96品目・焼き鳥は、煙と香りで客を集める(肉あんかけ炒飯と、シュバイネハクセ)
冥神日の翌日。
朝から街中は大賑わい。
今日から大食祭が始まる為、街道筋にもあちこちに露店が開かれている。
この祭り期間中、露店を開くことができるのは朝9つの鐘から夕方5つの鐘が鳴るまで。
普通に店を構えている料理人や商会については、この営業時間の制約はない。
そして露店はこの王都全体に広がっているため、人気のある場所、人気のない場所などもあるらしく。
先日は朝から、露店の場所を決める為の抽選が行われたらしい。
そりゃあ、あたりを引いて王都中央街道沿いか、もしくは各城塞都市を繋ぐ跳ね橋近くにある大きな広場は人気スポットらしく、集客もかなり見込めるとか。
そしてもう一つ、人気の場所がある。
「そいつが、各城塞にある有名店の近所ねぇ……」
「その通りだにゃ。お祭りがあるなしにかかわらず、有名店には人が多く殺到しているからにゃ。その近くに露店を開くことが出来れば、お客もついでに流れてくるにゃ。そう、食通獣人のブリリアント・サヴァランが話しているにゃ」
「へぇ、あの食聖とも謳われているブリリアント卿が仰るのでしたら、間違いはありませんわね」
「……誰だ、それ?」
詳しく話を聞くと、そのブリリアント・サヴァランというのはこの国の料理人ギルドの統括であり、大陸に名を馳せた食通としても有名らしい。
神の舌を持つ天才であり、一口食べるだけでその料理の素材だけでなく隠し味、果ては調理方法から産地に至るまで言い当ててしまうらしい。
なお、未だ現役であり、現在は宮廷料理人の第一席を預かっているとか。
爵位も伯爵位をえているらしく、食通といえばブリリアントと呼ばれているとか。
そんな説明を淡々としているので、俺も思わず聞き入ってしまったじゃないか。
「はぁ、そいつは凄いなぁ。そんな料理人がいるなんて、一度会って話をしてみたいものだが……まあ、それは余談という事で。さて、今日の昼のメニューは、焼き鳥じゃなくこいつでいく」
――シュッ
取り出したのは、保温ジャー。
この中には大量の炒飯が入っている。
今朝方、大量に仕込んで保温しておいたものだ。
時間停止処理をしてあるので、べたつくこともなくしっかりと保存されている。
それを開けると、さっそくシャットが皿を取り出して盛り付け始めたんだが。
「では、さっそく味見の時間だにゃ……って、まだ何か出てくるのかにゃ?」
「まあ、な。もう一つはこれだな」
取り出したのは大きな寸胴。
その中には、大量に仕込んでおいた『細切り肉の餡掛け』が入っている。
そう、今日のランチメニューは、細切り豚肉の餡掛け炒飯だな。
「ほら、こいつをその上に掛けて、スプーンで少しずつ混ぜて食べるだけだ。マリアンも食べるか……って」
聞いた俺が間違っていた。
すでに丼とスプーンを持って待機している。
「は、はいっ、これは初めて食べる料理なので楽しみです」
「そりゃそうだな。ま、のんびりと食べてから開店準備でもしてくれ。俺は追加でもう少し作り置きしておくのでね」
ということで、まずは材料から。
使うメインの食材は豚バラ肉と筍の水煮。
まず豚バラ肉は縦に短冊切り、タケノコも同じ大きさに切っておく。
この時、豚肉は背中の脂部分と腹側の部分が残っているように切るといい。そうする事で食感も楽しめるのでね。
こいつを大きめの中華鍋でまずは炒める。
近所に大学があったせいか、ガッツリと肉を食べたい運動系の学生に頼まれて肉は多め。
比率でいえば、豚バラ肉が3に対して筍が1、あとは水で戻して乱切りにしたきくらげも一緒に炒めておく。きくらげの分量はまぁ、色味と食感が楽しめる程度、つまりは適当。
「そして肉に火が通ったら、水と鶏がらスープを加えてさっとひと煮立ち。ガラスープはオリジナルじゃなく、ディアンたちの特訓に付き合った時に出たものを使用する」
そしてここに醤油と砂糖、オイスターソースを加え、本当に隠し味程度に五香粉も入れる。
入れすぎると匂いがきつくなるので、本当に少々。
そしてさっと味見をして丁度いい塩梅になったら、水溶き片栗粉でとろみをつけて完成。
「よし……これも一緒にしておいて、味を均等に調節して……」
そして寸胴は厨房倉庫へ。時間停止処理も忘れずに。
後はちょいと片づけをしていると、店の外から3人の料理人が入って来た。
「失礼します。本日からユウヤの酒場の前で露店を開く許可を貰いましたビーフィータと申します。お祭り期間中はご迷惑になるかと思いますが、ご了承ください」
「ああ、そいつはどうも。それで、ビーフィータさん達は、どの露店を出すのですか?」
そう問いかけると、一緒に入って来た女性が皿に乗った肉串を差し出してきた。
「この大食祭の期間中、うちは肉串を出します。それも、そんじょそこらの肉串には負けないオリジナルのタレを使ったものです。味見して頂けると助かるのですが、」
「それはありがたいねぇ。では、頂きますか」
皿を手に取り肉を見る。
しっかりと焼目が入った感じのいい肉だ、見た限りでは種類が判らないのだが、このタレの香りには記憶がある……ってそうか、砂糖と魚醤か。まさかこの王都でも、このタレの調合パターンに出会うとは思っていなかったな。
そのままガブッと豪快にかじりつく。
普通なら魚醤の臭みが出てきてもおかしくないのだが、これはまた、なんとも言えない優しい味わいだ。酸味を感じないのがいい……いや、これはひょっとして?
「倭藍波の調味料……醤油、いや醬を使っているのか。魚醤は少しだけ使っているが、先に加熱して臭みを飛ばしている。後は……もう一つ、これも倭藍波の……ああ、そうか。『味噌たまり』を加えているのか、こいつは感心だなぁ」
そう告げつつ黙々と食べているのだが、ビーフィータと女性が呆然とした顔をしている。
「え、あ、あの……どうしてうちのタレの内容が判るのですか?」
「今までずっと秘伝にして……研究に研究を重ねて作ったタレなのに」
「ああ、そいつはすまないな……それじゃあ、ちょいとこのタレを味見してみるか?」
焼き台の近くに追いてある焼き鳥のたれが入った壺。
今日もついさっき出して来た所なので、ここからお玉で少し掬って、小皿に入れて渡してみる。
「では、失礼します……」
「ありがとうございます……って、うわ、あ、あ、なるほど、そういう事ですか」
どうやら女性の方は理解したらしい。
そしてビーフィータもウンウンと納得している。
「これは凄く美味しいです。うちのと違って酸味が無いのがいいですね」
「はぁ……ビーフィータはそれだけなの? これって倭藍波の調味料しか使っていないのよ? それも私達には手が出なかった高級調味料を」
「そ、そうなのですか……いや、感服しました」
「それをいうならこっちの方もだ。うちの店に近い味を再現出来る料理人がいるだなんて、俺も思っていなかったからな……と、よし」
厨房倉庫から、焼き鳥のタレの『元ダレ』の入った一升瓶を取り出すと、それをビーフィータに手渡す。
「こいつがうちの焼き鳥のタレのベースだ。調味料その他は秘密だが、これに焼き鳥を漬けこみ、継ぎ足してこの小皿の味になっている。こいつは分けてやるから、勉強してみるといい」
「うわ、あ、ありがとうございます」
「さっそく明日から研究しないとね……では、よろしくお願いします」
「ああ、頑張ってな」
ということで、こいつは将来有望な料理人が店の前に来ちまったなぁ。
これは、俺もうかうかしていられないねぇ。
という事で、ちょいと気合が入ったので、夜は面白いものを作ってみる事にする。
まあ、そのために必要な料理の仕込みは終わっているので、そいつにちょいと手を加えるだけなんだけれどね。
………
……
…
――カラーン……カラーン……
昼3つの鐘が鳴る頃には、肉あんかけ炒飯は完売。
まあ、いい感じに客も引けてきたので、一旦店を閉めて夜営業の仕込みと準備を始めますかねぇ。
そう思って、シャットに看板を下げて貰おうと頼んだのだが。
そのシャットが看板を手に、どうしたものかと頭を傾げている。
「ん、外でなにかあったのか?」
「ん~にゅ。肉あんかけ炒飯を三つ作って欲しいにゃ。外で参っている三人に食べさせてあげたいにゃ」
「ああ、そういうことなら別に構わん。今日は多めに作ってあったし、定時で閉めただけだからな」
そういう事で、大きめのどんぶりに炒飯と肉あんかけをぶっかけて、スプーンと紅ショウガを添えて三つ用意する。
それをシャットが外に持って行くと、丼片手に大慌ての三人が店の中に入って来た。
「ありがとうございます!!」
「これ、ずっと食べたかったのですわ。御馳走になります」
「感謝します……」
「ああ、食べたらまた頑張ればいいさ……それで、昼の売り上げはどうだった?」
そう問いかけてみると、なんとも苦々しい顔をしている。
基本的には、飲食店の前で飲食系の露店を開くっていうのは、ある意味タブーに近いからなぁ。
こっちの世界でよく許可が出ているのだと感心してしまうよ。
「正直にいいます。見通しが甘かったです」
「ユウヤの酒場では、昼に炭焼きのいい匂いがしてくるって聞いていたので、その匂いに吊られてうちの焼き鳥も売れると思っていましたけれど……」
「ええ、ユウヤさんのところで購入した料理があるので、うちのには見向きもしてくれません。それでもまったく売れていなかったわけではなくてですね、予定の半分以下だったという事です」
「ん~、ちなみにだけど、いつ、肉を焼いていたにゃ?」
「「「ずっと焼いていました!!」」」
まあ、中にいると外から香りが流れてきても気が付かないと思うが……って、ああ、そういうことか。
「シャット、ちょいと外の炭焼き台を借りて、焼き鳥を焼いてきてくれるか? すまないが、焼き台と肉タレを貸してくれ、金は払うから」
「それぐらいなら構いませんよ。このお昼ご飯を奢って貰ったのですから」
「それじゃあ、ここで待っているにゃ」
ということでビーフィータたちは店内で食事の真っ最中。
やがて外からは、焼き鳥のタレの焦げた香りが漂ってくる。
「え? これってどういうことですか?」
「この薫りって……肉が焼けた香りだけじゃない、なんだ」
「……これ、うちのタレの香りじゃないか?」
慌てて三人が外に飛び出したので、俺とマリアンもひょいと窓から様子を見る。
すると黙々と煙を出して焼き鳥を焼いているシャットの姿がある。
しかも、何人も客が集まってきているじゃないか……って、予想通りの結果なんだよなぁ。
「ほら、急いで代わるにゃ」
「はいっ!!」
慌てて二人が焼き台につき、残った一人が急いで丼を空にする。
そして交代してまた丼を空にして……。
「ど、どうしていきなり、お客が集まって来たのですか」
「それは……まあ、種明かしをすれば簡単なんだけれどねぇ。焼き鳥っていうのは、煙と香りで客を集めて、味で勝負するものだ。ただ焼いた肉をたれに漬けて売るんじゃなく、タレに絡めてまた焼き台で焼く。すると肉汁と脂が火に落ちて煙りと焦げた香りが広がってね。それで客が集まって来る」
魚醤だけをベースにしたタレだと、臭みが出て逆に客が引いてしまう。
ビーフィータたちのタレは、ベースが醤と味噌たまりなので、焼いて香りを出す方法が有効だ。
「ま、そういう事なので、上手く頑張れ」
「という事だにゃ」
「「「ありがとうございます!」」」
さて、こっちもそろそろ、仕込みと行きますか。
〇 〇 〇 〇 〇
夜の営業が始まるちょいと前に、ビーフィータたちは火を落として帰っていった。
まあ、大食祭が終わる迄は長い期間だから、ペース配分も考えた方がいいだろうからなぁ。
という事で、ここからはうちの本番。
いつものように開店準備も終えたので、営業中の看板をぶら下げた所。
すぐにお客がやって来た。
「こんばんは。今日は組合員ではなく、お客として来ました。二人ですが入れますか?」
「ええ、空いている席へどうぞ。シャット、マリアン、よろしく」
「はい、かしこまりましたわ。では、、こちらへどうぞ」
「お疲れ様だにゃあ、おしぼりとお水を持ってきたにゃ。最初の飲み物は、何がいいかにゃ?」
次々と繰り出される接客テクニックに、料理人組合事務局長補佐のプレアさんともう一人の貴族風のお客さんもたじたじである。
「それじゃあ、私は瓶ビールというのを頂こうかねぇ。エドリントはどうするんだい?」
「それでは、私は噂に名高い純米酒とやらを頂こうかねぇ」
「まいどあり。シャットはビールを、マリアンはこいつを頼む」
厨房倉庫から取り出したのは、『菊姫の先一杯』という純米酒。
これはつい先日仕入れたものでね、酒屋への注文票に『季節のおすすめ』という項目があったので、そこにチェックして3本程注文してみたんだ。
こいつはそのうちの一本、菊姫に外れなしと言われているほどの名門酒だ。
「かしこまりました……あら、封切りですわ、おめでとうございます」
「ん、その封切りっていうのはなんだい?」
「はい、封切りというのは、お酒の最初の一杯の事を指します。こちらの……菊……姫というお酒は、まだこのように口が開いていません。つまり外気に触れていないので味が劣化していない証拠です……であっていますよね?」
「最後の確認がなければ、問題なかったんだがなぁ」
マリアンは暇な時間には本を読んで、色々と知識を吸収している。
今の酒の説明だって、俺が持っていた酒の入門書に書いてあった説明を覚え、その後で質問して来たからな。
――ポンッ!!
勢いよく開けられた栓。
そして枡の中にビアタンを入れて、そこに注いでみせる。
一杯一合売りが基本なのだが、わざとビアタンから零して枡にも注がれているので、実際は一升瓶で9杯ぐらいしか取れない。
「お、おお、おお……っと、これは、どうやって飲むのですか?」
「はい、まずはビアタンのをぐいっと飲んでください。そのあとで、枡に零した分をビアタンに注いで飲むだけです。本当ならビアタン一杯の量り売りなのですが、それじゃあギリギリまで注ぐと零れてしまうので枡にビアタンをいれています……と、こいつがビアタンといいます」
初めての人にはビアタンといっても分からないだろうから、ビール用タンブラー、つまりビアタンの説明も行った。
ちなみにこのビアタン、昔は各ビールメーカーの販促品で、規格はどれも共通。
内容量180ml、つまり一合ちょうどなので、日本酒をこうやって注ぐのにも適している。
そしてシャットが瓶ビールの栓を抜いてビアタンと一緒に出したので、まずは乾杯のようで。
「さて、それじゃあまずは、何をお出ししますか?」
「そうだねぇ……この前来た時には、アイスバインっていうのがあったでしょう? あれはあるのかしら?」
「ちょいと形が変わっていますが、それでよろしければ」
「形が……まあ、それでお願いします」
ということで、さっそく『形の変わったアイスバイン』を提供する。
こいつはアイスバインをオーブンで焼いたもので、正式名称は『シュバイネハクセ』。
何のことはない、茹で上がったアイスバインをキッチンシートを敷いた天板に載せて、ついでにトマトや乱切りジャガイモなどと一緒オーブンでじっくりと焼いただけ。
仕込んであったアイスバインのうち半分をシュバイネハクセに作り変えてあるので、味変も楽しめるっていう事。
出来上がったシュバイネハクセに焼きたてトマトとジャガイモを添える。
付け合わせはこれと粒マスタード、そして定番のガーリックトースト。
「はい、お待たせしました。こいつはシュバイネハクセと言いまして、アイスバインをオーブンで焼いたものです。しっとりとしているアイスバインとは違い皮目がサクサクに仕上がっていますので、ナイフとフォークで適量を切り分けて食べてください」
「へぇ……これは見事な料理ですね。さ、エドリントの分は私がサーブするので……」
「いえいえ、これは自分で食べたい量を切る料理のようですから、ここは自分で……」
慣れた手つきでシュバイネハクセを切り分けるエドリントさん。
うん、恐らくは本職だよな。
果たして俺の料理を楽しんでもらえるか……。
「……うん、いい感じの焼き加減ですね。元になったアイスバインはオークの肉? いえ、それとは違いますか……」
「うちのは豚肉というものを使っています。食用に肥育されたものでして、それの皮つきスネ肉を使っています」
「なるほど……似たような料理は食べたことがあるけれど、これはまた絶品ですねぇ……あ、私にも純米酒というものを頂けますか?」
「ありがとうございます」
マリアンがいそいそと菊姫を注ぐ。
そして再び乾杯を始めると、また食事を楽しみ始める。
聞こえてくる会話の流れは大食祭について。
初日の感想等を楽しそうに話している。
まあ、緊張からようやく解きほぐされたっていう感じだろうなぁ。




