83品目・料理の登録と、ミルトンダッフル再び(焼き鳥7種盛り合わせと麻婆豆腐)
引っ越し準備が終わった翌日。
朝一で店の扉を開け、空気の入れ替えをする。
別に『新装開店』の看板を掲げたりする訳ではなく、あくまでも日常の延長として扉を開けただけ。
実は、扉を開くと元の日本に繋がるのではという期待も昔はあったのだが、今では毎朝恒例の目覚めの儀式のようなものとしてやっている。
「さ~て、今日から気合入れていきますかねぇ」
新しい『ユウヤの酒場』は、カウンター8席と4人掛けテーブル席一つ。
奥の倉庫には、まだテーブルと席の予備もあるので、それを引っ張り出せば4人掛けテーブル席が3つに増やせるのだが。そこまでするとなると、配膳や給仕の出来るアルバイトを雇わないと手が足りない……。
「とはいえ、シャットとマリアンに任せておけば問題はないんだけれどねぇ」
「んんん、今、なにかいったかにゃ?」
「ただの独り言だよ。そういえばマリアンは?」
俺よりも早くに出かけたらしいが、何処にいったのかは聞いていない。
斜め向かいの冒険者組合なのかとも思っていると、うちの店の前に馬車が一台停まった。
そこからマリアンと、身なりのいい事務員といった感じの男女が降りて来た。
「おはようございます。ユウヤ店長、料理人組合の方を呼んできました。今持っているストックを全て登録して貰いましょう!」
「ああ、そういえばすっかり忘れていたわ……」
「はぁ……やっぱりだにゃ。カウンターにストックを並べるにゃ、あたいが小分けして審査して貰うから任せるにゃ」
「はいはい、それじゃあ出しますよっと」
――シュンッ
店内で厨房倉庫を開くときは、厨房側の棚から出すような仕草をしてみせる。
まあ、アイテムボックス所有者だと誤魔化しても大丈夫とはマリアンが説明してくれたので、そのうちそうすることにしよう。
「おはようございます。料理人組合から派遣されてきました、副組合長のメドックと申します」
「同じく、事務員のエマニュエルですわ。それではさっそく、登録をしてしまいましょう」
「はい、ユウヤの酒場の店長を務めていますユウヤ・ウドウです。では、一つずつご説明します」
シャットが盛り付けてくれた料理について、材料と作り方を一つずつ説明。
その間にも、エマニュエルさんが水晶玉のはめ込まれた鉄の板を操作している。
これはマジックアイテムを使って俺の言葉を保存し、さらに映像を残す装置らしい。
そしてメドックさんが一つ一つ味見をし、同じようなマジックアイテムにデータを保存している。
そんな感じで2時間も経つと、作り置きしてあった料理は全て登録が完了した。
「……ふぅ。ほとんどの料理が初登録ですか。いや、実に素晴らしい。この登録した料理については、すべて『ユウヤの酒場』の店長であるユウヤ・ウドウさんが専売権を保持します。一般公開してよいレシピがありましたら、組合で手続きを行えますので」
「凄いにゃ……」
「ええ、これだけの料理を作れる方は、それほど多くありません。王室料理人ですと言われても納得してしまいますわ……とくに、このカレーライスというのは最高ですわ」
登録が終わり、メドックさんとエマニュエルさんが楽しそうに料理を食べている。
その横でマリアンとシャットも朝食を食べているのだが、ふと気になったことがある。
「さきほど、ほとんどの料理が……と申しましたよね? すでに登録されているものがあるのですか?」
「ああ、その説明が行われていませんでしたね。この串焼きについては登録不可ですので、専売はできませんが、一般販売されている物なので特に規制されるものはありません。今日、この場で審査した物全て、この店で出しても問題はありませんので」
「ああ、なるほどねぇ。それじゃあ、焼き鳥のタレについても自由ということですね?」
「タレはこの店の専売登録です。特殊な調味料を使っているようですので、マジックアイテムがそう判断しました」
ああ、そういう機能もついているのか。
そりゃあ便利だな。
「あと、香辛料を使った煮込み、この店ではカレーライスというそうですが、こちらも自由販売です。そもそも藩王国では普通に出回っているそうですから」
「まあ、そっちが本場でしょうからねぇ」
ほかにも、この国では登録されていないものの、他国では普通に存在しそうな料理もいくつかあるらしい。まあ、このレシピの登録制度はこの国特有のものらしく、他国の料理人組合とは情報をやり取りしているわけではないとのこと。
といった一通りの説明を聞いたのち、『レシピ登録用の石板』という登録端末が組合から貸し出されていますよという説明も受けたので、あとでシャットが借りにいって来てくれるらしい。
それを使えば、店で料理を作ってすぐに登録可能となるそうだ。
レシピについては、登録端末を使うたびに料理人組合にある『レシピブック』という大型マジックアイテムに都度、書き記されていくそうで。
ほんと、魔法っていうのは便利だよなぁ。
「それでは、これで登録は完了しましたので。こちらのお店の繁栄を祈っています」
「ありがとうございます……」
メドックさんとエマニュエルさんが帰ってから、すぐに店の外が騒がしくなり始めた。
どうやら料理人組合の馬車が止まっているのを見かけて、ここが酒場として開店するんじゃないかっていう人たちが集まって来たらしい。
「それじゃあ、ぼちぼち始めますかねぇ」
「かしこまりだにゃぁ」
「かしこまりましたわ」
神棚に挨拶してから、パン、と両頬を平手で打って気合を入れる。
そして炭焼き台の上と横に隠してある五徳とガス台にも寸胴やらなんやらと一通り準備して、いよいよ開店だ。
「よし、シャット、お客を通していいぞ」
「あいあいさぁ!! というわけで、ユウヤの酒場の開店だにゃあ」
外看板が『準備中』から『営業中』に切り替わると、早速お客さん達が入って来た。
基本的にはテイクアウトを主体とするので、カウンターは料理の受け渡し等しか行わない。
奥のテーブルは使えないように、手前で仕切りをしておいた。
という事で、俺はもくもくと『茹でおきしてあった蕎麦』を耐熱性の使い捨て容器に盛り付け、そば出汁と親子かきたまを乗せる。
それをマリアンが受け取り蓋をして、カウンター越しに代金と引き換えるだけ。
シャットはカウンター席の奥でクーラーボックスからドリンク販売、開店初日なので缶ジュースや缶ラムネ以外に、カップ酒と缶ビール、そして小瓶のワインも用意してある。
「へぇ、こんな料理があるなんてすごいねぇ」
「これは鉄の入れ物、この中に飲み物が入っているというのか!!」
「この熱々の料理はなんだ……魚の匂いがするじゃないか、いや、こっちは卵? まさかリククックの卵なのか!!」
うん、まあ、どの町でもこういう話が聞こえてくるので、大体慣れちまったよなぁ。
「うわぁ、ユウヤの酒場が此処にもあるじゃないか、ここは支店なのか……って、おわぁ、ユウヤさんまでいるじゃないか!!」
「あ、ユウヤさんだ。今日はカレーじゃないのかい?」
「へぇ、ウーガ・トダールで見かけなくなったと思ったら、王都に来ていたのかい」
どうやら俺を知っている冒険者たちもいたようで。確かに何度か見た事があるよなぁ。
「お、ユウヤ店長、今日は見た事がない料理ですね」
「私はカップ酒を二つください」
「ミーシャ、料理一品で一つだにゃ?」
「それなら、アベルの分もまとめてカップ酒で」
「待て、俺は缶ビールの方がいいんだが」
はいはい、常連さんまで来ましたか。
これはまた、騒がしくなってきますねぇ。
〇 〇 〇 〇 〇
昼間の営業は、茹で置きしてあった蕎麦が切れた時点で終了。
流石は冒険者組合の近所、客の大半が冒険者というのは予想していたとはいえ、ちょいと面倒くさい奴らもいた。まあ、そういう輩についてはシャットが追い出していたのでよしということで。
「さてと。今日からはいつものように、夕方からは夜営業をする予定だが。シャットたちはどうする? 手伝いにくるか? それとも客として飲んでいるか?」
「ん~、当分は、ここのテーブル席で飲んでいるにゃ。王都の冒険者組合はタチの悪いのが出入りしているから、少しは警戒しておくにゃ」
「クランの縄張りみたいなものもありますからね。まあ、冒険者組合の近所には手を出さないっていうのが一般的なルールなので、大丈夫とは思いますが」
「ま、そのあたりは用心しておくさ」
ウーガ・トダールやキャンベルで、そういう輩に絡まれたことは何度もあったからね。
その都度、シャットたちが追い返してくれていたので、そんなに大事にはならないだろう。
ということで、賄い飯でも食べつつ一休みしていたんだが。
――ドガッ
いきなり乱暴に扉が開いたかと思うと、冒険者らしい男が一人、店内に入って来た。
「へぇ……随分と綺麗な店じゃねぇか。ここの店主に話があるんだが、どいつが店長だぁ?」
ああ、やっぱりこういうのはお約束なのかねぇ。
食べかけの蕎麦をテーブルに置いて立ち上がる。
シャットとマリアンもすぐに動けるように腰を上げたので、これで万が一のときは大丈夫。
「俺がこの酒場の店長のユウヤ・ウドウだが。何か用事か?」
「ああ。この近辺は、俺たちのクランが取り仕切っていてねぇ。勝手に営業されると困るんだよ。意味は分かるよな?」
「さあ、勝手にも何も、うちはしっかりと商業組合と料理人組合に営業許可を貰っているんだがねぇ。他になにか必要なのか?」
ちょっと声を落として、腹に気合を入れて呟いて見せる。
すると、俺の剣幕にビビったのか、男が体をビクッと震わせている。
「あ、ああ。うちのシマで仕事をする以上は、支払って貰わないとならないものがあるんだよ。まあ、店を開いた最初だけだ、あとは請求しないから……今日の売り上げ、全て寄越しな。まさか嫌とは言わないよなぁ」
やや震えつつも、男はそう吐き捨てるように告げている。
すると、シャットとマリアンが一緒になって頭を傾げているんだが。
「ん~、どっかで見た顔だにゃあ」
「そうなんですよ。シャットも見かけたことがありますよね?」
「んんん、それってどういうことだ?」
二人の言葉に耳を傾け、俺も男の方をじっと睨むように見る。
すると。
――カランカラーン
扉が開いて、一人の女性が入ってきた。
「よぉ、ユウヤの露店がここに出来たって、うちのクランの奴等から聞いてね。久しぶりだねぇ!!」
店に入って来たのは、冒険者クラン『ミルトンダッフル』のフランチェスカ。
ウーガ・トダールで会って以来だから、本当に久しぶりだ。
「ああ、誰かと思ったらフランチェスカさんか。何か月ぶりだろうか……って、ぁぁ!!」
そうか、この見ヶ〆料を取りに来たチンピラ冒険者は、ウーガ・トダールでうちにイチャモンを付けに来た冒険者の一人じゃないか。
「ん、どうかしたのかい……って、おや、アルヴィンじゃないか。あんたもここの噂を聞いてきたのかい?」
「あ、姐さん……ええ、実はそうなんですわ」
「嘘だにゃ、そいつは店に入って来て、勝手にここで商売をするな、やるなら今日の売上を全部寄越せって話していたにゃ」
「ばっ、馬鹿野郎っ!!」
あ~あ、やっちまった感、満載だなぁ。
そしてアルヴィンとやらの反応を察するに、それはクランの方針じゃないということかな。
「フランチェスカさん、シャットのいう通りです。そいつは店に入って来て、ここで勝手に商売をされると困ると言ってきまして……早い話が、見ヶ〆料を請求して来たんですが。それはミルトンダッフルの方針という事ですか?」
「いや、うちはそんなことはしていないけれどねぇ……アルヴィン、ちょいと外に出て話ししようじゃないか? ユウヤ店長、迷惑を掛けちまったね」
「まあ、そっちでうまく話してくださいや」
アルヴィンとやらは、そのまま店の外に連れ出されていったが。
なんだろうねぇ、性根が叩き直されたと思っていたが、まだまだ腐ったままだったか。
そのまま開店時間まではフランチェスカさんは戻ってこなかったので、いつものように営業準備をしつつ夕方5つの鐘が鳴るのをのんびりと待つことにした。
………
……
…
――カラーン、カラーン……
夕方5つの鐘が鳴るころ、店を開く。
昼間に見た事が無い料理を出していた為か、一人、また一人と客がやってきて、カウンター席に座っていく。
まあ、今日は初日ということもあって、定番メニューで勝負してみることにしたので、注文も瓶ビールと焼き鳥系が大半。
ミーシャとアベルもやって来たので、二人はマリアンたちと一緒に奥のテーブル席で相席して貰うことにした。
「ユウヤ店長、純米酒を冷で、あとは瓶ビールを一つ。適当に串焼きをお願いします」
「はいはい。マリアン達も同じでいいのか?」
「ジュースを勝手に飲んでいるにゃ。焼き鳥が食べたいにゃ」
「了解……と」
テーブル席の娘さんたちには少し待ってもらい、その間にカウンターに座っている新規のお客の相手をするとしますか。
ということで、メニューを見せて料理と酒を選んでもらい、一通りの説明をしつつ次々と出していくと、いつのまにかグレンさんとフランチェスカもカウンターの端に座っていた。
どうやら店の前でばったりと出会ったらしい。
「ユウヤ店長、儂は麻婆豆腐が食べたいぞ!!」
「はぁ。今日は炭焼き系でいこうと思っていたのですけれどねぇ。それで、何をお飲みですか?」
「ウイスキーをロックで頼む。フランチェスカはなにを飲むのじゃ?」
「あたいもグレン爺さんと一緒のやつで、それでユウヤ店長、昼間はすまなかったねぇ」
「ああ、穏便に済んだのでその一言で十分ですよ。それじゃあ、ちょいと時間を頂きます」
先に他の客の焼き鳥を焼いていく。
今日は鳥精串、豚精串のほかに牛サガリ、つくね、獅子唐、長ネギ、シイタケといった串をセットで売ることにしている。
だから纏めて焼いていくだけでいいので、その分、飲み物の準備に時間を掛けられる。
「はい、焼き鳥の盛り合わせです。鳥と豚、獅子唐は塩で、サガリ、ツクネ、長ネギ、シイタケはタレで仕上げてあります。横に添えてあるのは大根おろしですので、口直しにどうぞ。あと、こちらはサービスの塩キャベツと、つくねのスープです」
まずは、これでうちの味を楽しんでもらう……のだが。
冒険者っていうのは体力勝負なことが多いようで、あっというまに盛り合わせは食べ終わり、追加注文が入ってくる。
「この野菜はいらないので、豚串というやつを多めにほしい」
「私はピリッと辛い獅子唐を多めに、豚はいらないです」
「全部三人前で頼む!」
とまあ、予想はしていたが追加注文はバラになった。値段が変わることを説明して、すべての材料を焼き台へ。
そのあとでグレンさんたちの麻婆豆腐を器に盛り付けて提供する。
「うんうん。この味、この香りじゃな。一口目は普通に、豆腐とタレを一緒に口に運んで……うむ、最高じゃ」
「ありがとうございます」
「ふぅん、それじゃあ、グレン爺さんのいう通りに食べてみるかねぇ」
フランチェスカさんもグレンさんに倣って食べ始めたのだが。
――ゴクッ
二人の様子を見ていた他のお客さんが、一斉に喉を鳴らしている。
まあ、グレンさんは美味そうに食べるからなぁ。




