82品目・あたらしい『ユウヤの酒場』と、いつもの日常(まずは引っ越し蕎麦から)
ウィシュケ・ビャハ王国王都ヴィターエ。
その第3城塞都市ウッドフォード地区で、新しく店を開く事になった。
つい先日、倭藍波の姫巫女の病を癒す事が出来た褒賞として、バーンズ・エラ・ウィシュケ国王陛下より直々に、店舗を無償貸与してもらう事になったのだが。
――ウッドフォード地区・商業区
王城敷地内にある貴人の間で一晩を過ごしたのち、今日は王城執務官の一人であるコルドン・ルージュが同行して俺に貸してくれる店舗の選定にやってきた。
「まずは、ここが一軒目ですね。元々は王城から派遣されている騎士達の宿泊施設だった場所ですが、手狭になったのでここから別の場所に移って貰ったのです。それ以後、ここは倉庫として使われていましたが、建物自体の造りはしっかりとしています」
「はぁ、それでは中を改めさせてもらいますか……」
建物の大きさは4階建て、そのうちの一階と二階部分が騎士団の兵舎として使用されていたらしい。
3,4階は簡易宿泊施設なのだが、どうにもここはよろしくない。
排煙についての導線がよろしくないこと、水回りが結構古くて作り直しが必要だということ。
ということで、ここは諦める。
「なるほど。流石に酒場としての機能を満たすには足りなかったようですか。では、次の場所へ……」
「すいません、贅沢をいってしまって」
「それは気にすることではありませんよ。当初は、ブランドン地区にやや大き目の建物を一軒、それと併設するようにレストランを一店舗ご用意する予定でしたので」
――ブルッ
おいおい、それは勘弁してくれ。
思わず寒気がしたじゃないか。
「それは勘弁ですねぇ」
「いえいえ、そもそもその屋敷についてはとある貴族の本家筋の方が所有していたものですけれど、ちょっと問題を起こしてしまって第二地区に移動することになったのですよ」
「ねぇ、ユウヤぁ。それってあのダムドゥ子爵の関係者じゃにゃいか?」
「そうかもな。まあ、触らぬ神に祟りなし、その件は黙っていよう」
ということで、そのあとも数件、物件めぐりを行っていたのだが。
どうにもピン、と来るものに当てはまらない。
建物自体が大きすぎて手が回らなさそうだったり、城塞の外れで移動に時間が掛かったり。
そんな感じで回っていたら、6軒目でこれはいいという建物に巡り合えた。
「これはちょっと縦に細長いのですが。一階は元々、騎士団詰所に提供される料理を仕込んでいた場所なのですよ。ちょうど隣に詰所があったものですが、区画整理で騎士団詰所も移動しましたので。ちなみに一階奥は倉庫、二階と三階には宿泊用の部屋があります。四階は仕切りも何もない空き部屋でして、物置代わりに使っていました」
「へぇ……それはいいですね」
一階の構造については、正面からみて右が大きな窓、左に入り口。
その窓の向こうが全て調理場であり、入り口から入って右にはカウンター、奥にはテーブル席が一つ分だけおけるスぺースがある。
正面入り口を真っすぐ進むと上り階段、そして上には縦に三つの個室。
さらに上にも個室が三つ、全部で六つの部屋が用意されている。
「奥の扉の向こうが倉庫で、更に外に抜けると井戸があります。排水路も横に有りますので、洗濯や水浴びはここで行っていますね」
井戸まで案内して貰うと、確かに石造りの排水溝が設置されている。
どうやら井戸の中に汚水が流れないようにされているようで、このあたりは実に頼もしい。
「ユウヤ店長、この井戸って『浄化の術式』が刻まれていますわ」
「本当か! それはいい。うん、奥の倉庫はちょいと改造してみたいが。そういうのは大丈夫ですか?」
いくら無償貸与とはいえ、建物を改造するのは問題があるだろう。
でも、酒場として色々と改造してみたいというのもあり、ものは試しにコルドン執務官にと質問してみたが。
「そうですねぇ。キルホーマン宰相からは、『建物を破壊して更地にしなければ、ある程度は好きにしてよい』という許可を得ています」
「それは助かります。では、ちょいとだけ改造させてもらいますので」
「では、ここでよろしいのですね? それでは早速、建物の期限付き譲渡手続きを行います。無償貸与という事ですので、我が国から他国に移住する場合は建物を返却して頂きますが、近隣諸国に旅をする程度なら鍵だけ一時的に戻していただくだけで大丈夫です。またお戻りの際にはここを自由に使ってください」
「それは助かります」
ということで、一度、ウッドフォード地区にある行政管理事務所のような場所に向かい、そこで正式に譲渡手続きを行った。
国の所持している物件なので、無償貸与という形を取ると他の貴族などに示しが付かないということもあり、『褒賞として譲渡とする』という体裁を取る事にしたらしい。
別に無償貸与でもいいような気もするのだが、そのような前例を作ってしまうと、それを悪用する輩もでてくるらしい。
「……では、これで譲渡手続きは完了しました。こちらが建物の鍵ですので、なくさないようにしてください。営業についての許可は、こちらの書簡をウッドフォード地区の商業組合に提出して頂ければ大丈夫です」
「ありがとうございます」
コルドン執務官に礼を告げて、一度建物に戻ってみる。
鍵を開けて窓を開き、空気の入れ替えを行ってみる。
すぐ外が表通りに面しているので少し騒がしいこと、通りを挟んで斜め正面にでっかい建物があり、大勢の人たちが出入りしていることなどを除けば、とくに問題はない。
「……ちなみにですが、あの建物ですけれど、この地区の冒険者組合ですわ。その隣が酒場と宿で、私たちはあそこに宿泊しますので」
「へぇ……」
マリアンが建物を指さして説明してくれていると、シャットが厨房の焼き場近くで天井を見上げていた。
「ユウヤぁ、明日にでも煙突掃除をしてあげるにゃ。ここは長い間使われていなかったみたいで、中で油煙が固まって細くなっているにゃ」
「そうか、それは助かるな」
「では、私は建物全体の掃除をしますね。ちなみにですけれど、ユウヤさんはどの部屋で寝泊まりするのですか?」
「俺の部屋ねぇ……この厨房の真上でいいんじゃないか?」
その方が階段も近いので、移動が楽なのだが。
そう考えていると、シャットが手を上げている。
「それじゃあユウヤぁ、あたいたちもここに住んでいいかにゃ? そうすれば二階の手前にマリアン、奥にあたいが住むので、防犯についても大丈夫だにゃ。ユウヤは三階の部屋を全部使うといいにゃ」
「ああ、そういう手もあったか。だから、この鍵束なのか」
ジャラッと受け取った鍵束を確認してみる。
大きなカギは建物の正面入り口、残りは裏口と各部屋の鍵のようだな。
「ま、それじゃあそういうことでいいんじゃないか? マリアン、シャット、二階の部屋を好きに使ってくれ、これも福利厚生の一貫だということで。ちなみに鍵だけれど、マリアン、魔法の鍵みたいのは作れるのか?」
「お任せください。なんでしたら、この建物の鍵すべてを魔導鍵に変えて見せますよ」
なんでも、登録した魔力を通さないと開けられない鍵というものが普通に売っているらしく。
マリアンはそれを作り出すことができるらしい。
という事なので、鍵についてもマリアンに任せ、明日は建物全体のメンテナンスと店舗としての体裁を整える作業に費やすことにした。
それにしても……この短期間で色々な事が起こりすぎているような気がするんだがねぇ。
まあ、開店準備が忙しいのはいつもの事なので、とっととやってしまいますかねぇ。
〇 〇 〇 〇 〇
――数日後
建物の清掃は全て完了。
鍵の交換も全て終わっているので、扉に設置されている魔石に手を翳すだけで、鍵は自動で開くようになった。
カウンターの清掃と、焼き場の拡張、新たに大きめの水瓶も用意し浄化の石板も沈めて貰った。
マリアンとシャットも引っ越し完了、というか、そもそも旅から旅の冒険者なので、荷物についてはそれほど多くはないらしい。
寝具などについては、俺がいつも使っているネットストアのカタログで注文。
さすがに羽毛のふかふかとはいかず、『布団セット七点』というものを購入。
厨房には新たに神棚も設置し、ヘーゼルウッド様とジ・マクアレン様のご神体も祀った。
「……よし、これでいい感じだな。それにしても、結構無茶をしたものだなぁ」
目の前には、一階奥の倉庫を改造した浴室がある。
この地区にある大工に頼んで奥の倉庫の半分を使い、改造して貰った。
といっても、大きな改造は排水溝の追加設置と床と壁の張り替え、浴槽を新たに設置して貰っただけ。内部の防水処理などは、全てカタログで購入したものを自分で塗ったのである。
ついでに水を作るマジックアイテムと、お湯を沸かすマジックアイテムはマリアンが作ってくれた。
材料費は当然俺が支払ったが、かなり満足のいくものが完成した。
「……うわぁ。気のせいかもしれないけれど、お風呂場の方が厨房よりも気合が入っているにゃ」
「いや、じつは防水処理については同じことをしているだけでね。もともと厨房については完成してあったので、俺が好き勝手にするだけのものではなかったんだよ」
「それでも……まあ、いいですわ。ちなみにですけれど、このお風呂って私たちが使ってもいいのでしょうか?」
「それは当然。ここに住む以上は、好きに使ってくれ。ただし、風呂に入る場合は脱衣所の扉の外に、この看板をぶら下げてくれ」
『ただいま使用中』
これがないとねぇ。
うら若き女性の入浴シーンを覗くほど、俺は失礼ではないので。
「にゃはははは、これなら安心にゃ」
「ありがとうございます。では、今日から使わせてもらいますので」
「ま、あとの細かいルールについても、色々と決めて壁に貼っておけばいいさ。ということで、俺は仕込みを始めるのであとはよろしく」
「かしこまりましたわ」
「了解にゃ……何をよろしくすればいいにゃ?」
「ははは、自分の出来ること、なければ、好きにしていて構わないからな」
さて、それじゃあ俺は仕込みを始めるとしますかねぇ。
大きな雪平鍋に、醤油を一斗缶一本分をいれる。
そこに味醂を一升、砂糖を3.7キロ加えて、ゆっくりと火にかけて溶かしていく。
「……本当なら、数日寝かしておきたいところだけれどねぇ。まあ、このうちの半分ぐらいは寝かせておきますか」
今作っているのは『かえし』。
砂糖が綺麗に溶けたら火を止めて、そこに追いがつを(追い鰹節)を入れて放置。
鰹節が全てそこに沈んだら、いくつもの壺に濾して小分けして、まずは完成。
次にそば出汁を取る。
水一斗に本がつを節が400グラム。
さらに宗田節(ソウダカツオ節)を300グラム、鯖節を300グラム加えて火にかける。
沸騰する手前辺りでだいたい20分程度、火にかけたのち火から下ろして冷ましていく。
その時の水加減や鰹節の質によって味が変化するが、だいたい人肌よりも冷たくなったら丁寧に濾しておく。
ちなみにだが、冷たい蕎麦つゆを作るのなら、そば出汁4:かえし1。
温かい蕎麦ならそば出汁9:かえし1で大丈夫。
明日は温かいそばを用意する必要があるので、もう三回ほどそば出汁を取って置く。
「薬味は葱でいけるとして、具材は……かしわ蕎麦か? いや、おやこ蕎麦がいいかもな」
そうと決まればあとは簡単。
大きめの雪平鍋にそば出汁9とかえし1を合わせた煮汁を造り、此処に一口大に切った鶏もも肉を加えて火にかける。
鶏肉にある程度火が通ったら、そこに斜に切った長ネギを入れてそっと火を通し、ボウルに割り入れてよく溶いておいた卵を回すように入れていく。
この時、卵が固まる前に出汁を混ぜては駄目、折角の透き通った出汁が濁ってしまう。
「まあ、こいつは具を作るためにしか使わないので、多少は濁ってもいいと思うけれどね」
ということで、あとは卵がふわふわになったあたりで火を止めて、時間停止処理をして厨房倉庫に移動。これで具材となる『親子かきたま』の完成。
ついでだから大きめの鍋にお湯を張り、試食用に蕎麦でも茹でますかねぇ。
そんな感じで蕎麦も茹で上がり、温かい蕎麦つゆの準備も完了。
「マリアン、シャット、明日のメニューの試食をするぞ」
「待ってましたにゃ!!」
「今、行きますわ!!」
ドダダダダタと階段を駆け下りてくる二人。
それじゃあ、試食タイムと行きますか。
ゆであがった蕎麦を器にもりつけ、そこに熱々のそばつゆを掛けて、仕上げに親子かきたまを載せて出来上がり。
ちゃんと一味唐辛子も添えておく。
「こいつは引っ越し蕎麦といってね。俺の故郷の古い習慣で、引っ越しした日に近所の人達に蕎麦を振る舞う習慣があってね。明日はこいつを格安で販売する」
「ふぅん、面白いにゃあ」
「そうですわね。引っ越しして挨拶に物をあげるなんて、私達の世界では思いもつきませんわ。せいぜい挨拶するぐらいですから」
「だろう? だから無料ではなく格安。まあ、後は食べてからという事で」
「「「いただきます!!」」」
こっちの世界では初の、温かい蕎麦。
しっかりとかえしも新しく作ったので、どの程度の味に仕上がったのかも見たかったからね。
「んんん、これは面白いニャ。ラーメンと違って、こう、なんていうかにゃ?」
「ははは、言葉になっていないじゃないか」
「なんというか、温かい味ですわね。魚の出汁に醤油のしょっぱさ、砂糖の甘さがうまく混ざっていて、大変美味しいとおもいます」
「そうか……それじゃあ、お代わりはいるか?」
「「はいっっっ」」
ということで、お代わりもしっかりと用意。
ちなみに具材は、残っていた天ぷらがあったのでそれを載せて天ぷらそばに仕上げた。
しっかし、時間停止処理して居たので、天ぷらも揚げたての熱々サクサクだからなぁ。
まあ、明日は『親子かきたま蕎麦』で、この王都の人たちがどのような反応になるか楽しみである。
頼むから、受け入れてくれよ。




