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【書籍化決定】隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~  作者: 呑兵衛和尚
交易都市キャンベルの日常

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67品目・ふたりの後継ぎと、一挙両得(トリッパのトマト煮と、自家製梅干し)

 いつもと違う光景。


 昼営業で炭焼き場に立っているのはシャット。

 その横、カウンター内で焼き上がったつくね串に具材を載せたり、海苔を巻いているのはマリアンの仕事。今日は、紙皿に載せて客に渡すまでを彼女に任せている。

 さらにその横では、俺が越境庵から五徳を持ち出し、その上に寸胴を掛けてトリッパのトマト煮を作っている真っ最中。

 

「あ、今日はユウヤ店長じゃなくシャットねーちゃんが焼き物担当なのかよ」

「俺の分は、しっかりと焼いてくれよ。齧ったら生だったなんてないようにな?」

「煩いにゃ!! ちゃんと出来るからユウヤに任されているにゃ。黙って並んでいるにゃ」


 店正面鎧戸の外では、シャットの顔を見て揶揄っている常連客の姿もあるが、皆いつものように並んで待っている。なんだかんだと言っても、ここに集まって来る客たちは、この店の味を信じてくれている。

 それなら、その信用は裏切ってはいけない。


「さて、そろそろ開店だ、今日も気合入れていきますかねぇ」

「了解しましたわ」

「分かったにゃ、さあ、今日も美味しい焼き鳥を焼くにゃぁぁぁぁ!!」


………

……


 いつものように、常連たちは大量の串を購入し、向かいの酒場や近くの宿へと戻っていく。

 そんな光景を眺めていると、ふと、串を購入した客の一人が、俺の目の前に近づいてくる。


「その煮込みは、売り物ではないのか?」


 見た感じ、まだ20代前半といった感じの男性が、鼻をヒクヒクと動かしながら問いかけてくる。

 

「これは、まだ完成ではないのでね」

「金は払うから、食べさせてほしいのだが」

「申し訳ないが、これはまだ納得の出来じゃないので、客に売るわけにはいかないんですよ……」


 そう告げるが、男性は腕を組み右手を(おとがい)に当ててフム、と呟いている。


「では、満足のいく料理が出来るのはいつだ? 明日か? それとも明後日か?」

「さあねぇ……自分としては、できるだけ早く仕上げてしまいたいとは思っていますけれど、妥協はしたくないのでね」

「金は払うから早めに……と言われたら? それでも断るのか?」


 ああ、この男性の言いたいことがなんとなく理解できた。

 だから、それに見合った答えをするか。


「ええ。俺は料理人としてのプライドを、金銭で売る気はありませんので。美味いものを作って食べて貰う、その為には妥協なんてしたくないのですよ。だから、この料理だって、俺自身が納得するまでは、とことん作り直すつもりです」

「……それが、貴族の依頼だったとしてもか?」

「俺の料理を食べに来てくれる客に、貴賤はありませんね。そもそも、そんな依頼なら断っていますよ。金のために手を抜いた料理は作る気はないのでね……と、そうですね、では、試しに味見してみますか?」

 

 普段なら、こんなことは絶対に言わない。

 ただ、この目の前の男性なら、味見をすれば理解できると思った。

 だから、小皿に少々取り分けて、フォークを添え差し出してみる。


「では、頂こう……うん、トマトとキャロット、そしてセルリのソースで、トリッパを煮込んだのか。下ごしらえは香辛料を入れた水で煮零し、臭みを完全に消してある。だが……こんなに新鮮で柔らかいトリッパは初めて見た」

「ありがとうございます……」


 まだ食べてもいない。

 フォークでハチノスを持ち上げて香りを嗅いだだけなのに、そこまでわかるとは大したものだな。

 しかも、下ごしらえの手順までしっかりと理解している。

 つまり、この目の前の男性は素人ではない。

 そしてゆっくりと食べ始めるが、口の中全体で舌触りと歯ごたえを確かめ、空気を含ませて香りを感じている。うん、これは俺の味付けと素材の味をしっかりと確認しているな。


「……なるほど。確かに一つ足りない。だが、ここまで鮮烈な野菜の旨味が引き出せているとは、信じられない。何が違うんだ……トリッパの種類? 野菜の産地? いや、ほかにもなにかある……」

「まあ、うちは食い物屋なので、俺からの種明かしはしませんよ。でも、あんたも良い舌を持っていますね……」

「ああ、味覚に関する感覚だけは神の加護を受けているのでね。一口食べれば、どんな料理でも素材、調味料を知り尽くすことができるのだが……わからない……」


 そう呟いてから、小皿のトリッパのトマト煮を全て平らげている。


――コトン

「ごちそうになった。この料理が完成するのを楽しみにしている」


 小皿の横に1000メレル銀貨を置こうとしたが、まさか試作料理の味見だけで金をとるわけにはいかないから、右手を出してそれを制した。


「試作品の味見では、金は受け取れません。同業者なら理解してくれますね?」

「ああ、そうだな。では、これが完成するのを楽しみにしている。営業中に邪魔をして申し訳なかったな。それでは失礼する」


 そう告げてから、男性は店から外に出ていく。

 しっかし、超味覚(スーパーテイスター)の加護持ちとは、驚いたねぇ。

 日本でも、有名な料理人の中にはそういう感覚を身に着けている人がいるっていうけれど、こっちの世界にもいるとはねぇ。

 世の中、まだまだ驚きに溢れているな。


「うきゃぁぁぁぁぁぁ、ユウヤぁ、炭が消えたにゃぁぁぁぁぁぁぁ」

「お、やらかしたか。マリアン、ちょいと炭に火をつけてやってくれるか?」

「畏まりましたわ……シャット、焼く方に夢中になって火加減をおろそかにしましたね?」

「違うにゃ、いや、その通りだにゃ」


 はいはい。

 何かやらかすとすれば、火の加減だろうなと思っていたので驚くことはないけれどね。

 横で見ていても、それ以外はまあ、及第点といった所だろうさ。


 〇 〇 〇 〇 〇


――二日後

 昼の営業は無事に終了。 

 今日まで作ったトリッパの煮込みは、全部で寸胴4つ分。

 そしてつい先程、ようやく満足のいくものが仕上がった。

 使っている素材や調味料は殆ど、隠し味に香辛料を使って見たりもう一味加えて見たりと試行錯誤を繰り返していたからねぇ。


 そして昨日迄に作っていた分は一番大きな寸胴に纏めて、昼営業で使えるように調整をし終っている。まあ、毎日のようにトマト煮の旨そうな香りを流していれば、どの客も食べたくなってくるよなぁ。

 とまあ、そんなこんなで夕方の営業だが。

 今日はマリアンがカウンター内に入って料理補助を担当。

 これは強制しているわけではなく、自分でも色々と料理を覚えたいというので教えている。


――カランカラーン

「おや、いらっしゃいませ。予定よりも少し早かったですね」

「ええ。ちょうど時間が空いたものでして」


 ガーヴァンさんが、二人の男性を連れて入って来る。

 一人は純朴そうな青年、そしてもう一人は……。


「ああ、貴方はガーヴァンさんの息子さんだったのですか」

「ええ。弟に店の後継ぎという立場を奪われた、出来の悪い兄です」

「そんなことはありません。サンズ兄さんの方が上です」

「……」


 次男のリフィルがそう否定するものの、サンズは何も語らずに席に着いた。

 そしてガーヴァンさんとリフィルも席に着くと、シャットが温かいおしぼりを用意して持って行った。

 ちなみにタオルウォーマは越境庵の中に据え付けてあるのだが、マリアンとシャットが酒場用に魔導具として作ってくれた。実にありがたいねぇ。


「それでは、まずは何をお飲みになりますか?」

「私は熱燗を頂こうかな。二人は何を飲むんだ?」

「では、僕はワインをください。兄さんも同じでいいですか?」

「……水」


 楽しそうに問いかけるリフィルだが、サンズはムスッとしたまま水を注文。

 ちなみに今日の燗酒は【陸奥八仙 赤ラベル】と【作 穂乃智】。感覚的に、ガーヴァンさんには陸奥八仙から始めた方がいいと思ったので、マリアンに燗つけを頼んだ。

 ちなみにワインはいつものハウスワイン、最初の一杯ならまずはここからだろう。 

 そして水……ねぇ。

 サンズがなぜ、酒ではなく水を注文したのか、理由はよくわかる。

 そんな中、飲み物が一通り出たあたりで、本日のお勧め【トリッパのトマト煮込み】を皿に盛って差し出す。

 付け合わせにはガーリックトースト、それをバケット用の籠に盛り付けて差し出した。


「おお、これがユウヤ店長のトリッパの煮込みですか。二人とも、しっかりと味を覚えるのだよ」

「はい、任せてください!」

「……」


 ゆっくりと味わうように食べ始めるリフィル。

 一つ一つの素材を楽しんでいるようにも感じるが、食べ方は人それぞれ。

 ようは本人が美味しく食べられて、周りに迷惑を掛けなければいい。


「うわ、これは凄いですね……このソースといい、トリッパの下処理といい、しっかりと出来ています。でも、どうやったらここまで臭みをなくせるのだろう……香辛料? それとも乳……う~ん」


 腕を組んで、笑いながら呟いているリフィル。

 それとは対照的に、サンズはスプーンでソースを掬い、香りを楽しんでからゆっくりと口の中へ。

 これはあれだ、俺が若い衆だった時代、ホテルの洋食さんがソースの味を確認している時と同じ動きだ。

 一気に食べるのではなく、少量ずつ、口の中で味を分解するように。


「うん、三日前とは全く違う料理に仕上がっている。あの時よりも鮮烈で、そして一つ……なにかこう、ピシッと筋のようなものを感じる……トマトも潰したもの、角切りにしたもの、そしてそのまま皮を剥いて形がある状態で使ったもの……それも、トマトは一種類じゃない、いくつかの地方のものがうまく混ざっている……凄いな」


 淡々と呟くサンズさんに、横で食べているリフィルとガーヴァンさんが驚いている。

 そしてサンズさんといえば、本当に楽しそうに味を堪能している。

 先ほどまでのぶっきらぼうな顔ではなく、笑顔でトリッパを食べているじゃないか。


「サンズ、分かるかね?」

「ええ。2……いや、3種類のトマト、キャロット、セルリ……一緒に加えられているキノコはこの前のものとは異なっていますか。うん、これはマッシュルームが入っています。調味料は塩と胡椒、それとワインが加えられています……仕上げにはバターを少々、それとこれは……豆が入っているのですか」


 淡々とガーヴァンさんに説明しているサンズ。

 その光景にリフィルは呆然としつつも、彼の話している言葉を一つも忘れないようにと、掌にメモを取るように話を聞いている。

 それにしても……豆ねぇ。

 隠し味の一つに赤味噌をほんの少し加えてみたのだけれど、そこまで読み取るとは大したものだよ。


「んんん? ユウヤが腕を組んだままニヤニヤと笑っているにゃ?」

「きっと、トリッパの煮込みの味を解析されて楽しんでいるのですよ。あの顔は『まだまだ隠し味はあるぞ』っていう顔ですね」

「なんで、うちのお嬢さんたちはそこまで読み解くかねぇ……サンズさん、そこまではほぼ正解です」

「ああ、ほぼ……なのですか。しかし、まだ引き出しがあるとは……」


 そりゃあ、こっちもプロとしての意地があるからねぇ。

 美味しいものを作るためには、妥協はしない主義なのでね。

 そのまま静かに味を見ているサンズさんだが。

 やはり最後の一つは分からない……って、それは当たり前。

 日本料理にも使うことがある、伝統食材だからなぁ。


「……駄目ですか。どうしても最後の一つが判りません」

「まあ、そこまでうちの味を解析できれば大したものですよ……それで、この味は再現できそうですか?」


 チラッとガーヴァンさんの方を見る。

 噂の食堂の跡取りたちに、うちの料理を食べさせて奮起させようっていう魂胆でしょうね。

 ついでに兄弟の仲を取り持ってほしいとか……。

 そう思っていたら、ガーヴァンさんが申し訳なさそうに頭を下げている。


「そうですね……リフィルならもう少し修行を続けていれば下ごしらえなどはしっかりと出来るでしょう。ただ、味付けとなると、ここまで繊細なものは作れないと思うが」

「それなら、僕が下ごしらえとかは全てやるから、サンズ兄さんが味付けを担当してくれればいい。うちの食堂の味は、兄さんのほうがしっかりと再現できるじゃないか」

「だが……跡取りはリフィルだ。俺は、基礎しか学べていない」


 こっちの世界では、家業を継ぐのは一人だけ。

 残った兄弟はほかで仕事を探すか独立するのが当たり前なんだと。

 普通に兄弟、力を合わせればうまい料理を出せる食堂になると思うんだがねぇ。


「だそうですが、ガーヴァンさん、なにかありますか?」

「そうですねぇ……サンズ、明日からうちの厨房に戻りなさい。そしてリフィルに基礎を学びなおすこと。リフィルはサンズより味付けの何たるかという事を学ばせてもらいなさい。うちの食堂は、二人に任せます」

「……いや、家業を継ぐのは一人というのが当たり前じゃないか、今更俺が戻ったとしても」

「普通はそうだがね……でも、二人合わせて一人前なら、うちの食堂は二人で継げばいいのではないか? 私はそれで構わないと思っているよ」


 最初から、ガーヴァンさんとしては、そこが落としどころだったのだろう。

 一人でフラッとやってきて味の勉強をしているサンズと、食堂を切り盛りして技術を磨いているリフィル。いいバランスじゃないか。


「……そうだな。それじゃあ、明日からまた、店に戻るとするか……」

「色々と教えてください、サンズ兄さん……」


 うんうん。

 実にいい感じで話がまとまっている……って、上手くだしにされたようにも感じるよなぁ。

 ま、こういう日もあるっていう事で。


「それにしても……この、ほんの僅かの酸味はなんだろう……トマトではない、なんというか強い酸味があるのだが……」

「ああ、俺のところの郷土料理でもつかう伝統食材なのでね、こいつですよ」


 厨房倉庫(ストレージ)から取り出したのは、真っ白い固まり。

 これは自家製の梅干しで、すでに15年は熟成させている。

 塩分濃度もかなり高く、それでいて梅干しの全面に塩が吹いていてやや硬くなっている。

 じつは、これを燗酒に入れて一晩おいてあったものを、少しだけ加えてある。

 直接入れるととんでもなく塩っ辛くなるので、純米酒で少し緩めておいたんだよ。

 

「この、塩の塊が秘密ですか?」

「それは梅の実の塩漬け、梅干しっていいます。まあ、とても塩っ辛いので直接食べるときは注意して下さい」

「……いや、これは貰っていって構いませんか?」

「ええ、構いませんよ」


 サンズが梅干をハンカチで包んで懐に納める。

 どうやらこれで、トリッパ騒動は終わったようで。

 この後は、いつもの常連たちの乱入があったものの、楽しい酒盛りが始まったのは言うまでもない。


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