79品目・王都に到着したものの、やっぱり待ってた第一王女(ユウヤの酒場は本日閉店)
昨晩は、王都に向けての旅の最終日という事で、グレンさんをはじめ皆さん少しはっちゃけ過ぎたようで。
朝一で馬車に集合したのはいいものの、焼き肉の油煙で燻されてしまったシャットの身体からは、とても香ばしい香りがしてくる。
まあ、あのまま皆酔いつぶれちまって、小上がりで爆睡していたからなぁ。
朝一でお湯を貰って体を拭くにも、銭湯で汗を流すにも時間が足りない。
とりあえずは熱いおしぼりを大量に使って、ある程度は落とす事が出来たんだけれど。
「う~にゅ。なんだか燻製になった気分だにゃ」
「それでも結構落ちましたわよ? 朝起きたばかりなんて凄かったのですから」
「まあ、そういうわしも少し酒臭い。あの焼酎サワーというのは駄目だ、美味い癖になかなか酔えないからいくらでも飲めてしまう。その癖、あるタイミングで突然、ガツンと酔いが頭を殴りつけるのじゃからたまらんわ」
「まあ、王都に到着したら、少しは控えることですね……と、そういえばグレンさんは、王都で泊まる場所とかの伝手があるんですか?」
俺のように宿屋暮らしか、はたまた家を借りて住むのか。
ちなみにシャットたちは、いつものように冒険者組合指定の宿で寝泊まりするらしい。
「ん? 王都にもわしの鍛冶工房があるのでな。そこで寝泊りする予定じゃ。ユウヤ店長は、どうするつもりじゃ?」
「そうですねぇ……宿を長期滞在契約でもしますか」
「それがいいにゃ。きっと、すぐに王城に連絡が入って、あの王女殿下が飛んでくるに決まっているにゃ」
「あはは……ありえて怖いですわ」
「まあ、その時はその時だよ。別にやましい事なんて全くないんだからさ」
そんな事を話しつつ、やがて昼の休憩時間。
ここは軽く済ませるという事で、豚の角煮と中華蒸しパンで角煮饅頭を仕込むことにした。
まあ、仕込むというか、どっちも出来立て熱々なのでね、切れ目を入れて挟むだけ。
一緒に乗っている商人達からも売って欲しいと頼まれたので、いつも店で出している値段で譲ってやることにしたんだが。
こんどは料理のレシピを売ってほしいとせがまれる始末。
「頼む、この料理のレシピを売ってほしい、金ならいくらでも出す!!」
「俺はこの、角煮とか言う奴のレシピだ、どうだ、12万メレル出すぞ」
「それなら俺は……15万メレルだ!!」
俺の話を聞く間もなく、次々と値段が吊り上がっていくのだが。
これっていったい、どういう事なんだ?
「あ、ユウヤ店長、王都では、ユウヤ店長の料理に関するレシピは全て非公開にしてください。実は王都には料理組合というものがありまして……」
「あっ、それを言うなって!!」
マリアンが説明を開始すると、一人の商人がそう呟いた。
そして周りの商人から口元を押さえられているんだが。
「ははぁ……王都では、料理のレシピの専売登録ができるのか」
「はい。そのために必要な材料、簡単でもいいので料理の手順、この二つを登録することで、その料理については専売権が発生しますわ。そうなると、無許可で料理を販売した場合、莫大な罰金が科される事もあるのです」
「ふむ。それって、普通に販売されている料理とかには適用されないのか? ほら、肉串とか煮込みとか」
そこが疑問なのだが、実は一般的に出回っているような料理については登録自体が出来ないらしい。
誰でも手軽に料理が出来るようにってね。
そして、俺のように特殊で珍しい料理の場合は登録をしておいた方が都合がいいらしい。
「ちなみにだけど、専売登録した後でも、『自由販売権』も一緒に登録することで、その料理は誰でも自由に作ったり販売する事が出来るにゃ。だから今、この角煮饅頭のレシピを売ったりすると、ユウヤ店長が王都での販売が出来なくなるだけでなく、勝手に販売すると罰金が科せられるにゃ……まったく、商人というのは本当に、ズルいにゃあ」
シャットの説明で、交渉を持ち掛けてきた商人たちがそっぽを向いてしまった。
「そうだなぁ。それなら、今の手持ちの料理なら、全てレシピを登録しておいていいかもな。自由販売権については、その都度考えるっていう事で。それとマリアン、専売登録されている料理だという事を知らずに作った場合は、どうなるんだ?」
「登録者との交渉ですわ。まあ、ユウヤ店長の場合は、そんなことになっても無罪放免で終わると思いますけれど」
「そりゃまた、どうして?」
「材料の入手経路、使用している調味料。その他の技術うんぬんについても、真似ができる人がいるとは思えないからです」
例えば、香辛料をふんだんに使った煮物。
それが、俺が作るカレーと似ていたとしても、同じ素材、同じ手順で作られていないのなら別料理となるらしい。まあ、香辛料の種類については文句は言われるかもしれないか、使用している量とその他の材料で違いが出るので、まったく別の料理として扱われるだろうという事らしい。
「……なんだか、すっごく面倒臭いな。商業組合以外にも、その料理組合にも登録しないとならないのか」
「まあ、ユウヤ店長の場合、この件についてだけは徹底しておいた方がいいですわ。そうでないと、訳の分からない貴族に難癖付けられて。レシピどころか身柄まで拘束される可能性だってありますから」
「はは……そうなったら、隣国にでも逃げるとするさ」
そう笑ってみたものの、王都での商売は他の領地でのものとは違うように気がしてきた。
その辺りも、色々と商業組合で教えてもらうことにしよう。
そんな感じで深刻な話し合いが終わった後は、王都で見ておくべきものや、大粋な施設などについての説明を受ける。
まあ、王都は一番外を囲んでいる巨大な城塞以外に、全部で3つの城壁が存在するらしい。
王城および公爵家、侯爵家の屋敷、別邸などがある第一城塞(ブランドン地区)
伯爵家・子爵家・男爵家および王家により認められた準貴族の住まう第二城塞(エヴァン地区)
王国市民が住まう第三城塞(ウッドフォード地区)
王国民以外の人々(冒険者・流浪の民・他国からの難民)が住む第四城塞
このような感じで王都は区切られており、城塞の前には大きな川と跳ね橋が設置されているそうだ。
第一、第二城塞の中に入るには通行証が無くては認められていないが、第三・第四城塞の中については、特に出入りが禁止されてはいない。
他国から来た商人なども、第三城塞の中で商売をすることが許されている。
「そして、もっとも広くて大きいところが、第三城塞都市部のウッドフォードだにゃ。元々はドライアドの住まう森だったところを、初代国王が話し合いを行い譲渡して貰った場所だにゃ」
「だからウッドフォードというのか」
そして俺たちが向かうのも、そのウッドフォード。
まず王都正門で検査を受けたのち、まっすぐにオールド・エズラの街の中を進んでウッドフォードへと向かうらしい。
そこの商業組合近くにあるスペイサイド商会前に隊商交易馬車便は到着、解散となる。
まあ、すぐ近くに商業組合があるっていうのは、実にありがたい。
面倒ごとは纏めて終わらせてしまいたいからねぇ。
そんな感じで夕方になる、巨大な城塞が見え始めた。
「凄いな。こんな巨大な城塞で、一体何から王都を守っていたんだ?」
「魔族が使役していた巨人族と陸竜族の侵攻を食い止めた……と、歴史書には記されています。当時の歴史を知るハイエルフたちの口伝にも残っていますので、正しい歴史であると言えますわね」
「魔族との戦争か。今でも魔族とやらと戦いは続いていたりするのか?」
「既に純粋な魔族は存在していませんわね。今残っているのは、人間と魔族の間に生まれれた種族である『蛮族』のみ、その蛮族もこの大陸北部に追いやられてしまい、巨大山脈の遥か北に僅かに残っているだけですわ」
ああ、そういう話もあったな。
大陸北方、アードベック辺境伯領が、その蛮族の侵攻を食い止めている最前線であるとか。
兎にも角にも、この国ではまだ小さな小競り合いは続いているっていう事か。
――ガラガラガラガラ
やがて馬車はオールド・エズラの正門に到着。
ここで身分証を確認して貰うと、隊商交易馬車便は無事に王都へ到着した。
「……なるほどなぁ……これは凄いな」
正門を越えて見えた風景は、とにかく広い街道とその街並み。
ウーガ・トダールやキャンベルがかすんで見えるほどに建物は大きく、そして大勢の人たちが行き交っている。
石造りと木造の複合建築、それでいて建物は五階建てのものまで存在している。
さすがに窓ガラスは無いものの、大きな鎧戸が窓の代わりに嵌め込まれていて、実に開放的にも見えている。
そして何より、この街でも下水の酷い臭いがそれほどしない。
こっちの世界に来て最初に訪れた年もそうであったが、下水道施設がしっかりしているんだなぁとつくづく思ったほどだ。
「見た感じ、やっぱり冒険者が多いようだが」
「まあ、オールド・エズラの宿は安いからにゃあ。でも、あたいたちは絶対に泊まらないにゃ」
「幾つものクランが乱立していまして、なんというか……縄張りのようなものがあるのですわ」
「ま、そんなものじゃろ。この辺りは昔からそうじゃったからな……と、間もなくウッドフォードの跳ね橋に差し掛かるぞ」
ガラガラと馬車が進み、そしてウッドフォード城塞の手前にある水路で馬車は止まる。
ここでもう一度、身分証の確認をしたのち、馬車はいよいよ目的地であるウッドフォードへと入っていった。
〇 〇 〇 〇 〇
――ウッドフォード・スペイサイド商会前
一言でいえば、キャンベルの10倍以上の人出である。
町のあちこちに広場があり、そこに幾つもの露店が見え隠れしている。
服装から考えてフォーティファイド王国やシュッド・ウェスト公国の商人らしき人達の姿も見える。
これはなかなか、気合が入るって感じだなぁ。
「長旅、お疲れ様でした。これで終点です。乗合馬車の皆様は忘れ物の無いように。臨時の護衛は商会カウンターで報酬を受け取ってください」
隊商責任者が大声で叫んでいる。
これでようやくゆっくりできると、同乗していた商人たちは体を伸ばし、そのまま軽く挨拶をした後、あちこちへと散っていく。
「それでは、儂もそろそろ工房に向かうのでな。この二つ向こうの道沿いにあるから、気が向いたら顔を出してくれ。あと、店の場所が決まったら、その時も教えてくれよ」
「ああ、それじゃあ、またな」
「お疲れ様だにゃ」
グレンさんが手を振って立ち去っていったので、俺もそろそろ商業組合へ向かう事にしますか。
「マリアン、商業組合まで案内を頼めるか?」
「かしこまりましたわ。では、こちらへどうぞ」
そのまま歩くこと15分。
大きな広場の真横にある巨大な建物。
ここが、この王都の商業組合本部らしい。
ここ以外にも、ブランドン地区、エヴァン地区にも商業組合の建物はあるらしいが、ここがこの王国内の商業組合を統括しているらしい。
そして開きっぱなしの入り口から中に入ると、順番札を受け取って待つこと1時間。
ようやく自分の番が回って来たので、ラフロイグ伯爵から預かって来た紹介状を手渡し、活動拠点の変更届を行った後、小さな店でも構わないので酒場が出来そうな建物を借りようと思ったのだが。
「誠に申し訳ありません。あいにくと、今は酒場に適した建物が空いていなくてですね。商用の空き家については順番待ちとなっています」
「ああ、そうなりますか……となると、露店の申請は大丈夫ですか?」
「そちらでしたら大丈夫です。今空いているのは、この地区とこの地区、そしてここの区画ですが、どこか希望する場所はございますか?」
露店で開いているのはウッドフォードでは商業組合前広場、エヴァン地区に繋がる街道筋、そして冒険者組合正面広場の三か所。
どこも結構開いているので、ここはいつものように冒険者組合前の場所を借りることにした。
前金で一か月分の借り賃を支払い許可証を発行して貰うと、あとは当面の宿を借りるべく商業組合を後にして……。
「んんん……あの馬車には見覚えがあるにゃ」
商業組合から外に出ると、どこかで見た事がある……王族の馬車がそこに停まっていた。
そして俺たちの姿を見付けたらしく扉が開くと、中からアイラ殿下が扇子で口もを隠しつつ、こっちに近寄って来る。
「はぁ……一瞬で騎士たちが整列するというのは凄いなぁ」
「あ、あの、ユウヤ店長、そんな緊張感も何もない」
「そうは言うがなぁ……」
そんな話をしていると、アイラ殿下が俺たちの前に到着した。
シャットとマリアンが跪こうとしたとき、アイラ殿下が俺たちに話しかけてきた。
「別に公的な場ではないので、跪くことは許しませんわ。という事ですから、マリアンとシャットはそのままでよろしくてよ。さて、ユウヤ店長さん、お久しぶりですわ」
「ええ、アイラ殿下もご機嫌麗しく」
「そうですわね。では、さっそく向かうことにしましょうか?」
「……あの、何処に行こうっていうのですか? 俺達はこれから、宿の手配に向かわないとならないのですけれど」
――バッ
そう呟いた直後、アイラ殿下が羽根扇子を広げて軽く振り、また口元を隠した。
「ユウヤ店長たちの宿泊先は、すでにブランドン地区に用意してありますわ。そして露店の場所もしっかりと抑えてありますので、余計な心配は無用ですわ。この後、王城にて謁見して貰うことになりますので、ブランドン地区に向かうのは明日になりますがよろしくて」
「いえ、謹んでご遠慮させていただきます。なんですか、その貴族の一等地に宿も露店の場所も用意したっていうのは……俺は、このウッドフォード地区で露店の場所を決めましたので、当面はこっちで露店を開きますので」
「え……嘘でしょ?」
なんでポカーンとしているかねぇ。
こっちの意向を無視して勝手に話を進められても、断るに決まっているじゃないですか。
「あの、私は第一王女なのですわよ? その私があなたの為に用意した宿も、露店の場所も、全て反故にするいうのですか?」
「はい。地に足が付いた商売を、という事で。誠に申し訳ありませんが」
そう改めて告げると、アイラ殿下がヨロヨロとしたものの。
すぐに立ち止まって背筋を伸ばすと。
「で、では、王城にて謁見はして頂けるのですわよね?」
「失礼ながら。私が謁見する理由がございません。何か私に御用があるのでしょうか?」
「え? 私の父上……国王陛下との謁見ですわよ? 望んでも認められない人が大勢いるのに、どうしてそんなに簡単に断るのですか?」
「ですから……何か私に御用なのでしょうか? それでしたら話を聞く程度は構いませんが、王族の特権を使って無理難題を押し付けられても困りますので」
そう丁寧に告げると、またしてもポカーンと口を開いている。
ちなみにだが、さっきからアイラ殿下がこの表情をするたび、護衛の騎士たちが必死に笑いをこらえている姿が見える。
なんともおおらかなというのか、もしくはしまりがないというのか。
「と、とりあえず、ウーガ・トダールで私たちがお世話になったという事で、国王陛下から挨拶の言葉があるだけですわ……多分」
「はぁ。それじゃあ、謁見までは同行させてもらいますか」
これ以上は何を話しても引く事はないだろうと観念して。
俺とシャット、マリアンは遅れてやってきた馬車に乗ると、一路王城へと向かう事になった。
そもそも……娘が世話になった、とか国王が言う筈無いだろうが。
何を企んでいるのやら。




