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お嬢様には絶対に言わないで  作者: renten
ACT 2
100/176

2-3-3


オーギュストは椅子に深く腰掛け、やせた指先で肘掛をとんとんと叩く。その鋭い視線が周囲を一瞬で鎮め、厳かな声が広間に響く。


「アディントンの娘か……だがわしが関心を持つのは『 黙して語らぬ姫君』のほうだ。」


カッシウスは軽く眉をひそめる。「『 黙して語らぬ姫』?」


ジョゼフィーヌは懐かしさをにじませるようにくすりと笑い、カッシウスに向けて言葉を紡いだ。

「カエルウィスクのベアトリス嬢ですわ。彼女の母、アメリア様は本当に素晴らしい方でしてね。わたくしが若い頃にお目にかかったことがあるの。とても穏やかで、優雅な方でしたわ。」


そう言いながら、彼女は羽飾りの帽子をかぶった女性へ視線を移す。その唇には、少し意地悪げとも取れる笑みが浮かんでいるが、まだカッシウスに向けて話し続けている。

「あなたのお母様とわたくし、それにアメリア様との間には、いろいろなご縁がございましたわ。ね、マリカ?」


マリカ――カッシウスの母――は、薄く微笑み返したものの、その瞳には底知れぬ冷静さが宿っていた。

「あいにくですけれど、わたくしにはあまり良い思い出はございませんの、ジョゼフィーヌ。」

そう言って小さく息を吐き、カッシウスへ向き直る。

「それより、カッシウス。こんなお話、気にしなくてよろしいわ。」

その声には優しげな響きの奥に、ごく微かな皮肉が混じっていた。


マルタンは満足そうにワイングラスをくるくる回しながら口を開く。

「『アメリアの静寂』か……あの落ち着き払った彼女の娘が、『黙して語らぬ姫』なんて呼ばれるんだとさ。もっとも、その娘から何か大層な言葉が飛び出してくるなんて、期待するだけ無駄だろうがな。」

その口調には、軽蔑と茶化すような軽やかさが入り混じっている。


カッシウスが答えようと口を開く前に、広間の奥からしわがれた声が割り込む。

「黙して語らずとも、カエルウィスクの名は侮れんぞ。覚えておけ、若いの。」

その声には老獪さが漂い、ジョゼフィーヌは眉をひそめたが、反論はしなかった。


オーギュストは姿勢をわずかに正し、衰えたはずの体から、なお厳然とした力を漂わせる。

「カッシウスよ、決して忘れるな。結びつくのは信頼ではなく“目的”だ。貴族同士であれ、それが闇の連中であれ、大事なのは我々の大義に資するかどうか。行動のたび、ノーサム家の名が揺るがぬよう……わかったな?」


そう言い終えると、オーギュストは片手を動かし、一同に合図する。それはこの集まりを解散するという示しだ。

「行け、ノーサムの名を存分に示してみせい。」


カッシウスは深々と一礼し、まだ胸元でほんのり重みを感じるブローチに気をとられながらも、堂々と振る舞い部屋を出ようとする。その後ろ姿を、マリカが音もなく追いかける。彼女はこの一族を見回すようにして、最後にオーギュストへ黙礼すると、息子のあとを追う。彼女らが去るさまを、残った者たちは物言わぬまま視線で追っていた。


重厚な扉を開けた先の廊下には、きちんと制服を着た少女が立っていた。足元をそろえ、視線を落とし気味で出迎えるが、カッシウスには声をかけない。その代わり、マリカが姿を現すや否や、小走りでついていく。


三人は言葉もなく歩を進め、やがて邸の正面玄関へ。外では馬車が控えており、彼らが近づくと無言のまま車掌がドアを開ける。


マリカがまず車内へと乗り込む。その動きには余裕と自信が感じられ、さりげなくも優雅だ。カッシウスは一瞬だけ背後のウィットリンガム・ホールを見上げる。鋭い尖塔が青空にそびえ立ち、家の威厳を象徴する姿。そこから目を離すと、無表情を貫いたまま馬車に乗り込む。


最後に続いた妹らしき少女も、何も言わずに彼らの隣に腰掛ける。馬車の扉が閉まると、しんと静まった密室となった。


車輪が動き出し、ホールが遠ざかるにつれ、カッシウスは窓の外に視線をやり、最後の一瞬まであの威圧的な建物を見つめ続ける。やがて視界から完全に消えると、彼はゆるやかに背をシートに預ける。どこまでも続く王都への道を思い、ノーサム家の新たな一歩を踏み出す心持ちに、誰にもわからぬ決意をたぎらせていた。

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