74品目・旅立つ準備と、暇になった冒険者(ソース焼きそばとやきそばパン、ポテサラサンドも添えて)
倭藍波からやって来た武蔵野国疾風丸さんは、二日後に王都へと旅立っていった。
なんでも、王都のとある商会が日頃から武蔵野国より大量の商品を買い入れては、様々な領地に流通させているらしく、今回はそこに招かれて新しい商売の話をする為にやって来たのだとか。
その途中でキャンベルに立ち寄り、噂を聞きつけてうちに来たらしい。
俺を武蔵野国まで招いて台所番を任せたかったと悔やんでいたけれど、最後は俺から純米酒を3本ほど買い付けて、満足そうに旅立った。
まあ、そのうち遊びに行く程度なら、別に武蔵野国へ行っても構わないと思ってはいたが……あの剣幕では顔を出した瞬間にがんじがらめにされて、帰してくれそうもないからなぁ。
「まあ、倭藍波についてはそのうち、気が向いたらだな」
今日でようやく、在庫が減っていた料理のストックを作り終えた。
これは王都へ向かう旅の最中にも食べるので、いつもよりも多めに仕込んである。
部屋に置いてあった荷物も全て空間収納に収納済みなので、あとは商業組合に連絡して移動手続きを行ったのち、隊商交易馬車便で王都へ向かうだけ。
とはいえ、そうそう隊商交易馬車便があるわけではない。
今は王都から各地方へと向かう隊商交易馬車便が出たばかりで、このキャンベルにやってきた隊商も、荷物を積みかえたり乗客が入れ替わったのち別の地方へと向かっていく。
つまり、王都へ帰る便が到着するか、キャンベル発の隊商交易馬車便が募集を掛けるまでは移動できないという事で。
「それじゃあ、今日の昼のメニューを説明するので」
「待ってましたにゃ!! きっと久しぶりの新作だにゃ」
「昨日までの流れで行きますと、今日は煮物……それも、角煮饅頭に違いありませんわ」
「はは……マリアンのそれは、自分が食べたいんだろう?」
そう呟いてから、厨房倉庫から中華蒸しパンと角煮の入った寸胴を取り出して、二人分の角煮饅頭を作って手渡す。
「うにゃ? マリアンで当たりなのかにゃ?」
「いや、折角だから賄いで出しただけだ。今日のメニューは、まずは見ていろよ」
鉄板に脂を敷いてから、解した蒸し麺を大量に焼き始める。
全体的に脂が馴染み始めたところで、一旦、鉄板の熱くない場所に寄せると、今度はざく切りキャベツを炒める。
「んんん……お好み焼きかにゃ? でも、この細い麺はなんだろうにゃ」
「お好み焼きに乗せる地方もあるが、今日はちょいと違うな。実にシンプルで、それでいて手早く作れる料理だ」
キャベツも炒め終わったら、今度は細かく切った豚バラ肉を炒めはじめる。
ちなみに、ここまでは一切の味付けはしていない。
やがて豚バラ肉の脂が溶け始め、いい感じにバラ肉に火が通ったあたりで先に炒めたキャベツと焼きそばの麺を合わせ、豪快に混ぜ合わせていく。
「そして仕上げはこれ。ソース焼きそばと言えば、ヒロタソース。うちではずっとこれを使っているのでね」
綺麗に混ざり合った焼きそばの上から、ヒロタソースを豪快にかける。
――ジュワァァァァァァァァァァァァァァッ
熱した鉄板の上でソースがはじけ、踊る。
そして麺とキャベツ、そしてバラ肉にソースが絡み合ったところで皿に盛り付け、紅ショウガと青のりを掛けて完成。
残った焼きそばはバットにいれて、急いで厨房倉庫へ。
そして鉄板を掃除したのち、今度は脂を引いて目玉焼きを大量に作り始める。
「これはソース焼きそばといってな。俺の故郷ではポピュラーな料理の一つだ。手軽に作れて手軽に食べられる。まあ、食べて見ろ?」
「そーす焼きそばにゃ?」
「あぶらーめんとは違うのですね。でも、これも美味しそうです……いただきます」
――パチン
割り箸を割って食べ始める二人。
本当に、随分と箸の使い方も綺麗になってきたな。
「と、ちょいと失礼、こいつをトッピングするとさらに旨くなる」
ひょいひょいと、二人の焼きそばの上に目玉焼きも乗せてやる。
すると俺の言葉の真意を理解したのか、半熟卵を箸で割り、流れ出した黄身と焼きそばを混ぜて食べ始めた。これは流石としかいいようがないな。
「んんん、うみゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「これは絶妙な味ですわ。甘辛いソースに香ばしく焼きあがった麵が混ざり合ってとても美味しいです。でも、この甘いキャベツと旨味のギュッと詰まったお肉、これもソースが絡んで香ばしくなっていますわ」
「ユウヤぁ、おかわりにゃ」
「あ~、ちょいとまってろ」
急ぎバットを取り出して、シャットの皿に盛り付ける。すると、それを見てマリアンもおずおずと皿を俺の方へ向けてくる。
「ユウヤ店長、あの、私もお願いします」
「はいはい……それじゃあ、これを食べたら開店準備を頼むな」
「はい!!」
「うみゃぁぁ」
まったく。
本当に、うちのお嬢さんたちはよく食べることで。
そんなこんなで、俺は焼きそばと目玉焼きを次々と作ってはバットに入れて厨房倉庫へ。
営業中は、俺が焼きそばを担当。
今日はテイクアウト用のフードパックに俺が盛り付け担当、マリアンが紅ショウガと青のり、そして輪ゴムを掛ける担当。
ちなみにシャットはクーラーボックスで飲み物販売。
瓶ジュースと缶ラムネ以外に、今日は久しぶりに缶ビールとカップ酒も冷やしてもらった。
「さて、それじゃあ開けるとしますかねぇ」
焼き台前の鎧戸を勢いよく跳ね上げると、すでに外では行列が出来上がっていた。
いつもの常連さん、向かいの酒場に出入りしている冒険者。
それ以外にも初見の客もちらほらと見えている。
「それじゃあ、ユウヤの酒場、昼営業を開始しますか!!」
「かしこまり!!」
「よろしくおねがいしまーす!!」
シャットが外に営業中の看板を出すと、さっそく並んでいた客が店内に入って来た。
五人入って購入しては外に出て、そして次の客が入って来る。
店の形状の問題から、決して回転速度が速いというわけではないが。
それでも列を無視して入ってくるような客もいなく、しっかりとルールを守ってくれているのはありがたい。
「ユウやぁ、カップ酒が切れたにゃぁ」
「今箱で渡すから、ちょいと待ってくれ!!」
おいおい、いきなり買い占めた奴でもいるのか?
焼きそばひとパックにつき一本だったよな。
………
……
…
――カラーン……カラーン……
昼2つの鐘が鳴り始めたころ。
作り置きしてあったソース焼きそばは完売。
本日の昼営業も終了したという事で、外看板も『休憩』に張り替える。
「しっかし、きょうは随分と大勢の客が来ていたなぁ」
「冒険者が多かったのと、あとはやっばり商人みたいな人がいたにゃあ。カップ酒と缶ビールを購入して、これの仕入れ先を教えろとか、独占販売の契約がしたいとか話していたけれど」
「常連さんたちに外へつまみ出されていましたわ。買ったらとっとと外に出ろって」
「まあ、そんなところだろうさ」
午後の賄いはあっさりと。
厨房倉庫からコッペパンを取り出して開いて鉄板で焼き、そこに『賄い用』に取り分けておいた焼きそばを挟んで皿に乗せるだけ。
実にシンプルな調理パン『やきそばパン』の完成……ってね。
それにもう一つ、クロワッサンサンド用に作ったポテトサラダがまだ残っているので、これもコッペパンに挟んでおいた。『ポテサラサンド』って奴だな。
「ほら、朝も食べたけれど、今度はパンに挟んだやつだ」
「ぬぬぬ、これはまた面妖な……でもおいしそうだにゃ。ラムネ貰っていいかにゃ?」
「好きに飲んでいいぞ。マリアンもラムネか?」
「ええっと……私はオレンジジュースをお願いします……あら、こっちはポテトサラダが挟んであるのですね?」
「そういうこと、たまにはこういうのもありという事で」
シャットにジュースも取って貰い、俺も追加のやきそばパンを作り始めるが。
さっきから外で、見知った冒険者が二人ほどウロウロしているなぁ。
「ミーシャ、アベル、そんな所でうろうろしていないで店に入ってきていいぞ?」
「うわ、いいのか?」
「看板には休憩中って書いてあるからさ、どうしようかなぁって話していたところだったのよ。それじゃあ、ちょっとだけお邪魔します」
申し訳なさそうにミーシャたちも入ってくると、カウンター席に座る。
まあ、この様子だと、昼飯を食い損ねたっていう感じだろうなぁ。
「昼飯は喰ったのか? まだなら食べていくか?」
「ああ、本当なの? 嬉しいわぁ」
「冒険者組合の納品で手間取ってしまってね、何処の食堂にいっても混んでいて入れなかったものでさ……助かるよ」
「はは、それじゃあちょいとまってろ」
急ぎ二人分のやきそばパンも追加して作ると、皿に乗せて二人の前に出す。
すると、両手を合わせて頂きますと叫んでから、いっきに食べ始めた。
「しっかし、冒険者っていうのもなかなか忙しそうだねぇ」
「雪が解けて、魔獣たちも活性化し始めたからね。そうなると領都だけでなく、地方の街や村でも魔物退治の依頼が増えるっていうわけ」
「狩人組合も、魔獣に獲物が狩りつくされる前に依頼をこなさないとならないからね。色々と忙しくて手が回らないのよ……ほんと、食べる暇もないっていう感じかしら?」
「そりゃまた、大変だなぁ」
魔物相手の狩りになると、それこそ気を抜くこともできないらしい。
特に知性を持つゴブリンやコボルトといった類の『妖精種』と呼ばれる魔物相手だと、ちょっとした油断でパーティーが全滅する可能性だってあるらしい。
そんな話をしていると、ふとアベルがマリアンたちに話を振り始めた。
「そういえば、二人は冒険者組合の更新は終わったのか?」
「とっくに終わらせてあるにゃ」
「私達は昇級も降級もありませんよ。ユウヤさんと契約していますので」
「ああ、そうか、いいよなぁ……」
「私達はさ、商会契約が更新されなかったのよ」
話によると、スペイサイド商会との契約が更新されなかったらしい。
商会が王都から来た別の冒険者と専属契約を行ったらしく、ミーシャたちは自由契約、つまりフリーになったらしい。
それで毎日、朝一で冒険者組合に顔を出しては、割のいい仕事を受けているらしい。
「……う~にゅ。二人も大変だにゃ」
「まあ、シャット達はさ、ユウヤと一緒だから仕事に溢れるっていう事も無いだろうけれど。うちらは仕事が無い日もあるからさ」
「そういうこと。だから近々、王都にいってどこかのクランか商会にいって、臨時契約で雇って貰おうかって考えているんだよ」
「なるほどなぁ……うちは魔物の素材は使わないから、指名依頼を出しようがないからなぁ」
こればっかりは仕方がない。
外で露店を出しているのなら、人員整理とかで臨時で雇うことはできるが、今はこうして店を持っているからなぁ。
それに、王都でも商業組合を通じて、店舗を借りようとは思っているのでね。
「そういえば、ユウヤはそろそろ王都に向かうにゃ?」
「ん、まあ準備は出来たのでね。次に王都行きの隊商交易馬車便が向かうようなら、そこに便乗していこうとは思っているが」
「それなら、うちらを護衛で雇わないか……って、シャットとマリアンがいるからなぁ」
「そうよねぇ……」
「にしし」
そこで、ガッツポーズしているシャットたち、いったいどこでそんなポーズを覚えたのやら……って、越境庵のテレビだよなぁ。
「そういえば、ウーガ・トダールに向かった隊商交易馬車便が、そろそろ王都に戻ってくる頃じゃないかなぁ。途中はここに寄るはずだから、それに乗っていくという手もあるぜ」
「へぇ。その辺の確認もしてみますか。今晩辺り、ラフロイグ伯爵にも移動することを伝えておかないとねぇ」
そんなこんなで賄い飯も終了。
ミーシャたちは冒険者組合に向かい、別の依頼が無いかを探しに向かった。
マリアンたちも同行し、隊商交易馬車便の有無について確認してくれるらしい。
果たして無事に、王都に向かう事が出来るかどうかって所だな。




