93品目・季節外れのハロウィン? ただの派手な飾り付けだな(いもたこなんきんと、ジョニーウォーカー)
王都の大食祭。
来週には始まるので、王都のあちこちでは祭りの雰囲気を出す為の派手な飾り付けが始まっていた。
なんというか、まるでリオのカーニバルのように派手で、それでいて街道沿いの店舗の前には露店の為の区画整備まで始まっているとか。
ユウヤの酒場のある場所は第三城塞・ウッドフォード地区。
主街道から二つ分離れているものの、近くには冒険者組合や狩人組合といった、腕に自信のある猛者達で溢れかえっている区画。そりゃあ、飾りつけも派手になるっていうもんだよなぁ。
そういう事で、うちも例に漏れず飾りつけを始める事にした。
幸いな事に今日は冥神日、ユウヤの酒場の定休日。
店の外にもしっかりと、『本日・定休日』という看板をぶら下げている。
ちなみにだが、この定休日という概念はこっちの世界にもある。
まあ、開けていればそれだけ利益になるので、酒場や宿屋等はほぼ年中無休、逆に職人を雇っているような所は必ず休みを取っているらしい。
それがこの冥神日なのだが、店の外では建物に飾り付けを行っている人達で賑わっていた。
「それで、この派手なビータペッポ(かぼちゃ)の飾りは、一体何だにゃ?」
「祭りで派手な飾りと言えば……俺の故郷では、ハロウィンとクリスマスっていうのがあってだな。前者は一年の終わりの祭りで、死者の魂が実家を訪ねてくるっていう言い伝えがあってね。後者は、降誕節っていって神様の誕生日を祝う祭りだな。まあ、うちら飲食店にとっては、稼ぎ時っていう事もあってね、こうやって飾り付けがいっぱい倉庫にしまってあるんだよ」
「最初のほうは、いい話だにゃぁと思っていたけれど、稼ぐためのお祭りって聞いた瞬間に台無しだにゃ」
ははは。
まあ、そういうなって。
確かに儲け話に繋げると世知辛いって言われるかも知れないけれど、町内会の方針でもあったからなぁ。季節行事については、積極的に参加して欲しいって。
だから、七夕とハロウィンには、大量のお菓子を用意してバイトに配って貰っていたからな。
なんで七夕かっていうと、まあ、北海道のそういう風習だという事で。
「それで、このビータペッポの被り物とか、衣装はなんでしょうか?」
「ハロウィンの日に着る服装でね。ハロウィンの日は、死者の魂が帰って来るのと同時に、悪霊や魔女も姿を現わすんだ。だから、そういう衣服を着ることで、自分たちも悪霊ですよ、食べないでくださいねって誤魔化すんだとか。このカボチャの化け物だって、悪霊を追い払う力があるって言われているんだ」
「ふぅん、なるほど、大変参考になりましたわ」
「それじゃあ、今日からはこの衣装を着て接客するにゃ?」
いや、流石にそこまではしなくていいと思うがね。
あくまでも、大食祭用の飾りつけだからな。
「さぁ、とっとと飾り付けて、夜の営業の準備でもはじめるぞ」
「あいにゃ」
「では、私は外の飾りつけをしてきますわ……」
大食祭の飾りつけについては、特に定まった飾りはないらしい。
ただ、食べ物をあしらったものや派手なリボンを飾ったり、食べ物にまつわるタペストリーを店内に飾る店もあるって話していたよな。
それじやあ、うちはハロウィンよろしくカボチャ飾りでも作りますかねぇ。
〇 〇 〇 〇 〇
――その日の夜
店内はハロウィン一色。
やってくる客層はいつもと変わらないのだが、妙に浮かれている連中がいるのも事実。
この時期は、どの店舗も大食祭に合わせて新作料理が出るらしく、それを食べ歩く食通な冒険者もいるらしいからなぁ。
「ユウヤ店長、すまぬがウヰスキーのボトルが空になった。もう一本入れてほしいのじゃが」
「かしこまりました……シャット、グレンさんの席にウヰスキーを一本、持って行っていってくれるか?」
「あいにゃ!!」
今日の奥のテーブル席は、グレンさんと彼の工房に勤めているドワーフの鍛冶師たちで占拠されている。まあ、ずっとウヰスキーをストレートで飲みつつ、焼き鳥をつついているという豪快な飲み方をしているのは、ドワーフの気質なのかどうか。
「ユウヤ店長、カウンターのお客さんが、何か変わった食べ物を食べたいとか」
「ああ、ちょいと待っててくれ」
今日は何故か、ジャック・オー・ランタンの飾りを作ってしまったのでね。
その時に使ったカボチャで、色々と仕込みをしておいたんだよ。
「それじゃあ……ちょいと瓶ビールに合うかどうかといわれると……『芋蛸南瓜』っていいます」
「いもたこなんきん? ふぅん……」
「変わった料理ですね、では、ちょっと失礼して……」
ようは、『いもと蛸となんきんの炊き合わせ』なんだが。
ちょいとうちのは工夫というか、北海道スタイルなのでね。
まず蛸については、生のタコ足を出汁と薄口しょうゆ、みりん、酒で丁寧にコトコトと煮漬けるだけ。比率はまあ、秘伝なので割愛させていただくが、蛸が柔らかくなるように、一緒に皮を剥いて面取りした大根も煮ている。
大根と一緒に煮ることで、蛸は柔らかくなるからね。
次に南瓜。
これはちょいとテクニックがいる。
といっても、木の葉の形に飾切りしてあるのを、丁寧に煮崩れないようにするだけ。
薄口しょうゆ1:酒5:味醂8あたりでゆっくりと、竹串を刺してスッと刺さる程度に煮るといい。
火加減を間違えると、折角綺麗に剥いた木の葉南瓜が崩れてしまうので注意が必要。
「へぇ……この芋のようなもの、甘くておいしいねぇ。これだけお代わりをくれるかい?」
「ありがとございます」
一般的な芋蛸南瓜の場合、芋は『サトイモ』を使っているんだけれど、うちでは敢えてジャガイモ。
それも北海道らしくバター煮でね。
使うじゃがいもはキタカムイ、冬場に美味しいじゃがいもでね。
これを綺麗に皮を剥き面取りしてから、出汁で煮る。
このとき、最初にバターと砂糖を少々加えるのだけれど、とにかくバターを多めに使うのがうちの親方流。なにせ、『じゃがいものバター煮』を最初に作った料理人とも言われているのでね。
その親方はとっくに引退しているけれど、ススキノには親方の店が今でも残っているからさ。
話は逸れたが、ゆっくりと弱火で芋とバター、砂糖を一緒に煮込み、途中で薄口しょうゆをほんのひとたらし。
出汁に使ったまま仕上げるパターンと、メークインを使って形を整えバターで焼きつけるパターンがあるのだけれど。今日は出汁でひたひたに煮込んだやつを、器に盛り付けるタイプ。
このいも、たこ、なんきんを一緒に器に盛り込んで出来上がり。
余談だが、女性に人気の商品なのはどういうことかとバイトに聞いて怒られたこともあってね。
女性の好きな素材ばっかりなので、いくら食べても飽きないのだとか。
「ユウヤ店長、こちらのお客さんも、いもたこなんきんの注文です」
「あいよ、少々お待ちください」
こういった崩れやすい煮物は、昼営業には向いていないので、もっぱら夜限定。
そして最近では、焼き鳥盛り合わせよりも、こういった一品料理が目当てで来るお客さんもいてね。
ありがたいことだよ。
「おお、そういえば、こいつを見せるのを忘れていたな!! ユウヤ店長、ちょいとこいつを見てくれるか?」
真っ赤な顔をしたグレンさんが、カウンターに近寄って来て俺に一振りのナイフを手渡す。
木鞘に納められた、刃渡り一尺ほどのナイフ……まさかとは思うが。
「では、失礼します」
そう告げてから、木鞘を外す。
そこには、綺麗に仕上げられた柳葉包丁が納められていた。
握りも木製、八角仕上げ。
綺麗に鏡面に磨かれているそれは、俺の顔まで綺麗に映し出されている。
「はぁ、こいつは凄いですねぇ」
「今日の夕方、つまりさっき仕上げが終わったものじゃな。ユウヤ店長に教わった鍛造法で作ってみたが、じつはちょいと仕掛けを施した。芯鉄にはミスリルを、皮鉄にはアダマンタイトを使ってみたのたじゃが。二つの魔法金属を綺麗に鍛着させるのには、かなり苦労したぞ」
鍛着……つまり、金属同士の接着っていうことか。それもよく分からない未知の金属二種類を。
「それは凄いですね……」
「うむ。ということで、そいつはうちの鍛冶神の祭壇に備えるので、こっちをユウヤ店長にくれてやる」
もう一振りを取り出し、そっちを俺に寄越してきたのだが。
「それは……いいのですか?」
「いつも世話になっとるからな。だから、ほんの礼じゃよ。気にするのなら、ウヰスキーを3本、ボトルでいれてくれればいい」
「ありがとうございます。では、こいつを三本でどうですか?」
厨房倉庫から、とっておきのウヰスキーを取り出して、グレンさんたちのテーブルに並べる。
「ふぅむ、こいつは見た事がないウヰスキーじゃな」
「ええ、ジョニーウォーカーといいます。それのレッドラベル、ブラックラベル、そしてグリーンラベルの三本です。レッドとブラックは店に常駐していますが、グリーンはとっておきの一本です」
「店のとっておき……か、では、ありがたくいたたくぞ」
「では、さっそく開けるとしようぞ、三種類の飲み比べじゃな」
「そうだな、今日はグレンガイルが鍛造という技巧を身に着けることが出来ためでたい日だからな、全て貴様のおごりだ。ということで、こいつは儂が貰っていく」
「馬鹿ものがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
ああ、グリーンラベルを懐にしまい込んだり、いきなりレッドラベルを開けてロックで飲み始めたり。本当に、酒が好きなんですねぇ。
そしてグレンさんたちを見て、なぜかそわそわしているカウンターのお客さんたち。
「店長、あのウヰスキーっていうやつは、そんなにうまいのか?」
「酒好きのドワーフが奪い合うぐらいだから……もしあるのなら、一杯ほしいんだけれど」
「ああ、ショット売りもしていますから大丈夫ですよ。ロックとストレート、水割り、どれがいいですか?」
「酒の味を楽しむのなら……ストレートで」
「あいよ。マリアン、ジョニ黒のストレートを一つ……いや、二つで」
「かしこまりましたわ」
急ぎ厨房倉庫からジョニ黒を引っ張り出してマリアンに渡す。
あとは彼女に任せておけば大丈夫と。
そして初めてウヰスキーを飲んだお客さんたちも、ストレートではなくロックで、いや水割りでと色々と試し始めることになったようで。
そんなこんなで、店内は大盛り上がり状態。
店の喧騒を聞きつけてやってきたお客もいたけれど、あいにくと席が全て埋まってしまっていたので申し訳なくお断りしたのだが。
うちで焼き鳥の盛り合わせを購入し、向かいの冒険者組合併設の酒場で飲むということで話はまとまった。
まあ、明日にでもその酒場には挨拶をしておきますか。
〇 〇 〇 〇 〇
――翌日・朝
昨晩は、結構な客がうちで購入した焼き鳥を酒場に持ち込んだらしく。
そのため、ちょいと申し訳なく思って、一言挨拶にやって来たのだが。
酒場の主人に一言謝りを入れると、最初はきょとんとした顔をしていたのだが、いきなり豪快に笑いだした。
「ああ、別にいいって事よ。この界隈の酒場なら何処でもやっている事なのでね。今に始まった事じゃないんだよなぁ。ということで、うちの客がそっちに料理を持ち込むことがあるので、そういうときは笑って見逃してくれればいいさ」
「そういうことですか、いや、それなら別に構いやしませんけれど」
「ま、どうしても気になるっていうのなら。うちに来た奴らが必死に飲みたがっていたウイスキーとかいうやつを数本、融通してくれないか? 金なら払うからさ」
酒場の親父の話をかみ砕いて考えると。
ようは、屋台村とかそんな感じなのだろう。
幾つもの店が集まっていて、そして飲食するスペースは共有。
その延長上のようなものだと考えればいいのか。
「まあ、売る分には別に構わないんだけれどなぁ」
「ああ、心配するな、俺の寝酒だ」
「そういうことなら……」
ジョニ黒を厨房倉庫から二本引っ張り出し、それを酒場のカウンターに並べる。
その瞬間にも、店内で飲んでいたやつらがワラワラと集まって来たんだが、まだ朝だぞ。
もう飲んでいるのかよ……。
「こいつはただでおいていく。俺からの差し入れという事でな。そいつが無くなったらその時はマスターにだけ、寝酒用に売ってやる。という所でどうだ?」
「それでいい……と、おい待てお前ら、こいつは俺の酒だ、売り物じゃないからな!」
「なんでぇなんでぇ……いっぱいぐらいいいじゃねぇかよ……と、ユウヤ店長、店は朝から開けないのか?」
「流石に、俺の身体が持たないからなぁ。酒が飲みたかったら、夕方からでも来てくれ」
「ま、そういうことならしゃーないか。マスター、さっきの酒を一杯頼む」
「だから、売り物じゃねえって言っているだろうがぁぁぁぁぁぁ」
はっはっはっ。
朝から元気があっていいねぇ。
という事で、店に戻って仕込みでも始めますかねぇ……。
そう思って酒場から外に出ると、うちの店の前でシャットが誰かと話をしている真っ最中。
「んんん? 朝から客か……って、子供かよ」
背丈から考えると小学生高学年ってところか。
そんな感じの子供が二人、必死にシャットと話をしている。
「シャット、朝からどうしたんだ?」
「んんん、ユウヤ、おかえりだにゃ。実は、この子たちが、ユウヤにお願いがあって来たにゃ」
「お願い? まあ、立ち話もなんだから、中に入ってくれ……」
「はい!!」
さて、俺にどんな用事なのかは分からんが。
朝っぱらから子供が二人で、お世辞にも治安がいいとは……まあ、いい方か。
冒険者街って言われている区画だからなぁ。
とりあえずコップに冷たい麦茶を注いで渡してやると、喉が渇いていたのか躊躇いつつも、一気に飲み干した。
「それで、俺にお願いっていうのはなんだ?」
「実は、この店で出している焼き鳥の作り方を教えて欲しいのです」
「自己流でいろいろと試してみたんだけれど、どうしてもうまくできなくて。鳥が捌けなかったり、焼いていても焦げちゃったりして……」
「ふぅん……まあ、教える事については、別に構わないんだがなぁ。何で俺に聞こうと思ってきたんだ? 別に、この界隈ならいくらでも料理人はいるのに」
そう尋ねてみるが。
子供たちはちょっと困った顔をしている。
「どこに行っても、子供には教えられないだの、大食祭で忙しいって断られて……」
「でも、僕たちも大食祭に露店を出したいのです、ようやく狩人組合で野鳥を捕まえる依頼をこなせるようになったし、すこしでも孤児院の助けになればいいと思って」
「あ~、君たちはひょっとして、カスク教会の孤児院の子供かにゃ?」
「はい、そうです!!」
子供たちが困っているのを見て、シャットが助け舟を入れて来た。
「シャット、カスク教会っての孤児院って、どういうことなんだ?」
「ん~にゅ。慈愛の女神リーヴェットの眷属神に、カスクっていう神様がいるにゃ。カスク神は子供たちの神様で、幼い時から努力している子供たちには救いの手を差し伸べるにゃ。大食祭に露店を出して、生活の足しにしようと頑張っているのかにゃ?」
最初の説明は俺に、後の方は子供達に話しかけている。
すると子供たちも頭を縦に振っている。
「はい。どこも断られて、カスク神さまにお祈りを捧げていたのです」
「そうしたら、ユウヤさんにお願いしなさいと言われまして」
「にゃるほど……ということだにゃ」
「なにが、ということなのかよくわからんが。神様の名前を出して嘘を吐くような輩は、この国にはいないと思うから信じる事にするか。それじゃあ、明日の朝からでもいいなら、うちに捕まえた野鳥を持ってくるといい。下処理はできるのか?」
まずはそこから。
話によると、下処理については狩人組合のベテラン達に学んでいるらしく、そこは大丈夫らしい。
それなら、明日からは鳥の捌き方と串打ち、焼き方について色々と教えてやる事にしますか。
慈愛神の眷属ということは、ヘーゼル・ウッド様の知り合いだと思うからねぇ。
無下に断る必要もないので、ちょいと基礎だけでも教える事にしますか。




