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【書籍化決定】隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~  作者: 呑兵衛和尚
王都ヴィターエで、てんやわんや

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95品目・後継者の話と、噂の薬草酒(鶏ガラスープとアイスバイン)

 ディアンとジオルグの二人がうちに鳥の捌き方を教わりに来て3日後。


 最近の彼らの日課だが、午前中は狩人組合の依頼で鳥を捕まえに行くと、納品を終えてから孤児院で鳥を捌き焼いた後にうちの店に配達するようになった。

 そして肉の捌き方、焼き方、そして味付け、この三つについて、俺ではなくシャットやマリアンに尋ねている。

 というのも、いつまでも俺に聞いているようでは駄目だと悟ったらしく、店の料理の味付け全てを理解している二人に食べて貰い、合格点が出たら俺にも……という事にしたらしい。


「ん~、この肉は、処理が甘いにゃ、ちょっと血なまぐさいにゃ、血抜きに失敗したかにゃ?」

「こちらは……そうですね。ぎりぎり不合格、と申しましょう。ほら、ここに骨が残っていますわ、大人ならともかく、子供が食べて喉に刺さったりしたら大変ですわよ?」

「うわぁ……あいつら、ちゃんとやっていなかったのかぁ」

「んんん? 捌いたのはジオルグじゃないのかにゃ?」

「最近は、孤児院の子供たちにも扱い方を教えているんです。まあ、大体はシスターがみんなに教えているのですけれどね。でも、ちゃんと俺達が教えないと駄目かぁ」


 ふむ、技術の継承か。

 それは大切だからな。


「でも、最初の時よりはましだにゃ。焼き加減については、数をこなしてコツを覚えるにゃ」

「そうですわね。この調子でいけば、大食祭にはまともに食べられる焼き鳥が作れるようになりますわね」

「日々、精進かぁ。シスターの話していた通りですよ」

「うんうん。人間はみな、日々努力して生きているって。だから、自己鍛錬は大切だよって」

「はは、そういう事だ……ほら、これはサービスだ、飲んでいけ」


 そう告げて手渡したのは、紙コップに入っているスープ。

 

「わ、わぁ……ありがとうございます」

「ちょうどお腹が減っていて、助かりました」


 そのままスープを一口飲んで、お互いの顔を見合っている。

 具材については、この街の市場で売っているタマネギとにんじんのようなもの、それを小さな賽の目に切ってスープと一緒に茹でただけ。

 そして、同じようにスープを受け取ったシャットとマリアンが、スープの感想を話し始めた。


「んみゃあ。ユウヤ、これは鶏ガラのスープだにゃ?」

「それと、人参と玉ねぎも入っていますわ。あら、鶏肉も入れてあるのですね?」

「ははは。まあ、そんな所だな。こいつは鳥を捌いた後の鳥ガラを軽く焼いてから砕き、水からゆっくりと火にかけて旨味を凝縮したスープだ。材料は全て市場で手に入るものばかり。スープの中に入っている鶏肉は、捌いた後で背中の部分からこそぎ落した肉だからな」


 そう説明すると、ディアンとジオルグが目を輝かせている。


「これって、売り物になりますか!!」

「さあな。売り物になるかどうかは、お前さんたちの技術次第。ちなみに今飲んだスープは、金が取れると思うか?」

「はい、こんなにおいしいスープを飲んだのは久しぶりです、十分にお金を取れます」

「余ったものでスープを作ったのです、無駄が無くていいじゃないですか」

「う~にゅ。いい所サービスかにゃ」

「焼き鳥を購入したお客さんに、サービスで出すのでしたら……」

「「え?」」


 シャットとマリアンの意見に、二人は驚いている。

 まあ、無理もないか。

 そもそもの価値観というか、商売としての話になってくるからなぁ。


「こ、これってお金が取れるレベルですよ?」

「でも、サービスなのですか?」

「ん~にゅ。ユウヤぁ、鶏団子のスープ、飲みたいにゃ」

「つくねのスープだな、ちょいと待っていろ」


 寸胴に作り置きしてあるつくねのスープ。

 それをやはり紙コップに入れて、全員に手渡してみた。


「こっちのスープを飲んでみるにゃ」

「これですか……あ、さっきのよりも透き通っていて、それでいい香りがします」

「うわぁ……スープのおいしさが全く違います。これは本当に、高級レストランで飲めるような料理ですよ」

「だが、うちではサービス品だ」

「「え?」」

 

 ここは俺のこだわり。

 このスープは、つくねを仕込むために偶然できるおまけのようなもの。

 だったら、これは金をとるんじゃなくて、他の料理を購入してくれたお客さんに無料で出す。

 要は、お礼として使うっていう事。

 さっきの鶏ガラスープだって、ニンジンと玉ねぎはマリアンに頼んで買って来てもらった香草のおまけで貰ったやつらしいからな。

 

「……つまり、僕たちが鳥ガラスープを真似て作っても、お金はとっては駄目っていう事ですか?」

「いや? 出すのなら、お客さんにも満足して貰えるものに仕上げてからっていう事だ。ほら、スープばっかりで悪いな」


 本日、三杯目のスープ。

 こいつにはキャベツとキノコ、そして鳥胸肉をミンチにして作ったつくねが入っている。

 ちなみにベースになったスープは、一番最初に飲んだ鳥がらスープ。

 簡単な工夫で、ここまで味も食べ応えも変わって来る。

 事実、三杯目を飲んでいる二人も、最初とは違って満足そうな笑みを浮かべている。


「ん~、ユウヤの料理だにゃ」

「そうですわね。これこそ、ユウヤの酒場の味ですわ。これなら一杯、30メレルは頂けますわね」

「30メレル……300円か、こりゃあ厳しい意見で」

「ええ。だって、使っている調味料は全て、この街の市場で手に入るものばかり。それを技術だけで、ここまで美味しく出来るという事には賛辞を贈ってもいいと思います」

「ん~、普通に美味しいけれどにゃあ」

「はは、そいつはありがたいねぇ……という事だ、俺が言いたいことは理解できたか?」


 鳥は捨てる場所がほとんどないといっていい。内臓だって、しっかりと処理すれば食べられるものに代わってくる。食べられないのは腸ぐらいじゃないかな?

 こいつだけは、日本でも出回らないからねぇ。

 自家製の鳥で、腸まで綺麗に洗浄して食べる所もあるって聞いたことはあるが、俺はその方法は教わっていないからなぁ。

 

「鳥は捨てる部分がない。何も肉がついていないガラだって手間を掛ければ食べられるようになる。でも、商売として美味しく食べれるようにするにはかなりの手間を掛けないとならない」

「それを怠って、半端なものを売ってお金を取るぐらいなら、そこそこ美味しいものを作ってサービスで出して喜んでもらう……感謝の気持ち?」

「ん~、まあ、そんなに難しくはないんだけれどね。自分でしっかりとルールを作って、それを守るだけ。そのルールはいつか、とんでもない武器になる。大食祭でただ焼き鳥を焼いて儲けるだけなら、ここまで教える気はないな。その後も、子供達の為にっていうのなら、とことんまで真剣にやってみれば……っていうだけだ」


 その言葉で納得したのか、一言お礼を言って走って帰っていった。

 また明日、今度は焼き鳥だけじゃなくてスープも作ってきますって。


「将来が楽しみだにゃ」

「まあ、暖簾分け出来るようになるまでは、まだまだ道は遠いけれどなぁ」

「その暖簾分けって、なんだにゃ?」

「ああ、簡単にいうとだな……」


 料理の世界の暖簾分けについて説明すると、二人とも、あまり興味がないような反応をしている。


「はは、やっぱりそういうのには興味がないか」

「ん~にゅ、ユウヤと離れると、ユウヤの美味しい料理が食べられなくなるだけだにゃ。酒場を手伝うのは問題がないにゃ」

「私も同じですわ。暖簾分けをしてもらっても、私達がユウヤさんになれるのではありませんから。ただ、料理の技術と知識を受け継ぐのには、興味がありますわね……後は、シャットさんと同じですわ」

「はは、まあ、これからもよろしく頼むわ」


 ま、二人にも色々と教えてやりますか。

 それじゃあ、とっとと仕込みをして営業準備を終らせますかねぇ。


 〇 〇 〇 〇 〇

  

 いよいよ、明後日からは大食祭が始まる。

 どの店も、明日の冥神日は店を休み、最後の仕込みに明け暮れる……という話だ。

 どの店も、どの料理人も、国王陛下に自らの食事を食べて貰い、あわよくば王室御用達もしくは宮廷料理人へと召し上げられるのを夢見ている。


 まあ、うちはいつもと変わらずの営業。

 昼間はとんでもない客が次々と押し寄せて来ていたけれどねぇ。

 露店で食べ物を出している料理人が、変わった調味料を欲してくる程度はよくある事。

 問題なのは、どこかの大商会の幹部がやって来て、うちの傘下に加わらないかと合併を持ち掛けて来たのがいたということ。

 丁寧に断ったのだが、最後までブツブツと文句を言っているのが聞こえてきてね。

 ま、面倒くさいのは相手にしない、それでいいと思うがね。


「それじゃあ、今日のお勧めのウイスキーを頼む。飲み方はストレートでな。あと、この親父にも飲み物を……薬草酒の旨いのを出してくれるか?」


 夜の営業一発目にやって来たのは、常連のグレンガイルさん。だが、今日は一人じゃなく、知り合いらしい男性を連れて来た。


「かしこまりました。少々お待ちください」


 さて、グレンさんはここ最近、ちょっと高めのウヰスキーにこだわって来たからなぁ。

 そうなると、ちょっといたずらしてみたくなってくる。

 となると、出すのはこいつだな。


「……お待たせしました。本日のおすすめウイスキーは、アメリカン・ウイスキーから『I.W.ハーパー ゴールドメダル』です」

「ほう? いつものサントリーとかとは違うのか?」

「ええ、原料が違いますね。こちらはトウモロコシを原料としています。そして薬草酒でしたら、まずはこちらから……」


――コトッ

 男性の前に置いたのは、イェーガーマイスター。

 こいつはドイツの薬草酒で、なんと58種類のハーブや薬草が使われている。

 世界で一番飲まれている薬草酒だとメーカーが豪語するだけあるのだが、問題は好き嫌いがはっきりとしていること。

 日本人にはなじみのある養命酒のようなものと思ってくれればいい。

 だから、チェイサーとしてジンジャーエールの瓶と大きめのグラスを、イェーガーマイスターの入っているショットグラスの横に添えておく。


「イェーガーマイスターといいます。ちょいと癖がありますので、合わなさそうでしたら、横のジンジャーエールで割ってみてください」

「ああ、それは助かるねぇ。では、頂くとしようかな」


 小さく乾杯をして、グレンさんと男性がグイッと酒を呷る。

 うん、気持ちのいい飲みっぷりじゃないか。


「ん……っぷっはぁ。なるほど、グレンがいうだけあって、いい薬草酒じゃないか」

「いや、そいつは俺も呑んだことが無いんだが……俺が飲んだのは確か、ノムサンとかいうやつじゃなかったか?」

「以前、グレンさんが飲んだのはアブサンです。まあ、南海ホークス繋がりという事で構いませんが」

「なんじゃ、それは?」

「独り言ですよ……と、ああ、そうですか、貴方がひょっとして、グレンさんが話していた薬草酒造りの名人、ジャッキーさんでしたか」


 そうだ、俺が初めてグレンさんと会った時、その理由がこのジャッキーさんだ。

 あの店の元オーナーで、結構な期間、あそこを使わせてもらっていたからなぁ。


「ええ。あの時は本当に急いでいてね、グレン達に理由を説明する暇もなかったのだよ。そうしたら、いきなりこいつが王都まで乗り込んできてね。私がいなかった間、ずっとユウヤさんの店で飲んでいたっていう話を聞かされまして……」

「ええ、グレンさんにはお世話になっています。さて、空酒というのも何ですから、何かお作りしましょうか?」


 そう問いかけると、グレンさんがニイッと悪い顔をしている。


「そうじゃな……ユウヤ店長、儂は久しぶりにあれを食べたくなったのだが」

「あれ……と申しますと?」

「以前、アブサンを飲ませて貰った時に食べさせてくれたやつ、スペアリブと言ったかな?」

「ああ、あれでしたらいつでもお出しできるようにタレに漬けこんでありますので。では、すぐに焼きますので」


 まずはスペアリブを焼いてみる。

 そうそう、夜のメニューに使えるかと思って数日前に漬けこんであった皮つき豚スネ肉もあったので、今日はそれも使ってみますか。

 ちなみに漬け込むたれは水1リットルに対して、塩を50グラム、砂糖10グラム、タイム、ローリエを少々。

 そう、実はこの皮つき豚すね肉を使って、アイスバインを作ろうと思っていてね。

 ちょうどいいから、今、スペアリブが焼けるまでにこっちも仕上げてしまいますか。 

 

 漬け込んだ肉は水に入れて一時間程晒しておき、塩気を取る。

 という事で、いつものように時間加速で一気に塩分を抜く。

 こいつを水からじっくりと煮込むのだが、この時香味野菜を一緒に入れて煮込む事。

 野菜くずでも構わない。

 そして大体、肉に火が通るまで煮込むのだが、骨付き肉というのは骨周りに火が通りにくいので、ここは文明の利器に頼ることにする。


「ちょいと失礼して……シャット、すまないが焼き台を頼む」

「わかったにゃ」


 そのまま奥の倉庫に向かい、そこから越境庵へ。

 そして先ほど用意した皮つき豚すね肉や香味野菜をまとめて圧力鍋に放り込み、一気に加熱。

 ここからは慎重に、火にかけた状態で時間加速を行う。

 リアルタイム10分ほどで、実質一時間の加熱時間を稼げた。

 後は蒸気を抜いてから、雪平鍋に移しておく。

 そして倉庫経由でユウヤの酒場に戻ると、カウンターの中に入って次の手順へ。


「あ、丁度焼き上がったので出しておいたにゃ」

「ああ、そいつは助かる。それじゃあ、次の料理を……」


 厨房倉庫(ストレージ)経由で、完成したアイスバインを引っ張り出す。

 あとは深皿を使って盛り付けして完成。

 好みで粒マスタードを添えて出しておくのもいい。


「まだスペアリブを出したばかりですが。こいつはアイスバインといいまして、ホロホロに煮込んだ豚のすね肉です。味付けは塩だけで簡単に作っていますので、好みでこちらの粒マスタードを添えてください。あと、解した肉をこちらのガーリックトーストに乗せても美味しいかと思います」

「ああ、そいつは嬉しいねぇ。まさかうちの店だけじゃなく、他の店でもこの料理を出してくれるところがあるなんて」

「ええ、それではごゆっくり……と、おや、いつの間にいらっしゃったのですか?」


 ふと見ると、カウンター席にフランチェスカの姿も見えていた。

 それに、フリー客も数名入ってきたようで気が付くとカウンターは満席状態。


「あたしはついさっきさ。その後でプレア女史も来たっていうところかな? それよりもさ、あの純米酒っていうの、グレン達が食べているでっかい肉、うちにも出しておくれよ」

「かしこまりました、しばしお待ちください……と、ジャッキーさん、お飲み物を追加しますか?」

「ええ。では、グレンと同じものをお願いします。あと、焼き鳥の盛り合わせというものも」

「少々お待ちください」


 急ぎI.W.ハーパー ゴールドメダルと、国稀・純米酒を取り出してマリアンに預ける。

 彼女に任せておけば、飲み物は安心して居られる。

 あとは厨房倉庫(ストレージ)から焼き鳥の入ったバットを取り出して、炭焼き台の前で待っているシャットに手渡す。

 フリーのお客さんも焼き鳥の盛り合わせをタレで欲しいそうなので、シャットに任せれば大丈夫。


「おちびさん達の手伝いばかりで、鈍ってはいないよな?」

「任せるにゃ。自称・焼き鳥師匠だから大丈夫だにゃ」

「なんじゃそりゃ。まあ、心配ないか」


 さて、俺はフランチェスカ用のアイスバインと、サービスの塩キャベツの準備でもしますか。

 しっかし、本当に、一見さんのお客も増えたよなぁ。

 これも、大食祭の影響なのか。


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