65品目・越境庵の秘密の能力……といってもねぇ(デザートプレートとクロワッサンサンド、ストロベリーサンデー)
久しぶりにアイリッシュ殿下を越境庵へお招きした。
俺が扉を開け、シャットとマリアンが王女様たちを店内に案内するが、護衛のジョージ・ウォーカーとアレク・ウォーカーは店内に入った瞬間、周囲を見渡して警戒を始めた。
まあ、そういう行動に出るのも当たり前だよなぁと苦笑していると、アイリッシュ殿下がパンパンと手を叩いた。
「ジョージ、アレク。この店の中では警戒は不要です。安全性についてはアイラ王女さまの近衛騎士二人のお墨付きですし、なによりアードベック辺境伯も彼については保証しています。それよりも、これから楽しいパーティーが始まるというのに、そのようないで立ちでどうするのですか?」
「その通りだにゃ、お客様は、まずは席に着くにゃ」
「しかし……」
「しかしもなにもありません。あなたたちが護衛としての務めを果たしているのは理解できます。ですが、こちらのユウヤ店長も、店の主人としてお客である私たちの安全は保障してくれています、そうですよね?」
そう告げてこちらを見られるとねぇ。
ま、安全かどうかについては、保障していいと思う。
「そうですね。この越境庵は、運命の女神ヘーゼル・ウッドさまの加護によって守られていますから」
「う、運命の女神の加護……」
「ヘーゼル・ウッドさまの加護ですか……」
驚いた表情でそう呟くと、お互いに顔を見合わせたのち、盾と剣を近くのテーブルに置いた。
まあ、信用して頂けるのであれば、こちらとしても助かりますわ。
ただ、ヘーゼル・ウッドさまの名前を聞いて、どうしてアイリッシュ殿下まで驚いているのでしょうかねぇ。
「か、神の加護があるとは思っていましたけれど、まさかヘーゼル・ウッドさまとは……」
「まあ、あたいとマリアンも、しっかりと教会の聖域にいって来て話を聞いてきたからにゃ」
「ということで、まずは温かいおしぼりをどうぞ」
接客その他はマリアンたちに任せるとして。
まずは、デザートパーティーの下準備だな。
「それじゃあ、たまには裏技でも使ってみますかねぇ」
まずは、前菜替わり。
白いプレートにチョコソースで波型の模様を描き、そのまま冷凍庫へ。
まずは簡単な盛り合わせということで。
「その前に、ケーキ類を解凍しておきますか」
冷凍ストッカーに収めてあるデザートケーキ、これを冷蔵庫に移動したのち、時間停止モードを『早送り』に切り替える。これは時間停止の応用で、指定した素材の時間をちょっと早回しで進める事が出来る。
つまり、冷凍食品の解凍も、通常より早く出来るっていう事。
この能力に気が付いたのも、本当につい最近。
昼のメニューを仕込んでいるときに材料が少し足りなくなり、急遽冷凍から食材を取り出した時に発現した。というか、初めて気が付いた。
「そしてプチシュークリームの中にホイップクリームとチョコクリームを絞り器で入れる……と」
マンゴーとオレンジを飾切りして花のように形作り、先ほど冷やしたプレートに丁寧に盛り付ける。
プチシュークリームも二個ずつ乗せた後、粉糖を茶濾しで軽く振って、最後にミントの葉をそえて出来上がり。
「ほい、まずはデザートコースの前菜替わり。シャット、オレンジジュースを出してくれるか?」
「かしこまり!!」
「ては、私が持っていきますね」
マリアンが配膳を担当してくれるので、あとは任せる。
そして届けられたプレートを見て、アイリッシュ殿下が絶句している。
「こ、これはまた、なんというか……昼間の料理とは打って変わって、繊細で上品な仕上がりです」
「では、先に毒見をしますのでしばしお待ちを」
「それは無用です。では……いただきます」
護衛たちの制する中、アイリッシュ殿下がデザートフォークを手にプチシューを口に運んでいく。
「ああ、そのようなことを……」
「大丈夫です……んんっ……んっんっ……んはぁっ。これは驚きましたわ。二人も、もう安心して食べてください。私一人で食べていては、申し訳なく感じますので」
「そ、それでは……むむっ!!」
アイリッシュ殿下に勧められて、ようやく護衛さんたちも観念したようだが、二人とも、プチシューを一つ口に放り込んだ瞬間に固まっているんだけれど。
「口の中でサクサクッと崩れていき、その瞬間にクリームが口の中に広がっていきますな」
「こちらのは、生地の中から茶色いクリームが出てきましたぞ、ちょっとほろ苦くて、でも口の中にしつこく残らない……アイリッシュ殿下、これは一体、なんなのでしょうか」
「そうですわね……これこそ、ユウヤ店長の料理マジック、というところでしょう。それに、このオランジのジュースが口の中をサッパリしてくれます……」
うんうん、とりあえず楽しそうでなにより。
この間に、次のプレートを……って、本格的なコース料理じゃないので、出せるものから順に作るとしますか。
「次は、少し腹に溜まるものでも……」
解凍したクロワッサン生地をオーブンで焼いておく。
その間に、中に挟む具材の準備だな。
サニーレタスは千切って水に晒して。
トマトは薄くスライス。
そして時間停止処理してあったポテトサラダと生ハムを取り出しておく。
そう、次に作るのは『クロワッサンサンド』。
ちなみにポテトサラダの作り方は至極簡単。
よく洗ったジャガイモを水から茹でる。
それとは別の鍋で、皮を剥いた人参も茹でる。
キュウリは極薄にスライスし、ボウルに入れてから塩少々を加えてさっと揉んでおく。
「ジャガイモは、芯まで柔らかくなったらお湯を捨てて……ここからが勝負だな」
熱々のまま、竹串を使って皮をはがしていく。
冷めてからだと、固くなり過ぎで混ぜるのに手間がかかるのでね。
そして皮を剥いたジャガイモを、半分は木べらで潰し、残り半分はさいの目にカット。
茹で上がった人参は薄めのいちょう切りにしてジャガイモの入ったボウルへ。
最後はキュウリを絞って加えたのち、マヨネーズと黒胡椒を加えて、木べらでさっくりと混ぜるだけ。
マヨネーズと胡椒の量は好みで、俺は単品で出すときはマヨネーズやや多め、サラダやサンドイッチに使うときは少な目に設定している。
ということで、今回は少な目で。
「さて、そろそろ焼けたかねぇ」
オーブンから焼きたてのクロワッサンを取り出して、横に切れ目を入れたのち、サニーレタスと出来立てのポテサラを挟んでプレートの上へ。
もう一つには、ポテサラに以外に薄くスライスした生ハムも一緒に挟んでおく。
それをプレートに二つずつ盛り付けてから、薬味入れに常温で柔らかくしたバターとマーマレードを添えて出すだけ。
「ほい、次の料理が仕上がったぞ。クロワッサンサンドの盛り合わせだ」
「かしこまり!!」
「それでは、失礼します……」
空いた前菜のプレートを下げて、クロワッサンサンドの乗せられたプレートを配置する。
「これは……昼間に食べていたものと同じですか?」
「いえ、あれはどっちかというと、肉体労働者のエネルギー補給のような感じですね。こちらは貴族子女の方々が、長閑な午後に語り合うときに摘まむもの……という感じです」
アフタヌーンティーのセットでも作りたかったが、俺が作ると『居酒屋のアフタヌーンティー(生ビール付)』って感じになるからね。
一番上には握り寿司、二段目がザンギとポテトフライ、三段目は中華風柄オードブルの盛り合わせ……っていう感じで。昔、悪乗りして作ってみた事があったんだよ。
「これはまた、ちっちゃくて可愛いですね。ではさっそく……これはバターと、ママレードですか?」
「ええ。お好みでどうぞ」
すでに護衛たちも毒見うんぬんとは言わなくなっている。
では、今のうちに。
「マリアン、シャット、二人の分もここに置いておくから、今のうちに食べていいぞ」
「や、やったにゃ。王女様の食べているのを見ていると、お腹が減って来るにゃ」
「私もいただきますわ」
「どうぞどうぞ……どうせ、あと一つで終わりだからな」
ということで、最後のプレートはプチケーキの盛り合わせ。
業務用冷凍ケーキをカットして盛り付けるだけだが、中心にはちょいと面白いものを置いてみる。
「さて……こいつを使うのも久しぶりだなぁ」
冷凍ストッカーの横においてある、小さなストッカー。
これは、『ソフトクリームメーカー』にセットする『専用ソフトクリーム』が収めてある。
とうぜん、こっちの世界に来た時に時間停止処理をしているので、一番使いやすい状態で保存されている。このカップ状の専用ケースに入ったソフトクリームを機械にセットして、あとはスイッチを入れて絞り出すだけ。
それだけで、美味しいソフトクリームが食べられるっていう寸法だ。
手抜きというなかれ、業務用ソフトクリームの老舗メーカーなので、味と舌触りは保証付き。
「こいつを絞る前に……」
先に6種類のケーキを綺麗にカットして盛り付けておく。
そしてガラスの器にコーンフレークを少し入れた後、上からソフトクリームを絞りだし、苺のソースとチョコチップ、スライスした苺を盛り付けて完成。
「これで、ソフトクリームサンデーの出来上がり。皿の中心に乗せてから、デザートフォークとスプーンを添えて……よし、完成だな」
それじゃあ、お嬢さんたちは休憩中なので、俺が直々に持っていく。
「お待たせしました。本日のスイーツパーティーのラストメニューです。6種のケーキと、ストロベリーサンデーの盛り合わせです。新しいスプーンとフォークも添えておきますので、ごゆっくりと」
「ありがとうございます……あの、お願いがあるのですが」
「ええ、なんでしょうか……と」
チラリとみると、飲み物のグラスが空になっている。
つまり、そういうことだろう。
「ラムネでよろしいですか?」
「はい、それでお願いします」
ではさっそく。
冷蔵庫に冷やしてある瓶入りラムネとグラスを持っていく。そして目の前で開けようとしたが、アイリッシュ殿下が頭を左右に振っている。
「自分で開けてみたいのです。以前は、シャットさんが開けてくれましたので」
「ああ、それではどうぞ。護衛の方には、温かい飲み物をご用意しますね」
「それは助かる」
いかついおじさんたちに、デザートだけのコースはきついだろう。
という事で、ネルドリップだがコーヒーを入れてやる。
出すときも砂糖とスライスレモンをしっかりと添えて。
「これはコーヒーという飲み物でして。南方の植物の豆を焙煎し、砕いたものにお湯を掛けて抽出したものです。苦いので、好みに合わせて砂糖とレモンを添えてください」
「ほほう、これは初めて見る飲み物ですな」
「温かいのは助かります……んんっ、いい香りですねぇ」
どうやら護衛の二人は気に入ったようで、香りを楽しみつつ、ちびちびと呑み始めた。
そしてアイリッシュ殿下も、ようやくラムネの蓋が空きそうになり。
――ポンッ!
「うわっ!!」
「な、なんだ、何が起こった!!」
勢いよくラムネの栓が抜けて音が出たものだから、護衛たちが驚いて周囲を警戒した。
「大丈夫です。この飲み物の蓋が空いた音です」
「そ、そうでしたか」
「それにしても、不思議な……」
アイリッシュ殿下にそう告げられて、護衛たちも席に座りなおす。
そしてようやく、久しぶりの瓶ラムネを飲んで、アイリッシュ殿下もニコニコと笑っている。
「さて、シャットたちはデザート、食べるか?」
「私はあの、真ん中の奴だけお願いします」
「あたいも、サンデーだけ欲しいにゃ」
「はは、流石に昼を食べてまだ間もないからなぁ」
とはいえ、もうすぐ夕方5つの鐘が鳴るころだろう。
ホールでは、楽しそうにデザートを食べているアイリッシュ殿下たち。
小上がりでは、いつものように賄いを楽しむうちのお嬢さんたち。
ま、たまにはこういう日があってもいいでしょう。
とっとと片付けて、俺もカウンターで何か摘まむとしますかねぇ。
………
……
…
――夕方6つの鐘
楽しかったデザートパーティーも終わり。
越境庵から出て暖簾を片付けると、扉がスッと消える。
「なるほど、アイリッシュ殿下が秘密にするようにと言っていたのは理解できました」
「まさかとは思いますが……ユウヤ殿は、流れ人ですか?」
そうアレクが王女様に問いかけているが、しっかりと口を閉ざしたままなので。
「ま、そういうことにしておいてください。ここで見聞きしたことは、王女様の勅命で外部に漏れないのでしょう? ですから、俺としても、今度からはもう少し気楽に料理を楽しんで頂けるとありがたいですね」
「ああ、今回の件でよくわかった。次があったら、その時は私達も楽しませてもらうとしよう」
「うん、約束。ということで、これは本日の代金」
財布から金貨を三枚取り出し、俺に手渡してくる。
「これは……王国金貨ってやつですか」
「うん、一枚で10万メレル、それが三人分。無理を言って開けて貰ったので、ほんの心ばかりのお礼」
「なるほど。では、確かに。今度からは早めに言っていただけると、色々と用意しておきますので」
そう告げると、アイリッシュ殿下もにっこりと笑っている。
「私たちは明日、王都に戻ります。では、次は王都で会いましょう」
「ええ、それではお気をつけて」
店の鍵を開けて扉を開く。
すると店の外で、ラフロイグ伯爵とグレンガイルさんが待っているじゃないか。
「おお、ようやく開いたか……って、アイリッシュ王女殿下、何故、ここに?」
「昼の営業が終わってから、店を借り切って料理を作って貰っていました。では、ごきげんよう」
「ええ、それでは」
護衛二人に護られて、王女様が帰っていく。
そして入れ違いにラフロイグ伯爵とグレンさんが入店したので、ちょいと急ぎで準備してから、夜の営業も始めるとしますか。




