81品目・病も気からの祇玖理《きくり》姫、居酒屋料理を堪能する(作り置きで立食パーティー)
姫巫女さんのホームシックの治療に作った椿餅。
それを女官の神薙さんに持たせたので、あとは部屋でのんびりと待機することにした。
まあ、この様子だと、無事に姫巫女さんが調子を取り戻してくれればよし、そうでなければ夕食もこっちで用意しておく必要があるなぁ。
「……それにしても。いくら椿餅が甘かったからとはいえ、そこでいきなり焼き鳥を食べているのはどうかと思うぞ?」
「んんん? 甘いものの次には、しょっぱいものが食べたくなるにゃ。そしてまた甘いものを食べる……つまり、これは食の連鎖反応!!」
「私が思いますに。しょっぱいものがあるのがいけないのですわ。こう、いくらでも食べられるではないですか。ええ、甘いものもしょっぱいものも、あるのがいけないのです」
俺が厨房倉庫から取り出したバットには、焼き置きしてあった鳥串と豚串が入っている。
どっちも塩コショウで味付けしてあった方だが、それを二人は黙々と食べている。
まあ、気持ちは判るけれどねぇ。
「それで、この後ですけれど。私たちは宿を借りなくてはならないのですが、街に戻れるのでしょうか?」
「さぁ……あたいにはよくわからないにゃ。ねぇユウヤ、もしも姫巫女さんが『この料理人を、私の専属に指名しますわ!!』みたいなことを言われたら、どうするにゃ」
「ははは、よしてくれ。当然、断るに決まっているじゃないか。こんな堅っ苦しいところなんて、仕事で通ってくるのは構わないとは思うが、ずっとここに居ろと言われると息が詰まっちまうわ」
ほんと、お偉いさんの相手とかは苦手なんだよ。
昔も、親方の付き添いでテレビ局に番組の収録で付き合ったことがあったけれど、担当のプロデューサーさんとか、とにかく律儀すぎて参ってしまったんだよ。
人は良くていい仕事をさせて貰ったと親方は満足だったけれど、さすがに毎日通うのはなぁって笑っていたからな。
だから、週に一度、まとめて撮影していたんだよなぁ。懐かしいよなぁ、KHKの3分クッキング。
「ま、今の所は、様子見でいいんじゃないか。そろそろ椿餅を食べている頃だろうし、どんな事になるのやら」
俺としては出来る事をした、それだけ。
――コンコンコンコン
そんなこんなで、俺も焼き鳥を摘まみつつお茶を飲んでいた時。
突然、ドアがノックされた。
「入るわよ……はぁ、やっばり私に隠れて、美味しいものを食べていたわね」
誰が来たかと思ったら、何故かアイラ王女が侍女を伴ってやって来たのである。
「別に隠れてはいませんがねぇ」
「私に内緒で……というのが許せませんけれど、まあ、事情が事情ですので。それで、私の分はございまして?」
「餡入りのほうでしたら、まだ残っていますが。ひょっとして、それを食べる為だけに、ここに来たのですか?」
「それこそ、まさかですわ。先ほど、倭藍波の姫巫女さまの容態が快方に向かったというか……すっかり元気を取り戻したという報告を受けましたの。それで、その礼を渡すために参ったのですわ」
――ブワサッ
孔雀の羽根扇子を広げつつ、アイラ王女が侍女から一通の手紙を受け取る。
「ユウヤ・ウドウ。そなたには王室料理人としての地位を授けますわ」
「謹んで、ご遠慮させていただきます。あの、用事が終わったのでしたら、これで失礼したいのですが」
まあ、今回も断られるとは思っていなかったのだろう。手紙を手に、アイラ王女が硬直しているんだがねぇ。
「え? 断るのですか? 料理人なら誰もが望む、王室料理人の地位ですわよ? 男爵位相当の権力が手に入るのですわよ?」
「ですから、以前から説明している通り、私は地に足が付いた仕事がしたいのです。では、後は何もないようですのでこれで失礼しま……」
そこまで告げた時。
開けっ放しになっている部屋の入口に、白拍子というか、巫女装束風の女性が歩いてくるのが見えた。それも、神薙さんを始めとした、4名の女官を連れて。
「失礼します。アイラ王女殿下、こちらの方が、私に椿餅を作って頂いた料理人ですか?」
「え、ええ、そうですわ、祇玖理さま、こちらが私の話していた料理人ですわ」
「そうでしたか……ユウヤ殿、此度はわたくしのために、わざわさ倭藍波の食材を用いた菓子を作って頂き、誠にありがとうございます」
ああ、この人が姫巫女さんか。
それならばと軽く会釈をして。
「いえ、俺が出来ることをしただけです。俺は料理人なものでね」
「そうでしたか。ちなみにですが、倭藍波の料理はどこで修行をしたのでしょうか?」
「いえ、俺の料理は倭藍波のものではありません。和食といいまして、まったく異なる国の料理という事で納得して頂けると助かります」
「そう……なのですね。ユウヤ殿、じつはお願いがあって参りました。どうか、私達がこの国に滞在している間、倭藍波の料理を作って頂けますでしょうか。宿泊場所でしたら、この国の方にお願いして用意して頂きますので……」
ああ、この展開はちょっとだけ予想はしていた。
だけど、さっきも話した通り。
「その件ですが。俺はこの国のウッドフォード地区で露店を開く予定でして。そちらに買いに来ていただくか、もしくは使いの者を寄越していただければ、俺の料理をお渡しすることはできます。ただ、正確には和食ではなく『居酒屋の料理』なものでして、すべてが倭藍波の料理と同じという事ではないものでして……そうですね、ちょっとだけここをお借りします」
そう説明してから、鞄から取り出すようなしぐさで厨房倉庫に保存してある寸胴をいくつか取り出して見せる。
そして器と皿も引っ張り出すと、マリアンとシャットが慣れた手つきで配膳を始めてくれた。
「あ、ユウヤぁ、箸も必要だにゃ」
「それもそうだな。倭藍波の方なら箸が使えるのか……と、シャット、これを使ってくれ」
普段使いの割り箸ではなく、すす竹を使った天削箸を取り出して、シャットに渡しておく。
これは普通の木製のものよりも硬くてしなやかなことが特徴。
それと少し長めなので、取り分けに使うにも重宝していてね。
一応は業務用なのだが、実は値段的にはそれほど大差はない。
それなら、少しでも質のいいものを使うのがお客のためという事で。
気が付くと、部屋に置いてある机には所狭しと料理が並べられている。
「こちらは季節の野菜の天ぷら、ラーメンサラダ、串揚げ3種、そして夏野菜の串焼きですわ」
「カレーライス、ハヤシライス、シチュー掛けご飯、麻婆豆腐と炒飯、これはなんだったかにゃ?」
「親子丼のあたまだな。これは揚げ出し豆腐、茄子焼き、シシャモと氷下魚の炙り、そして」
ササッと綺麗などんぶりにご飯をよそい、切りつけてあった刺身を次々と盛り合わせていく。
すなわち、季節を無視した魚介類の海鮮丼。
それらを纏めて人数分用意すると、俺たちは数歩、後ろに下がった。
「これが、俺の作る料理です。まあ、ほんの一部ですが、このような料理でよろしければ露店で販売する予定ではありますので。心配でしたら毒見をしていただいても構いませんので、みなさんで味見してください」
「そうですね。それでは、先に私が毒見役を行いますので」
椿餅を試食してくれた神薙さんが前に出て、一つ一つの盛り込みからほんの数量だけ小皿に取り、ゆっくりと毒見を始めるのだが。
「んんん、これはまだ食べたことがありませんわね……えぇっと、マリアンさん、料理の説明をお願いしても構わないかしら」
「はい、私でよろしければ!!」
神薙さんの毒見が始まった時、すでにアイラ王女が取り分けてあった料理を手に、立食パーティーのように食べ始めている。そしてマリアンが料理の説明役として呼ばれていったのだが。
「えぇっと、侍女さん、いいのですか?」
「いつも、ユウヤ・ウドウさまの料理の話を聞かされていましたので。『彼は私に毒を盛ることはない、もしも毒が入っていたとしたら、それは彼を罠に嵌めようとするものですわ』と、熱く語っておられます」
「そこ、余計なことは言わないでよろしい。ピノワール、貴方も食べなさい。どうやらユウヤさんは、私たち全員の分を用意してくれたようですので」
「かしこまりました」
名前を呼ばれた侍女が背筋を伸ばして一礼すると、近くに置いてあったハヤシライスを手にした。
ちなみに、このアイラ王女の行動を、姫巫女の祇玖理さんが羨ましそうに見ている。
まあ、こっちは毒見役の見分が終わるのを待っているのでしょうねぇ。
「そうですわね。確かに倭藍波の料理かと問われますと、違うとお答えした方が良いのでしょう。ですが、幾つかの料理については、倭藍波の北方、津軽国の料理に近いものを感じます。ええ、この分ですと特に問題はないかと思われます」
「そうですか。では、みなさんもいただくことにしましょう」
実に上品で丁寧な言い回し。
そして一つの料理を手にすると、近くの椅子に座って静かに料理を楽しみ始めている。
倭藍波では、立食の文化が無いのだろうと改めて理解することができた。
「ユウヤぁ? あたいも料理の説明をして来た方がいいかにゃ?」
「ん~、尋ねられたら説明出来る範囲で。それで判らなかったら、俺を呼んでくれればいい」
「それじゃあ、いってくるにゃ。その姫巫女さんの食べているのは麻婆炒飯だにゃ。香辛料が使われていてにゃ……」
まあ、なんとなくだけれど、こうなるかもなぁと予想はしていた。
だから、今はこの雰囲気を楽しむことにしますかねぇ。
「それじゃあ、手すきの俺は飲み物でも用意しますか」
熱湯の入っているポットを取り出して、こんどは煎茶を淹れる。
流石に業務用煎茶を使うわけにはいかないので、来客用のものを使う。
うちでは掛川茶と知覧茶を来客用に用意してあるので、今日は知覧茶でも淹れることにしますか。
「それにしても……さっきまでの緊張した空気は、何処にいったことやら」
お茶の準備をしてから、一煎目は俺が淹れたものを女官さんと侍女さんに手渡す。
二煎目以降はそっちでやってくれるでしょうということで、ポットと急須、茶筒などの道具も一式、纏めて渡しておいた。
そして俺も自分用に一杯入れると、椅子に座ってのんびりとする。
それにしても、祇玖理さんは和食だけでなく洋食や中華料理でも楽しそうに食べてくれているなぁ。もう、話に聞いていたような気の病も感じさせていない。
「医食同源……か。病も気からというが、本当にそんな感じだったんだろうねぇ」
………
……
…
――ガヤガヤガヤガヤ
予想外。
まず、状況を説明しよう。
部屋でのんびりしていたところにアイラ王女が遊びに来た、さらに姫巫女の祇玖理さんもやってきたところで、俺の作る料理というものを知ってもらうために色々と振る舞った。
ここまでは、なんとなく予想していた範囲内。
そして、扉を開け放してあったため、騒がしくなった部屋の様子を見に来た貴人の間の侍女たちが、宴会場となりつつあった俺の部屋の様子を確認。
アイラ王女と祇玖理姫が参加しているのならと、慌てて貴人の間の周囲には騎士たちが集まり警備を開始。
そしてその様子を聞きつけたキルホーマン宰相が国王に進言したのだが、時同じくして外交執務から戻って来たアイリッシュ王女も噂を聞いて突如乱入。
そののち、興味を持った国王までやって来たという事で。
今、この部屋には王族と倭藍波の視察団、そしてそれらの護衛担当と王宮内の執務官たちが集まり、立食パーティーを楽しんでいるんだが。
「……なんで、こんなことになっちまったんだろうねぇ」
「そんな事知らないにゃ!! まさか王様に料理の説明をするなんて思っていなかったにゃ。いきなり横から出てきて、『この料理は何かな? ちょっと説明を頼む』といわれて、心臓が止まりそうになったにゃぁ」
「私もですわ。アイリッシュ王女までやって来るなんて予想もしていませんでしたし、つい先ほど、大聖堂からクリコ王妃様まで駆けつけてきたのですわ、それもアルマン枢機卿を伴ってくるなんて」
あ~、本当に大変なことになっているよなぁ。
急遽、料理が足りなくなりそうだったので作り置きしてあった寸胴やバットを取り出したところ、給仕の人がそれを仕切り始めたし。
飲み物まで足りなくなりそうだという事で、アイラ王女に頼まれて急遽、日本酒とウイスキー、ワインを提供したんだが、それも絶品だとか褒められるわ。
「……まったく、貴方はどこにいても騒ぎを起こすのですねぇ」
そう話しかけてきたのは、見覚えのある貴族……というか、アードベック辺境伯じゃないですか。
「これはアードベック辺境伯、お久しぶりです。ですが、どうしてこんな所に」
「おいおい、こんな所とはまた、失礼な言い方だな」
アードベック辺境伯に話しかけた時、たまたま近くにいた国王陛下が反応した。
笑いつつこっちに近寄って来るので、思わず跪こうとしたがそれは止められた。
「この場では、儀礼的な挨拶は不要とする。それにしてもアードベッグ、彼が噂の料理人ユウヤだったとは驚きだよ。姫巫女の気の病を癒しただけではなく、このようなパーティーまで始められるとは予想外であったが」
「ええ、アードベック辺境伯、俺のことを話したのですか?」
「正確には、たまたま収穫祭でウーガ・トダールに来ていた他の貴族が報告したらしくてね。私もつい数日前に登城して、説明を行ったばかりなのですけれど」
「はっはっはっ。アイラやアイリッシュからも話を聞いているからな。まあ、腕のいい料理人なら宮廷料理人に雇い入れようとも思ったのだが、アイリッシュにそれは止められてね」
おっと、どうやらアイリッシュ王女が俺の重用について意見してくれたらしい。
「まあ、彼は自由にさせてあげて頂けると助かります。その方が、より多くの民に恩恵を与えると思いますので。美味しい料理が食べられる……という恩恵をですが」
「違いない。ユウヤといったな、確か露店を開くと聞いていたが」
「はい。すでにウッドフォード地区で露店を開くことになっています」
そう返答すると、バーンズ国王が頤に手を当てて、フム、と考えている。
「キルホーマン、ウッドフォード地区にある王家管理の建物で、空いているものはないか?」
「そうですね。冒険者組合近くにある倉庫と管理事務所の付近でしたら、いくつか空いておりますが」
「そのうちの一つを彼に無償貸与するように。ああ、酒場を開くのだったな、それにあった場所で手配しろ……これは、我が国に使節団として訪れて頂いた倭藍波の姫巫女殿の病を癒してくれた礼である。では、あとは任せる」
そう告げて、バーンズ国王が離れていく。
どうやら部屋の入口に、急遽噂を聞いて駆けつけてきた貴族がいたらしく、そこへ向かっていったようで。何にせよ、一番偉い人が離れてくれてほっとしているよ。
「はぁ。露店を開く予定だったのですけれどねぇ」
「キャンベルのラフロイグ伯爵からも手紙を貰っていますよ。酒場、あの堅物の伯爵が通い詰めていたそうですね……私も王都滞在中には、顔を出しますので。それでは」
「ええ、お待ちしていますよ……」
なんだか、どっと疲れが出てきたんだけれど。
まあ、何にせよ、俺の作った椿餅一つで、これだけの縁が繋がったのだからよしとしておこうじゃないか。




