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お嬢様には絶対に言わないで  作者: renten
ACT 1
1/176

1-0-0【Prologue】

薄暗い路地は静けさに包まれていた。

早い夕暮れに覆われ、細かい霧雨が古びた石畳を徐々に濡らし、暗くしていた。


つい最近の豪雨のかすかな残響だけが漂っていた。

雨水が溝や隙間にたまり、建物の狭い隙間から差し込む夕暮れの光を反射していた。


空気には厚い、ほとんど圧迫感のある静寂が漂っていた。

路地の入口に集まった数人の警官たちの慎重でためらいがちな声だけがそれを破っていた。


彼らは高い襟と広いツバの帽子を備えた長い黒いコートを身にまとっていた。

霧雨から身を守るための装いだった。


それでも、義務感にもかかわらず、

彼らは路地の奥へと足を踏み入れる気にはなれないようだった。


視線を伸びる影へと向けながら、警戒を怠らなかった。


路地の反対側から、一人の人影が近づいてきた。

その足取りは正確で堂々としており、静かな支配を物語っていた。


彼女の姿勢は完全に落ち着いており、この荒涼とした環境にも動じることはなかった。

それは、雨に濡れた裏通りではなく、壮大なホールへと向かっているかのようだった。


フォーマルな執事の服に身を包み、女性は威厳のある動きで進んでいった。

肩は張り、姿勢は完璧で、その態度は周囲の暗い環境を超越しているようだった。


彼女の手袋をはめた手がコートのポケットに滑り込み、刺繍されたハンカチを取り出した。

そこには、かすかな輝きを放つ三つのバラが描かれていた。

両脇に赤いバラ、中央には白いバラが配置されていた。


そのハンカチに警官たちの視線が引き寄せられた。

不安そうな表情が、その象徴的な意味を認識していることを暗示していた。


若い警官が一歩後ずさり、言葉を発しようとしたが声は出なかった。

尊敬か、恐怖か、そのどちらかが彼を黙らせていた。


彼女の声が湿った静寂を切り裂いた。

それは冷たく鋭い声だった。


「死体はどこか?」


若い警官はわずかに肩を震わせながら答えた。

その声には緊張が滲んでいた。


「そちらです、奥様。特徴が一致しています。」


彼女はためらうことなく警官たちの間を通り過ぎた。

彼らは本能的に彼女を通すために道を開けた。


路地の奥には、一体の遺体が横たわっていた。

ねじれた体は生命の兆候を失い、雨に濡れた壁の近くに倒れていた。


その片手は、何も掴むことができない空を掴もうとしたかのように宙に伸びていた。


彼女の目は経験豊富な観察者のように状況を見て取った。

小さな細部が次々と彼女の視線に現れていった。


遺体のわずかな傾きから、横から押さえつけられたことが分かった。

そのわずかな隙に、首を刃で一閃されたのだろう。


その切り口は非常に鋭く、明らかに致命的だった。

それは、殺害の技術を熟知した者による動きであった。


微かな音が彼女の耳に届いた。

それは、隅に積み上げられた木箱や錆びたゴミ箱の影から聞こえた小さな物音だった。


しかし、彼女は動じなかった。

その視線は揺るぐことなく、危険に慣れているかのように無反応であった。


そのとき、石畳の上に蹄の規則的な音が響き始めた。

その音は次第に大きくなり、ついには霧の中から豪華な馬車が現れた。


馬車は路地の入口で止まった。

濡れた雨の中で、黒く磨かれた木材が光を反射していた。


ガラス窓は暗く、側面には貴族の紋章が刺繍されていた。

その姿を見た警官たちは姿勢を正し、その表情には尊敬と警戒が入り混じっていた。


降り立ったのは、一人の女性だった。

彼女はメイドの制服を着ていたが、それは普通の召使いの服装とは異なっていた。


両手を守る金属製のガントレット。

暗い革で作られたブーツは、鋼の補強が施されていた。


ふくらはぎの少し上で終わるスカートの縁には、輝く刃が織り込まれていた。

それは、優雅さと殺傷性の両方を暗示するさりげない装飾だった。


彼女の顔には年月と経験の刻まれた線があり、

その姿勢と視線からは目を引く活力が感じられた。


警官たちは緊張し、その女性が並みのメイドではないことを本能的に察知していた。


「アメリア!」

彼女の声が響き渡り、路地の静寂を破った。


執事――アメリアは顔を上げ、その視線を落ち着いて彼女に向けた。


「見つかったか?」


「はい。」

アメリアは冷静で簡潔な声で答えた。


「よろしい。」

メイドは頷き、毅然とした声で続けた。

「若嬢を連れてくる。あとは片付けておけ。」


その一言一言に込められた威圧感に、警官たちは目をそらした。

まるでその命令自体が神聖なものであるかのようだった。


アメリアはためらうことなく身をかがめ、

その遺体を肩に軽々と担いだ。


その洗練された外見からは想像もつかないほどの力だった。


近くのゴミ箱を軽く蹴り、

雨水で満たされたそれをひっくり返した。


石畳に残っていた血は一気に流されていった。


彼女は壁の間に身を寄せ、片手を手袋越しに壁につけた。

そして、優雅な跳躍で高く跳び上がると、

影の中に姿を消した。


一方、メイドは再び馬車の方へと向き直った。

その動きは慎重でありながら無駄がなかった。


彼女は丁寧に扉を開けた。

その中には、若い少女が静かに座っていた。


その小さな手は膝の上にきちんと重ねられ、

その瞳には年齢を超えたような強い意志が宿っていた。


メイドが話しかけると、少女は顔を上げた。


「お嬢様、本当に会うつもりですか?」

メイドの声は柔らかくなったが、

その姿勢は依然として規律正しく、揺るぎなかった。


少女の声は小さく、幼さの中にひび割れたような調子があったが、

その中には驚くほどの力強さが感じられた。


「ええ、オフィーリア。約束しましたから。」


オフィーリアは頷き、傘を開くと、

少女に手を差し出した。


少女は年齢に不似合いなほどの品格を持ってその手に応えた。

七歳にも満たない彼女は、

わずかに跳びながら石畳の上に降り立った。


その着地には、常に新たな挑戦に慣れているような確信が見えた。


オフィーリアは傘で少女を守ろうとしたが、

少女は礼儀正しく、しかし毅然とした仕草で傘を受け取り、

自分で持つ意思を示した。


警官たちは沈黙のままその光景を見守っていた。

その表情には困惑と尊敬が入り混じっていた。


少女とメイドはゆっくりと路地の奥へと進んでいった。


オフィーリアと若い少女は、

路地の最奥へと足を運んだ。


そこは影が濃くなり、

わずかな光さえほとんど届かない場所だった。


血と腐敗の重い臭いが漂い、

少女の顔には一瞬、ためらいの色が浮かんだ。


しかし、彼女は立ち止まらなかった。

その足取りは確かで、

自分が背負う責任の重さを知っているかのようだった。


路地の最も暗い角で、

二つの小さな影が積み上げられた木箱とゴミ箱の間に身を潜めていた。


それは震える一人の少年と少女だった。

二人は影と一体化するように身を縮めていた。


少女は傘を傾け、

二人に向けて差し出した。

それは暖かさを示す優しい仕草だった。


「アン、エド、遅くなってごめんなさい。」

彼女は静かに、しかし力強く言った。


アンは前に飛び出し、

涙に濡れた顔で若い少女に飛びついた。


その声はしゃくり上げるように震えていた。

「ベア!」


アンの小さな体は震え、

少女の腕の中でしがみついていた。


その拍子に少女の手から傘が滑り落ち、

石畳にカランと音を立てた。


エドは、彼自身の血ではない血に染まった服を身にまとい、

オフィーリアの冷静な視線を受け止めた。


その無言の命令を理解すると、

彼は落ちた傘を拾い上げ、

妹と若い少女の上に差し出した。


「ありがとう、エド。」

少女は小さく、しかし感謝の笑みを浮かべた。


エドは一度だけうなずき、

その表情には年齢を超えた厳粛さが宿っていた。


オフィーリアはその再会をしばらく見守ってから、

静かに口を開いた。


「お嬢様、そろそろ戻りましょう。」


少女はアンを見下ろし、

安心させるように軽く抱きしめた。


それから立ち上がり、

オフィーリアとともに歩き出した。


アンとエドはそのすぐ後ろをついて行った。


馬車に戻り座ると、

オフィーリアは再び警官たちに向き直った。


「今夜のことは、何も見なかったことに。」

その言葉には、重い威圧感が込められていた。


「あなたたちの隊長が適切な報酬を用意する。」


警官たちは互いに視線を交わしたが、

誰一人として声を上げる者はいなかった。


彼らはその言葉の重みを理解していたのだ。


やがて雨は本降りとなり、

馬車は轟音を立てながら水たまりを越え、

霧の中へと消えていった。


その後には、

薄暗い路地とその秘密だけが残されていた。

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