62品目・異世界産の日本刀と、マリアンのデビュー(長芋のフライドポテト風と鳥の一夜干し、ガラナサワー)
越境庵の秘密、それを知る者がまた一人増えた。
もっとも、グレンさんは俺が流れ人である事を知っても特に何も変わることなく、毎日仕事の帰りにはうちの店で晩酌を楽しんでいる。
ただ、以前よりもマリアンとシャットとの距離が近くなったらしく、たまに酒を交わしつつ笑っている姿を見るようになってきた。
そしてラフロイグ伯爵はというと、シャットが許可を取って越境庵から持ち出した『将棋』に興味を持ったらしく、たまに夕方訪れては、酒を飲みつつその場に居合わせた客と一指ししている姿を見るようになった。
なんでも、工芸組合に『将棋盤と駒』の概略図を書いて持ち込んだらしく、数日前辺りから少しずつではあるが、街角で将棋を指している人の姿を見かけるようになったとか。
そして今日もまた、いつものように夕方6つの鐘が鳴り始めるころにはグレンさんとラフロイグ伯爵、そしてうちのお嬢さんたちも集まってのんびりとした時間を過ごしている。
「はい、本日のお勧めの、長芋のフライドポテト風と鳥の一夜干しです」
「フライドポテトというと、パタタの実を揚げた奴か。これは確か、びーるとかいうのによく合うのじゃったな」
「ご名答ですが、今日のはパタタの実ではなく、長芋というものを使っています」
ラフロイグ伯爵とグレンさんの前には長芋のフライドポテトを、マリアンたちの前には鳥の一夜干しを並べておく。
ちなみに長芋のフライドポテトは、皮つきの長芋をよく洗った後、ちょいと大きめの乱切りに切る。
それにさっと片栗粉をまぶしてから、170度ぐらいの中火でじっくりと、きつね色になるぐらいまで揚げるだけ。
ちなみに味付けは軽く塩コショウ、そして青のりをパラっとまぶして完成。
鳥の一夜干しはちょいと手間がかかっていてね。
まず、地鶏もも肉二キログラムを一枚ずつ丁寧に広げ、余計な油や軟骨部分を取り除く。
それを雪平鍋に丁寧に並べていき、そこに出汁を1.5リットル、酒350cc、薄口醬油をほんのり色付け程度に、そして生姜のスライスを入れたのち、藻塩を軽くひと掴み。
あとはブラックペッパーを少々加えて、ゆっくりと火にかけておく。
だいたい肉に火が入ったあたりで火を止めて冷まし、その後で煮汁から取り出して金串に刺して干すだけ。
うちの場合、火を落とした後の炭焼き台の上に吊るすようにして干しておくと、翌朝にはいい感じに表面が硬くなっている。
あとは炭火でじっくりと焼いてから、適当な大きさにブツ切りにして皿に盛り付けて出すだけ。
仕込みには手間がかかっているけれど、酒の肴にはぴったりなので人気もある。
こっちの世界に来てからは初めて仕込んでみたけれど、翌日には完売するレベルで注文が入ったからなぁ……。
「んんん、この味にゃぁ。鶏肉がちょっと胡椒が効いていて、それでいてタレが染みていていい感じだにゃあ。ユウヤぁ、なにかシュワッとしたものが欲しいにゃ」
「ちょいと待っていろ……そうだな、こいつはどうかな」
厨房倉庫から取り出したのは、ご存じ『コアップガラナ』。
北海道民の味として、リボンナポリンと双璧を成す飲み物だ。
まあ、ほかにもカツゲンとか色々とあるが、流石にそれは仕入れが出来なくてね。
ということで、サワーグラスに氷を入れてから、鏡月をワンフィンガー。
そして残りはガラナを注いでステア(軽くかき混ぜる)して、シャットの前に。
「ん~、なんだか、危険な香りがするにゃあ。これはなんだにゃ?」
「ガラナと言って、滋養強壮疲労回復、あとは色々と効果があってな」
「ふぅん……あ、美味しいにゃあ」
やはり、シャットの口は道産子口と見た。
ちびちびと呑みつつ、時折体を左右に振ってニマニマと笑っている……って、おい、それは酔い方がおかしくないか?
「あ~、変な酔い方をしていますわねぇ。これ、そんなに効くのですか?」
「いや、さっき話した通り、滋養強壮と疲労回復、あとは肥満予防とか血中尿酸値を下げるとか、いろいろな効果があると噂されているが」
「では、ちょっと失礼して……鑑定……うわ、これはまた……」
物は試しにと、俺がグラスに注いだガラナを鑑定したが、いきなり顔が真っ赤になっているんだが。
「ええっとですね……その……夜の方にも強く作用するようでして、特に獣人が飲むと御覧の通り」
「ユウヤ店長、そのガラナサワーとやらを一杯頂こうか!!」
いきなりキリッとして顔とイケボで注文するっていうのは、下心満載じゃないですか、伯爵さま。
「まあ、男性でしたら……でも、悪いことには使わないでくださいよ」
「心配するな、わしはこう見えても愛妻家だ。貴族が世継ぎを作るために愛人を囲うなどと言う輩もいるが、儂は困っておらん!!」
「困っていないのなら、別に必要じゃないでしょうが」
「それはそれ、これはこれ……だ」
はいはい。
それじゃあ一杯だけですよ。
ラフロイグ伯爵にもガラナサワーを一杯作って、今日はこれはおしまい。
シャットには酔い覚ましにサイダーでも出しておくか。
「おお、そういえばユウヤ店長、ちょいとこいつを見てくれるか?」
「はぁ、なにか持ち込んだので?」
そうグレンさんに問いかけると、懐から皮のさやに納められたナイフを一振り取り出して、俺に渡してくる。刀身は恐らく6寸から8寸程度の細身のナイフのような……。
――スラッ
ゆっくりと鞘から取り出すと、ちょうど6寸の柳葉包丁の形をしたナイフが姿を現わした。
「これはまさか……」
「うむ、鍛造法で打ち出した、初めての日本刀じゃな。まあ、長い奴は焼き入れのときにピシッと音を立てて割れてしまってな。まだまだわしも未熟ということじゃろう」
「それでも、大したものですよ……」
「ちょいと、今、使って見てくれるか?」
それならば。
軽く刃の部分に爪を立てて見る。
うん、しっかりと刃は付いているし、なによりも切れ味が凄そうだ。
「それでは……ちょいと失礼します」
厨房倉庫からトマトを取り出し、その端の部分に歯を当ててスッと引く。
すると、まるで手ごたえがなかったかのようにスーッとトマトが切断されたが、最後の方で少し引っかかった。
「ああ、なるほど……これは切れ味はかなり良いですが、先の方の研ぎが甘くなっていますね。でも、しっかりと刃もついていますし、なによりもあれだけの資料でこれを再現できたのは凄いと思いますよ」
そう告げてから、刃の部分をしっかりと拭き取り、鞘に納めてグレンさんに戻す。
すると、ややムスッとした顔に少しだけ笑みを浮かべ、包丁をカウンターの横に置いた。
「まあ、かなり試行錯誤ではあったがな。おかげで工房の注文の殆どは弟子たちに任せている状態じゃよ。また、資料を見せてくれると助かるのじゃが」
「では、また次の休みの日にでも」
このまま技術を磨いていくと、グレンさんがこっちの世界で初めての日本刀を打ち出してくれるかもしれない。
そうなると、俺としても包丁を頼みたくなってくるが、それはまだ先の話しだろうなぁ。
ドワーフの鍛冶師というのは、納得するものが出来るまでは何回、何十回と打ち直しを繰り返すものらしいからなぁ。
「ん~、んん、酔いが醒めたにゃ」
「そんなに早く醒めたのかよ」
「いえ、私が魔法で醒ましましたわ。あのまま放っておくと、きっとここで酔いつぶれてしまいますから」
「そりゃそうか、助かったよ」
「いえいえ……」
さすがに酔っぱらったまま、ここから放り出すっていうことはできないからなぁ。
ラフロイグ伯爵のように、時間になると護衛の人が迎えに来るわけでもないし。
酔っぱらっても自力で帰ることができるドワーフとも違うからなぁ。
ま、飲むときは程々に……俺も少し反省だな。
〇 〇 〇 〇 〇
――数日後
ここ最近、だんだんと気温が上がり始めている。
マリアン曰く、もうすぐ精霊季が終わりを告げ、鍛冶季がやってくるらしい。
つまり、冬が終わり春が訪れる。
「ああ、道理で外を歩く連中の服装も、厚苦しくなくなってきたよなぁ」
それに、街の中を歩いている人達の姿にも変化があった。
どうやらこのキャンベルより南方、王都以南からは隊商交易馬車便が始まったらしく、つい数日前にもこのキャンベルに幾つもの商会がやって来たらしい。
そして東方のシュッド・ウェスト公国、西方のフォーティファイド王国からも大勢の商人や冒険者、旅人などがやってきているらしく、キャンベルはにわかに活気付き始めていた。
「それで、今日の昼は何を用意するのにゃ?」
「今日はホットドックだけど、挟む具をソーセージじゃなく照り焼きチキンにするだけだな」
「テリヤキ……チキンっていうことは、リククック?」
「いや、いつもの地鶏だ。まあ、こっちで仕込むから見ていればいい」
使うのは地鶏もも肉。
鳥一夜干しのように綺麗に掃除してから、鉄板の上で皮目からじっくりと焼き始める。
そして皮目に焼目が付きパリパリになったあたりでひっくり返し、じっくりと火を通す。
加減的には八分焼きぐらいにして、ここに照り焼きのタレを入れて、やや火を落としてじっくりと絡めていく。
ちなみに照り焼きのたれの比率は、醤油1:酒1:味醂1:砂糖0.7ってところだな。
そしてよく絡んだところで、鉄板の上で次々とスライス。
幅約二センチに次々とカットし、さらに照り焼きタレを絡めてからバットに移して厨房倉庫へ。
あとはタマネギを炒めて溶けるチーズを用意し、最後にバンズを横に並べて準備完了。
「さて、それじゃあ試食タイムといきますか」
そう告げて準備に入ろうとしたら、マリアンがそっと手を上げている。
「あの……ユウヤ店長、私に作らせてもらえませんか?」
「ん~、そうきたか」
前から料理に興味があったらしく、盛り付けなどで手伝って貰っていたが。
まさか一から作りたいというとは予想していなかった。
でも、真剣な顔でこっちを見ているので、俺としてもそれをあっさりと断ることはしない。
やる気があるなら、教えるだけ。
「それじゃあ、一度、作って見せる。そのあとでマリアンが作って見ろ」
「はい!!」
「美味しいのを頼むにゃあ」
「分かっていますって!!」
はいはい、シャットも揶揄わない。
でも、俺が作って見せた後にマリアンが作り始めた時、シャットは真剣な顔でマリアンの手つきをじっと見ているので、彼女としてもまんざらではないのだろう。
たまにウンウンと頷いているのは、俺の手順と照らし合わせているんだろうなぁ。
「こ、これで完成です、どうでしょうか?」
出来上がった『照り焼きチキンのホットドック』を皿に載せて、俺とシャットの前に並べる。
「あと一つも、自分の分も作って食べてみないと……」
「そ、そうでしたわ!!」
急ぎ準備を始めたので、こっちは冷めないうちに熱々のまま頂くとしよう。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきますにゃ」
――ガブッ
二人同時にかぶりつき、そして静かに味見を始める。
うん、全体的に考えると、やや及第点。
ちょいとたれの絡み具合が甘い部分があるのと、仕上げのチーズの量が少なすぎる。
これはソーセージのホットドック用の量であって、これではやや少ない。
そして炒めたタマネギもちょいとばかり多い。
「う~にゅ。美味しいけどムラがあるにゃ」
「ムラがある……はい」
「チーズが少なくてタマネギが多いってところかな」
「チーズ少な目タマネギ多め……ですね」
言われた通りに軌道修正しつつ、自分用に仕上げて見せる。
まあ、横で見た感じだと、これで及第点。
あとは数をこなしていくだけだが、時間的な部分だけは慣れが必要。
「さて……それじゃあ、マリアンに炭焼き場を任せるとするか。シャットはいつも通り受け渡しとドリンクを頼む、俺はここでサンドイッチでも仕込んでいる」
「サンドイッチにゃ?」
「そ。生クリームとフルーツをふんだんに使ったサンドイッチ、その具を仕込んでいるよ。そのついでに商品の受け渡しをするってところかな」
まあ、果物の皮を剥くだけだがね。
そんなこんなで、焼き台の前で深呼吸しているマリアンの様子を見つつ、シャットが店の扉を開いて看板を出した。
今日は少し、忙しくなりそうだ。




