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【書籍化決定】隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~  作者: 呑兵衛和尚
王都ヴィターエで、てんやわんや

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84/140

84品目・姫巫女さんの憂鬱(居酒屋の精進料理、まず3品)

 開店初日の夜営業。


 当然ながら初めて来るお客が大半で、常連といっていいのはミーシャとアベル、グレンガイルさん、そしてフランチェスカの4名。カウンター席の残り6名はこの街で初めての客で、のんびりと焼き鳥をつつきながら、ビールや日本酒を楽しんでいる。

 まあ、BGMが欲しいところなので、今度、越境庵からラジカセでも持ってくるとしますかねぇ。

 電源を引っ張ってもいいし、電池で動かしてもいい。

 それかスマホに音楽を落として、それで再生するのもありだよな。

 こっちの世界じゃスマホなんて殆ど使い道が無かったから、事務室に置きっぱなしなんだよ。


「ああ、そういえば……昼間のアルヴィンの件だけれどね。色々と調べて貰ったら、あいつが勝手に、うちのクランの息が掛かっていない飲食店や個人商店相手に金をせびっていたことが分かってね。ベネットは心を入れ替えて真面目に頑張っているっていうのに、どうしてあいつは性根が腐っちまったんだろうかねぇ……ということで、明日、あいつの親御さんの所に突っ返してくる事になったんだわ」

「はぁ、そいつは大変ですね……」


 話から察するに、兄貴のベネットは冒険者組合で仕事を受けて、コツコツと頑張っているらしい。

 だが、弟のほうは飽きっぽい性分で、すぐに楽な方へと逃げてしまったとか。

 挙句にクランの名前を出して金銭をせびったり、ツケで買い物をしたりとか。

 一連の苦情を受けて、クランのメンバーが後始末をしていたらしいが、とうとうフランチェスカも堪忍袋の緒が切れたっていうことか。

 アルヴィンの親は荘園貴族らしく、今は所用の為に王都の別邸に来ているとか。

 まあ、これに懲りて真面目に生きてくれればいいが……。


「本当なら、もっと早くから親御さんの所に突っ返しておけばよかったんだけれどねぇ。あの方には恩義があってね、どうしてもためらってしまったんだけれどさ……もう限界だわ」

「まあ、そういう輩は少なからずいる。組織を纏めていると、特に目の届かない所で悪さをするやつはいるからのう」


 淡々と呟くグレンさん。

 まあ、俺も色々とあったから、気持ちはわかるよ、うんうん。

 そんな感じで二人の愚痴を聞きつつ、のんびりと営業。

 夜8つの鐘が鳴るころには、カウンター席もグレンさんたちを残して皆、帰っていった。

 この王都には街灯があるらしく、定時には魔導師たちが街灯に魔法の灯りをともすらしいが。

 その街灯も数が少ないので、『他の領地よりは明るいけれど、夜は早めに帰宅する』っていうのが常識らしい。

 まあ、冒険者組合の近所には宿も結構あるらしく、そこに寝泊まりしている冒険者等はもっと遅くまで飲み歩いていたり、娼館に出入りしているとか。

 ちなみにこの国では、娼婦は『公的娼婦・公娼』と『私的娼婦・私娼』の二つに分けられているらしい。しっかりと公娼組合に登録し、専用の館で客を取っているのが公娼、街角に立ち客を捕まえて路地裏や自宅に引き込んでいるのか私娼だとか。

 まぁ、俺には関係ないか。


「さて、明日は早いのでそろそろ行かせてもらうね……と、忘れる所だったよ」


 フランチェスカが、一枚の金属製プレートを鞄から取り出してカウンターに置いた。


「これは?」

「入り口の横、見やすいところに掲げておくといいさ。ミルトンダッフルの立ち入りがありますよっていう証明でね、それを掲げておけば、よその国や領地からきたモグリ冒険者じゃない限りは、この店で暴れたり金銭を請求する奴はいないと思うからさ」

「へぇ、そいつは助かる。でも、いいのか?」

「たまに顔を出すので、その時にサービスしてくれればいいよ。それじゃあな」


 軽く手を上げて、フランチェスカが帰っていく。

 それに合わせてグランさんとミーシャたちも帰ったので、本日の営業はこれでおしまい。

 とっとと片づけをして、明日のために英気を養い……仕入れでもしますかねぇ。


………

……


――数日後

 開店初日以降、昼の営業は『焼き鳥の盛り合わせをテイクアウトで』というスタイルで固まってしまった。

 というのも、幾つかメニューを考えてはみたものの、夜営業で焼き鳥盛り合わせを食べた冒険者たちが噂を広めてくれたおかげて、『ユウヤの酒場=焼き鳥盛り合わせ』という固定概念が広まっていたらしい。

 それゆえに昼営業は、当面は焼き鳥盛り合わせのみで回し、夜は焼き鳥+煮物といった形の営業スタイルで回すことにした。

 

「まあ……王都の冒険者って、一つの依頼で何日も王都から離れますからね。その間は保存食しか食べれませんから、依頼が終わって王都に戻ってきたらガッツリと肉を食べたくなるようですわ」

「それに王都近郊にある『ピアモンテ迷宮』に向かった連中も、やっぱり肉を食べて元気になっているにゃ」

「なんだ、そのピアモンテ迷宮って?」


 二人の話によると、この王都近郊には『ピアモンテ迷宮』というものが存在しているらしい。

 ちなみに迷宮とは、この世界の大地に流れる魔素が凝縮して生まれた『ダンジョンコア』というものが造りだすものであり、侵入者の欲望を具現化する能力があるらしい。

 例えば、金銀財宝を求める冒険者には、迷宮のあちこちに出現する宝箱からそれを回収することができるらしく、最下層にある『ダンジョンコア』を支配すれば、どんな願いでも叶える事が出来るらしい。

 ただし、迷宮は生きている。

 侵入者にそうやすやすと財宝を与える事はなく、それらを守る魔物が大量に出現し、徘徊しているらしい。

 迷宮は、大地を流れる魔素と、迷宮で死んだ者たちの魂で成長する。

 出現してからすでに250年たった今でも、ピアモンテ迷宮は攻略されることなく、常に大勢の冒険者を待ち受けている……という事らしい。


「……という事だにゃ」

「シャットの説明の通りですわ。だから、無理しないで浅い層で小銭を稼ぎ、日々を暮らしている冒険者もあれば、大規模クランにより討伐隊が結成される事だってありますわ」

「成程。ちなみにマリアンたちは、そのピアモンテ迷宮には入ったことはあるのか?」

「あたいは24層までだにゃ。そこで飽きて帰ってきたにゃ」

「私は33層で限界を感じたもので、そこでパーティー全員で帰還しました。私の記憶が確かでしたら、現在の攻略されている階層は128層の筈ですわ」


 ふぅん。

 どんな願いも叶う……ねぇ。

 命と引き換えに叶えたい願いか、そんなものは今はないなぁ。

 この世界に来たばかりだったら、生き返らせてほしいと願ったかもしれない。

 けれど、俺がこの世界に来たのも神の思し召し、与えられた環境なら、ここで精いっぱい生きるだけだからな。


「ま、いろいろとありがとうよ」

「うにゅ……まさかユウヤは、迷宮攻略して、元の世界に帰りたいのかにゃ?」


 そう寂しそうに呟くものだから、ニイッと笑って見せる。


「迷宮に足を踏み入れる気はないし、今は、ここが俺の生きる世界だ。だから帰る気なんてないから安心しろ」

「だそうですわ。シャット、私が言ったとおりだったじゃないですか」

「でも、ちょっと心配だったにゃ」

「ま、そういう事だから、迷宮のことは気にしなくていい。そもそも、俺が冒険者になれるとでも思っているのか?」


 そう問いかけると、二人とも真剣な顔で考え込んでいる。

 待て待て、そこは笑って済ませるところじゃないのか?


「確かに、ユウヤなら不可能じゃない筈にゃ」

「でも、50層まで行けるかどうか……悩ましいですわね」

「はいはい、それじゃあ夜の営業を始めるので、とっとと食べ終わった食器を下げるように!!」

「「かしこまり!!」」


 そう叫んでから、二人が慌てて食器を下げると、急いで作務衣の上と三角頭巾をかぶった。

 今日は店員モードで手伝うらしい。


――カランカラーン

 そして二人がいなくなった時、いきなり店の扉が開いた。


「失礼します。こちらが、ユウヤの酒場で間違いはありませんか?」


 そう告げつつ入って来たのは、姫巫女・祇玖理(きくり)の女官の一人、神薙さん。

 外出用の服装のようで、白い薄手のコートのようなものを着ている。


「おや、神薙さん。ご無沙汰しています。ここが俺の店で間違いはありませんよ」

「そうでしたか。では、ちょっとお待ちください。5名で入れますか?」


 5名ということは、姫巫女さんと女官4名か。

 ちょいと急ぎ、テーブルとイス追加しますか。


「ええ、少々お待ちください、今テーブルと椅子を追加しますので」


 奥のテーブル席に、もう一つテーブルと椅子を追加。

 そして準備が出来たところで神薙さんに合図を送ると、予想通り祇玖理(きくり)さんを始めとした倭藍波(わらんは)の賓客が入店した。


「ご無沙汰しています、ユウヤ店長さん。あなたの料理が忘れられなくて、来てしまいましたわ」

「それは光栄です。席はこちらですのでどうぞ。今、おしぼりとお水をお待ちしますので」


 これで奥のテーブル席は貸し切り。

 急ぎおしぼりと冷たい水の入ったピッチャーを用意してテーブルに持っていく。

 まだ開店にはちょいと早いが、まあ、いいだろう。

 

「おしぼりとお冷です。こちらがメニューですけれど、たしか祇玖理(きくり)さんは生臭物は駄目なのですよね?」


 王城の貴人の間でも、祇玖理(きくり)さんは俺が用意した幾つもの料理のうち、野菜だけを使っているものしか食べていなかったからなぁ。

 女官の皆さんは何でも好き嫌い無く食べていたけれど、それを横目に見ていたのは、今でも覚えている。 

 

「ええ。それで本日は、精進料理をお願いしたくて参りました」

「貴人の間で食べる料理については、私たちが色々と手を尽くしてまいりましたけれど。流石に倭藍波(わらんは)の食材が届かなくなってきましたので、こちらを伺った次第です」

「そうでしたか。では、ユウヤの酒場流の精進料理をご用意しますので、しばしお待ちください」


 急ぎカウンターの中に戻ると、ちょうど着替えおわった二人も階段を下りて来た。


「おや、倭藍波(わらんは)の姫巫女さんだにゃ、いらっしゃいませだにゃあ」

「いらっしゃいませ。ご注文は御済みでしょうか?」

「ええ、先ほどお願いしましたので。あと、出来れば、煎茶など頂けると助かります」

「かしこまりました」


 いそいそとマリアンがやって来るので、煎茶のセットを取り出して手渡す。

 その間にシャットが開店準備をしてくれるので、おれは精進料理に集中するだけだ。


「さて、出汁を引くところから始めますか」


 うちの出汁は鰹節を使っているので、昆布と干しシイタケのみで出汁を取り直す。

 ちなみに干しシイタケはボウルに入れて水を張り、時間加速でいっきに出汁を抽出する。

 これで出汁を引いた後は、まずは最初の一品から。


「インゲンがあるから、これで一つ作るか。と、その前に」


 大根を桂剥きして、厚さ3センチほどに切る。

 それを鍋に入れて水を張り、米を一握りいれたのち、ゆっくりと弱火で火にかけておく。

 これは風呂吹き大根を作るのに必要だからね。 

 そしてインゲンは長さを揃えて上下を切り、さっと沸騰したお湯に入れて火を通す。

 火が通ったあたりで盆ざるに取り、そのまま冷ましておく。


「その間に、雪平鍋で胡麻を炒りますか」


 小さな雪平鍋に胡麻を入れて、中火に掛けて軽く振る。

 

――パチッパチッ

 少しすると胡麻が膨らみ、爆ぜてくるのでそこで火から下ろし、しばし余熱で火を入れる。

 冷めた辺りですり鉢に入れて粒が無くなるまでよく擦り、煮切り味醂と醤油を少々加えてあたりを取る。

 

「うん、いい感じに仕上がったな。ゴマの風味がしっかり出ている」


 あとは、すり鉢の中に茹でたインゲンを加え、さっと混ぜ合わせるだけ。

 これ小鉢に形よく盛り付ける。あしらいはなし。


「さて、まずは一つ目。いんげんの胡麻和えです。マリアン、よろしく」

「かしこまりましたわ」


 さて。

 お客さんの反応を確認したいところだが、今はこっちに集中。

 

「さて、大根がいい感じだから……」


 一度大根を茹でていた鍋を火から下ろしさっと洗ったのち、鍋に昆布とシイタケの出汁を張って、そこに大根を入れて火にかける。

 こんどは極弱火で、ちょいと味付けに薄口醤油と酒を少々。

 そして別の雪平鍋に白味噌と砂糖に、酒を少々入れて弱火に掛けつつ練っていく。

 味噌の堅さはやや緩め、宮島しゃもじで掬ってゆっくりと垂れていく程度。

 ここに柚子のしぼり汁を加えるのだが、流石に生の柚子なんて仕入れてはいない。

 だから、ここは『かぼすの果汁』で代用する。

 

「うちでポン酢を作る時用にストックはしてあったのでね……。うん、いい感じだ。皮を刻んであしらいに使いたいところだが、流石に間に合いそうもないからな」


 ゆっくりと火にかけて出汁の旨味を吸った大根。これを鉢皿に盛り付け、上から『かぼす味噌』をさっと掛けて出来上がり。

 見た目がちょいと悪いので、笹葉をそこに敷いてある。


「よし、二品目の『風呂吹き大根、カボス味噌掛け』の出来上がりだ。マリアン、こいつを持って行ってくれ」

「かしこまりましたわ!!」


 すぐさまマリアンが風呂吹き大根を持って行った。

 

――カランカラーン

 そして本日の客第一号の来店。

 まあ、祇玖理(きくり)さんたちは別枠という事でね。


「3名だけれど、入れる?」

「カウンターにご案内するにゃあ、ユウヤぁ、3名様入るにゃあ」

「ほい、いらっしゃいませ!!」


 てきぱきとシャットがおしぼりと水を持って行った。

 メニューについていろいろと説明してくれるので、そこは任せておくことにしよう。


「さて、今のうちに三品目……は、これだなぁ」


 木綿豆腐を横半分に切り、さらしを巻いてまな板で挟み、重しを載せておく。

 俗にいう水切りを掛けておいて、これは4品目に使う。

 そのまま揚げ出し豆腐という手も考えたのだが、ここはユウヤの酒場らしく、野菜串を焼きますかねぇ。

 長ネギ、獅子唐はイカダに串打ち。

 しいたけは飾り包丁を入れておく。

 

「トマトベーコンもうまいけれど……トマトのみでいきますか」


 ミニトマトは三つを串にうつ。

 ちなみに『プチトマト』というのは今は販売しておらず、すべて『ミニトマト』になっている。

 プチトマトって品種名だったんだけれど、あまり知られていなくてねぇ。

 まあ、閑話休題ということで。


「ユウヤぁ、焼き鳥盛り合わせを4人分、ビール二本と純米酒の冷を二合だにゃ」

「ほい、少々お待ちくださいよっと」


 焼き鳥が上がるまでは、サービスの塩キャベツ。

 ここ数日、さらにキャベツの値段が上がっていてね、最悪はこっちの市場でキャベツの変わりに使えそうなものを探さなくてはならない。

 とまあ、愚痴も後回し、塩昆布を混ぜ合わせておいた塩キャベツをボウル皿に盛り込み、瓶ビールと純米酒を二合、注いでシャットに手渡した。


「今日の純米酒はなんだにゃ?」

「 雪の茅舎・ 純米吟醸だな。どうにも、王都の冒険者は辛口の酒の方が好みのようでね」

「あ~、なんとなくわかるにゃ」

「そうなのか? まあ、今はいいか、そいつを頼む」

「あいにゃ!!」


 シャットが通し代わりの塩キャベツと飲み物を持って行ってくれたので、こっちは焼き物に専念できる。今受けた注文分の串を載せてから、ちょうど焼きあがった野菜串を皿に載せ、串を抜いて完成。

 あしらいは『はじかみ』、葉生姜の甘酢漬けを添えておく。

 よく焼き物に添えてある、ピンク色に染められた細長い生姜のようなものと言えばわかるとおもう。


「よし、マリアン、三品目を持って行ってくれ。季節の野菜の炭焼きだ」

「かしこまりました!!」


 ちらっと祇玖理(きくり)さんたちの方を見てみるが、どうやら満足してくれているようで、楽しそうに食事をしつつ談笑している姿が見える。

 うちの店に来る以上は、笑顔で食事を楽しんでもらいたいからね。


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