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【書籍化決定】隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~  作者: 呑兵衛和尚
交易都市キャンベルの日常

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70品目・ダムドゥ子爵家の陰謀と顛末と、ささやかなお礼(海鮮炙り焼き各種)

 どうにか無事に、夜の営業を終えた。


 ちょっとした油断で損失を出してしまったので、今日からはしっかりと、酒場に置いてあるタレ類や調味料は全て、越境庵の厨房倉庫(ストレージ)に収納する事にした。

 まあ、盗まれてしまったものについては取り返されても使いたくはないというのが本音でね。

 安全性を考えた場合、人の口に入るものについては自分でしっかりと管理したものを使うことにしているので。とはいえ、単純計算でも日本円にして8万円程度の損失なので、今後はしっかりと管理しないとならないよなぁ。


「明日からの営業はどうするにゃ? 夜はお客の数が少ないから、今日みたいに営業することはできると思うけれど。昼間となると、やっぱり忙しくなるにゃ」

「ちなみにですが、盗まれたタオルウォーマーの魔導具については、新しく作り直すのでもう少しお待ちください。ちょうどいい魔石がなかなか入手できないもので」

「ああ、本当に助かるよ……しかし、昼間の営業ねぇ」


 今から明日の営業分のメニューを組み立てて、発注すればある程度の物は作ることが可能。

 別に、ウーガ・トダールの露店でやっていたようにある程度のメニューをローテーションで回すっていうのもありだが。こっちの世界に来てからは、頻繁にメニューを変えている。

 露店スタイルだと、その方が回転率が速くなるので、どうしてもそうするしかない。

 かといって、今より大きな店舗を借りて、札幌に居た時のように定食屋スタイルで営業するというのも、どうにも味気なくなって来ている。


 それだけ、こっちの世界に馴染んで来たんだろうなぁ。

 それとも、ずっと料理人としての修行場をしていたので、その反動で色々と遊び心が出てきているのかもしれないか。


「そうだなぁ……二人は、明日の昼営業は何を作ったらいいと思う?」


 ここは敢えて、二人にも話を聞いてみる。

 すると予想外に、二人とも真剣に考え込んでいる。


「う~にゅ。あのラッシュを考えると作るのが簡単で、それでいて手間のかからないもの……となると、作り置きのきく煮物系か、もしくは炭焼き系かにゃあ」

「でも、煮物の場合はお客さんに出すときに気を付けないとならないのですよ。それだけ手間と時間がかかります。でも、焼き物ならすぐに出せますし簡単かと」

「ん~、そう考えると、ホットドックも捨てがたいニャ。あの熱々の焼き肉の乗っかっているやつ、チーズもいっぱいあって人気商品だったにゃ」

「ホットドック……いえ、確かフィリーチーズステーキといいましたよね? あれならそれほど手間もかかりませんし、よろしいのでは?」


 ああ、やはりそういう答えになったか。

 まあ、そのあたりが妥協点だろうなぁとは予測していたから。


「それじゃあ、明日からはフィリーチーズステーキと中心とした、ホットドック屋でもやってみますか。作るのは……」


 俺が作っていつものスタイル……と考えていると二人とも、自分に声が掛からないかとウズウズしている。まあ、うちのお嬢さんたちなら大丈夫か。


「シャット、マリアン、二人に任せて大丈夫か? 持ち場について、二人で話し合ってみてくれ、俺は材料と下ごしらえまでは手伝ってやるから」

「任せるにゃ、ついにあたいの本領発揮だにゃ」

「お任せください。このマリアン、ユウヤ店長の一番弟子として恥ずかしくない仕事をしますので」

「それじゃあ、あたいが二番弟子だにゃ」


 ああ、一番の取り合いはしないのか。

 まあ、仲がいい事で、助かるわ。


………

……


――昼営業

 フィリーチーズステーキの作り方については、以前も説明してあったので割愛。

 今日は鉄板前で作るのと、最後の仕上げと商品の受け渡しを時間で交代してやるらしい。

 ちなみに俺は、ストック用の料理の仕込みを行っている真っ最中。

 最低でもカレールー、ビーフシチュー、クラムチャウダー、クリームシチュー、豚の角煮、麻婆豆腐、ハヤシライスの具ぐらいは寸胴に二つか三つは作り置きし、厨房倉庫(ストレージ)に時間停止処理をしておきたい。

 まあ、今仕込んでいるのはザンギとつくねのタネなので、時間のかかるものについてはまた明日という事で。


「あわ、今日もシャットねーちゃんが焼き場なのかぁ。焦がさないでね」

「なんだとぉ!! 坊主のホットドックはチーズ抜きにしてやるにゃ」

「嘘です、ごめんなさい!!」


 外からは、こんな笑い声も聞こえてくる。

 そんな感じで黙々と営業を続けていたが、やはり暖かくなってきたらしくキャンベルを訪れる人の数も増えてきたようだ。

 俺の知っている限り、中世ヨーロッパというのはそれほど旅をする人は多くなく。

 商人や職人といった人たちが、職を求めて街を移動していくことはあっても、観光や旅を目的として国内を動くようなことはなかったはず。

 もっとも、こっちの世界では冒険者組合や狩人組合といったものもあり、定期馬車便が都市間運航をしているようなので、それほど珍しくはないらしい。

 

 そして人の流入が増えるほどに、ちょっとしたいざこざも増えるっていうところか。

 

「……あら、牛肉が切れてしまいましたわ。ユウヤ店長、どうしますか?」

「そうだな。今日はこの辺りで終わりにするか。すいません、食材が切れてしまったので、本日の昼営業はここまでという事で」


 まだ数名の客が並んでいたので、丁寧に頭を下げてそう説明する。

 すると、並んでいる客たちも納得してくれたので、今日の昼営業はこれでおしまい。

 看板を『休憩』に切り替えようと外に出ると、ちょうどラフロイグ伯爵がこちらに向かってくるのが見えた。


「これはラフロイグ伯爵、お疲れ様です。今日の昼営業は終わってしまったので、夜かまた明日にでも来ていただけると」

「ああ、今日の夜にでも寄らせてもらう。それと、先日のダムドゥ子爵の件で、ユウヤ店長には話しておこうと思ってね。顛末を知った方がいいだろう?」

「ああ、そうですね。では、こちらへどうぞ」


 急ぎ看板を付け替えて、ラフロイグ伯爵を店内へ案内する。

 ちょうど片付けも終わっていたらしく、今はシャットとマリアンが賄い飯を食べている真っ最中。

 なお、今日の賄い飯は、自分たちで作りたいと話していたので『お好み焼き』の材料を一式渡してあった。

 どうやらそれなりには出来たらしく、形こそちょっと不細工だが、しっかりと火が通り香ばしい香りが流れてくる。


「あ、伯爵さまだにゃ」

「こんにちは!! 今、お飲み物を用意しますね」


 パタパタと走り回るマリアンだが、それは俺がやるので食べていていいと告げる。

 そして冷たい麦茶をコップに注いで前に出すと、伯爵はそれで喉を潤してから。


「ダムドゥ子爵の件だが。やはりアイラ王女殿下の話を聞いたらしく、ユウヤ店長を引き抜こうと考えていたらしい。それと、このキャンベルから有力な料理人や職人を引き抜いてダムドゥ子爵領に大規模な総合組合をつくる計画も画策していた。要は、自領地以外の領地に住む有力職人を根こそぎ奪い、自領の立場と地位を上げるのが目的だったらしい」

「はぁ。うちはそれに巻き込まれたっていう感じですか」

「そうだな。ユウヤ店長を引き抜いたのち、自領で料理人を数多く育成させる気だった。そして【王室ご用達】を始めとした【優良店舗】【王都品質保証】といった看板を自分の領都に並べ、より繁栄させようと思っていたらしい」


 なるほどねぇ。

 目的はどうあれ、やり方が悪い。

 それにしても、あそこまで堂々と動いて、ばれないと思っていたのか。


「しかし……よくばれないと考えていましたね?」

「それこそ、適当に良い条件を突き付けて引き抜ければよし、最悪は家族を人質に取って脅すとか、店に火をつけて営業再開が出来なくなるように仕向けようとしていたらしい。そして自分の直轄商会の幹部を使い、引き抜いて連れていく……と、上手くやれば目立つこともなく、それでいてキャンベルから大勢の職人を引き抜けるだろう。だが、ユウヤ店長の元には自分で赴き、子爵の命令だと告げれば従うと考えていたらしい」


 貴族の言葉は絶対……ではないが、少なくとも断った場合、あとの報復を恐れる場合が多いらしい。

 そして俺についても同じ手を使えると思ったらしいが、そこで計算が狂った……というところか。


「ダムドゥ子爵とその息子は、明日の朝一で王都に護送することになった。そのうえで教会審問を行い、その罪の重さによっては処刑もありえる」

「……はぁ、そうなりますか」

「ダムドゥ子爵が泥棒を使って職人を引き入れようとした件については、処刑まではならないだろう。だが、彼の息子が上級貴族に対して不敬を行った点は、看過できない。これを甘くすると、貴族という存在の基盤が揺らいでしまう。最低でも犯罪奴隷は免れない……が、あとは神の審判にゆだねられる」


 この世界の教会審問は、【法と秩序の女神クライヌリッシュ】が認めた審問官により行われ、そして女神直々に判決を神託する。

 ゆえに賄賂や縁故による恩赦はあり得ない。

 しかも、今回の件は運命の女神の信徒である俺を罠に嵌めようとしたという事もあり、ジ・マクアレンの降臨もありえるとか。

 いやいや、そんなことになったらまた、大事になってしまう。

 あまり目立つようなことは勘弁してほしい。


「そうなりますか……神様、できるだけ穏便にお願いします」

「まあ、ダムドゥ子爵家は取り潰し、代わって荘園貴族から誰かが陞爵し派遣されることになるだろう。それとも、ユウヤ店長が陞爵するかね?」

「それはご勘弁を……」

「はっはっはっ。まあ、そういうことだ。ではまた夜にでも伺うとしよう」

「ありがとうございます……」


 深々と頭を下げる。

 そしてラフロイグ伯爵が店から外に出ていったので、俺も賄い飯を食べるとしようか。

 ちょうど食べ終わったらしいシャットたちも、俺とラフロイグ伯爵の話を聞いていたらしく、楽しそうに笑っていた。


「そうだな……マリアン、シャット、今晩は越境庵を開くが、どうする?」

「聞くだけ野暮にゃ。おしぼりとドリンク担当の出番だにゃ」

「では、私はいつものように配膳を……ちなみに誰をお迎えするのですか」

「ラフロイグ伯爵と……まあ、グレンさんあたりじゃないかな。ホールはいつも通り任せるわ」


 さて、お嬢さんたちも嬉しそうなので、今宵の営業は決定。

 とっとと賄い飯を食べて、準備を始めるとしますか。


 〇 〇 〇 〇 〇


――夕方

 最近はが暮れるのも遅くなりつつある。

 夕方5つの鐘がなっても、まだ外は明るく日は沈むには早い。

 とりあえず、扉の外に『本日・予約のみ』という看板をぶら下げる準備はしてある。

 今から下げると、誰も入ってこれないのでね。

 そして、すでに壁には暖簾を掲げて越境庵の扉を出現させてある。

 一足先に仕込みをしていたので、慌てて扉を出現させたんだがね。


「さて……今日は、のんびりと楽しむメニューにしますかねぇ」


 いつもより多めに炭火を起こし、テーブルの上に載せるサイズの長角サイズの七輪も用意してある。

 そう、今日はテーブルで直接、『炙り』料理を楽しんでもらうことにした。

 先に七輪が乗る場所には『耐熱タイル』を敷いてあり、取り皿や薬味入れなどの準備も完了。


「これでよし。あとはラフロイグ伯爵達が来てから用意すればいいか」


 既に店内の掃除はマリアンたちがやってくれた。

 ちなみに現在、マリアンが酒場の方で伯爵たちを待っており、シャットは飲み物の補充と出し方のおさらいをしている最中。

 ほんと、真面目だねぇ。


――カランカラーン

「いらっしゃいま……せ?」


 どうやらラフロイグ伯爵たちもやってきたようだ。

 すぐさまマリアンが案内してくれる……って、あれ?


「えええ、なによこれ、どうしてただの壁に別空間が広がっているのよ、これって古代魔術なの?」


 いきなり越境庵に飛び込んできたのは、エルフのディズィ。

 その後ろから堂々とグレンガイルさんも入って来て、最後にラフロイグ伯爵が恐る恐るやって来たのだが。これってどういうことなんだ?


「まあ、詳しい話は後程という事で、ラフロイグ伯爵、本日は俺達の為に色々と骨を折ってくれたという事で、ささやかなお礼としてこの店を開かせていただきました」

「ようこそ、隠れ居酒屋・越境庵だにゃ」

「お席の準備は出来ていますので、こちらへどうぞ……ディズィさんの分は」


 そう呟いてこっちを見るマリアン。

 だから素直に頷いて見せると、マリアンも理解したらしい。


「今直ぐに取り皿と薬味をご用意しますので、こちらの席へどうぞ」

「熱いおしぼりをお持ちしましたにゃあ、まずは何をお飲みになりますかにゃ?」


 もう慣れた感じの二人に任せて、こっちはさっそく、料理の用意を始めるとしますかねぇ。

 今日はテーブルで焼く炙り料理。

 まずは簡単なあたりで、茹でたジャガイモとシイタケ、長ネギ、ニンジン、さっと茹でて縦半分に割った芽キャベツを皿に盛り付ける。


「では、先に炭火を出しますか……」


 七輪に炭を入れて網を載せる。

 これをテーブル席まで運ぶと、三人の真ん中にくるようにセットしておく。


「では、こちらからどうぞ。今日のメニューは、こちらの七輪で直接焼いて食べる『炙り料理』です。焼くときは、皿につけてあるトングを使ってください。飲み物は……と」

「お待たせしましたにゃ。ナマビールをお持ちしましたにゃあ」


 ビールサーバーからジョッキに注いだビールを、器用に持ってくるシャット。

 それを目の前に並べていくと、三人とも不思議な顔になっている。


「ユウヤ店長……この店は一体なんなのだ? あの壁の向こうにこんな店があるなんて聞いていないぞ」

「ラフロイグ伯爵、実は隠していましたけれど、俺は流れ人なんですよ。この店は俺のユニークスキルの一つで、隠れ居酒屋・越境庵といいます。信頼できる方しか招待していない隠れ居酒屋なので、何分にもご内密にお願いします」


 淡々と説明すると、ラフロイグ伯爵も納得したらしく腕を組んで頷いている。


「そうか……アイリッシュ殿下もこのことは知っているのかね?」

「ええ。ウーガ・トダールでアードベック辺境伯の元を訪れた際、アイラ王女殿下とアイリッシュ王女殿下もご招待させていただきました。まだ、この秘密を知っているのは両手でも余る程度ですけれどね」

「それにても凄いわ……成程、あの見た事もない料理の秘密は、ここにあったのね」


 ディズィも興奮した感じで叫んでいるので、それにも頷いておく。

 

「しかし、今日の料理に合う酒をと頼んだのだが、この透き通ったビアマグといい、琥珀色の冷たいエールといい、最高じゃないか……んぐっんぐっ……ぷっはぁぁぁぁぁぁ」


 琥珀色……と、そうか、シャットはいつものビールじゃなく、エビスの黒ビールサーバーを使ったのか。まあ、時間停止処理されているのでビールの鮮度は問題ないし、サーバーも手入れをしているので問題は無いよなぁ。

 そしてさっそくパーティーが始まった。

 万が一のことを考えて、酒場外扉には鍵を掛けてくるように指示も出したので、後はのんびりと寛いで貰うとしますかねぇ。


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