92品目・王家の晩餐会と、大食祭の前触れ(堅焼きプリンのア・ラ・モード)
王城・獅子の間で始まった、王族の家族団欒。
一見すると、普通の家族の肖像という感じだが。
カウンター越しに聞こえてくる会話が、ちょっと怖い。
「だから、彼をストレミング教の本国に連れていくなど言語道断。先程の謁見では、既に話がついている事をぶり返しおって」
「ですが、こと流れ人という事になりますと、あの守銭奴宗教国家がどのような手を使ってくるか分かったものではありません。それならば、一度、ストレミング教に改宗したように見せかけておいた方がよいのではないですか?」
「叔父上、もしもかの国にユウヤ店長を渡そうものなら、精神支配なり隷属なりで身動きが取れないようにするに決まっていますわ。それでなくても、アードモア侯爵家が密偵を使って何かよからぬことを企んでいるという話もありますのに……」
話の内容は、俺の今後について。
フィーヌジャン枢機卿としては、俺とは干渉せずを貫きたかったらしいのだが、こと『流れ人』という事については話が別らしい。
神聖エピキュアー王国は流れ人の保護ということに力を入れているらしく、それらしい人を発見してはあの手この手でストレミング教に改宗させたのち、本国へと連れて帰るらしく。
今はまだ、俺が流れ人ということはごく一部の人間しか知らないのだが、フィーヌジャン枢機卿は既に、『料理人ユウヤ・ウドウは流れ人の可能性があります』という書簡をグリージョ子爵から受け取っていたらしい。
そして発見者であるグリージョ子爵からは、もしも俺が流れ人であった場合、その功績を認めて神聖エピキュアー王国で伯爵位を授けて欲しいとも記されていたとか。
「はぁ……どうしてこうなったのかねぇ」
「でも、そろそろ余計な話は終わりそうですわ」
「そうか?」
「あ~王妃様が怒っているにゃあ。この楽しい食事会を一瞬で潰した国王と枢機卿を睨んでいるにゃあ」
そのシャットの洞察力の通り。
「ねぇ、貴方……今は執務中ではないですわよね? それにフィーヌさま、この場に政治の話を持ち込むのは、ルール違反ではないですか? 今は家族の食事中で、大切な時間なのですわ」
そう王妃様が呟いたかと思うと、国王陛下と枢機卿が背筋を伸ばし、にこやかに笑い始めた。
心なしか頬が引き攣っているのは謎であるが。
「ゴホン……ユウヤ店長、この酒を何本か融通して欲しいのだが、それは可能なのか?」
そう告げながら、国王陛下が空になった徳利を摘まみ上げている。
ああ、今日は朝日酒造の越乃かぎろひ・萬寿を出したんだったな。
確かあれは、契約している特約店から購入してあったものだから、配達可能なはず。
という事は、こっちでも仕入れできるとは思うんだがなぁ。
「確認しないとなんとも言えませんが、いかほどご用意すればよろしいのですか?」
「次の宮廷晩餐会には出してみたいと思う。近々、この大陸の諸王国の代表が一度に集まり会議をするのでな。その晩餐会のときにでも出して、奴らの鼻っ柱をへし折ってやろうと思っているのだ。という事なので、仕入れが可能ならば、改めて注文する」
「かしこまりました。では、数日程お時間を頂けると助かります」
問題なのは、仕入れ先に在庫があるかどうか。
日本酒の場合、季節限定酒や数量限定といった商品については、店舗ごとに本数の割り振りがあってね。幸いなことに越乃かぎろひ・萬寿は通年商品の筈だが、酒屋に在庫が無かったらどうしようもない。
このあたり、実はなかなかシビアでね。
こっちの世界でも使おうとした商品が、実はタイミングが悪く在庫切れだった事が何度もあるんだよ。そうでなかったら、幻の銘酒なんていうものも、仕入れし放題になっちまうからな。
「わかった、では良しなに頼む」
「ああ、私も本国に帰るときは、お土産に何本か持って帰りたいのだけれど。大丈夫かね?」
「だから、それを持って帰って足が付いたらどうするつもりだ?」
「……そうなると、こっちで飲みまくるしかないか。いや、別の容器に移し替えて持って帰るという方法も……」
顎に手を当てて考え込んでいる枢機卿。
まあ、俺の身が危険にならなければ、多少は融通できるのですけれど。
「ま、その時はその時か……マリアン、デザートを出すから準備を頼む。シャットは飲み物の追加を確認してくれるか?」
「わかったにゃ」
さて、最後の〆というか、本日のデザート。
ちょいと時間があったので、堅焼きプリンを仕込んでみた。
これを使って、プリン・ア・ラ・モードなど作ってみますかねぇ。
ちなみに堅焼きプリンについては、既に用意はしてある。
うちの定番メニューの一つでもあるからね。
材料だって、特に変わったものは使っていない。
牛乳と生クリーム、砂糖、クリームチーズ、そして溶き卵だけ。
焼くときに底に敷いてあるカラメルだって、砂糖と水、そしてお湯しか使わないからね。
カラメルについては、インターネットで調べればいくらでも作り方は出てくる。
コツは一つ『余計なことはしない』。
これは料理と製菓の違いでもあり、料理については『余計なひと手間』は味を引き立たせることもあるのだが。
製菓については、『きっちりと分量通りに計り、余計な事はするな』が基本。
ちなみにプリン液の割合は牛乳3:生クリーム1:クリームチーズ1。
クリームチーズ以外の材料をミキサーにいれて滑らかになるまでよくかき混ぜ、雪平鍋に入れてゆっくりと加熱する。
この時、砂糖を比率0.5だけ加えておくと甘さが引き立つ。
あと、火に掛けた後は沸騰させない事。
表面がふつふつとしてきたら火を止める。
クリームチーズは常温で緩めた後、しっかりと混ぜて滑らかにする。
この時、溶き卵を少しずつ加えて更に滑らかになるように混ぜていく。
溶き卵の量はまあ……比率で0.7~1.5ってところ。少なければ硬くなり、多ければ柔らかくなる。
最初は1.0程度で試してみるといい。
このクリームチーズの中に、先ほど温めた牛乳と生クリームを少しずつ加えて混ぜ合わせる。
こだわる人は、ここで一度、濾しておくといいだろう。
これでプリン液は完成。
次に、あらかじめ作って置いたカラメルを流し缶の底に入れておき、冷蔵庫で冷やしておく。
そしてよく冷やされた流し缶の中にプリン液を入れてから、あとはオーブンで焼くだけ。
焼くときのコツは、深めの耐熱バッドにお湯を張り、そこにプリン液の入った流し缶を入れること。
湯煎のような感じになるが、これが実にいい。
という事で、作り方はそれほど面倒ではない。
「さて、仕上げを始めますか」
デザート皿の真ん中に堅焼きプリンを乗せ、その隣にソフトクリーム、更にアイスクリームを乗せてから、バナナとリンゴ、サクランボ、ラズベリー、ブルーベリーを綺麗に飾り付けていく。
なお、アイスクリームとソフトクリームは業務用。
そこまで手作りにするよりも、プロの監修で作られたメーカーものの方がはるかに旨い。
「よし、最後の仕上げは……ソースで決まりだ」
チョコレートソース、ストロベリーソースを使って色よく飾り模様を書き込み、完成。
すでにマリアンがデザートスプーンとフォークを出してくれているので問題はない。
「よし、デザートも完成したので出してくれ。あと、二人は小上がりで賄い飯を食べてくれ、あとの接客は俺が引き受けるので」
「了解だにゃあ。もう、お腹が減って大変だにゃ」
「それじゃあ、急ぎ出してしまいましょう」
いそいそと、慣れた手つきでデザートの配膳をする二人。
そして入れ替わりに俺がホールに出て料理の説明を始めるが、余計なことは言わず、どんな料理なのかについてのみ告げると、あとは後ろに下がった。
「……これはまた、凄いな。なんというか、これはカウファル(水牛)の乳を加工したものだな、王都でもなかなか手に入ることがない貴重な素材だぞ」
「あれは暑い季節はすぐに腐ってしまいますからねぇ。搾りたてをミルク缶に入れて清水に漬け、よく冷やしてから『冷却の魔法』で冷やしつつ持ってかないとならないのよねぇ……でも、ユウヤ店長さんのお店では、いつでも食べられるのですよね?」
王妃様がにっこりと笑いつつそう告げるので、無言でうなずく。
しょっちゅう王城に来る事は出来ないが、アイスクリームならいつでも出せる。
まあ、ソフトクリームも、ちょいと時間を貰って倉庫にでも行くフリをして越境庵に移動すればいいだけ。俺だけなら、瞬時に移動できるからね。
そしてアイラ王女殿下達が入店してから、まもなく三時間。
デザートも平らげて、皆、楽しく団欒をしている。
「さて、そろそろお時間ですので」
「ほう、鐘の音も聞かずに時を知ることができるのか……」
国王陛下がそう問いかけてくると、アイリッシュ王女殿下が壁に掛けられている時計をそっと指さす。
「お父様、あれが時を告げるマジックアイテムです。でも、魔力を必要としないのよ?」
「ほう……あれは手に入るのか?」
どうやら時計に興味があるようだが、電池を交換しないと機能を維持するのは難しく。
その電池の入手先も俺経由になるので、なんともしがたい。
「可能ですが、俺が住んでいた世界にあるエネルギーを必要とします。この越境庵は、ヘーゼル・ウッド様の加護によって俺がいた世界と全く同じ機能が使えるようになっていますが……時計などは用意する事が出来ても、一年もたてばエネルギーが枯渇してしまうでしょう」
「ふぅむ……神の御業によるものか。それは喉から手が出るほど得たいものだが、得ることはできないか……いや、分かった」
そう告げてから、国王陛下と王妃が立ち上がる。
「これは今宵の食事代だ。また、気が向いた時にでも店を開けてくれると助かる」
「町にある俺の店にいらしていただければ、ここほどの設備はありませんけれど、ある程度の料理は提供できるかと思います。既に王女殿下たちは、うちの店で楽しいひと時を過ごしていますので」
そう告げた時、王女殿下たちが口元に人差し指を立ててこっちを睨んでいる。
ああ、内緒だったのですか。
「ふむ。まあ、詮索はせぬ。二人も、あまりユウヤに無理難題を押し付けないようにな……では、楽しかったぞ」
「ありがとうございます。またのご来店を、心よりお待ちしています」
国王と王妃に挨拶をして見送る。
そしてフィーヌジャン枢機卿も席を立って店の外へと向かった。
「本国に連れていけないのは残念ですけれど、私の任期の間は、ちょくちょく顔を出すので。では失礼……救世教会については、私から指示を出しておきますので安心してください」
「それは助かります。それではお気をつけて」
さて。あとは王女殿下たちだが。
枢機卿が立ち去ったのを見て、慌てて席から立ちあがっていた。
「それでは、私たちもこれで失礼しますわ。三人は客間へ案内しますので、そこでゆっくりと体を休めなさい。帰るのは明日でも構わないので」
「ああ、助かります。それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
「王家のふかふかベッドで寝れるにゃ」
「シャット、あの噂は本当でしょうか……王家の方は、寝床に敷く布団の下に、豆粒が一つあっても気が付くっていうのは……」
マリアンがこっそりと呟いていると、アイリッシュ王女殿下がにこっと笑った。
「それぐらいは当然。ではまた……」
「ありがとうございました。お気をつけて」
「うん、それじゃあ」
しっかりと空になったラムネ瓶を抱えているのはなんというか。
まあ、これでようやく接待は完了。
獅子の間に置いてあった鍋の道具も全て片付けてから、越境庵の中で片づけを開始。
火の元確認、洗い物を終らせて、越境庵はようやく暖簾を外して閉店である。
あとは待っていた侍女さんたちに案内されて、俺たちは客間へと移動。
風呂にも入ることが出来たし、なによりも羽毛をふんだんに使った布団で眠ることが出来たので満足である。
ちなみに、今日の支払いは国王陛下が置いていった王国金貨四枚。
そのうち俺が二枚、シャットとマリアンに一枚ずつらしい。
二人の接客についても斬新で、そして王国とは異なる接客方法を垣間見ることが出来たので満足だとか。
まあ、今のうちにとっては、ふたりは十分すぎるほどの戦力だからねぇ。
〇 〇 〇 〇 〇
――数日後
外看板に『王室御用達』が増えたからと言って、仕事に影響が出る程ではない。
たまに勘違いした貴族が昼にやって来て、並んでいる客を無視して割り込もうとしたことはあったが、丁寧に説明して後ろに並んでもらった。
まあ、貴族名を聞き出したのち、後日、ルールを守らない貴族については王城に報告する義務がありますのでと告げるとあっさり引いてくれたのでね。
ちなみにこれは嘘ではなく、アイラ王女殿下からそう言われているので。
そんなこんなで昼の仕事も終わり、賄い飯を食べ終わった時。
――カランカラーン
店の扉が開き、女性が入って来る。
「失礼します。料理人組合の事務局長補佐を務めるプレアと申します。本日は、『王国大食祭』の件でご説明に来ました」
簡単な自己紹介をするプレア女史だが。
その王国大食祭とはなんだろうか。
「はい、ご苦労さまです。それで、王国大食祭とは、いったいどのようなものなのでしょうか?」
「王国の料理人によるコンテストのようなもの、と思っていただければ。ちなみに個人戦と店舗戦というのがありまして。個人戦は店舗を持たない料理人たちも参加できる大会、店舗戦はまさに、店の名誉を賭けた勝負というところです。あ、ちなみに敗北したからと言って罰則が与えられるということはありません。あくまでも『美味しい食べ物を作って、祭りに来た皆さんに笑顔になってもらう』というのが大会の趣旨ですので」
まあ、よくある『露店のナンバーワン』を決める大会っていうところか。
王都には食にうるさい人たちも大勢いるそうだし、普段から贅を尽くしている貴族もいる。
そんな人たちを相手に大会に参加するのだから、気合も入るっていうものだろうなぁ。
「それで、どうやって参加するのですか?」
「料理人組合に登録されている料理人・店舗は自動的に大会参加登録が行われます。まあ、大食祭の期間中は、申請すれば露店も出すことが出来ますし、自前の店で料理を出すこともできます」
「はぁ……ちなみにですが、審査方法はどのように?」
「最終日に、広場にて投票が行われます。また、料理人組合からも各店舗に審査員が派遣されます。これは正体を隠しての審査となりますので、普段通りに料理を提供していれば大丈夫です」
なるほど、それは大変だなぁ。
まあ、参加する必要性も感じないので、ここは辞退の一言だろう。
「では、ユウヤの酒場は辞退という事で」
「……王室御用達の看板が掛かっていますので、辞退はできません。まあ、別に普段通りに仕事をしているだけで大丈夫ですので」
「普段通り……ねぇ。ま、そういう事なら仕方がないか」
「ご協力、ありがとうございます。あと、大会運営のために寄付を募っているのですが、少額でも構いませんのでよろしくお願いします」
それについては別に構わない。
こっちとしても王都で色々とお世話になっているのでね。
特にレシピの登録については、なにか作るたびにシャットかマリアンがマジックアイテムを使ってすぐに登録しているので、申し込み忘れといったものは一つしかなかった。
ピザなんだけれど、迂闊にも忘れていたんだよ。
そして後日、別の店がうちのを真似て作ったところ大盛況でね。
シャットに買って来て食べてみたけれど、再現度が高くて驚いたよ。
そのあとで俺も作って登録してみたが、何故かあっさりと登録完了。
どうやらピザ生地とトマトソースが違っていたらしくて、あっちは『ヴィシュケ・ピザ』という名前で登録されているらしい。
うちのはなぜか、『イタリアンピザ』という名前で登録されているんだが。
まあ、薄くクリスピーな生地で作って登録したから、そうなったのかもしれない。
という事で無事に寄付もして、いよいよ来週からは大食祭が始まる……が。
「別に、気張って何かする必要もないんだよなぁ。うちはうちで、いつも通りということで」
「ユウヤは、優勝を目指さないのかにゃ?」
「優勝したら、なにかいい事があるのか?」
「大食祭で優勝すれば、王城で国王陛下に直々に料理を振る舞うことが出来ます。それで満足された場合は、王室御用達の看板を得られることが……あれれ?」
「それに優勝賞金も高いにゃ。最大で王国金貨10枚(日本円で100万円相当)も出るし、王家管理の一等地に店舗を頂くことも……って、あれれ?」
まあ、今の説明で分かった。
俺は、無理をしない。
いつも通りに仕事をするだけだ。
「ま、そういうことなので、慌てず焦らず、いつもどおり……な」
「あいにゃ」
「わかりましたわ」
さて、逆に俺は、このタイミンクであちこち喰い歩きでもしようかねぇ。




