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【書籍化決定】隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~  作者: 呑兵衛和尚
交易都市キャンベルの日常

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68品目・酒場に泥棒が入っていた(ゴマ手羽揚げと、作り置きの煮物一式)

 ガーヴァンさんの食堂の一件以後、うちには料理を食べにくる客以外に、おかしな連中もやってくるようになった。

 

 まあ、料理についての弟子入り志願とかなら、今は弟子を取るだけの余裕はないので丁寧に断っているのだが。それでも諦め切れない奴が店の近くをうろうろとしていたり、営業時間に押しかけてきて何も注文せずにカウンター席に座り込んでみたり。

 まあ、努力は認めるが方向性が違うので、速やかにシャットに頼んで外に放り出して貰った。

 また、弟子ではなく食材の仕入れ先を教えろとやってくる料理店の自称料理長とか、泥棒を雇って店に侵入しようとする奴らとか、とにかく最近は慌ただしくなってしまった。


「……それで、外で座り込んでいるのは、そういった弟子入り志願の客か。まあ、放っておいても構わんじゃろ、もう暖かくなってきたからなぁ」

「はは……弟子については取る気がないって言っても、納得してくれなくてですね。どうして粘っていればどうにかなると思っているのか、意味が分からないところですよ」


 うちじゃなく、他にもいい店はあるのだけれどねぇ。


「まあ、人がいい職人とかは、断られても座り込んで根性を見せれば弟子入りできるっていう所もあるからにゃあ。ここもそういう所だと思っているんじゃないかにゃ」

「はぁ……昭和初期の料理人じゃあるまいし。それで体を壊してしまったら、取り返しのつかないことになるんじゃないかねぇ……と、お待たせしました。本日のお勧め、ゴマ手羽揚げです」

「ほう、この料理は初めて見ましたね。シャットさんたちは、ここに来るまでに食べたことが……ああ、聞くだけ野暮でしたか」


 ラフロイグ伯爵の問いかけに対して、揚げたてで味の絡まったゴマ手羽揚げを凝視しているという形で返事のようなものを返している。どこまでも食いしん坊なのは治ることはないのだろうねぇ。


 ちなみに今日のお勧めのゴマ手羽揚げは、至ってシンプル。

 使った手羽先はいつもの新得地鶏のもの。

 これに縦に切り込みを入れてからをさっと酒で洗い、水気を拭いてから片栗粉をまぶして軽く揚げておく。

 次にたれの準備だが、うちでは醤油2:味醂2:酒0.5:砂糖1で作ったタレにおろし生姜・おろしにんにくを少々加えて軽く煮詰めておいたものを使用。

 このままだと水気が多すぎるので、ここに『店で使用している焼き鳥のタレ』を少々加えて濃度を調節。

 これも保存用のと使う分を分けてあり、普段使いのものは専用の壺に入れてある。

 ここに揚げたての手羽先を入れてさっと絡めてから引き出し、まんべんなくゴマを振って完成。

 

「シャット、お客さんにおしぼりを出してくれるか? ゴマ手羽は素手で掴んで食べるのが基本なんだが、手羽先についているタレが指についてしまうのでね」

「かしこまり!! あと、あたいは4本食べたいニャ」

「はいはい。マリアンはどうする? そろそろ賄い飯の時間だが」

「私は3本でお願いします」

「はは、了解」


 すぐさま、追加で手羽先を揚げる。

 そしてタレに絡めたあたりで、焼き場の外から声が聞こえてきた。


「そのゴマ手羽揚げ、3本ください!!」

「ああ、ちょいと待ってくれ、一本250メレルだから、750メレルだ」

「はい!!」


 外から注文して来た子供から1000メレルを受け取り、揚げたてのゴマ手羽3本の入った耐油袋とお釣りの250メレルを返す。

 すると受け取った耐油袋に鼻を突っ込んで、匂いを堪能し始めた。


「まあ、色々と食べて勉強することだ。この仕事、作るだけじゃなく美味いものを食べるのも勉強だからな」

「ありがとうございます!!」


 そのまま袋を抱えて走り去る少年。

 彼もまた、うちに弟子入りしたいと やってきた一人である。


「さて……マリアンの分はちょいと待ってくれ、今すぐ作り直すので」

「大丈夫ですわ」

 

 さて、どうやらグレンさん達の酒も切れてきたので、追加を聞くとしますかねぇ。


 〇 〇 〇 〇 〇


――翌朝

 いつものように、朝一で店の扉を開くため、二階の部屋から店に降りてきたのだが。

 一階の店の扉がこじ開けられていて、店内が荒らされているのに気が付いた。


「いやいや、これは予想外だわ」


 慌ててカウンターの中に飛び込み、棚の中にしまってあった調味料や作り置きのタレなどを確認するが、ごっそりと持っていかれてしまっている。

 幸いなことに、二階へ続く扉が破壊されていなかったので、俺は襲われずに済んでいる。

 というか、完全なもの取りだったということが幸いしたようだな。

 これが畜生働き(押し込み強盗殺人)だったら、今頃は俺自身の命もない。


「はぁ、こりゃあ、今日は仕事にならないなぁ」


 幸いなことに、盗まれたタレなどは全てストックから小分けしておいたものなので、取られたからといっても大した損失ではない。それでも、10日分ほどの量はあったはずなので、また新たに作り直してストックしておかないとならない。

 調味料についてはこっちの店で仕込みをしていた時の残りで、さしすせそ一式(砂糖、塩、酢、醤油、味噌)が盗まれている。

 あとは昼営業に使っていた紙製食器一式と、夜営業の皿、そしてタオルウォーマーの魔導具まで取られているじゃないか。


「調味料は大体、一キロから21キロ程度か。仕込みの残りで、こっちでも使うと思っていた分がやられているか……まあ、その程度の被害で済んでいるのだから、これはこれでいいことにしておくか。それにしても、随分と念入りに盗んでいったようだなぁ」


 取られたものの大半は、店で使うものばかり。

 金目のものなどは空間収納(ストレージ)に収納してあるので被害はないが、それでも腹が立つことに変わりはない。


「はぁ、泥棒に入れられた報告を、近くの騎士団詰所に報告するか。そのあとは真っすぐ、木工所にいって扉の修理依頼、何事もなければ今日中には直してくれると思うが……どうだろうかなぁ」


 とりあえず外に出て、騎士団詰所のある方に向かう。

 ここからなら、裏道を通って10分程度なので、散歩がてらにはちょうどいい。

 そう思って外に出ると、ちょうどシャットとマリアンがこつちに歩いてくるので、軽く手をあげる。


「あ、ユウヤだにゃ」

「おはようございます。どこかにお出かけですか?」

「ああ、ちょいと騎士団詰所にな。そのあとは扉の修理を頼んでこないとならなくてね……」


 そう説明してから、右手親指でグイッと店の方を指差して見せる。

 そこには壊れた扉が転がっていて、今は椅子に立て掛けておいて誰も入れないようにしてある。 


「んにゃぁぁぁぁ、ユウヤの店が壊されているにゃ」

「ユウヤ店長、大丈夫ですか! まさか泥棒が入ったのですか!」

「その、まさかなんだよなぁ、酒場に置いてあった調味料もたれも一式盗まれちまった。それに、折角作って貰った魔導具のタオルウォーマーまで……すまないな」

「ユウヤが謝ることはないにゃ!! それじゃあ、あたいがひとっ走りして騎士を呼んでくるにゃ。だからユウヤはここで待っているにゃ」


 そう言うや否や、シャットが高速で走り出した。

 それじゃあ、騎士団についてはシャットに頼むとするかねぇ。


「それにしても、この扉の壊れぐあい。明らかに魔法使いの仕業ですねI

「そうなのか?」


 そう問いかけると、マリアンが杖を構えて壊れた扉に向けると、なにかブツブツと詠唱をしている。

 すると扉のあちこちが淡く輝き、やがて光がスッと消えていった。


「はい、魔力の残滓を確認しました。それと壊れた術式紋様もありましたわ。これは遮音の術式と眠りの術式が、この扉に組み込まれたようですわ」

「ああ、どうりで俺が気付かなかったわけか」


 この街に来て泥棒に入られそうになったことは何度かあるが、大抵は物音で気が付くので店内から大声で怒鳴って追い返していたんだが。それに、ドアを開けたらベルがカランカランとなるようになっているので、それで驚いて帰った輩もいたけれど、今回はそうじゃない。

 ご丁寧に魔法を使って音を消し去り、俺が起きてこないように眠りの魔法まで唱えてきやがったか。


「う~ん。これは本格的に対策を考えた方がいいですわ」

「対策というと?」

「今回の泥棒って、恐らくは裏稼業の人々が関与しています。このドアに仕掛けた魔法陣は、それなりに高度な術式によって形成されていていますので」

「裏稼業?」


 それってあれか? 晴らせぬ恨みを晴らすなんとやらっていう。

 そんな連中に目を付けられたっていう事かよ。


「はい。この街にユウヤ店長がやって来てから、珍しい食材や料理を振る舞っている事をよしとしない同業者や、その技術を欲している貴族とか……」

「はぁ。最初にいた街でも、ナントカ市長に目を付けられていたことはあったが。あの延長ってことかよ。それにしても、面倒な輩に目を付けられたっていうことに違いはないか」


 扉があけっぱなしの店内で、マリアンと二人で話をしていると。

 シャットが息を切らせつつ走って戻って来た。


「ハアハアハアハア……騎士団に話はしてきたにゃ。でも、今は別件で忙しいので、後日改めて見分に来るっていわれたにゃ」

「「はぁ?」」

「そんなことがあるはずがないですわ。その詰所には、騎士は一人しかいなかったのですか?」

「さっと数えても5人はいたにゃ……だから、忙しいっていうのはうそに決まっているにゃ」


 これは参った。

 貴族かなにかが動いているのか、はたまた町の名士がやらかしたのか。

 騎士団を買収するっていうのは、普通じゃ考えられないよなぁ。


「……それじゃあ、俺は木工所に言って扉の修理を頼んでくるわ。すまないが留守番を頼むわ」

「一人じゃ危ないにゃ。あたいが護衛についていくにゃ、マリアンが留守番するにゃ」

「そうですわね。来客の可能性もありますので、私が留守番を務めますわ」

「それじゃあマリアン、すまないが頼む」


 ということで、厨房倉庫(ストレージ)から角煮やガーリックトースト、トリッパの煮込みの入った寸胴を出してカウンターに並べておく。


「今日はユウヤの酒場は休みだけれど、知り合いが顔を出したらちょっとずつ出してやってくれ。マリアンも食べて構わないからな」


 ついでに缶ラムネを数本取り出して並べておくと、俺とシャットは駆け足で木工所へと向かった。


………

……


――カーグランド木工所

 このキャンベルの下町にある大きな木工所は、木製道具だけでなく家具や建物のリフォームまで請け負っている大型の老舗だ。ここの店長のカーグランドさんも、ラフロイグ伯爵とは旧知の仲であり、なんどか店にも顔を出してくれたことがある。 

 そして時間的にちょうど昼頃だったので、木工所からは職人さんたちが出てきている。


「あれ? ユウヤ店長じゃないですか……今日の昼は、何を食べれるんですかい?」

「今から向かうところだったのですよ……って、こんな所にいていいんですか?」


 ここの職人たちもうちの昼営業の常連。

 だから、俺がこんな時間にここにいる事について疑問を持つのは仕方がないだろう。


「おいおい、こんな所って……うちの職人なら、もっと俺に気を使ってもいいんじゃねぇのか?」

「あ、親方……まあ、いつも自分でいっているじゃないですか。こんな所で腕を磨くんじゃなく、もっと表に出て修行しろって」

「はは、まあな。それよりもユウヤ店長はどうしてここに?」

「まあ、簡単に説明しますと……」


 朝起きたら店に泥棒が入っていたこと、そして店内の調味料やタレが根こそぎ盗まれていたことなどを告げ、壊された扉の修理を頼んだ。


「今日の昼営業は休みですが、マリアンが店番をしています。煮込み系でよろしければ、用意してありますよ」

「それは助かりますよ。もうね、ユウヤさんの店の味を知ってからは、その辺の不味い食堂にはいかなくなっちまったからなぁ」

「違いない。このまま営業を続けていれば、キャンベル領主から【優良店舗】の看板が貰えるかもしれませんね、ほら、ちょうど来月は選考会もありますから」

「優良店舗?」


 カーグランドさん曰く、このキャンベルでは年に一度、領都内の様々な店舗の品質検査のようなものを行っているらしい。これはこの国全体の商業組合のルールであり、選ばれなかったからと言って罰則のようなものはないのだが、選ばれた店には【優良店舗】の看板が掲げられることになっている。

 さらに、それら【優良店舗】には王都からの査察も入り、そこで厳密な審査を受けて選ばれた店舗については【王都品質保証】、さらには【王室ご用達】の看板が与えられるとか。


「へぇ、ウーガ・トダールでは、そんな話は届かなかったのですけれどねぇ」

「店舗を構えていることが条件だからな。話では、ユウヤ店長はウーガ・トダールでは露天商だったというではないか。店舗を構えていない職人には、【優良店舗】の看板の審査を受ける権利はないからなぁ」

「ああ、そういう事ですか」


 そんな話を交わしつつ、扉の修繕道具や交換用の扉に使う木材などを載せたリアカーのようなものを引き始めるカーグランドさん。

 まあ、俺とシャットも横について、話をしながら店に向かうことにしたのだが。


「……ひょっとしたら、ユウヤ店長はその【優良店舗】の審査会関係で巻き込まれたのかもしれないな」

「それって、どういうことですか?」


 簡単な話、【優良店舗】については数が限定されているということ。

 そして噂話として、『ユウヤの酒場が優良店舗に選ばれるかもしれない』というのが流れたとしたら、それまで看板を貰っていた食堂や商会、今年こそはと頑張っている職人たちとしても面白くないと考えている輩が出てもおかしくはないということ。

 そもそも、商会お抱えの食堂や職人たちはそれなりの数があり、その出資者や直接経営を担っている貴族にとっても、ぽっと出で街にやって来た流れの料理人に【優良店舗】の看板を取られるのは納得がいかないという事。


「まあ、あくまでも予想だがな。それに、店を修理しても嫌がらせや囲い込みが来る可能性だってある。店が営業できなければ、うちで経営している店舗を貸し与えるが、どうかね……ってね」

「ああ、またそのパターンですか。そういうのが嫌で、交易都市ヴィクトールから旅を始めたっていうのにねぇ」


 これは本当に、王都に向かう算段も取った方がいいよなぁ。

 そんなことを考えていると、シャットが腕を組んで何かを考えている。

 

「ん、どうしたシャット……なにか考え事か?」

「ん~にゅ。ユウヤは運命の女神さまの加護があるのに、どうして泥棒が入ったのかにゃあと思って」


 それってどういう意味だと思ったら、神の加護や祝福があれば、今回のような危険については察知出来たり躱すことが出来る筈だそうで。

 それが無かったのだから、何かあるのかなぁと考えているらしい。

 ああ、なるほどねぇ。

 ちょいと真剣に考えてみるか。

 



 


 

 

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