
「アン、もう二十分は経ったのではないかしら。」
アンは腕を組み、むっとした様子で言い返す。
「まだ二十分なんか経ってないわよ。あたしはただ……あの金髪ドリルのお姫さまが退散するのを待ってただけ。」
オフィーリアはため息をつく。
ブリジットが腕を組んだまま、疑わしげに眉を上げる。
「なんであんたたち“双子”は、うちのお嬢さまにそんなに文句があるんだか。」
セシリアが立ち上がり、戸惑いがちに問いかける。
「双子……?」
ブリジットはアンを顎で示しながら言った。
「そうよ。こいつがエド坊の姉だってこと、見てわからなかったの?」
セシリアはアンの顔立ちに目をこらし、やがて気づいたように「あ……」と声を漏らす。
「確かに似ている気がします、髪も瞳も……。」
「エドワードにお会いしたことがあるのですか?」とオフィーリアが問う。
「そういえば、まだあなたとはきちんとお話したことがなかったわね。お名前は……?」
セシリアはぴんと背筋を伸ばしたものの、声が少し震えている。
「ヴ、ヴォーンです。セシリア・ヴォーン……カーーディフ家の、使用人をしております。」
オフィーリアは柔らかな笑みを浮かべる。
「それはようこそ、ヴォーンさん。わたくしはオフィーリア、こちらはアンといいます。」
アンはいたずらっぽく口を開き、にやりと笑う。
「セシリアね。ふーん、エドが肋骨折ったっていう“セクシーレディ”ってあんただったの?」
オフィーリアの目が一瞬大きくなり、やや驚いたように声を出す。
「エドワードがあなたの肋骨を……折ったの?」
セシリアは慌てて両手を振り、顔を真っ赤にしながら否定した。
「ち、違います! ちょっとスパーリングしてて……はい、事故です。彼は悪くないんです、すごく優しい人で……。」
オフィーリアは安心したように微笑む。
「エドワードが優しい、ですか。あまり初対面でそう言われることはないから、ちょっと意外ですね。」
アンの瞳がきらりと怪しい光を帯びる。
「さて、話はそこまで? そろそろ会議室へ行きましょうよ。噂の“ヘンリシアンスポンジケーキ”が振る舞われるんでしょ?」
オフィーリアの視線が鋭さを帯び、アンをじっくりと見定めるように注がれる。
「……本当にどこも汚れていないのね。」
アンはまるで舞台に立つ役者のように派手にくるりと回り、両手を上げてみせた。
「もちろん! 見てよ、この完璧さ!」
オフィーリアはため息をつきながらも、わずかに唇がほころぶ。
「わかったわ。連れていきます。」
アンは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「彼女を連れて行っていいの?」とブリジットが懐疑的な様子で言う。
アンは堂々と胸を張る。
「あたしはカエルウィスクのメイドよ? むしろ当然でしょ。」
その笑顔には、あからさまな計算高さが混じっていた。
ブリジットは腕を組んだまま考え込み、
「今日はノーサム家の誰かが都に移るとかで、呼び出しがあるんじゃなかったっけ?
正直、王家の継承がどうとか、それ以上にノーサムが怪しい動きしてるって話も聞くし……。
本来ならエドワードが顔を出したほうがいい案件じゃないの?
ランダル――あの“クロムウェルのランドル”が、カッシウスの執事に就任したってだけでも普通じゃないわ。
エドワードがベアトリス嬢、あたしがドロテア嬢に配属されたときとはレベルが違う。
まるでアルバートさんや、わたしの父が派遣されるようなもんだし。
ランドルが動き出すなら、他の家も使用人を総入れ替えしそうよ。」
オフィーリアが穏やかだが割り込むように声を落とす。
「……ヘルヴィグさん。」
ブリジットははっとして、「ごめん、またしゃべりすぎた?」と呟く。
オフィーリアはセシリアへ向き直り、軽く頭を下げる。
「ご迷惑をおかけしました、ヴォーンさん。」
セシリアは強張りつつも「い、いえ……いつものことですし、慣れてます……」と顔を赤らめながら答える。
ブリジットは苦笑しつつ首をかしげ、
「セシリア、ごめんね。ちょっと聞かなかったことに……頼む。」
アンは吹き出すように笑う。
「ほんとに口が軽いんだから、あんたは。さ、これ以上秘密をバラす前に行こうよ。」
ブリジットもようやく納得したようにうなずく。
「オフィーリアさんがいいって言うならいいわ。アンも一緒に来なさい。」
オフィーリアは少し苦笑しながら言う。
「彼女には“一滴の汗もかかず、身なりも完璧に整えたまま二十分で到着したら連れていく”と、前に約束してしまって。」
そのとき、セシリアが小さく手を上げるように控えめに割って入る。
「す、すみません……一つだけ。」
全員がセシリアを振り返る。
セシリアは少し緊張した様子で言葉を続ける。
「じ、実は……アンさん、もう汗をかかれたみたいで……。お顔にはもう拭った痕跡がありますし、脇のあたりは乾いた跡が見えます。」
オフィーリアはアンへと視線を戻し、驚きと落胆を混ぜた表情を浮かべる。
「アン、本当なの?」
アンは声を上げる。
「ちょ……どうしてそれがわかるのよっ?!」
視線をセシリアに向けるが、セシリアは恐縮気味に「な、なんとなく気づいただけで……」と弱々しく答える。
ブリジットは豪快に笑い、
「汗を嗅ぎ分けることなら、セシリアに任せな。絶対に間違えないからさ。」と冗談めかして言った。
セシリアはかっとなってブリジットの腰に軽くパンチを入れる。
「言い方が最悪……!」
ブリジットは腹を押さえ、「悪かった悪かった……、彼女は……観察力が抜群だってことだな。」
オフィーリアは再びアンに視線を戻し、
「……仕方ないわね。ならアン、あなたは資料の整理と私の書類を後で持ち帰る準備をしなさい。」
アンは不満気に唇を尖らせるが、黙らざるを得ない。
オフィーリアはセシリアへ向き直り、満面に優しい笑みを湛えて言う。
「教えてくださってありがとう、ヴォーンさん。」
セシリアはその笑顔に報いようとするかのように、嬉しそうにぺこりと頭を下げる。
「い、いえ。光栄です。」
最後にオフィーリアはアンへ再び目を向けるが、アンはすでにそっぽを向きながら腕を組んでいる。
「後でお説教だから。」
「はぁ……」
アンが深いため息をつくと、オフィーリアは軽く首を振って。
「セシリア、ロビーで待っていて。適当に軽食でも取るといいわよ。終わったらまた声かけるから。」
オフィーリアもうなずき、「体調は大丈夫そうですが、無理はしないでくださいね、ヴォーンさん。」と声をかける。
セシリアはかすかに戸惑いながらも、しっかりした口調で「ありがとうございます、大丈夫です」と返した。
オフィーリアとブリジットが廊下を抜けて去ると、ロビーにはアンとセシリアが取り残される。アンは横目でセシリアを見やり、苛立ちと興味が入り混じった視線を送る。空気には微妙な重苦しさが漂い、二人の間に沈黙が落ちるのだった。




