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【書籍化決定】隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~  作者: 呑兵衛和尚
王都ヴィターエで、てんやわんや

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85品目・難易度の高い持ち込み食材(精進料理の続きと、ピザの仕込み)

 祇玖理(きくり)さん達が、のんびりと食事を楽しんでいる。


 奥のテーブル席は彼女たちの貸し切り状態、カウンター席だけでフリー客を捌いている真っ最中。

 ホールはシャットに任せ、祇玖理(きくり)さん達の対応はマリアンに一任。

 まあ、今の店の大きさなら、この人数で十分に回せる。


「さて。4品目は、豆腐田楽でいきますか」


 さらしを巻いて水出しをした豆腐を短冊に切る。

 それに田楽串という、平たく途中から二つに分かれている竹串を差して、炭火の上で焼く。

 普通の竹串だとクルクルと回ってしまい、上に田楽味噌を塗っても落ちてしまうので。


「今のうちに田楽味噌を……と、確か作り置きがあったな」


 厨房倉庫(ストレージ)を使って、時間停止処理をしてある冷蔵庫からタッパに入った田楽味噌を引っ張り出す。これを両面に焼き色が付いた豆腐の片面に塗ると、表面を炙って焼目を付けるのだが。


「……バーナーで炙ってもいいのだけれど。確か、マリアンから使い方は教わっていたよな」


 最近は、少しずつマリアンから魔法の使い方について学んでいる。

 だが、そもそも魔法というものが存在しない世界からやって来たので、まったくと言っていいほどの手探り状態。


「火の精霊よ、我に力を……」


――ポシュッ

 イメージとてしては、豆腐田楽の上に火の玉が浮かび上がり、上火のガスサラマンダーのように表面を焼き上げるという感じだったのだが。

 田楽の上には、豆電球ほどの火の玉が浮かび上がり、プカプカと浮かんでいる。


「……うん、使い慣れたものでいいか」


――カチッ……ゴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 ガスバーナーを取り出し、浮かんでいる火の玉を使って着火。

 そのまま表面をさっと炙り、いい感じに味噌がグツグツと焼き上がって来た辺りで火を止め、そのまま皿へ。

 あしらいとして、表面に刻んだシソの葉を散らせば完成である。


「よし、マリアン、4品目の豆腐田楽が出来たので、持って行ってくれるか?」

「かしこまりました。それと、そろそろお腹がきつくなりそうなので、〆におむすびと汁椀が欲しいそうです」

「ああ、了解。ちょいと待っててくれ」


 今のうちに焼いている最中の焼き鳥などを仕上げ、カウンターのお客の前に出していく。

 ついでに飲み物の追加を聞いてシャットに伝えておく。これでおむすびと汁椀に集中できる。


「とはいえ、汁物ねぇ……」

 

 今の材料でいけそうなもの……ああ、なめこがあったから、あれを使ってみそ汁を仕立てますか。

 おむすびはスタンダードに塩むすび。

 ちなみにだけど、『おむすび』と『おにぎり』の違いについて。

 これは以前も話したとおりだから、今回はもう一つ。

 おむすびは『神産巣日神かみむすびのかみ』という神様の名前から来ているとも言われていてね。むすびの神=おむすびと呼ばれているという説もある。

 そもそも、この神様は豊穣神の一柱であり、この神様にお供えするご飯が『山』の形をあしらっていたということから伝えられているとか。

 恭しく『御むすびさま』と呼ぶ所から来ているっていうのも、なかなかいい話だと思うけれどねぇ。


 閑話休題。

 祇玖理(きくり)さんたちの食べている速度を考えつつ、おむすびを握って皿にのせる。

 みそ汁を注いで、おむすびの横に大根ときゅうりの糠漬けを添えれば完成だ。


「よし。マリアン、〆のおむすびとなめこの味噌汁だ。あとはよろしく」

「はい、それでは持っていきますね……おまたせしました、おむすびとなめこの味噌汁です」

「ああ……やはりユウヤさんのところでは、お米も食べられるのですね……」


 何だか、祇玖理(きくり)さん達が感動しているんだけれど。

 この前の試食のときに出していた食べ物にも米を使ったものは……そうか、炒飯だったか。

 そりゃあ、お米を食べたくなるっていうのもうなずけるわ。


「あの、店長さん、奥のテーブルに運んだ白い食べ物はなんですか?」

「あれは米を炊いたご飯を握ったものですよ。今日はおむすびといいましてね。食べるのでしたら用意しますよ?」

「それじゃあ、一つお願いします」

「まいど」


 さて、一つ握ってカウンターに出すと、隣で見ていた人も喉を鳴らして欲しくなる。

 そして追加注文、更に追加っていう感じで、おむすびって食べているのを見ていると連鎖的に欲しくなるよなぁ。

 今度は、趣向を凝らして釜めしでも作ってみますかねぇ。

 メニューの一番最初に釜めしの道具を一式出して、目の前で炊き上がるのを待つ。

 その間に焼き鳥や酒を堪能し、腹の加減がいい塩梅になったら〆の釜めしが出来上がる。

 そういうのも、いいよねぇ。


………

……


 カウンターのお客さんたちが引けてから、祇玖理(きくり)さん達も食事と話し合いを終えて席を立った。


「ユウヤ店長さん、本日はありがとうございました。それでですね、実はお願いがあるのですけれど」

「お願いですか?」

 

 そう問い返してみると、祇玖理(きくり)さんがちょっと困った顔で話を続けた。


「実は、禾穀かこくを分けて頂けると助かるのですが」

「かこく……ああ、米の事ですか、少々お待ちください」


 禾穀とはまた、ずいぶんと古い呼び方だなぁと思ったが。

 そもそもこっちの世界では、そういう呼び方なのだろう。


「精米されているものしかありませんが、それでよろしければお譲りできますよ」

「助かります。実は、倭藍波(わらんは)から食料が届くはずだったのですが、どうも海が時化てしまったらしく、途中の港かどこかに船を避難させたそうなのです。そこから早馬で連絡が届いたものの、積荷の大半が海水を被ってしまったり、荷がほどけて流されてしまったとかで」

「ああ……そういうことでしたら」


 厨房倉庫(ストレージ)から、30キロ入りの紙製米袋を一つ取り出す。

 品種は『ゆめぴりか』、北海道米の中でも、特にうまいコメの一種。

 札幌で店を開いている以上は、やっぱり道産米にはこだわりたかったからね。

 でも、最近は少し値段が上がったように感じるのだが、今年は不作だったのだろうか。


――ドサッ

「こちらでよろしければ、適価でお譲りします。そうですね……20000メレルでいかがですか?」

「そ、そんなにお安い値段で譲っていただいてよろしいのでしようか?」


 ああ、日本円で2万円だからなぁ。

 これでも高いのだけれど、まあ、祇玖理(きくり)さんたちは輸送の手間賃なども考慮してくれているのだろう。


「困ったときはお互い様です。とりあえず一袋、また欲しくなったら都度、一袋ずつの販売でよろしいですか?」

「ありがとうございます。本当に、助かります」

「では、明日にでも使いの者を寄越しますので、その時に代金と引き換えにお譲り頂けると助かります」

「かしこまりました。では、そのように」


 これで話し合いは成立。

 そして夜8つの鐘が鳴ったころ、店の前に迎えの馬車がやって来た。

 予め、迎えに来てもらう時間を指定していたのだろう。


「それでは、本日は無理を言って申し訳ありませんでした。本当に美味しかったです」

「それはどうも、またいつでもいらしてください」

「ええ、また倭藍波(わらんは)の味が恋しくなったら、その時には伺いますので。それでは」


 深々と会釈してから、馬車が走り出していった。

 

「さて、今日はもう店じまいだな。マリアンシャット、今日は何が食べたい?」

「ん~、とんかつだにゃあ」

「お刺身がいいですわ」

「「え?」」


 肉と肴、真っ二つに意見が分かれたか。

 

「それじゃあ、どっちも用意しますか。とんかつは揚げたてをストックしてあるから、刺身を切ってしまうか」

「それじゃあ、今のうちに片づけをしておきますわ。シャット、食器を下げてきてください、私が洗い場に入りますので」

「かしこまりぃ」


 てきぱきと片付けを始める二人。

 ほんと、日本でも十分に通用しそうだねぇ。


 〇 〇 〇 〇 〇


 王都に店を構えて半月。

 こっちの世界の暦で数えるとややこしくなるので、2週間ほど経過した。

 相変わらず昼には焼き鳥セットが飛ぶように売れ、近場だけでなく別の区画で商売をしている料理人まで焼き鳥を買いに来るようになった。

 うちで焼き鳥を買って近くの広場で食べた後、タレを売って欲しいという人たちが毎日のように来る。

 それだけではなく、夜にも同業者らしい人たちをちょくちょく見かけるようになり、定番メニューだけでなくシャットたちやグレイさんたちが注文する裏メニューを食べては、腕を組んで唸り声をあげている人もいる。

 まあ、味について直接聞かれたことはあっても、仕事上の秘密でしてと告げると『そうだよねぇ』と素直に諦めてくれるので助かってはいるんだが。

 ちょいと、困ったこともあってね……というか、今、まさにそんな感じでね。


――ドサッ

 カウンターの上にでっかい頭陀袋ずだぶくろが乗せられている。

 その向こうには、あちこちに血の跡がべっとりとついた皮鎧を着ている二人の冒険者。

 はあ、これはまた、無理難題が舞い込んできた感じだなぁ。


「こいつは、つい2時間前に取って来たばかりのリエーブルでね。こいつで何かうまい飯を作ってくれないか? 金は払うからさ」

「いつも頼んでいる食堂の親父が体を壊しちまってね。それで今日は休みだったので、どうしようかなと思っていたら、アベルっていう冒険者が『それならユウヤ店長のところにいって見れば?』って紹介してくれたんだよ。どうにか出来そうかい?」


 この二人の冒険者はアバンとロトという兄弟で、斜め向かいの冒険者組合に登録している流れの冒険者だ。うちの店にも昼飯時には買い物に来ているので顔ぐらいは知っていたのだが、まさか食材の持ち込みとは恐れ入った。


「さすがに、いまから捌いて料理するというのは難しいな……ちなみに獲物は一体なんだ? リエーブルというのは、俺は知らないんだが」

「え? リエーブルを知らないのか?」

「ええっとですね……ユウヤ店長、リエーブルというのは食用ウサギの事ですよ」


 おっと、マリアンから助け船が入ったか。

 普段から暇な時間は料理の事や食材について話をしていたり。最近では越境庵に置いてあった料理の本を読みたいと言われてこの酒場のテーブル席あたりの本棚に料理本を少し置いたのだが、それで勉強していたからなぁ。


「ああ、そういうことで。ちょいと見せて貰っていいか?」


 カウンターから外に出て、床に袋を置いてから口紐をほどいてみる。

 うん、中には巨大なウサギが二羽ほど入っている。

 首のあたりが血に濡れているので、獲ってすぐに血抜きをしたのだろう。

 さて、こいつをどうするか。


「今からこいつをバラすとなると、ちょいと時間がかかる。だから、このリエーブル料理については3日後に来てくれないか? その代わり今日は、うちの飯を奢ってやるから」

「ああ、それでも構わないさ。でも、新鮮なリエーブルの肝焼きは食べられないのか……」

「いや、それも多分大丈夫だ。新鮮なまま保存する道具があるのでね」


 とはいえ、ウサギの捌きなんて流石にやったことはない。

 以前は、近所の猟師が鴨を撃ってきたものが持ち込まれたりとか、それこそ鹿の解体を手伝わされたりとかしていたので、その応用だと思えばバラせないことはない。

  

「まあ、明日の朝からでも解体しますか。それはそれとして、ちょいと失礼」


 頭陀袋ずだぶくろ厨房倉庫(ストレージ)に放り込み時間停止処理をしておく。

 次にカウンターに除菌スプレーをぶっかけてから、丁寧に拭き掃除。

 さすがに野生のウサギが入れてあった袋がカウンターに載せてあったんだ、除菌はしっかりとしておかないと。


「……これでよし。それじゃあちょいと飯の準備を……と思ったけれど、流石に一度、着替えてきてくれないかねぇ」

「皮鎧も血が渇いてポロポロ落ちそうだニャ、それに二人共臭っさいにゃ」

「そうですわ。一体、何日ぐらい狩りにいっていたのですか?」

「ん~、3日ぐらいかな?」

「風呂に入って着替えてこい!! 戻ってくる頃には飯の用意をしておくから。それで、何が食べたいんだ?」


 大体一時間ぐらいの余裕があるのなら、ある程度の料理は作れる。

 そう思って二人に問いかけてみたんだが。


「う~ん。焼いたパンと肉を一緒に食べたいねぇ」

「野菜も一緒に焼いてくれると助かるんだけれど……うん、こう、一つにまとめてドーンっていうかんじでさ。落陽亭のおやじはさ、でっかい皿に肉やら野菜やらいろいろと焼いてさ、その横にでっけぇパンをつけてくれてね。そのパンをちぎって、肉とか野菜を載せて食べると美味いんだわ」

「ああ、そういうことなら……うん、大丈夫だな。それじゃあ用意してやるから」

「わかった、ちょいといってくるわ!!」


 そういうや否や、兄弟はそろって外に飛び出していった。


「ちなみにですが。ユウヤ店長、アバンさんたちの注文って大丈夫なのですか?」

「ああ、ちょいと見ていろ。こういう時の為に、こいつがあるんだからさ」


 カウンター内、焼き台の横にひっそりと作ってある石焼釜。

 こいつはグレンガイルさんに頼んで作って貰ったものなのだが、普段は使っていない。

 もっぱら炭焼き台で焼き鳥ばかり焼いているので、作って貰ったはいいが日の目を浴びてないんだよ。

 まずは炭焼き台に薪を放り込んで火をつけると、石焼釜の中に次々と放り込む。

 そして暫く放置している間に、厨房倉庫(ストレージ)からストッカーに保存してあった『ピザドゥ』を取り出す。

 こいつは冷凍のピザ生地でね、丸い玉状になっているのを伸ばすだけでピザ生地になる。

 あとは自家製トマトソースとベーコン、生ハム、季節の野菜の準備。


 ピザソースの作り方は、いたって簡単。

 トマトカットトマトと玉ねぎのみじん切り、ニンニクのみじん切りがあればいい。

 先にフライパンにオリーブオイルを入れてタマネギを炒め、しんなりしてきたらニンニクのみじん切りを加えてさっと加熱。

 ここにトマト缶を加え、塩コショウ、ほんの少しの砂糖を加え、ゆっくりと弱火で炒め煮詰めていくだけで完成。

 ソースの堅さはお好みで、固すぎるとピザ生地に塗りにくいし、柔らかいとシャバシャバで使いずらい。

 ある程度もったりとした感じでいい。


「さて、生地も解凍できたので……」


 調理台に除菌スプレーを掛けてからさっと拭き、更に水拭きしてから軽く薄力粉を振っておく。

 そこにピザ生地を載せて、麺棒を使って伸ばしていくだけ。

 とことんまで薄くする人もいるが、うちのメニューではパン生地に近い厚さが人気があってね。

 逆にクリスピーな方が好きな人の為に、クリスピー生地も用意してあるが、今回はパン生地で。

 

「こんな感じで、あとはピザソースをまんべんなく塗り、スライストマトとチョリソー、角切りベーコン、生ハム、アスパラ、スライスマッシュルーム……茄子もスライスしていってみるか」


 次々と具材をトッピングして、最後にチェダーチーズをチーズおろし器で細かくして振りかけて……。


「ユ、ユウヤぁ、それ、すっごくおいしそうだにゃ」

「ああ、二人も食べたいんだろう? だったら……マリアン、手を洗ってこっちに来てくれ」

「はい、少々お待ちください」


 トッピングの終わったピザは焼くだけにして、一度厨房倉庫(ストレージ)に戻して時間停止。

 次はマリアンたちの分だな。


「手を洗いましたけれど?」

「それじゃあ、生地を伸ばすところから始めてみるか。教えてやるから自分で作ってみな、その代わりトッピングは好きなものを好きなだけ乗せていいから」

「あたいのは生ハム多めだにゃ」

「シャットも自分で作ってください……って、ああ、毛が混ざるのですか。では、シャットの分も私が作りましょう! まずはどうするのですか?」


 ということで、一時的にピザ教室が始まった。

 さて、シャットには今の内に夜の開店準備を頼むとしますか。


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