表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化決定】隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~  作者: 呑兵衛和尚
交易都市キャンベルの日常

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

78/140

78品目・怪盗騒動と、隠された真実(焼き肉プレートで、ホルモンのみそ焼き)

 マリアンの偽者騒動。


 その正体が怪盗ファントムではないかというグレンさんの推測で、俺達は出来る限り単独での行動は控えるようにする事となった。

 とはいえ、夜になると馬車で睡眠をとる者と焚火の近くで雑魚寝する者に別れる。

 馬車での睡眠は女性が、そして焚火近くに簡易的な天幕を張ってその下で寝るのは男性ということで別れ、俺はグレンさんや他の乗客と一緒に雑魚寝することとなった。

 人が大勢いるとはいえ、荷物については盗まれると厄介なので、肩掛け鞄の肩紐を伸ばして腰に縛るように固定したけれどね。


「しかし……どうにもファントムの目的が不明瞭すぎるのう」

「全くですよ。そもそも、あのご神体だって、俺も買い取って貰ってからはお目にかかったことはないですからね。あれは手に入れるのも運の要素が高いのですから」

「そうなのか? まあ、そもそもわしらは、ユウヤ店長がどうやって仕入れをしているかということについても知らないからなぁ」

「まあ、そのあたりは商人としての秘密という事で……」


 そう告げてから、軽く鞄をパンパンと叩いて見せる。

 これはグレンさんからのちょっとしたアドバイス。

 こうすることで、もしもファントムが俺たちの話をどこかで聞いているとすれば、この鞄に秘密が隠されていると考えるだろう。

 

「まあ、明日も早いからそろそろ寝るとしようか。では、まあ明日な」

「ええ、おやすみなさい」


 そう告げてから、厨房倉庫(ストレージ)から取り出した毛布に包まって眠る。

 これもカバンから取り出して見せたので、馬車に同乗している客たちには、これがマジック鞄に見えただろう。

 さて、何事も無ければよし。

 何かあったとしても、ここまでがっちりと体に縛り付けてあれば、迂闊に手を出す事も出来ないだろうさ。


………

……

  

――朝

 朝6つの鐘が鳴るころ、隊商交易馬車便は出発前の準備を開始する。

 同じタイミングで俺達も目を覚ますと、急いで毛布を纏めて腰に下げてあった鞄に仕舞おうとした時。


――ガサッ

 鞄に何かが入っているのに気が付いた。


「……なんだこりゃ?」


 恐る恐る引っ張り出して見てみると、それは一通の書簡。

 封筒も何もなく、見た事が無い文字が羅列しているだけ。

 それにしても、鞄の横に寝ていたはずなのに、一体誰が、どんな方法で手紙のような物を入れる事が出来たんだ?


「んんん……おお、ようやく目が覚めたか。そろそろ片づけ始めないと、出発の時間になってしまうぞ」

「おはようございます……まあ、毛布を片付けるだけなので、すぐに準備はできるのですけれど……グレンさん、ちょいとこれを見て貰えますか?」


 そう告げつつ、鞄に入っていた書簡をグレンさんに手渡す。

 グレンさんも手紙を黙って受け取り、じっと眺めているのだが。


「ふぅむ。こりゃまあ、不可解な手紙じゃな。ユウヤ店長、これは儂では判別がつかん。マリアンの出番だと思うぞ」

「そうですか。それじゃあ、一度馬車に戻って、彼女に見てもらう事にしましょうか……」


 そう告げてから、とりあえず毛布と書簡を鞄に放り込む。

 そして馬車に向かおうとした時。


「あ、ユウヤさん、おはようございます」

「このポット、ユウヤ店長の所にあった奴ですよね?」


 アベルとミーシャが駆け寄って来て、俺にポットを二つ寄越してくる。

 ああ、確かに俺の店で使っている奴に相違ないが。

 どうしてこれを二人が持ってきたんだ?


「まさかとは思うが……これは何処から出てきたんだ?」

「今朝方、うちらの馬車の前に二人の獣人が縛り上げられていてね。そこにこのポットが二つと、手紙が置いてあったのですよ。その手紙によると、縛り上げられていたのはイタチの獣人で、ユウヤさんの持っていたポットに目を付けて盗み出したらしいんですよ。それもご丁寧に、マリアンに変装していたらしくてねぇ」

 

 ミーシャの説明を聞いて、昨日の変装騒動が怪盗ファントムがやらかしたものでない事は理解できた。でも、それならそれで、なんでこんな状態になっているんだ?

 盗み出すだけなら、わざわざ変装なんてする必要はないじゃないか。


「ははぁ。つまりはあれか、儂らが怪盗ファントムの話をしていたので、そいつに罪を擦り付けようとしたっていう所か。こやつらはユウヤからポットを盗み出し、隊商交易馬車便の関係者や乗客とは関係のないファントムのせいにして 誤魔化そうと企んでいたっていう事じゃな」

「グレンさん、それってつまり、俺がポットを盗まれたと騒いだら持ち物検査で自分たちの犯行がばれてしまう。だが、怪盗ファントムに罪を擦り付けてしまえば、噂を聞いている俺も諦めがついてしまう為、盗んだ物を隠し通せるっていう事ですか」


 自分で話していて、成程なぁと感心してしまったよ。


「この分じゃと……例のスペイサイド商会からご神体を盗み出したのも、その二人組の仕業かもしれんな。そのイタチの獣人は、今はどこにいるのじゃ?」

「護衛で雇った魔術師が、精霊魔法で拘束していますよ。このまま王都まで連れていき、騎士団に突き出すことになったそうですから」

「そうか……そうなると、あとは隊商責任者の判断に任せるしかあるまい。ユウヤ店長も、それで構わぬな?」

「まあ、取られたものが帰って来たので、俺としては別にこれ以上大事にするつもりはありませんけれど……」


 でも、問題が一つ。

 一体だれが、その二人組の犯行だという事を見破って捕まえたのかという事。

 それに、手紙に書いてあった事も気になって仕方がないが。

 まあ、無理に見せてもらう必要もないだろうし、俺が感じている疑問なんて隊商責任者や護衛の冒険者も考えている事だろうさ。


「ん~、朝からなにかあったのかにゃ?」

「ユウヤ店長、おはようございます……あら? それって盗まれたとかいうポットですか?」

「ああ、どうやら盗み出した犯人が捕まったらしくてね。それは隊商の方に処分を任せるしかないから、これ以上は騒ぐ必要もないだろうさ。それじゃあアベル、ミーシャ、後はよろしく頼みます」

「ああ、任せておいてくれって」

「それでは、また何かありましたらご連絡しますので」


 そう呟いて頭を下げると、二人は前方の馬車へと走っていった。

 そして俺たちもとっとと荷物を片付けると、急ぎ馬車に乗って出発の時間を待つ。


「……んん、どうやら車軸が折れていた馬車もようやく合流したのか」

「へぇ、そんなに早く修理できるものなのですね」


 グレンさんが馬車に乗ろうとしたとき、こっちに向かってくる馬車に気が付いたらしい。

 ということは、ここからはまた定員8人でのんびりと旅が続けられるっていうことだな。

 さすがに12人だと馬車が狭すぎてね、脚を伸ばしてゆっくりしたいと思っていたからちょうどいい。

 そのまま鞄一つで馬車に乗って待っていると、ふと、今朝方の手紙のことを思い出したので、マリアンにも見てもらうことにした。


「そうだ、マリアン。じつは今朝方、こんな事があってな」

 

 と、朝目を覚ましてからの一連の出来事を説明すると、マリアンが杖を構え始めた。


「ユウヤ店長、いくら熟睡していても、鞄に物が入れられるのに気づかないなんて言うことはありませんよ。それも、近くにはグレンさんもいらしたのでしょう? ちょっと魔法で調べてみますわ……大いなる魔術の祖よ、かのものから魔力波動を調べたまえ……って、ああ、なるほど。確かにおかしい魔力波長を感じますね。それも、高位術式を用いたものです」

「う~ん、俺は魔術については全くといっていいほどわからないんだが。その高位術式というのは、マリアンレベルの魔術師なら誰でも使えるのか?」


 そう尋ねてみると、勢いよく頭を左右に振っている。


「と、とんでもない。このレベルの術式なんで、宮廷魔導師クラスの魔力がなければ操る事が出来ませんわ。私がこの術式を自在に操れるようになるためには、今以上に研鑽しても、30年はかかると思います」

「ということは、この隊商交易馬車便に雇われている魔術師とか?」

「それもありませんわ。先程の説明の通り、人間がこれを操れるまでにはそうとうの年月を必要とします。まあ、ハイエルフなどの亜人種には、そういったものを使える方は結構いるとは思いますが……ディズィさんでも使えるはずですよ」


 淡々と説明をしているので、俺とグレンさんはお互い顔を見合わせてしまう。


「つまり、儂もその魔法の範囲に入っていたということか」

「しかし、なんでそんなことが……」


 そう思っていると、マリアンが書簡をじっと眺めている。


「ふぅ、古代精霊文字……いえ、それよりも古い言語形態ですわ。それこそハイエルフとか、上位亜人種の用いる伝承文字に近いと思いますわ」

「それじゃあ、マリアンでも読めないっていうことか」

「いえ、完全ではありませんけれど、読むというよりもニュアンスというものなら感じ取りましたわ……えぇっと、ユウヤ店長への謝罪のような……うん、巻き込んでごめんなさい的なものかと思います」


 なんだそりゃ?

 そう思って心当たりがあるかどうか考えてみたが、特に何も思いつくことはない。


「それで、ユウヤに施されていた魔術というのは?」 

「全部で三つの術式です。一つは眠り、一つは範囲沈黙、そしてもう一つが先程話していた高位術式の『霊体化』ですわ。それは鞄に施されていたようですわ」

「霊体化……なんだか、嫌な感じだが」

「おそらくですが、霊体化を用いて書簡をすり抜けさせたのではと推測できます。この書簡にも、若干ですが魔力の残滓のようなものを感じます」


 なるほどねぇ。

 しっかし、本当に謎過ぎる。


「んんん、これはあたいの直感なんだけれどにゃ」


 ずっと話を聞いていたシャットが、ようやく腕を組んだままウンウンと頷いている。

 

「ほう、シャットの直感か、それはなんじゃ?」

「ユウヤの鞄に書簡を入れたのは、本物の怪盗ファントムだにゃ。多分だけれど、偽ファントム騒動を起こした奴らをファントムも追いかけていて、そこで今回のポット泥棒事件が起こったという事にゃ」

「それってつまり、自分自身の身の潔白を証明すると同時に、偽者騒動にも終止符を打ったという事ですか? まあ、偽ファントムがユウヤさんの荷物を狙っていたというのも、実は偽ファントム騒動のどさくさに紛れて貴重なポットを盗み出したと?」

「これって、そんなに貴重かねぇ」


 そう呟いてみたものの、シャットやマリアン、グレンさんまでもが『貴重品です』と叫んでいる。

 はぁ、確かに保温ポットというよりも『魔法瓶』と呼べば確かにマジックアイテムっぽく聞こえるよなぁ……。


「ま、今度からは気を付ける事にしますか……と、そろそろ出発のようだな」


 隊商交易馬車便の御者が、間もなく出発することを伝えて走っている。

 そして少しして、俺たちの乗っている馬車も走り始めた。

 まあ、あとはこのまま、何事もなく王都についてくれればいいよ。


 〇 〇 〇 〇 〇


 偽ファントム騒動から一週間後。

 徐々に街道の幅間が広くなりはじめた。

 あちこちから伸びてくる小街道からも大勢の人が見え始め、そして俺たち以外の隊商交易馬車便の姿も見えてきた。


「グレンさん、あと何日ぐらいで王都に到着するんだ?」

「どれどれ……と、ああ、この先が宿場町だから、明日の夕方には王都の第三城塞にたどり着くじゃろ」

「へぇ。それじゃあ、今日が最後の夜っていうことか」

「うむ、ということなので、美味い飯を期待しておるぞ」

「カツカレーがいいにゃ」

「またカレーですか!! たまには別のものも食べた方がいいですわ。ということで、麻婆豆腐をお勧めしますわ」


 はいはい。

 それじゃあ、こんばんは皆さんのリクエストにこたえるとしますかねぇ。

 とはいえ、気が付くと宿場町の中を走っているので、今日はここの停車場で一晩明かすっていう事になるのか。

 やがて停車場に馬車が止まると、隊商交易馬車便の責任者が乗客に話を始めた。

 というか、この街での一泊については、馬車で泊ろうが宿を取ろうが自由らしい。

 要は、明日の出発迄にはここに戻って来いという事なのだろう。


「それじゃあ、今日はここでのんびりと体を休めますか」

「馬車に泊まるにゃ? それとも宿を取るにゃ?」

「部屋が取れれば、そこから越境庵に行けますよね。そろそろ、ユウヤさんの手作り料理が食べたくなってきましたわ」 

「わしも同感じゃな。なんというか、のんびりと腰を据えて飲みたくなってきたではないか」

「まあ、気持ちは十分に判ります……それじゃあ、本日はリクエストに応えますかねぇ」


 ということで宿に部屋を取った。

 男2人部屋と女性2人部屋の二つを借りると、全員が俺とグレンさんの部屋に集まって来る。

 そして扉を閉めてマリアンに頼んで魔法の鍵を仕掛けて貰うと、いつものように暖簾を出して越境庵を開いた。

 俺はまっすぐ厨房に移動、マリアンたちは小上がりに上がると、シャットがいきなり大の字に寝転がった。


「はぁぁぁぁ、この畳とかいうものの匂いは最高だニャ」

「本畳じゃなくて、ユニット畳っていう張替が簡単な奴だけれどな。グレンさん、飲み物についてはシャットかマリアンに注文してください。簡単なものなら出来るだろう?」

「お任せあれだにゃ」

「むむむ……では、今日はナマビールとやらを頂こうか」

「かしこまりましたわ」


 さて、それじゃあ簡単なものにしますか。

 ストッカーから時間停止処理してあるホルモンを引っ張り出す。

 これを急ぎ解凍したのち、さっと水洗いをしてからみそだれに絡めていく。

 ちなみにうちの味噌ホルモンのタレは味噌とコチュジャン、砂糖、酒、しょうゆ、みりんをすべて比率1で混ぜ合わせている。

 ここにすりゴマや唐辛子、オイスターソースを加えるというのもありだが、今日はシンプルにいくとしよう。


「鉄板は一つでいいな」

 

 鉄板というか、使うのは石焼用のプレート。

 これは知人が韓国に旅行に行った際に見つけてきたもので、まとめて送って貰った奴だ。

 日本でもとある輸入雑貨店で取り扱っていたので、追加分は全てそこから仕入れてあった。

 

「ここにニラともやしを大量に乗せて、その真ん中に味噌たれの絡まったホルモンを……」


 どん、と山のように盛り付けると、そのまま小上がりのカセットコンロの上に置く。

 あとは火をつけて、肉に火が入れば完成だな。


「ホルモン焼き肉だにゃ。でも、この匂いはいつもの醤油たれじゃないにゃ」

「ユウヤ店長、これって味噌だれですか?」

「そういうことだな。まあ、あとは好きにやってくれ……と、マリアン、ここに保温ジャーも置いておくので」


 小上がりにご飯の入っているジャーを置いておく。

 と、そういえばグレンさんはどこに?


「んんん、ユウヤ店長、あの鍛冶師のチャンネルとやらは何処じゃったかな?」


 テレビモニターの電源を入れたものの、チャンネルが判らなくて困っている。

 ということでチャンネルをYouTubeに切り替えると、あとは鍛冶師の番組をつけて放置しておいた。

 さて、俺はちょいと仕込みをしてから、ご飯を食べるかねぇ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ