98品目・食通と料理長のお墨付き(ちょっと贅沢なアヒージョと、スパークリングワイン)
現在。
奥のテーブル席では、アイラ王女殿下とアイリッシュ王女殿下の二人が、のんびりとチーズフォンデュを堪能中。
そしてカウンターでは、宮廷総料理長エドリント、噂の食通貴族ブリリアント・サヴァラン、料理人組合のプレアさんが一緒になって、提供されている料理や飲み物について論議を繰り返している。
その他にも、たまに訪れている冒険者さんや近所の人達なども集い、楽しいひと時を過ごしていた。
「それにしても、不思議ですわね……このユウヤの酒場の食材の入手経路が、どうしてもわからないのですわ……気になったので商業組合経由で色々と聞いてみたのですけれど、やっぱりわからない事しかないという事が分かっただけです」
「それは私も思いました。特にこの、乳製品に分類されているものをどうやって仕入れているのか。いえ、それだけではないです、特にこのラムネ……本当に、ユウヤ店長を王宮付き料理人として雇用したくなるアイラお姉さまの気持ちがよく分かります」
まあ、そのあたりも全て、流れ人のユニークスキルなんだけれどねぇ。
ここは黙っているに越したことがないか。
「でも、チーズとかは王都でもあちこち見かけるにゃ」
「それは、朝一番で城塞外の施設から届けられているからです。山羊の繁殖を行っている荘園があちこちにありますので、そこから運ばれてきているのです。温度が高くなると発酵してしまうので、常にマジックアイテムや魔法で温度を冷やしているのですから、高級品として取り扱われているというのも理解できまして?」
――ブワサッ……
羽根扇子を取り出し、椅子の下に向かって振り下ろして広げている。
まあ、食事中にテーブルの上で広げないところは大したものだが。
確かに、この世界の流通関係は独特な場合が多い。
今のアイラ王女殿下の説明のように、傷みやすいものなどは積極的にマジックアイテムや魔法で冷やして傷みづらくしているとか、アイテムバッグに保存して大量輸送しているとか。
俺の持っていたマジックバック……のフリをした鞄も以前、盗まれた事があったからなぁ。
「それじゃあ、チーズフォンデュは高級品だにゃ?」
「当たり前ですわ。そもそもチーズを作れるのは山羊を飼っている荘園領主か、もしくは教会のみ。それも、きれいな草原と川が近くにあるような場所でなくてはならないのですわ。それでも、私たちが食べることができるチーズというのは水分が抜けた硬くて保存に適したもの、作り立ての新鮮で柔らかいチーズなんて、私たち王家の者でもめったに食べられないのです」
「それなのに……ここでは、私達が普段食べているようなチーズよりも濃厚なものが食べられるのです。あ、シャットさん、このバゲットを追加してください」
「あいにゃ」
はいはい、ここまで聞こえていますよっと。
空間収納からバゲットを引っ張り出して、賽の目状にカットする。
それを皿に盛り付けるのだけれど、ちょいと今日は面白いものが手に入っているので、それを横に添えておく。
「シャット、バゲットの付いた方。横に竹輪を添えてあるので」
「竹輪? なんだかわからないけど、ユウヤが出すものだから美味しいにゃ。お待たせしましたにゃ」
「ありがとうございます……それで、今聞こえてきた竹輪というのは、一体なんでしょうか?」
アイリッシュ王女殿下が興味津々で訪ねてくる。
まあ、簡単に説明しますか。
「竹輪というのは、白身魚のすり身を棒に巻き付けて、炭火で炙ったものです。しっかりと火が通っていますし、淡白で癖が無いので、チーズフォンデュにもよく合いますよ」
「魚の白身ですか。それはまた、贅沢な」
「ははは。まあ、うちの料理ですから、そんなに贅沢ではないんですけれどねぇ」
そうアイラ王女殿下にも説明すると、カウンターで楽しそうに語っていたブリリアント卿がこちらを見て。
「では、この店で贅沢というのは、どのような料理になるのですか? もしよろしければ、そちらを食べさせて頂きたいのですが」
「おお、流石は食いしん坊のブリリアント。では、私も同じものをお願いします」
「王女殿下の食べているチーズフォンデュとやらでも、十分に高級品なのですけれど……では、私も同じものでお願いします」
「少々、お時間をいただきます……と、シャット、度々すまないが」
「まかせるにゃ!!」
よし、これでオーダーが滞ることはない。
さて、問題なのは、うちの店でいうところの高級料理。
これが事前予約とかなら、懐石料理でもてなす所なのだが、今はそれ程の時間も材料もない。
そして居酒屋らしく……うん、この世界では高級料理に匹敵するだろう料理を作るとしますか。
「用意するものは、基本は海鮮系か……」
まずは北海シマエビ、浅利、牡蠣の剥き身、ホタテ、イカ。
そしてブロッコリー、ミニトマト、舞茸を用意。
海鮮系はしっかりと洗った後、エビは背ワタを取って下処理を。
アサリは塩抜きを終えてあるので表面をたわしで擦って水で流して。
牡蠣の剥き身については、加熱用をしっかりと水洗いしたのち、大根おろしを入れたボウルに入れてざっとかき混ぜる。こうすることで汚れと臭みが取れるのだが、最近はこの手順を飛ばす職人も多い。
だが、美味しいものを食べて貰うのなら、大切な手間を省くのはどうかとは思うけれどね。
「ホタテは貝殻から外して紐と貝柱を分けて。紐は塩で揉んでから水洗い、貝柱は適当な大きさに……」
淡々と仕事をしているのだが、カウンターの外からはブリリアント卿たちが真剣な目つきでこっちを見ている。まあ、見られたからと言って困る事は無いのだけれど。
「烏賊は刺身用に処理したものを使うか。皮目に鹿の子包丁を入れて、一口大に切っておくと」
後はブロッコリー、こいつは沸騰したお湯でさっと茹でて、ザルに切って置く。
ミニトマトは洗ってヘタを取っておけばいい。
舞茸は食べやすいサイズに手で裂いておく。
この時、土や汚れがついていたら、さらしでふき取っておくだけでいい。
「では、これらの具材を大皿に盛り付けて……」
いよいよ本番。
すき焼き用の鍋に、オリーブオイルを注いでおく。
ちなみにエキストラバージンオリーブオイルだと、香りがキツすぎるので駄目。
使うならピュアオリーブオイル一択……と言いたいところだが、ここは好みとこだわりで。
うちは先ほど説明したピュアオリーブオイルを使用、銘柄については秘密。
まあ、しっかりとIOC(国際オリーブ評議会)の認証を受けたものだから間違いはない。
日本と海外では規格が違うのでね。
「……いや、ちょっと待ってください。ユウヤ店長さん、その油を味見したいのですが」
「ええ、かまいませんよ、どうぞ」
鍋に入れる前のオリーブオイルをスプーンで掬い取り、ブリリアント卿に差し出す。
それを香りを確認したのち、そっと口に運んでいる。
時折鼻で呼吸する音が聞こえているのだが、口の中に入れたオリーブオイルの香りを鼻から抜いているのだろう。
「……こんな油が存在するなんて……植物油に間違いはないのですが、これは初めて食べる……これはなんというのですが」
「まあ、ちょいと秘密で……と言いたいところですが、オリーブオイルといいます。オリーブの実から絞った油と思ってください」
「オリーブ、ああ、オリブですか。我が国にも極少量しか届けられていないのですが、なるほど……」
納得して頂いたようなので、続きを。
鍋に大量に入れたオリーブオイルの中に、種を取った鷹の爪(唐辛子)と皮を剥いたニンニクをひとかけら。
あとはこれを弱火に掛けて、香りが立ち始めたら具材を入れていく。
そして具材に火が通ったら完成。
竹製の鍋敷きの上に鍋ごとおいて、ご存じガーリックトーストと竹串を添えて出来上がり。
「さすがに、仕入れと仕込みをしていないので最高のおもてなしは無理ですが、うちとしてもそれなりにいいものを取りそろえたメニューをご用意しました。アヒージョと言いまして、海鮮や野菜をオリーブオイルで茹でたものです。コンフィのようなものと思ってください」
「い、いや……こんなに大量に上質な油を使うなんて」
「それに、ここは内陸、海鮮なんてどうしても鮮度が下がってしまう。それを……全く臭みを感じさせないだなんて」
「まあ、まずは語るよりも食べてから……すいませんが、これに合った飲み物をお願いします」
「では、少々お待ちください」
用意するのは、恐らくこっちの世界では初めて出す酒。
『プロジェクト・クワトロ・カヴァ プレミアム・レゼルヴァ』。
こいつはスペインのスパークリングワインで、海鮮系のアヒージョと言えば『カヴァ』と呼べるほどに相性がいい。
ちなみにアヒージョに合う飲み物としては、イタリアのワインなら全般的に相性がいいのだが、シーフードにはやはりカヴァ。
そいつのよく冷えたものを空間収納から取り出し、シャンパングラスに注ぐ。
「……これはまた……ここまで薄いカレットル(ガラス)で作られた酒器は初めてみました」
「普通なら銀食器、もしくは薄い色のついたカレットルグラスを使うのですが……しかも軽いです。ワインの冷たさを感じることが出来て……ああ、なんという華やかな香りでしょう」
まずは香りを楽しみ、そして一口。
うっとりするような表情でカヴァを楽しんだのち、ようやくアヒージョを食べ始めている。
さて、ここから先は言葉を失って黙々と食べ始めたようなので、今のうちに他のお客さんのお相手を務めなくては……。
「ちょっとユウヤさん……私達の知らない料理を、私達よりも先に料理長やブリリアント卿に出すというのはどうかと思いますけれど?」
「そうですね。それでは〆の料理をご用意します。ちょうどチーズフォンデュが空になったようですので。こちらはまだ、誰も食べたことがない料理ですよ」
「そうですか……では、それでお願いします」
ということで、深めのフライパンでエビ、イカ、ホタテを炒め、火が通ったあたりでご飯を投入、さっと炒めていく。
ここに少量のトマトピューレ、塩、胡椒を加えて味を調えると、耐熱皿に炒めたご飯と具材を盛り付けて、厨房倉庫で保管。
そして残ったチーズフォンデュの鍋に生クリームと牛乳を少々加えて伸ばし、先ほど耐熱皿に移したご飯の上に掛けてからオーブンへ。
あとはじっくりと焼いて、チーズの表面に焼目が付いたら完成。
「お待たせしました。チーズフォンデュを使った、シーフードチーズドリアです。熱いのでお気を付けください」
「あらあらあら……これはまた、何という良い香りでしょう。チーズの焦げた香ばしさが、食欲をそそりますわ」
「ちなみにお飲み物は、同じカヴァでよろしいでしょうか? 本日はこれ以上の酒を用意していませんので」
「構いませんわ。では、アイリッシュにはラムネをお願いします」
「いえ、私もそちらを頂きますわ。シュワシュワしていて、ラムネのようですから」
まあ、スパークリングワインというのも、たまにはいいんじゃないかねぇ。
そして焼きたて熱々のチーズフォンデュドリアを食べて、王女殿下たちはご満悦の模様。
カウンターではアヒージョに舌鼓を打ちつつ、王宮で同じものが作れるかどうかなどの話し合いが始まっている。
「ユウヤぁ、こちらのお客さんもチーズフォンデュが食べたいそうだにゃ」
「それは別に構いませんが、こちらは結構お高くなっていますが」
「だ、大丈夫だ、今日の依頼でかなり懐が温かいからな」
「ということで、王女殿下と同じ料理を頂けるかしら? これで他の連中に自慢できますわ」
身分の高い方と同じ料理を食べたとか、同じ装飾品を身に着けているっていうのは、こっちの世界でもステータスの一つのようで。
まあ、あと数人分なら材料があるので、急ぎ作ってしまいますかねぇ。
「畏まりました。それでは、少々お時間を頂きます」
………
……
…
さて。
まもなく閉店時間。
すでに王女殿下たちは迎えの馬車がやって来たので王城へと帰っていった。
そしてカウンターで泥酔してしまった冒険者たちもどうにか目を覚まして帰宅。
あとはブリリアント卿達のみとなったのだが、こちらも立ち上がって帰り支度を始めていた。
「それにしても、今日の料理は大変参考になった。今まで自分が培ってきた感覚が、まだまだ先がある事が知れて嬉しかったよ、礼をいう」
「こちらこそ、宮廷総料理長や食通で有名なブリリアント卿に食べて頂いて嬉しかったですよ。それだけじゃなく、お褒めの言葉を頂けるとは」
これは本音。
この国の王家の料理を取り仕切っているエドリントさんたちに認められたというのが、俺にとっては実に嬉しいねぇ。
「そうですか。では、次の冥神日にでも、王城の調理場を見学してみてはいかがですか? こちらから王女殿下に許可を取っておきますので。あの倭藍波の姫巫女を唸らせるほどの菓子を作った料理人が見学にくると聞けば、うちの料理人たちも気合が入るでしょうから」
「それは嬉しいですね。是非、よろしくお願いします」
「では、当日、王城正門に伝えておきますので、到着したら門番の騎士にでも到着した事を告げてください。すぐに迎えの者を寄越しますので……では、本日はこれで失礼します」
そのままエドリントさんたちも帰宅。
ようやく、いつもの静けさが戻って来た感じだ。
「二人もお疲れさん。今、賄いを作ってやるからちょいと待っててくれ。ちなみに、なにか食べたいものがあるか?」
「カツカレーがいいにゃあ。それも、越境庵で食べたいにゃ」
「私も越境庵で食べたいので……シャットと同じでお願いします」
「ああ、ちょいと待ってろ。先に戸締りだけしておくから」
入り口の扉を施錠して火の始末を終えて。
俺も越境庵に足を踏み入れると、急ぎカツカレーの準備を始める。
といっても、作り置きでだいたいは何とかなるので、急ぎ盛り付けてからは、ホールの小上がりでノンビリと食事を取る。
「それにしても……これだけ越境庵を開けっぱなしにすると、流石に疲れが出てくるなぁ」
「前に伺った時は、開けている間はずっと魔力を消耗すると話していましたけれど。今でもそうなのですか?」
「ああ、感覚的には、そんな感じだなぁ……だが、明日からは倉庫で開けておかないと、流石に不味いような気がしてきたんだが。やっぱり生ビールを出したのはやりすぎだったか」
「ん~、そんなことはないとおもうにゃ。開けっ放しにしないで越境庵に出入りできるようになれば、魔力の消耗は防げるとおもうけれどにゃあ」
それについては、俺一人では出入り自由なんだが。
飲み物担当でもある二人が自由に出入りできなければ、やはり開けっ放しにするしかないか。
「まあ、それについては何か方法を考えてみるとするさ。ごちそうさま……っと」
「私もごちそうさまでした。食べた食器は、流しにつけておけばよろしいので?」
「ああ、明日の朝一で洗っちまうから、つけておいてくれればいい。それじゃあ、俺は今のうちに在庫チェックと仕入れをやっちまうので、二人は好きにしてていいぞ」
「テレビでも見ているにゃ」
「ああ、使い方は分かるよな?」
そう問いかけるとシャットはサムズアップ。
それもテレビで覚えたのかよ。
ということで、とっとと明日の仕込みと営業分の仕入れ注文を行った後、俺も事務室で事務仕事を少し進めておく。
「それにしても……俺がこっちにきて、もうすぐ一年近くなるのか……」
暦の上での感覚としては、そろそろ一年が経過する。
こっちの世界の暦の概念を知る前については、大体の日数しか分からないが。
「まあ、何事もなければいい。多くは望まないさ」
そう独り言ちってから、支払い分の金銭を袋に入れて事務室の机の上に置いておく。
別にカウンターでなくても大丈夫らしく、要は分かりやすい場所においてあればいいらしい。
そして店に戻ってみると。
「……まあ、今日は特に忙しかったからなぁ。シャット、マリアン、そろそろ店を閉めるぞ?」
二人とも、小上がりで居眠りをしている。
そして俺が話しかけると目が覚めたらしく、伸びをしてから自分の部屋へと戻っていった。
そして俺もまた、自室に戻って眠りにつく。
明日は、どんな一日が待っているのか……。




