61品目・冥神日の過ごし方と、鍛冶師の合流(豚と野菜のスタミナ焼き肉丼)
フォーティファイド王国のディズィ大使からの無茶ぶり依頼については、無事に完了。
翌日の夕方にはロマネ神官長などと一緒に、今回の件についてのお礼にやって来た。
俺としては、近所の爺さん達が取って来た山菜の灰汁抜きを手伝った程度の認識しかなかったので、余ったマンドラゴラを少し譲ってもらう程度でよかったのだけれど、それではあちらとしては納得出来ないという事で、フォーティファイド王国の商業組合における【貴族特権章】という物を受け取った。
これは簡単に説明すると、『納税についての便宜』と『物件貸与の便宜』『露店場所選択についての優先権』などが盛り込まれているらしく。
ようは『うちの国で露店や店を開く時は便宜を図るので是非来て下さい』と言う事らしい。
これで、この国を出た後の次の目的地はフォーティファイド王国に決定したようなもの。
なお、俺がこの【貴族特権章】を受け取った時の、ラフィット補佐官の渋い顔については、こちらとしては見なかったことにしたい。
マリアン曰く、エルフの中には『エルフこそ至高である』という思想を持つ者が一定数いるらしく。
そういうエルフたちは、人間やドワーフといった種族が自国にやってくることを好ましく思っていないとのこと。
そして恐らくだけれど、そういった歪んだ思想を直すために、ロマネ神官長は彼を補佐官に付けて、この国にやって来たのではないかと話していた。
もっとも、俺としては別に気にする事はないと思っている。
俺が生きていた時代だって、店に来る客には海外からの観光客もいた。
まあ、店の近くに大学があり、そこに通っている留学生とかも食事に来ていたのでね。
多少の文化の違いはあれど、お互いを尊重しあえればそれでいいんじゃないかなぁ。
ということで、【貴族特権章】を受け取った翌日は冥神日、つまり日曜日。
朝一で翌日の仕込み用の発注を終えると、あとはノンビリと自由な時間。
「といってもねぇ……別にやる事なんて何もないんだけれど」
ユウヤの酒場の鍵は掛けてあるので、店内の壁に暖簾を掲げて越境庵を開いておく。
以前なら、外から暖簾を掲げた場合は魔力をどんどん消費していたのだが、自分の店がありその中で暖簾を掲げた場合は、魔力の1/4が消耗するが、後はずっと開けたままでも減ることはない。
「まあ、開けておく必要は特にないんだけれど……」
ひょっとしたら来客があるかもしれない。
緊急でなにか起こった時に対処できるようにしたいという事で、越境庵を開いて開けっ放しにしているだけ。
こうすれば、越境庵の店内にいてもすぐに対処できるからねぇ。
「さて、それじゃあやりますかねぇ」
朝一で桶に張って置いた水の中に、砥石を付けておいた。
普段も、店を閉じた後はちょいとだけ包丁は研いでいるのだけれど、休みの日にはしっかりとやっておく必要がある。
毎日研ぐ必要なんてあるのかっていう人もいるけれど、やっぱり一日使った包丁っていうのは、どこかしら切れ味が鈍ってしまう。だから、しっかり研ぐのではなく、切れ味が鈍ったりやや欠けてしまったりした場所を治す程度。
そして休日になると、しっかりと研ぎ直しておくのだが、普段から研ぎ入れしているので、それほど時間もかからない。
「しっかし……とうとう、あっちでは使うことが無かったなぁ」
包丁ケースの中に納めている、布袋にしまってある包丁。
そこから黒檀で作られたケースに収めてある柳葉包丁を取り出す。
長さは尺一(約330ミリ)の本焼き。
柄の部分は黒檀八角、鏡面仕上げ。
刀鍛冶が作った一品ものであり、俺が一人前の料理人になった時に使うようにと、独立する際に親方から送られてきたもの。
「……まさか、親方よりも先に、おれが逝っちまうとは予想もしていなかっただろうからなぁ」
弟子として技術だけではなく、心意気や生き様まで教わった。
まあ、今となっては、こっちの世界でもそれを貫くことで、親方への恩返しにはなるだろう。
「……まあ、こっちの世界で一人前になれたなら、その時は使わせてもらいます」
そう告げてケースに仕舞い、布袋に戻して包丁ケースの中へ。
「さて、ちょいと小腹が減って来たか……」
軽く何かつまむとするか。
とはいえ、作り置きしてあったものは大量にあるが、これを取り出して食べるっていうのも、ちょっと物足りないような気がする。
「ご飯は保温ジャーに入っているので……と、そうか、たまにはいいか」
厨房倉庫から豚バラ肉を取り出す。
これは豚串用にすでに掃除してあるもので、これを厚さ一センチにカットする。
枚数は4枚ほど、これをさらに三等分にして中火に掛けたフライパンにいれる。
――ジュゥゥゥゥゥゥゥ
肉の焼ける心地よい音。
そして脂身が熱して溶けだしてくるので、余計な油はさっとキッチンペーパーで吸い取って捨てる。
片面がきつね色になると肉をひっくり返し、スライスした人参、タマネギ、もやしを投入。
そのまま一緒に炒めつつ、両面がきつね色になり火が通ったあたりで、タレを投入。
このタレは醤油1:酒1:味醂0.8を鍋に掛け、生姜とにんにくのスライスを入れて8分まで煮詰めたもの。
「焼きあがった肉と野菜にタレを絡めて……と、ここで熱々のご飯を用意して、この上にどっさりと盛り付けて……豚と野菜のスタミナ焼肉丼ってところだな」
ついでに、インスタントの卵スープも用意。
それらを纏めてお盆に載せると、あとはモニター前の席に移動、のんびりとケーブルテレビを楽しみつつ昼食タイムだ。
ただ、やっぱりケーブルテレビの番組表は、俺の死んだ日付から先は存在しない。
その代わり、過去の番組表が見れるようになっているので、仕事で見損ねてしまった番組等を見ながら飯を食うのはいいかもしれない。
「……えぇっと……ああ、あったあった、これだ」
うちのケーブルテレビでは、YouTubeのチャンネルも見られるように設定してある。
他にも、いくつかの有料チャンネルも見ることができるのだが、こっちは契約料がかかっている……か、それも月末には自動的に支払われている。というか、あらかじめ用意してカウンターの上に置いておくと、引き落とされているので不思議なものだ。
「確か……ああ、北海道の海岸で砂鉄を集めて、たたら製法で玉鋼を作る所迄は見ていたんだよな。そうそう、ここから先だ」
見ているチャンネルは、刀鍛冶の息子さんが父親に頼んで刀を打って貰う事から始まった物語。
それがいつのまにか、自身も刀鍛冶に興味を見持つようになり、番組の企画で砂鉄から玉鋼を作るというところから企画がスタートしたらしい。
「ふぅん……ああ、こういう感じなのか。俺の包丁も堺の刀鍛冶が作った者がいくつかあるから、こうやって玉鋼から作るというのもありなのか……」
「ふぅん……昼から美味しそうなものを食べているにゃあ」
「あっ、こら、シャット、勝手に入っちゃダメでしょう!!」
「ん……ああ、誰かと思ったら、マリアン達か。今日は休みだぞ?」
俺が飯を食べている横にシャットが姿を現わした。
そして入り口からはマリアンがこっそりと頭だけだしてこっちを見ている。
「ん~、休みで暇だったから、ユウヤの所に遊びに来ただけにゃ。そしたら、越境庵が開いていて美味しそうな香りがしていたにゃ」
「ああ、そういうことか……マリアンも入って来てきていいぞ、従業員なんだから、別に遠慮することはないぞ」
「でも、お休みの日ですよね……」
ああ、そういうところか。
こっちに気を使ってくれるのだろう。
「休みで誰にも会わずのんびりしたいときは、暖簾は出さないから安心しろ。そういうときは二階で昼寝でもしているから……と、二人とも食べるのか?」
「いや、儂もいただきたいのじゃが……って、なんじゃ、こりゃ!!」
「はぁ。グレンガイルさんまでいるのか。しゃーない、シャット、店の入り口のカギを掛けてきてくれ。マリアンはある程度の事情を説明しておいてくれるか、俺は4人分の飯を作って来るので」
「え? 三人分では?」
そう呟くマリアンだが。
俺もお代わりがしたかったのでね。
それにこの人数分なら、さしずめ6人分は作る必要があるだろうさ。
………
……
…
「いや、ほんっっっっっっっっっとうに、すまん」
6人前を用意して、おかずのように盛り込んだ大皿と保温ジャーをテーブルに置いた時。
グレンガイルさんが、テーブルに頭を擦りつけるような勢いで頭を下げている。
まあ、俺としても、いつまでも秘密にしている気はそれほどなかった。
とはいえ、教えるのは口が堅く信用できる相手のみ。
そういう意味では、ラフロイグ伯爵にも教えていいかなとは思っている。
こんな不思議な店をやっていても、貴族の特権よろしく無茶ぶりはしてこない、あくまでも一人の客として楽しんでくれているからなぁ。
「まあまあ、頭を上げてください。見てしまったものは仕方がないし、マリアンから説明は聞いたのでしょう? 俺の秘密を吹聴しなければ構いませんよ」
「そ、そうか……わかった、儂の事を信用してくれるといた以上、儂も鍛冶神ヒパイストに誓って、ユウヤの事を利用したり秘密を暴露するようなことはない」
「はいはい、それで結構ですよ……それよりも、早く食べないとなくなりますよ」
グレンガイルさんの謝罪中にも、すでにマリアンとシャットは食事を開始。
のんびりと食べてはいるものの、この二人の食欲ならばグレンガイルさんの分まで食べ尽くさないと誰が言えようか。
「そ、そうか、それではいただきますじゃ!!」
――パン
両手を合わせて挨拶をして、そしてグレンガイルさんが素早く食べ始める。
「うむ、これは美味いぞ」
「グレンガイルさんの口にもあいましたか。それは重畳です」
「ああ、儂の事はグレンまたはグレン爺とよんで構わん。しっかし、この店の味付けや不思議な料理の秘密が、まさか流れ人の技術だったとはなぁ……あの、不思議な鍛冶師も、流れ人の記録かなにかなのか?」
目の前で相槌を打っている鍛冶師たちの姿を見て、グレンさんがそう問いかけてくる。
ああ、ちょうど折り返し鍛練を行っているところか。
「あれは、俺がいた世界の刀鍛冶の記録ですね。ちょうど鍛練を行っているところですよ」
「ふむ……これは面白そうじゃな」
「グレン爺さんはあっちを見ていていいにゃ、その分、あたいたちが食べておくにゃ」
「お前らまで、グレン爺さんというか……まあええ、ここの従業員というのなら構わん。そして、このおかずのここからここは儂の分じゃ!」
ああ、これが日本なら行儀が悪いってどなられるレベルなんだがなぁ。
まあ、こっちの世界ではこうなんだろうさ。
郷に入れば郷に従え、つまりはそういうことね。
そして一通り食事を終えた後は、マリアンとシャットに食洗機の使い方も説明。
食べ終わった洗い物はマリアンが、店の片づけはシャットが担当。
そしてグレンさんは、ウォーターサーバーから温かいお茶を注ぐと、真剣な顔で刀鍛冶の番組を凝視している。
「ううむ……この剣の打ち方なぞ、見た事も聞いたこともないぞ……そもそも、この鉄はなんじゃ? こんなものはどこで手に入れるというのじゃ……」
「これは砂鉄をたたら製法で作ったものですね。そこまで巻き戻しますか?」
「頼む!」
はいはい。
それじゃあ、砂鉄を使って玉鋼を作るところから見直しますか。
ちょうどマリアンたちも片付けが終わったので、小上がりでのんびりとしているようだし。
まあ、のんびりとした休みをと思っていたが、こういうのもたまにはいいか。
「ユウヤぁ、このへんな遊び道具はどうやってやるにゃ」
「変な……って、ああ、将棋盤か。どれ、ちょいと教えてやるから待っていろ」
ちなみにだが、囲碁も将棋も、俺は嗜む程度だ。
親方の付き合いでやっていた程度で、基礎ぐらいは理解している。
まあ、親方が化物のように強かったので、多少はできるようになっているとは自負しているが。
兄弟子たちの方の腕前の方が上だったので、俺はおまけ程度だな。
それにしてもグレンさん、黙々とモニターを見て手を動かしているが、かなり気に入ったようだなぁ。




