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【書籍化決定】隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~  作者: 呑兵衛和尚
王都ヴィターエで、てんやわんや

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87品目・異世界のジビエと、魔石騒動(巨大ウサギのリゾットと、ビールのケグ樽)

 アバンとロトの兄弟冒険者が持ち込んだ、リエーブル(巨大ウサギ)の下拵え。


 仕込み初日はレバーパテ、ウサギのザンギ、トマト煮、ハンバーグといった四品を仕込んだ。

 その翌日には更に、うさぎのギドニー(腎臓)と青梗菜の炒め物、調味液に漬けこんで一夜干しにした背ロースなどを用意。

 そして最終日、今日の夜には二人が食べに来るので、最後の一品をのんびりと炒めている真っ最中。


「ん~、ユウヤぁ、それは何をしているのかにゃ?」

「ああ、ウサギのモモ肉をみじん切りにしたものを炒めているだけだ」


 そののち、一旦ウサギ肉はボウルに移し、今度はタマネギのみじん切りも炒めていく。

 そして次に、茸も加えてよく炒める。

 ちなみに今日使った茸はシイタケと舞茸、マッシュルーム、そしてエリンギ。

 これらを賽子(さいころ)状に切ってからタマネギに加えて火を通すと、ここに炒めたウサギの肉と出汁を加えていく。

 

「こういう時は、この鍋は便利なんだよなぁ」


 使っている鍋は雪平鍋ではなく、すき焼き鍋。

 こいつはガラス製の振蓋が付いているので、中の様子がよく見えて便利だ。

 

「……ウサギの味噌汁かにゃ?」

「はは、そういう発想は好きだが、ちょいと違うなぁ」


 出汁で煮込んだ材料が程よく柔らかくなったら、ここにさっと洗った米を投入。

 あとはこのまま蓋をして炊き上げるだけ。

 

「んんん……以前話していた、鍋の〆の雑炊かにゃ?」

「そもそも〆どころか鍋でもありませんわ。これは確か、大陸南方の伝統料理の一つ『リーゾット』ですわね」 

「へぇ、発音も似たようなものなのか。こいつはマリアンのいう通り、リゾットだ」

「なんだ、野菜料理かにゃ」


 マリアン曰く、リーゾットというのはカルナリというコメのような穀物を材料と一緒にスープで炊き上げた野菜料理だそうで。

 このあたり、イタリアに伝えられている逸話に近いものを感じる。

 日本では、リゾットは米を用いてつくる主食のようなイメージなのだが、イタリアでは主食ではなく野菜料理に分類されているらしいからな。

 凄いのは、リゾットをおかずにパンを食べるのが普通らしい。

 まあ、こっちの世界でも同じようなものだとマリアンが説明してくれたが。


「俺が作っているのはリゾットで、米料理で主食だからな……」


 すき焼き鍋で4つ分のリゾットを仕上げて、時間停止処理の後、厨房倉庫(ストレージ)に保存。

 これでようやく、リエーブルの仕込みは終了。


「とはいえ、残った肉をどうするか……」


 そもそも、体重が20キロを超えるウサギというだけで悟って欲しい所だ。

 もも肉、背ロース等がまだ残っているので、これは綺麗に掃除した後、彼らに渡すことにした。

 うちとしては、材料持ち込みの料理なので手間賃と調味料分程度稼げればいいと思っている。

 それに、食べ物を出すという事はそれだけ飲むという事だからね。

 ということで、今日は秘密兵器も仕入れてあるので。


「よし、それじゃあ昼の営業を始めるとしますか。今日からは焼き鳥ではなく、こいつを使う」


 炭焼き台にセットしてある鉄板。

 これでシャットとマリアンも気が付いたらしい。


「ホットドックにゃ!!」

「フィリーチーズステーキですわ」

「ああ、そのどっちもだ。ホットドックとフィリーチーズステーキ、どっちも作る。ということで、マリアンは作業台でホットドック担当、俺は焼き台でフィリーチーズステーキ。シャットはすまないが、飲み物と会計を頼めるか?」

「お任せください。ユウヤ店長の一番弟子、しっかりとホットドックを作って見せますわ。という事で、ちょっと手順が不安なので、試食を作らせてください」

「はは、いいぞ、やってみろ」


 そのままホットドック用の仕込み済み材料と道具を一式、調理台の上に並べてやる。

 俺の方は準備オッケーなので、いつでも本番対応可能。

 

「ええっと、まず、サンドイッチ用のパンを開いて、この簡易焼き台で焼きます。そして焼きあがったパンの間に、湯煎してあるソーセージを挟んで。玉ねぎのみじん切りとピクリスのみじん切り(レリッシュ)を乗せて、上からマスタードとケチャップを掛けて……完成です!」


 ああ、いい感じに仕上がっている。

 そして試食担当のシャットが、口から涎を垂らしそうになっていた。


「では、あたいが試食するにゃ」

「はい、ではこちらはシャットさんへ。ユウヤ店長、私はフィリーチーズステーキを試食したいですわ!!」

「あ、あたいも食べたいにゃ、ユウヤの作ったフィリーズチーズステーキが食べたいにゃ」

「フィリーチーズステーキな、どれ、ちょいと待っていろ」


 まあ、どっちも同じなんだけれどね。

 細長いロールパンに切れ目を入れて、そこに炒めた薄切りの牛肉と玉ねぎ、溶けたチーズを挟んだものがフィリーチーズステーキ。名前のフィリーはフィラデルフィアの俗称なので、フィリーズでも問題はない……筈。

 ということで、王都では初のフィリーチーズステーキを作って試食を頼む。

 ちなみにだが、しっかりと料理人組合に登録するのは忘れていない。

 この前作ったピザは登録し忘れていたが、次に作ったときにでも登録することにしよう。

 そしてフィリーチーズステーキを満足そうに食べているお嬢さんたちがオッケーマークを出しているので、そろそろ店を開くことにしようかねぇ。


………

……


 本日用意してあったホットドックとフィリーチーズステーキはあっさりと、しかもとんでもない勢いで一気に売り切れてしまった。

 初めて作ったメニューの筈にも関わらず、うちで購入した客が外で食べているのを見て、更に客がやって来て……が繰り返された結果、僅か2時間で全て売りつくしてしまった。

 さすがに疲労困憊状態なので、メニューを変えて焼き鳥の盛り合わせを売る気力もなく、今日はすこし早じまいをしておしまい。

 

「……も、もうだめだにゃ。缶ビールも完売したにゃ。夜の分は大丈夫かにゃ?」

「夜は瓶ビールを売るから大丈夫だ。でも、そろそろビールサーバーを使いたいんだよなぁ」

「ということは、今晩の営業は越境庵ですか? 予約でも入ったのですか?」

「はは、それはないけれど。そろそろ王女さんたちが黙っていないだろうからなぁ。この王都に店を開いたのに、私たちを招待しないとは何事ですか……ってね」

「「あ~」」


 ほら、二人も納得している。

 とまあ、王女様たちのことは一旦置いておくとして。

 このまま夜の仕込みを終らせて、少し休憩でもしますかねぇ。


――カランカラーン

「よっ、ユウヤ店長、夜まで待ちきれなくて来ちまったけれど、もういいかな?」

「三日前から、ずっと待ち続けていたんだからさ、ね、いいだろう?」


 はぁ。

 今は休憩中なんだがねぇ。

 どうにもこっちの世界の冒険者というのは、時間というものに囚われていないというか……本当に自由なんだなぁ。


「今は休憩時間だにゃ、あと三時間後にくるにゃ」

「そうですわ。外に休憩中って看板が出ていたじゃないですか」

「いや、だからさ、その休憩っていうのをパッと終わらせてくれればいいじゃないか? そうだよな?」

「ははは。さすがにそれは無理ですね。今日の昼営業が忙しくて、今は何も作る気が起きないのですよ。きっかりと夕方5つの鐘で営業開始しますので、それまでは斜め向かいの冒険者組合で待っていてもらえますか?」

「作る気が……まあ、そういう事なら仕方がないか」

「それじゃあ、また後で来ますので!!」


 にこやかに帰っていく二人。

 本当に、二人には悪気というものを感じない。

 ナチュラルというか、自分ルールというか。


「全く、あの肉体言語戦士たちは、一度痛い目見た方がいいにゃ」

「という事ですので、仕込みを終らせて休憩しましょう」

「そうだな……それじゃあ、パッと終わらせますかねぇ」


 そのまま黙々と仕込みを続け、四時頃には一旦休憩。

 俺は三〇分ほど部屋で仮眠を取ったのち、開店準備を始める。

 そのころにはシャット達がとっくに掃除などを終らせているので、あとは開店時間を待つばかり。


「それで、二人は今日は?」

「う~にゅ。今日もお客でいいかにゃ? あの美味しそうなリエーブルでお酒が飲みたいにゃ」

「はは、それは別に構わんよ。マリアンも呑むのか?」

「はい。でも、私達の分は適当で構いませんので、飲み物についてはセルフサービスで対応しますから」

「それじゃあ、掃除代は割り材と炭酸でいいかな?」

「はい!!」


 さて、これで交渉は成立。

 時間なので看板を掛け替えようと外に出てみたら。


「なんだ、まさかずっとここで待っていたっていわないよな?」

「いえいえ、ちゃんと仕事してきた所ですよ」

「地区内の清掃だったけれど、しっかりと終らせて来てますぜ。浴場にいって体も洗ってきましたから」

「はは、それじゃあどうぞ……いらっしゃいませ」


 店のまえで立っていたロトとアバンの二人を店内に招いて、俺もカウンターの中へ。

 

「それじゃあ、今日はリエーブル料理を楽しませてもらいますよ」

「少しまけてくれると助かるのですけれどね」

「まあ、値段については交渉ということで。まずはお飲み物を」

「「瓶ビール!!」」


 だと思って、今日は例の切り札を用意してある。

 

「では、今日はこちらを……」


 カウンターの上に、アメリカ製のビール樽を置く。

 これはケグ樽といって、上部の金具部分に専用タップとキャップ(注ぎ口)をセットするだけ。

 ビールを注ぐときは、タップ部分を押すとキャップからビールが出てくる仕掛けになっている。

 一昔前は、国産のビールでも5リットル入りのケグ樽がどのメーカーにもあってね。

 座敷での宴会などでは、こいつを用意しておけばいつでも生ビールが飲めるっていう事で便利だったんだけれどねぇ。

 ということで、一通りの使い方を説明してから、よく冷えた中ジョッキを取り出して二人の前に。

 

「なるほど、ここをこうして押せばいいのか……」


――プシュッ!! 

 勢いよくビールが注がれていく。

 それを見て、ロトとアパンも満足そうに笑っている。

 さて、ビールはセルフサービスという事で、さっそく料理の準備を。

 とはいえ、ザンギと炒め物以外は完成してあるので、まずはこいつから。


「では最初はこちらを。リエーブルのレバーパテです。横にあるガーリックトーストに塗ってお楽しみください。それと、こちらは背ロースとジャガイモのトマト煮です」

「ほほう、これはまたビールに合いそうだな」

「ではさっそく……」


 二人同時にガーリックトーストにパテを塗り、そして同時にサクッとかじりついている。

 沈黙。

 二人の動きがシンクロしたように一瞬停止し、そして顔を見合わせたかと思ったら次々とガーリックトーストを食べ始めた。


「う、うまい、なんだこのパテは、臭みが全くないではないか」

「いや、リエーブル独特の臭みはあるが、それ以外の獣臭さがない。これはどうやったら、ここまで丁寧に仕上げられるのだ」

「ありがとうございます。では、次の料理の準備に入りますので……と、マリアン、そっちの分はここに置いておくので持って行ってくれるか?」

「はーい。かしこまりましたぁ」

「ね、ね、ユウヤあ、あの樽のような奴、焼酎もでてこないのかにゃ?」


 あ~、シャットの言いたいことはわかる。

 だが、ケギ樽でサワーはなかったような気がするんだがなぁ。

 ただし越境庵には、ビールサーバーの隣に『ホワイトブランデー』のサーバーがあってね。

 それを使って色々と作ることができるのだがね。

 

「では、そろそろ次の料理という事で。こちらはマエ、すなわち前足と胸元の肉を使ったハンバーグステーキです。ソースはガーリックソースとデミグラスソースを用意しました。付け合わせはマッシュポテトと人参のグラッセ(バター煮)です」

「おおお、ただ焼いているのではないな、この薫りは」

「では、ちょいと失礼して……と、その前に、この樽をもう一本頼む」

「かしこまりました」


 ちょっと待てくれ、もう5リットル樽を開けたのか。

 急いで次の樽を厨房倉庫(ストレージ)から引っ張り出し、彼らの目の前にセットする。

 すると、楽しそうにビールを注いでから、ハンバーグステーキを食べ始める。

 その後もザンギ、ギドニーと青梗菜の炒め物、ウサギの背ロースの一夜干しと、次々と仕上げては彼らの前に並べていく。

 途中でフリーのお客さんもやって来て、二人の前に置いてあるケグ樽に興味を示したんだけれど。

 こいつは5リットル入りで樽売りですと説明したら、納得して瓶ビールに切り替えてくれたよ。

 まあ、ロトたちの食べているものが食べたいというので、お客さんたちにも出すことにしたんだけれどね。

 そんな感じで、ロトたちが飲み始めてから2時間が経過。


「こいつが最後の料理です。リエーブルと茸を使ったリゾットです。ちなみにこいつは主食であり、〆の飯でもありますので」

「おお、それはいい。実にいいじゃないか」

「酒の締めにリーゾットとは最高の組み合わせだな。樽をもう一本頼む」

「かしこまりました。ちなみにこいつが、最後の樽です」


 ふう。

 まさか二人でケグ樽5本、25リットルも呑まれるとは思っていなかった。

 まあ、途中で近くに座っているお客にビールを振る舞っていたので、25リットルすべてを飲んだわけではないけれどな。

 という事で、すき焼き鍋に入っている熱々のリゾットを、二人の前に置いてある鍋敷の上に乗せる。そしてトンスイとレンゲ、おたまを添えて完成。


「では、〆の料理を堪能していただけると幸いです」

「ああ、本当に助かったよ」

「あのリエーブルがこんな姿になるなんて予想外だったな。また持って来ていいか?」

「はは……そいつはさすがにきついですねぇ」

  

 これは正直な意見。

 もしも大丈夫ですよなんて言おうものなら、噂を聞きつけた冒険者たちが次々と見た事もない食材を持ってくるに決まっている。そりゃあ興味はあるのだが、いきなり仕事として本番っていうのはいくらなんでもきついからねぇ。

 ということで、シャットたちも〆のリゾットを堪能しているし、ロトたちの近くにお客も少しずつおすそ分けして貰っているので、いい雰囲気じゃないか。


「うん、本当にうまいな」

「ありがとうございます。まだ肉が残っていますので帰りに持って帰ってください。しっかりと処理はしてありますので、あとは焼くだけで美味しく食べられますよ」

「いやいや、それはこの店で好きに使ってくれ。俺たちは今日食べた分で満足しているからな」

「そうですか。では、遠慮なく頂きます……と、そうだ、リエーブルを解体していた時、心臓の横辺りにある砂嚢さのうのようなところに、こいつが入っていたのですが」


 ふと思い出した。

 初日にリエーブルを解体したとき、地球のウサギにはない謎の器官が心臓の横にあってね。

 その中に、直径4センチほどの赤く透き通った石が入っていたんだよ。

 そいつを思い出してロトたちに手渡してみると、二人ともえらく驚いた顔をしている。


「ま、待ってくれ……これは魔石じゃないか……」

「リエーブルの中には、魔石を蓄える奴がいるのは知っていたが。こんなに綺麗で透き通った魔石じゃない、黒くてゴツゴツとした魔石を持っているはずなんだが」

「へぇ……こいつが魔石ですか……え? ちょいと待ってください、魔石を持っているっていうことは、こいつは魔物なんですか?」

「え、ユウヤ店長、まさか知らなかったのか?」


 なんてこった。

 俺以外の全員が驚いているじゃないか。

 ということはだ、俺は初めて魔物をばらしただけじゃなく、そいつで料理を作ったっていうのか。

 でも、魔物の肉って確か、浄化しないと食べられないんじゃなかったか?

 一体、どうなっているんだ?


いつもお読み頂き、ありがとうございます。


・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。


・豆知識

 ビールの樽の量は、大樽で20リットル。 

 一般的な中ジョッキに入る量はおおよそ350ml~400ml。

 つまり、樽一本で50杯ぐらいは取れるとします。

 ビールの原価はだいたい20リットル樽一本で一万円前後。

 つまり、中ジョッキ一杯の原価は大体……(゜∀゜)アヒャ

 なお、仕入れの場合の原価はさらに安く、そうなりますと原価は……アッヒャッヒャ!!ヽ(゜∀゜)ノアッヒャッヒャ!!

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