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【書籍化決定】隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~  作者: 呑兵衛和尚
交易都市キャンベルの日常

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63品目・アイリッシュ殿下の来訪と、園遊会の招待状(ユウヤ風、タリアテッレを使ったボロネーゼ風)

 マリアンが厨房に入るようになって、早一週間。

 

 簡単なメニューについては、俺が仕込みを終らせておけばどうにか回転できるようにはなってきた。

 これってあれだな、ファーストフード店のような感じに見えてきたな。

 ほら、サンドイッチ専門店であっただろ、注文に応じてホットドックの中に好みの具を詰めていくタイプの店舗が。あのような感じに回していけば、マリアンとシャットに色々と任せるのもいいかもしれないとは思ったが。

 まあ、だからといってすぐに仕事を全て預けるようなことはしない。

 いくら仕事の覚えが早いと言っても、まだまだ素人に毛が生えた程度、アルバイト見習いから料理補助に昇格したっていう感じだろう。


「ユウヤぁ、追加の鳥串と豚串を出してほしいにゃぁ」

「あいよ、ここに置いておくからな」

「ユウヤ店長、ご飯が切れそうなので保温ジャーを出していただけますか?」

「ほい、ここに置いておくからな!」


 今日のメニューは焼き鳥丼。

 炭焼き場の担当はシャットが、盛り付けと受け渡しはマリアンが担当。

 そして俺は二人の間でサポート兼、会計とドリンク販売。

 面白いことに、串焼きについてはマリアンよりもシャットの方が上手に焼けるという事。

 そしてホットドックなどの盛り付けが関わるメニューについてはマリアンの方が多彩で綺麗かつ早く仕上げられる。

 だから、この一週間ほどは二人の適性を見つつ色々と教えるようにしている。

 まあ、日本に居た時も親方から頼まれて弟子の育成などを請け負っていたりしていたから、その時の延長のようなものと考えることにしている。


「はい、お次の方、何人前ご用意しますか!!」

「ユウヤ店長込みで3人分ほど、できれば王都に配達して欲しいのですが、いかがでしょうか?」


 カウンター越しにそう話しかけてきた女性。

 はぁ、これはまた、久しぶりの第三王女様ではないですか。

 しっかし、護衛もつけないで昼間っから堂々と、こんな裏道の酒場に顔を出すっていうのは、おじさんとしてはどうかと思いますけれどねぇ。


「シャット、外に騎士たちの姿って見えるか?」

「んんん……あちこちにいるにゃ、王国の聖騎士団の紋章付きだにゃ。誰か、お偉いさんでもここに来るのかにゃ?」

「あら、私に気が付かないとは、シャットさんも意外と冷たい」

「うにゅ……って、王女様だぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「今頃かよ。まあ、とりあえず隅っこにでも座っているか、もしくは昼の営業が終わってからまた来てくれると助かるのですけれどねぇ」


 そう説明すると、第三王女のアイリッシュ・ミラ・ウィシュケさんはにっこりとほほ笑んでから、一番奥の席に移動して座りなおしている。

 そしてその近くには二人の騎士が立ち、周囲の警戒をしているんだが……まあ、そのあたりは昼営業には影響がないので、そのまま待っていても別に構わないか。


「さて……と、それじゃあ仕事の続きと行きますかねぇ」

「うーにゅ。王女さまを放置しておいていいのかにゃ?」 

「あ。あの、不敬罪とかそういうのは大丈夫ですよね?」

「ええ、そもそも私が勝手に来て、勝手に待っているだけですので、ここで仕事の邪魔にならないようにしていますので」


 ということだ。

 それじゃあ気を取り直して、仕事を続けるとしますかねぇ。


………

……


――カラーーーン、カラーーーン、カラーーン

 昼3つの鐘が鳴り響くころ。

 ようやく客足も途切れた。

 まあ、用意してあった串を全て使い切ったので、昼の営業はこれでおしまい。 

 そしてアイリッシュ王女の話を聞くことにしたのだが。

 

「マリアン、シャット、賄いはここから好きに食べていいから」

「セルフサービスにゃ!!」

「畏まりましたわ、では、後片付けも私たちがしておきますので」

「すまないが、よろしく頼む」

 

 といくつかの作り置きの寸胴をカウンターの中に置いてから、王女様の前に移動する。

 そして番茶の入っているポットを厨房倉庫(ストレージ)から取り出して湯飲み茶わんに注いで手渡すが、すぐに飲むようなことはしない。

 だから、ポットごとお城で待機してたいる騎士に預けると、毒見をして問題が無いことを確認したのち、ようやく王女が番茶を口にした。


「ふぅ……ごめんなさい。外で飲食するときは、必ず騎士に毒見をして貰うようにと言われているの」

「別に構いませんよ。それぐらいは当然と思っていますので」

「そういっていただけると助かります。では、改めてこちらの書簡をお渡しします」


 そう告げて差し出した書簡を手に取る。 

しっかりと封蝋が施されてあり、王家の紋章が浮かび上がっていた。


「それでは、確認させていただきます」

「ええ、どうぞ」


 封蝋を外して書簡の内容を確認する。

 そこには、『豊穣季の終わりに王都で園遊会が開かれるので、それに出店して頂けないか?』という内容が記されている。

 

「はて……豊穣季とはいつごろでしょうか?」


 これは俺も聞いたことが無い。

 そう思って王女に問いかけたが、すぐにマリアンが説明してくれた。

 

「豊穣季は、大地母神季の略称ですよ。今が精霊季の終わりで、次が鍛冶神季、その次が豊穣季ですから、だいたい160日後ぐらいでしょうか。王都の園遊会は毎年、豊穣季の最終週に行われますよ、王国内の貴族や重鎮、大商会や上位冒険者、そして選ばれた人々が集まって、楽しいひと時を過ごすというものです」

「マリアンさんの仰ったとおりです。その園遊会では立食形式で食事や飲み物が楽しめるのですけれど、『ユウヤ店長にも露店をお願いしたい』とお姉さまがおっしゃりそうでしたので、先に手を打たせていただきました」

「ああ、なるほど理解しました。精霊季を過ぎて鍛冶神季にはいったら、ぼちぼちどこかに移動するかどうかって考えていたところでしたからね。まあ、それなら豊穣季に入ったころには王都に向かいますので、それでよろしいでしょうか?」


 渡りに船ではないが、この仕事を受けておけば王都に向かう口実にもなる。

 正直言うと、今のこの場所が妙に心地いいので、今しばらく離れたくはないなぁと思っていたのだが。ディズィさんやロマネ神官長にもフォーティファイド王国に来てくださいと懇願されているのでね。

 それなら、王都を廻ってからフォーティファイド王国に向かうのもありだよなぁと考えてはいた所なんだよ。


「そうですね、私としては、王都でもここのように店を構えていただければ、気軽に遊びに来れるのですけれど」

「まあ、良いところがありましたら……ということですけれど、間違っても王都の一等地に大きな店とか、貴族街に店舗付き一軒家を用意するとか、言い出さないでくださいね」


 そう告げると、アイリッシュ王女の視線が泳ぎ始めた。

 ああ、そのあたりは考えていたのか。


「だって……裏道とかですと、気軽に遊びに来れないのですよ」

「そういう割には、ここには来ていらっしゃいますよねぇ」

「一人程度の護衛で向かえる場所がいいのです……そうしないとラムネが飲めないじゃないですか」

「ああ、毒見している最中に気が抜けてしまったり、ぬるくなると美味しくありませんからね」


 そういうことなら、仕方がない……が、そのためだけに目立つ場所で営業するなんて御免被る。

 

「まあ、そのあたりは上手い事やってください。それで、用事はこれで終わりですか?」

「ええ、そうですけれど」

「賄い飯、食べていきます?」


 ニイッと笑って問いかけると、パアッと花が咲いたかのように明るい笑顔になる。

 

「アイリッシュ殿下、このような場所で食事など」

「いえ、ユウヤ店長の事については、アードベック辺境伯からも人畜無害だと保証されています。ですから、ここで食事をしていきます、ええ、食べていきます」


 グッ、と両拳を握りしめて、フンスと力説している。

 これには護衛の騎士達もたじたじのようで、兜の中から『はぁ……』とため息まで出て来る始末。


「えぇっと、もう店は閉めてありますので、兜とかは外しても大丈夫ですよ。では、騎士の方々も、毒見がてら食事していきませんか?」

「そ、そういうことなら」

「では、まずは毒見から……だが、何を食べさせてくれるというのかね?」

「そうですねぇ……折角ですから、このキャンベル名物の料理を俺が作ってみますので、それを食べていかれるということで。少々お時間を頂きます」


 ということで話は決まった。

 このキャンベルの名物料理と言えば、幅広のパスタを使ったボロネーゼのようなもの。

 ということで、まずは下ごしらえから。

 五徳に寸胴を掛けてお湯を沸かしているうちに、雪平鍋にオリーブオイルを注ぎ、皮を剥いたニンニクを潰して入れて、ゆっくりと火にかける。

 ニンニクがふつふつとし始めたら、一旦火を止めておき、ここにみじん切りにしたタマネギを加え、弱火でじっくりと炒めたのち、きつね色になり始めたら火を止めておく。

 

「さて、合い挽き肉を使いたいところだが、今日は豚ひき肉を用意していなかったので牛オンリーで行きますか」


 ボウルに牛ひき肉をいれ、塩、胡椒、ナツメグを加えてよく混ぜる。

 塩を加えているので、ねっとりとするまでこねておけば大丈夫。

 そしてフライパンにオリーブオイルを入れて熱したのち、ひき肉を手に取って絞るように小さく丸く取りフライパンへ入れてじっくりと焼く。


「ここはオリジナルでね。本当なら、こんなにひき肉を丸くして作らないんだけれど、ほら、映画であっただろ、稀代の怪盗と凄腕ガンマンが、一つの皿に入っているボロネーゼを取り合いながら食べる奴。あれを参考にしてアレンジしてみただけなんだけれどね」


 丸くとったひき肉に火が通ったら、火を止めてワインを注いで全体的にゆっくりと混ぜ、最初に雪平鍋で炒めたニンニクと玉ねぎを投入。弱火に掛けてワインのアルコール分が飛んだあたりで、ホールトマト缶を入れてから、極弱火に掛けてゆっくりと混ぜつつ放置。

 

「そしてパスタを茹でる……と」


 茹でるパスタは幅広のタリアレッテ。

 これを指定時間より一分だけ早く止めてから、お湯を切って具の入っているフライパンに入れて混ぜ合わせる。

 この時、パスタの茹で汁を淹れるのだが、これは『乳化』といって、オリーブオイルとお湯が混ざり合い乳化することで、味付けがまろやかに仕上がるため。

 これをするのとしないのとでは、まったくといっていいほど口当たりが変わって来る。


「よし、あとは最後の仕上げだな」


 バターと粉チーズ(パルミジャーノチーズ)を加えてさらに混ぜ、全体が馴染んだら完成。


「……よし、これで完成です。一つのフライパンで作ったのを三つに分けるので、騎士の皆さんが毒見をして問題が無ければ、アイリッシュ殿下もそのまま食べて大丈夫ですよね」

「うむ。ではさっそく味見を」

「しかし、美味そうですなぁ……いやいや、これは仕事、これは毒見」


――モグモグ

 まあ、パスタを啜って食べるっていう文化は、この国にもないようで。

 そもそも日本でさえ、バスタを啜って食べる文化はない。

 

――モグモグ……ングング……

 うん?

 気のせいかもしれないけれど、毒見というよりもガチ喰いしているようにも感じるのだが。

 そして俺の背後で、『私たちの分は~』っていう視線をぶつけてくるのはやめなさい。

 すぐに作ってやるから待っていろ。


「全く。食べたいんだろう?」

「そりゃそうだにゃ。この街でボロネーゼは食べたけれど、まだユウヤが作ったものは食べていないにゃ。大盛でお願いするにゃ」

「私の分は、少しで大丈夫ですわ。麻婆豆腐を食べ過ぎてしまったので」

「はいはい……と、あの、毒見の皆さん、そろそろアイリッシュ殿下が怒りそうですけれど?」


 ジトーーーッと騎士たちを睨むように見ているアイリッシュ殿下。

 そりゃそうだ、どう見ても二人の騎士は毒見という仕事を忘れているようにしか見えないからな。


「ハッ!! アイリッシュ殿下、毒見は完了しましたので、食べても大丈夫です」

「もしも御口に合わなければ、私達が処分しますので」

「その言葉は、自分たちの皿が空になる前に仰ってください!! まったく……」


 ははは。

 まあ、俺としては美味そうに食べてくれているのでよしというところだ。

 そしてこの様子だと二人分では足りなさそうだから、まとめて5人分ぐらい作りますかねぇ。

 タリアテッレも足りなさそうだから、パスタの太麺で代用しないとならないけれどね。

 

 そんなこんなで、夕方の営業が始まるぎりぎりまでアイリッシュ殿下と護衛の騎士たちは、シャットやマリアンたちと雑談をかわしていた。

 まあ、話の内容については、ウーガ・トダールを出てからキャンベルに着くまでの出来事とか、この街でなにか面白い事が無かったかとか。

 その話の中で、シュッド・ウェスト公国とフォーティファイド王国の使節の方たちがこの店に来て食事をしたこと、もしよろしければ後日、改めて国に来てほしいと言われたということを説明していると、心なしかアイリッシュ殿下が悲しそうな表情をしていたのだが。

 まあ、隣国とは歴史的にも色々とあったようだから、思うところがあったのだろう。

 そんな感じで雑談を終えたのち、また明日と告げてアイリッシュ殿下たちは店から出ていった。


「また明日……ねぇ。食事にくるんだろうなぁ……」

「そんなところだにゃ」

「私達が、こんな料理を食べていましたよって説明していますと、『狡い』ってぼそっと呟いていましたけれど」

「はぁ、狡いって……お子様かよ」


 年頃の女性の考えている事は、どうも難しくて敵わないなぁ。

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