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ハーティンガム宮殿の敷地は、その壁面の荘厳さに劣らぬほど壮麗だった。
滑らかな白い石畳が、きちんと手入れされた生け垣や色鮮やかな花壇の間を縫うように伸び、
広々とした芝生とところどころに点在する花壇が彩りを添えている。
高くそびえる木々が宮殿を縁取り、その枝葉が暖かな日差しを柔らかく遮っていた。
そんな宮殿の敷地を、五人の姿が足並みをそろえて進んでいた。
中心にはドロテアが歩き、金色の巻き髪が太陽を受けて輝いている。
両脇を固めるのはオフィーリアとジョージアナ。
オフィーリアは落ち着きと威厳を漂わせ、ジョージアナはどこか呆気に取られたように周囲を見回していた。
後方にはブリジットとセシリアが続き、それぞれ無駄のない動きで付き従う。
ブリジットの手首につけられた短い鎖が、一歩進むごとにかすかに音を立てる。
ドロテアはいつもは揺るぎない視線を持つが、今はほんの少しだけ落ち着かない気配を見せる。
オフィーリアのほうを一瞬うかがい、意を決したように口を開いた。
「…あの、ベアトリスは元気にしている?」
オフィーリアは小さく微笑む。
「ええ、とても。学院に通い始めてから、毎朝活発に過ごされているようです。」
ドロテアは視線を前に向けたまま、ほんのわずかに唇をほころばせる。
体の姿勢は崩さないが、その表情には期待が見え隠れする。
オフィーリアは彼女の微かな仕草を察し、続ける。
「それに、最近は新しいご友人もできていらっしゃるようです。」
ドロテアはあくまで冷静を装いつつも、指先に力がこもったのか、
手のあたりが少し強張る。
彼女は何げないふうを装い、鼻歌まじりのような短い声を漏らしたが、
その目つきは明らかに興味を示していた。
オフィーリアはそれを見透かしたように笑みを深める。
「しかも、お部屋にお招きして、二人で本を見せ合ったり、話し込んでいたそうですよ。」
ドロテアの頭がピクリと動き、オフィーリアに注意を向ける。
その一瞬の表情は測り難く、驚きとも納得とも取れるようなものだったが、
足取りはすぐに元のリズムを取り戻す。
オフィーリアはさらに言葉を重ねる。
「テーマが共通していたらしく、つい長話になったようです。お互いに興味を惹かれたのでしょうね。」
そうしているうちに、道が狭まり、宮殿の入口へと近づいていた。
時間の感覚が曖昧になるほど、二人のやりとりには独特の温度があった。
「……それと、学院の庭で新しい友達を見つけたそうです。迷い猫だとか。
黒くて小さな毛並みの猫だと伺いました。」
オフィーリアは口元に手を添え、柔らかく笑みを浮かべながら語る。
その声には、どこか愛おしさと微笑ましさが混じっていた。
まるで、ベアトリスがその猫について語った情景を追体験しているかのようだった。
ドロテアの視線は依然として前を向いたままだったが、唇がきつく結ばれている。
普段の彼女なら決して表に出さない感情の兆しだった。
それをそばで見ていたジョージアナは、ちらりと視線をドロテアとオフィーリアの間に走らせる。
その胸には疑問が募るばかりだった。
ドロテアがこれほど他人の話に興味を示す姿など、一度も見たことがなかったのだから。
やがて、一行は広々とした宮殿のロビーへ到着する。
天井には磨き上げられた木材と豪華なシャンデリアが配され、
その光が宝石のように床に散らばる。
重厚なカーペットが床を覆い、壁際には彫刻が施された椅子や机が整然と並び、
まるで一流ホテルのような華やかさと威厳を兼ね備えていた。
ドロテアは言葉少なに歩みを続けていたが、
その胸中には言いかけて止まった言葉があるようで、どこか落ち着かない。
ジョージアナは対照的に視線を動かしながら、友人の変化に気づいているらしく、何か言いたげだ。
意を決したように、ジョージアナが口を開く。
「ちょっと、ずっと気になってたんだけど……あなた、あたしのこと知ってるみたいだけど、前に会ったことあったっけ?」
彼女はオフィーリアに向け、警戒というより好奇心を隠さない態度を示す。
オフィーリアは落ち着いた微笑みを返しながら答える。
「お久しぶりと申し上げるほど覚えていらっしゃらないかもしれませんね。
昔は、王族のお子様方が集まる場にご一緒していましたが、ずいぶん前のことです。」
ジョージアナは眉を寄せて考え込むが、はっきりと思い出せないらしく、
しぶしぶ納得するように小さくうなずく。その間、ドロテアが申し訳なさそうに言葉を補足した。
「ごめんね、ジー。いろいろ焦ってて、ちゃんと紹介を忘れちゃったわ。
オフィーリアは、あたしの子供の頃からのナニーであり、先生でもあったの。」
ジョージアナは納得したように表情を緩め、オフィーリアをあらためて見やる。
その余韻を破るようにして、思わぬ騒動が起きた。
セシリアが突然ひざまずくように床へ倒れ込み、震える手で床を支えている。
顔は伏せたままで、まるで耐えかねたように肩を震わせている。
「ちょ、セシリア! 恥ずかしいってば、なにやってんの?」
ジョージアナは目を丸くし、混乱と苛立ちを半々に浮かべて声を上げる。
セシリアは顔を手で覆い、震える声で答えた。
「す、すみません。貧血が……ひどくて……」
ジョージアナは腕を組み、疑いの目を向ける。
「貧血? あなた、そんなの持ってたの?」
そこへオフィーリアが一歩前に出て、柔らかな声音で声をかける。
「大丈夫? 無理をしないほうがいいわ。少し休みましょう。」
セシリアは顔を伏せたまま小刻みに息を整えている。
実際には貧血ではなく、突然目の前に立った“あの伝説のオフィーリア”に心が追いつかず、
完全に緊張で体が動かなくなっていたのだ。
その敬愛する人から直接声をかけられているという事実が、
セシリアのメンタルに大きくのしかかっていたのである。
セシリアは口元を手で覆い、申し訳なさそうに「申し訳ありません……が、がんばります……」と呟く。
その頬は赤く染まり、一目見ただけで普段の落ち着きを失っているのがわかる。
ジョージアナはため息をつくように首を振り、
「まったく……放っておいて。私たちにはやることがあるわ。」
とドロテアへ視線を戻す。
ドロテアは小さくうなずき、静かに息を吐いた。
「先に行くわね。サー・ペニーワースがあとであなたとの会議で手が空かなくなる前に、
聞きたいことを確認しておく必要があるから。」
オフィーリアもそれに同意するように頷き、
二人の貴婦人は奥の回廊へと消えていく。
その直後、横の廊下からアンがひょっこりと顔を出す。
歩みはどこか投げやりで、口元にはいたずらめいた笑みを浮かべている。
彼女はドロテアたちの後ろ姿をちらりと見送り、ふっと鼻で笑った。
「ふん、やっと金髪ドリルのお姫さまが消えたか。」
そう呟くと、視線を床にしゃがみ込むセシリアへ向ける。
「で、この女は何?」
彼女の言葉はあからさまに皮肉げで、しかもどこか面白がっているふうだ。
ロビーの空気が少しだけ張り詰めたまま、セシリアは相変わらず息を整えようと必死になっていた。




