89品目・必然性と、納得のいく結果……なのか?(北京ダック風地鶏の照り焼き、)
さて。
ここ数日は、昼になると救世教会の司教という女性が寄進を迫ってくる。
最初はメニューのうち3品だけだったのだが、日を追うごとにその量が増えていき、昨日に至ってはとうとう『一日の売り上げのうち25%を寄進しなさい。これは我らが神であるストレミングさまのお言葉です』等と言い始めるようになった。
まあ、いつもの事なので丁寧にお断りをいれると、うちのルール通り3品を購入して立ち去っていった。
なんというか、まるでルーチンワークのようにやっているのかなぁとさえ思えてきたんだが。
「あの女司教、寄進についてはもう面倒くさいけれど話しているっていう感じだったにゃあ。はい、カップ酒二つとフィリーチーズステーキ二つだにゃ。合わせて280メレルだにゃ」
「シャットさん、次のお客さんはホットドック3つと缶ビール3つですわ」
「わかったにゃ!!」
今日も今日とで、昼間の営業は大盛況。
するといつものように、救世教会の女司教さんが買い物にやってきた。
「本日は、我が救世教会に支援をして頂いている貴族の方も同席します。まずは、いつものようにフィリーチーズステーキを二つとホットドックを一つ、缶ジュースというものを三つ頂けますか?」
「はい、まいど。マリアン、ホットドック・ワン」
「かしこまりました!!」
「缶ジュースの準備は出来ているにゃ!!」
という事で、今日は寄進の話も何もなく、そのままニコニコと笑顔で買い物を終らせている。だが、その後ろに並んでいる貴族が、俺を見て開口一番。
「この店の権利を寄越せ。使っている食材の仕入れルートも、レシピもだ。俺はこの王都に居を構えているグリージョ子爵家の当主だ。まさか嫌とは言わないだろうな? これは我らが神であるストレミング様のお言葉でもある!!」
「お断りします。それで、買い物が無いのでしたら店から出ていってくれませんか? こっちは忙しいので、くだらない話に付き合っている余裕なんてありませんからね」
――ビクッ
――ガタガタッ
グリージョ子爵は俺の言葉に腹を立てたのか、カウンターに手を乗せて額をビクビクと引き攣らせていたのだが。
同じタイミングで、神棚に祀られている二本の御柱が音を立てている。
それに驚いたのか、グリージョ子爵も神棚を見上げると、そのままガクガクと震えながら店を出ていった。なにか呟いていたようだけれど、どうもこの時間は並んでいるお客さんの声とかで聴きとりにくくてねぇ。
「……ふむふむ。これでユウヤの料理に負けた関係者が八人になったにゃ」
「シャット、それはなんの話だ?」
「まあ、後で説明するにゃ。とっとと次の料理の準備だニャ」
「手は動いているから心配はするなって。へい、フィリーチーズステーキ二つお待たせしました」
ほんと、面倒ごとだけは勘弁してくださいってか。
〇 〇 〇 〇 〇
――夕方五つの鐘
しっかりと仕込みも行った後、軽く仮眠もとったので気合も体力も回復。
今日はシャットとマリアンも店員として働くらしいので、ホール関係は二人に任せている。
「そういえば、昼間の話しだが」
「ああ、シャットの話していた、料理に負けた関係者の話ですよね。実は内緒にしていたのですけれど」
ということで、マリアンから色々と話を聞いたのだが。
どうやら、救世教会の関係者もしくは雇われたやつが客として来店しては、料理や俺の態度に難癖付けて暴れようとしていたらしい。
シャットとマリアンはそれに気が付き、いつでも取り押さえることができるようにと構えていたらしいのだが。どいつもこいつも、暴れるどころか料理と酒に夢中になりすぎてしまい、仕事を忘れて堪能したのち、しっかりと支払いを終えて帰っていったらしい。
また、深夜の事だが、シャットの話では店の前まで汚物を乗せたリヤカーを引いてきた人物がいたらしく、やっばり汚物をまき散らすどころか入り口のあたりを掃き掃除して帰っていったらしい。
前者はともかくも、後者については一体どういうことかと頭を傾げてしまったのだが。
「おそらくだけれど、雇われた男達は聖光教会の信徒だにゃ。だから、この店から溢れている神気を悟って、汚すことが出来なかったと思うにゃ」
「そうなのですか? 私はその事は知らなかったのですけれど」
「だって、帰り際に扉に向かって右手を翳して頭を下げていたにゃ」
「それは……そうですわね。聖光教会の挨拶ですわ。ということは、やはりここには神気が漂っているのですね」
なるほどねぇ。
そうなると、救世教会の関係者で、ここに来てもまだ何かしようっていう輩は本当に悪質な奴かストレミング神の狂信者っていう事になるか。
昔っから、仕事関係でお客さんと話をする時は『政治』と『宗教』については話をするなって言われているからねぇ。
この二つについては、お互いに譲れない部分が発生するのでトラブルの元になるとか。
あと、出来るならば知らない客相手には『スポーツ』についても相槌を打つ程度にしろとも教えられた。これはまあ、予想がつくだろう。
ちなみに俺は『きのこの山』派なのだが、バイトの大学生は全員『たけのこの里』派だった事があり、肩身の狭い思いをした事があってねぇ。
閑話休題。
とにもかくにも、相手が諦めるまでは何も出来ないっていうのは理解した。
この手の問題は時間が経つにつれて、いろいろと拗れてくる事が多くて参って来るんだけれどねぇ。
――カランカラーン
「ユウヤ店長、ごぶさたしています」
「ホーーーーーーーーーーッホッホッホッホッホッ。この私、アイラがわざわざ庶民の店にやって参りましたわ。さあ、ユウヤ店長、越境庵を開くのです!!」
本日最初の客がきたと思ったら、ある意味では常連の王女殿下がお二人で来店でしたか。
ちなみにシャットが外を見ると、扉の近くに二人の屈強な冒険者らしき人物が立っていたらしいが、どうやら二人ともうちに来たことがある近衛騎士だそうで。 近衛騎士団の鎧姿では色々と問題になるので、変装してくれているんだねぇ。
「アイラ殿下、流石にいきなり来ても越境庵は開けませんよ」
「では、本日はここで楽しむことにしましょう。近いうちに王城に皆さんをお招きしますので、その時は越境庵を開いていただけると助かりま……アイリッシュ、どうしたの?」
ツカツカと奥の席に向かい、どっかりと腰を下ろしているアイラ殿下。
そしてアイリッシュ殿下はというと、席に座ることなく、カウンター奥にある神棚をじっと見て深々と会釈をしていた。
「ええっと、御柱さまが、この店にちょっと立ち寄っていたみたいですね」
「なんですって、それを先にいいなさいな!!」
アイリッシュ殿下の話を聞いて、アイラ殿下も慌てて立ち上がると、神棚に向かって会釈している。
そして少し経ってから頭を上げて、ようやく二人とも奥の席に着いた。
「ふう、本当に立ち寄っていたのですわね。王宮神官から話は伺っていましたけれど、まさかこの店だったとは驚きでしたわ……シャットさん、マリアンさん、今日は店員さんなのですわね、その制服、よくお似合いですわ」
「ありがとうございますだにゃ。おしぼりとお水をお持ちしましたにゃ」
「ありがとうございます。こちらが本日のメニューです」
アイラ殿下に褒められて嬉しそうだなぁ。
「そうね。では、まだ私達が食べた事が無い料理を所望しますわ」
「今日はお肉でも大丈夫です。飲み物は、瓶ラムネを頂けると」
「私はそうね……たまには贅沢をして、最上級のワインなんて頂けるかしら?」
「かしこまりました。シャット、瓶ラムネを頼む。アイラ殿下用のワインねぇ……」
さて、うちの店で使っている最上級のワインか。
シャトー・ル・パンやドメーヌ・アルマン・ルソーといった一本数十万円もするワインなんて、常駐している訳がない。
予約が入ったときに予算枠を聞いて、酒屋にチョイスして貰うぐらいだったからなぁ。
という事で今、うちに置いてある最上級のワインを出すことにしようか。
「それでは、本日のワインはこちらを。私の故郷のとある国のワインです。トスカーナ州のサッシカイアというワインです。ワインについてのテーブルマナーは不得手ですので、ご了承ください」
そう告げてから、ゆっくりと、そして丁寧に赤ワインを注ぐ。
そしてアイラ王女もワインをテイストした後、ゆっくりと呑んでいる。
「いいワインね。これなら王城のパーティーでも使えそうだわ。ではこれを20ケース、明後日まで……と、失礼、今日は私が楽しみに来たのでしたわ。では、料理を楽しみに待っていますので」
「かしこまりました」
さて、王女殿下のお相手はシャットたちに任せるか。
というか、二人とも王女殿下たちに捕まって色々と話をしているようなので、安心して料理に専念できる。
「とはいえ、まだ食べた事が無い料理ねぇ。あまり時間を掛けるのはよろしくないから……」
まずは地鶏のもも肉を用意。
これを切らずに一枚のまま、肉の方に切れ目を入れて少し開いておく。
次にボウルに酒3:醤油1:甜面醤1を入れてよく混ぜ、開いた鶏肉を漬けこんでおく。
漬けこむ時間は大体30分ぐらいなので、ここで裏技。厨房倉庫経由で冷蔵庫に入れたのち、時間を30分ほど進める。
これで味がしみ込んだので、鶏肉に金串を刺して大きく開き、炭火でじっくりと焼く。
焼き加減は強火の遠火、決して焦げ付かせないように細心の注意を払う。
「そして、付け合わせの準備……と」
キュウリはさっと水洗いしたのち、10センチほどの長さに合わせて細切りにしておく。
同じように長ネギも用意し、白髪ねぎを作って置く。
まあ、慣れない内は大変なので、多少は不揃いでも大丈夫。
うちはここにカイワレ大根と、刺身の褄も付け合わせるからなぁ。
そして漬けダレの準備。
今回は甜面醤と醤油、煮切り味醂を使う。
比率は4:1:1ってところだろう、アイリッシユ殿下が甘いもの好きなので、今回のたれもちょっとだけ甘めにした。
ちなみにだが、本来ならば肉を漬けこむときとタレを合わせるときには『おろしにんにく』を加えるのが普通。だが、流石に一国の王女殿下が二人も揃って、ニンニクの匂いを身に纏っていては不味いだろうという事で割愛。
「よし、後は仕上げにこいつを炙って完成だな」
最後に用意したものは春巻きの皮。
こいつを焦がさないように丁寧に炭火で炙り火を通す。
手を抜くのならレンジでチンだが、炭火で炙った春巻きの皮はいい塩梅に香りが付くのでね。
後は、大きめの丸皿にきゅうりと白髪ねぎ、カイワレ大根、刺身の褄を盛り付けて、横に薬味用の小さいトングを添えておく。
焼きあがった鶏肉も細切りにして別皿に盛りつけ、最後は炙った春巻きの皮を半分に切って添えて完成。
「お待たせしました。北京ダック風の地鶏の照焼きです。食べ方は、こちらの皮に薬味と鶏肉を乗せて、タレをちょっとだけ垂らして巻いてください」
「一つ、見本をお願いしますわ」
「かしこまりました」
ということで王女殿下の前でクルクルと巻き上げて、皿に乗せる。
それで満足したのか、アイリッシュ王女殿下も俺の仕草を真似て作り始める。
「では、失礼して……はふっ……ん~、なんですのこれは? 手掴みで食べるとはなんてはしたないと思っていましたのに、こうすることで美味しく感じるなんて」
「これは、フォークとナイフでは味わえない感触です。うん、私にもう一本、ラムネをいただけますか」
「私もワインをお願いします」
今度はマリアンがワインを注いでいる。
さっきの俺のやり方を見様見真似しているが、なかなか様になっているじゃないか。
「では、しばし料理をお楽しみください」
「ええ、次の一品を待っていますわ」
「かしこまりました……と」
――カランカラーン
またお客がきたようで……と思って入り口を見ると、昼間に来たグリージョ子爵が、一人の女性を連れて入って来た。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
「ふん。今日は客として来た訳ではない。この店の権利についてだ。これがこの店の権利書で、今日からここが俺の店になった。分かったら、とっとと出ていけ……と、そうだな。どうしてもここで商売を続けたけれど、我が子爵家傘下の商会に登録すれば、ここで商売を続けることを認めてやる。その際はストレミング神に忠誠を誓い、収入の7割を寄進することになるが、それでも構わないよな?」
いきなり訳の分からない事を告げたかと思ったら、同行している女性が建物の権利書のようなものを取り出して広げた。
「この店の物件の所有者から、わが商会へ権利が譲渡されたという証拠です。それで、返答はどうするのですか? 別に今すぐ、ここから出ていってもらっても構いませんのですよ?」
クイッと眼鏡を直しつつ告げている女性。
だが、その書類ってどう見ても偽造なんだよなぁ。
確かに俺はここの権利書を持っているけれど、そこには王家の印章とサインがはしっかりと入っているんだよ。ということは、この書類は偽造されたもので、これを使って脅しをかけているっていう事だよなぁ。
「まあ、偽物の権利書で俺を脅そうとしているようですけれど。そもそも、ここの建物については、俺は正式に譲渡続きを行っていますので。もしもその書類が本物だとすると、俺の持っている書類が偽物っていう事になりますが、そういうことですか?」
「そうだ。どうせ小さな物件斡旋組合からこの建物を譲り受けたのかもしれぬが。この譲渡権利書を見ろ、しっかりとアードモア侯爵家ゆかりの斡旋組合のサインも入っているだろうが。つまり、貴様の権利書が偽物だ」
んんん? その名前、前にも聞いたことがあるよなぁ。
そう思って譲渡権利書を見ていると、横からスッ、と別の手が伸びてきて権利書が取られた。
「ほう、このサインといい、印章といい、確かによくできている偽物じゃな。さて、貴殿が何処の田舎貴族か知らぬが、ここはユウヤ・ウドウの持ち物じゃ。勝手に譲渡出来るはずがあるまい」
「なんだと、この小娘が。この権利書はたしかに、正式な斡旋組合から買い取ったものだ。それ偽物だなどと……なんだ、どうしたというのだ?」
はぁ。
アイラ王女殿下が横から権利書を取り合で眺めつつ、そんな説明を始めているし。
グリージョ子爵の付き添いで来た女性は、アイラ王女殿下を見て今にも倒れそうなくらい真っ青な顔になって子爵の服の袖を引っ張っている。
「ふん。今の話から察するに、グリージョ子爵の背後で暗躍しているのはアードモア侯爵ですか。ここ最近、あちこちの領地で悪さをしているという噂は聞いていましたけれど、貴殿の領地についても、今一度王家から視察を入れた方がよさそうですわね」
「なんだ貴様ぁ……たかが薄汚い酒場に出入りしている小娘風情が……このわしを誰だと思っている!!」
「知らないわ。ということで近衛よ、この者たちを拘束し、王都の騎士団本部まで連行してください。王家発行の権利書を無視して偽造した罪、ただでは済まないと思ってください」
――バサッ
お気に入りの孔雀の羽根扇子を広げるアイラ王女
その姿を見た途端、グリージョ子爵の顔が真っ青になった。
「え……その羽根扇子は……ま、まさか……どうしてアイラ王女殿下がこのような辺鄙な酒場に」
「この建物は、王家所有の物件の一つですわ。色々あってこの店の主人に譲渡したのよ……ということで、貴殿の話は全て、真っ赤な嘘であるということね。連れていけ!!」
――ザッ
入り口から入って来た近衛騎士が、グリージョ子爵たちを捕まえて外に出ていった。はぁ、これで全て終わってくれればいいんだけれどねぇ。
「アイラ王女殿下、ありがとうございます」
「うむ。とくと感謝してくださいませ。越境庵を開いてもてなしてくれれば、それで此度の件は帳消しにしてあげますわ……と、そろそろ次の料理が出来そうかしら」
「少々お待ちください」
ほんと、王女殿下にしてみれば、この手の問題も些末な事なんだろうなぁ。
それでも助かったよ。




