60品目・エルフも満足の出来だったそうです(マンドラゴラの前菜三種とかき揚げ丼)
マンドラゴラの下拵えは無事に完了。
後は明日にでも仕上げをしてから、バットに並べて時間停止処理をしておく。
そうする事で、ディズィさんが来た時にすぐ供する事が出来るから、本当に厨房倉庫には感謝し尽くしても足りない。
そんなこんなで夜の営業も開始、いつになく冒険者の客が多かったり、向かいの酒場からの出前があったりするのは、フォーティファイド王国からやって来た隊商交易馬車便のおかげだろう。
それゆえに、店の一番奥に追いやられてものんびりと晩酌をしているグレンガイルとラフロイグ伯爵には感謝だな。
店内に入りきれなくなった客が向かいの酒場を陣取って出前をしてくるものだから、酒場の女将さんが客に対して文句を言っている姿も見える。まあ、うちに出前するときは、かならず同じ料理か食べ物を注文するっていうルールだから、そこは素直に従ってくれ。
そんなこんなで翌日以降も営業を続けていると、前回やって来た日から丁度一週間後に、ディズィさんがロマネさんとラフィットさんを伴ってやってきた。
時間が少し遅かったが、ちょうど席は三つ開いていたので真ん中の席を進めることが出来た。
まあ、入り口近くにはグレンガイルさんとラフロイグ伯爵の常連組が、そして奥にはうちのお嬢さんたちが座ってご飯を食べている真っ最中なので、ディズィさん達としても気が楽だろう。
「ねぇユウヤ店長、例のマンドラゴラの栽培種、どうなったかしら?」
口元に手を添えるような仕草で、ディズィさんが問いかけてきたので。
とりあえず熱々のおしぼりを三人の前に置きつつ、軽く頷いて見せた。
「色々と考えましたけれど、どうにかこれっていう感じには仕上がりましたよ」
「ほ、ほ、本当なのか!! ロマネ神官長やディズィ大使をたばかったりしたらどうなるか、貴殿はわかっているので……いえ、あの、申し訳ありません」
立ち上がって堂々と叫んだラフィットさんだが、すぐさま入り口近くのイケメン親父たちにギロッと睨まれ、素直に席に着いた。
まあ、この街の領主と伝説の鍛冶師だからなぁ。
泣く子も大絶叫するレベルだよなぁ。
「ラフィットさん、もう少し落ち着きなさい……では、最初はホットワインを三つお願いします。そのあとで、研究の成果を見せて頂けると助かりますわ」
「ええ、それでは少々お待ちください……と、シャットたちも食べるのか?」
「同じものを頼むにゃ!!」
「ホットワインもお願いしますわ」
はいはい、それじゃあホットワインを作ってから。
ということで、まず最初に出すのは、三種のマンドレイクの前菜仕立て。
マンドレイクを横二つに切ったものを縦に拍子切りし、酒と醤油、煮切りで作ったタレに漬けておく。この時、ほんの少々だけおろし生姜を入れるのを忘れないように。
次に、別のマンドレイクを薄く輪切りにし、水気をキッチンペーパーで拭き取った後、表面に片栗粉を塗した物をさっと油で揚げる。うん、ポテトチップスの要領と説明すればイメージはできると思う。
「これで二つ……あと一つは……」
最後の一品は、別に用意したマンドラゴラを拍子切りしておく。
次に重しを乗せて水切りしておいた木綿豆腐を裏漉し器で裏漉しし、すり鉢にいれて軽く当たって(擦って)おく。
ここに白しょうゆと砂糖、白味噌を少々加えて滑らかにして、『白和えの衣』の完成。
「それじゃあ、盛り付けを始めますか……」
和え物やお浸し系は、供する直前に仕上げないと水分が出て味がぼやけてしまう。
だから、ここからは時間の勝負。
まずは最初にタレに漬けこんだマンドレイクを丁寧に盛り付け、その上に炒った白ゴマをパラハラっと掛けておく。これで、【マンドレイクのお浸し】の完成。
次は皿の一番端に、小さく負った皆敷を敷いて、そこに上げたマンドレイクを形よく盛り付ける。
その前にちょこっと天然塩とくし形に切ったスダチを添えて、【マンドレイクの素揚げ】の完成。
そして最後の一つは真ん中に。
白和えの衣の中にマンドレイクの拍子切りをさっと和える。
丁寧に飾り切りした笹を皿の真ん中に敷いて、そこに【マンドレイクの白和え】を載せて完成。
「お待たせしました。マンドレイクの前菜盛り三種です」
途中からこっちをじっと見ていたグレンガイルさんたちの前にも皿を並べる。
まあ、少し多めに仕込んであるので、帰りにでもディズィさんにお土産として渡しておこう。
そして一つ一つの料理について説明すると、まずはディズィさんが恐る恐るお浸しにフォークを突き立てて口の中へ。
「それでは……んん……ん? ん~ん、んんっっ」
最初は恐る恐る、ゆっくりとマンドレイクをかみしめている感じで。
それがやがて驚きに代わり、最後は美味しさを堪能している、そんな感じだ。
なにより、一番は次の席で我慢出来ずに食べているシャットがそんな感じだから、まあ、間違いはないだろう。
「うみゃあねぇ」
「そうですわ……うん、流石はユウヤ店長です」
「ええ、本当に驚きましたわ……あの苦くて不味くて食べられそうもないマンドラゴラの栽培種を、よくここまで食材として昇華させられましたわ」
「なにぃぃぃぃ、これがあの不味くて喰えたものじゃないマンドレイクだというのか!!」
「なるほど、丁寧に仕事をすれば、このような味わいに変わるのですね……感服しました」
三者三様の驚き。
それはマンドレイクのから揚げと白和えを食べても続いていた。
途中でビールや純米酒の冷、冷たいワインやラムネといった飲み物も追加されたが、概ね好評のようでなによりである。
「ふぅ……こんなにマンドレイクを堪能したなんて、久しぶりです。本当にありがとうご……あの、ユウヤ店長、まだ何か出るのですか?」
飲み物を提供してから、俺は次のメニューの準備を開始。
といっても、次に出すのは『マンドレイクのかき揚げ丼』で、これでフィニッシュ。
まあ、それでも物足りなかったら『マンドレイクのたたき』でも出しますかねぇ。
かき揚げに用意するのは、ちょいと硬めのマンドレイクの拍子切り、同じように切った人参と、薄くスライスした玉ねぎ、そしてエビの剥き身と紋甲烏賊の切り身。
エビは殻を剥いて背ワタを取ったのち、酒でさっと洗っておく。
紋甲イカは両面に鹿の子に包丁を入れてから、エビと同じぐらいの大きさに切って、やはり酒でさっと洗っておく。
そして材料全てをボウルに入れてから、そこに少し硬めに溶いた天ぷら衣を入れてさっとかき混ぜ、お玉で掬って少しずつ天ぷら鍋に入れていく。
――ジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ
天ぷらが揚がる心地よい音が、店内に広がっていく。
カウンターの向こうでは、俺の料理する手元を真剣に眺めているディズィさんたち。
「……そろそろだな」
天ぷらを引き上げるタイミング、それは長年の経験と勘……というと格好いいが、要は材料を箸で掴んだ時の感触で揚がり具合は判断できる。
これについては、本当に長年の経験なのでどうと説明していいか言葉が見つからないので、あしからずという事で。
そして揚がったかき揚げを揚げ台にのせて油を切っているうちに、厨房倉庫から取り出した保温ジャーから炊き立てご飯を丼によそう。
そして横で温めていた『天丼のタレ』にかき揚げをさっと片面だけ漬けてから、タレのついた部分を下にしてご飯の上に乗せる。
「最後の仕上げは……白ごまをちょいっと」
上から白ごまをパラパラと落として完成。
お客さんの前に出すときは、とんすいに天丼のタレを少し注いでつけることも忘れずに。
「はいよ、少々早いのですが、酒の締めに【マンドレイクのかき揚げ丼】をご用意しましたので、よろしければどうぞ」
もう、誰もが目の前に置かれているかき揚げ丼から目が離せなくなっている……訂正。
うちのお嬢さんたちはかき揚げ丼を見て、あ~だこ~だと話をしている、慣れというものは本当に恐ろしいものである。
「これ……は……なんでしょうか。見た事が無い料理ですわ」
「ああ、海鮮かき揚げ丼に、マンドラゴラを入れてみたのか。しっかし、これがあの食えない栽培種とはねぇ。ユウヤ店長に任せれば、魔法薬の味も変わるんじゃないのか?」
「う~ん、グレンガイルさんの仰ることは理解できますけれど、ユウヤさんが施したえぐみを取る方法では、魔法薬としての効能は失われていると思うのですよ……」
うん、グレンガイルにマリアンが素早く補足を入れてくれる。
まあ、それでも、目の前にある【前菜三種】と【かき揚げ丼】を、俺のスキルである【詳細説明】で確認したら……しっかりと魔法薬としての効果は残っているんだよなぁ。
まあ、それについては黙っておく事にしよう、全ては俺自身の安寧のため。
迂闊に効果が残っているなどと説明したら、大量注文される予感がしてきたからなぁ。
そんなことを考えているうちに、皆さん無心になってかき揚げ丼を食べている。
「んんん……ユウヤぁ、温かいお茶がほしいにゃ」
「まあ、そういうと思っていたよ。ほら、熱々の番茶だ」
かき揚げ丼と言えば、熱々の番茶。
既に薬缶を火にかけてあったので、すぐに人数分の番茶を淹れて皆さんの前に差し出した。
そして全員が食事を終えたあと。
「……感服しましたわ。ディズィの話では、ある程度の苦みは取れるかもしれないけれど美味しくできるかは分からないですよといわれていましたのに。まさか、ここまでしっかりと食材にしていただけるとは、思ってもいませんでしたわ」
「神官長のいう通りだな。では、その技法とやらを説明して欲しい……と、すまないが、ここから先はエルフ族の秘術とするので、関係者以外は」
「ラフィット……誰が、ユウヤさんの技術をエルフ族が秘匿するといいましたか? 美味しく食べられるのであれば、それは大勢の人たちに広まっても構わないとは思っています。ということで、マンドラゴラの苦みを取る方法、教えていただけますか?」
ははぁ。
またしてもラフィットさんの早とちりですか。
まあ、それならということで、俺は厨房倉庫から下ごしらえを終えてあるマンドラゴラを取り出し、一つ一つの手順について説明することにした。
幸いなことに、見本として提出した『米ぬか』については、フォーティファイド王国の西側にある港にも、少量だが米が輸入されているらしく。
今後は米ぬかについても輸入対象にしてみたいという事になった。
そして黙々と俺の説明を聞いていたラフロイグ伯爵も、ウンウンと頷いている。
「とまあ、米ぬかを使った方法についてはちょいと難易度が上がりますけれど、藁灰を使った方法でしたら、つけておく時間と熱湯の温度を調節すれば、ある程度は苦みは残しても硬めに仕上げることはできます……ということで、今回の頼み事については、これで満足いただけましたか?」
「ええ、それはもう……本当に、ありがとうございます」
とても嬉しそうに礼を告げられると、こっちとしてもほっと一安心だ。
「それじゃあ、また食べられそうもないものがあったら、ここに持って来てもいいかしら?」
いきなりディズィさんがそんなことを言い出したんだが、ぶっちゃけるともう勘弁してほしいというのが本音だな。今回は山菜の要領でなんとかできたが、まったく右も左も分からない食材を持ってこられた日には、仕事になりやしない。
「いやぁ、今回はたまたまうまくいきましたが、今後もっていうことになりますと勘弁してほしいっていうのが正直なところです。本職は料理人であって、料理研究家ではないものでね」
「あら、残念。オーク肉から魔素抜きもお願いできるかなぁと思ったのですけれどね」
「オーク……いや、本当にご勘弁を」
オークと聞くと、最初に頭に浮かんだのはファンタジー映画でよく見る、豚の顔をした亜人だった。
だが、一度、魔物の肉を取り扱っている店を見た時、その概念が根底から覆されたんだわ。
この世界のオークとは、頭部は野生の猪のような姿をしている四つ足歩行の生物。
全身が魚の鱗のようなものに覆われており、イルカのような尻尾を持っている。
そして水陸どちらでも生活できる水陸両用生物というものらしい。
元々は亜人種であるオーガが体内に魔石を持って変質し、やがてこのような種となってしまったということらしいが詳しい説明については、俺は知らん。
少なくとも俺の中では、オークは食材ではない、よって弄りたくもない。
いくら知り合いと言えど、頼まれたって御免被りたい。
「はぁ、そんなにいうのならあきらめるわ。でも、ユウヤ店長なら、あの肉をどのように食べさせてくれるのか、興味はあったのよねぇ」
「興味はあっても、ここに来たら普通に美味しいものがいっぱい食べられるから、それでいいにゃ」
「ああ、シャット嬢のいう通りだ。実は先日、うちにアードベック辺境伯から書状が届いてね。ユウヤ店長の事をよろしくと書かれていてね」
おっと、アードベック辺境伯からの手紙ですか。
さすがに俺の正体が流れ人であるとか、越境庵の秘密については書かれてはいないでしょうけれど、ちょいと気になるねぇ。
「それはどうも」
「まあ、そんなに警戒する必要はない。怒らせたら他の街に行ってしまう、そうなると美味しいものが食べられなくなるぞと脅された程度だから安心したまえ」
「はぁ……相変わらず食えないお方だこと」
それでも、約束はしっかりと守ってくれているので感謝だな。
さて、まだまだ注文が来そうなので、今日はもう少し頑張るとしますか。




