59品目・新素材の研究には、余念がないようですが(串カツと、マンドラゴラの灰汁抜き)
昨晩は、大いに盛り上がった。
ディズィが連れて来たフォーティファイド王国の神官長とお三方も、神の魚『鮭』を食べて満足してくれたのと、うちで使っている野菜などが大層お気に召したらしく、苗や種があるのなら譲ってほしいと懇願されたのだが。
あいにくと、種苗店に知り合いはいなかったし、何よりも仕入れた事が無いので不可能。
その代わりといってはなんだが、ジャガイモやサツマイモ、タマネギといった『植えればどうにかなりそうなもの』を少しだけ融通してあげた。
ちなみにだが、植えればどうにかなりそうだと話していたのは神官長補佐のラフィット。
焼き場で話を立ち聞きしていたが、彼はエルフの里の『世界樹の庭園』という場所の管理も任されているらしい。
そこに人間が食する植物が植えられるのだから光栄に思いたまえと呟いて、神官長に怒られていたなぁ。
「さて、今日の昼のメニューは、ちょいと手を抜いて……」
今日は串カツといきますか。
まずは王道の豚串から。
余計な脂身を落とした豚バラ肉を豚串用のものより少し厚めにカット。
そして串に刺すだけなのだが、今回はくし形に切ったタマネギを間に挟んでおく。
あとはいつも通り、練りやに潜らせてパン粉を塗して揚げるだけなのだが、流石に豚串だけでは手抜きに見えてしまう。
「あとは……鶉卵の水煮もあったな……うん、レンコンもあるので厚めにスライスして……」
ウズラ卵串、レンコン串、ミニトマト串などなど。
好みに合わせて色々と作ろうとしたが、今回は単品ではなく盛り合わせで販売することにした。
そのほうが、色々と食べられるし何よりもボリューム満点。
もしも好きに選べるとなると、かなりの確率で豚串に集中するのが分かっているからなぁ。
「あとは……カマンベールチーズでいいか。ひいふうみぃ……と、5種類の盛り合わせ、いい感じだな。これで夜のメニューだったら、塩キャベツも用意するところだが、これは昼メニューなのでキャベツは無しだな」
そういえば、仕入れの値段で一部野菜が高騰しているようだが、地球では何かあったのだろうか。
コメの価格も一部の品種については改定されていたし、なにより全体的に値上りしている傾向を感じる。まあ、それでもスーパーマーケットとかで購入するよりは安いので、妥協点ではある。
「さて、それじゃあ店に戻るとしますかねぇ……って、うわぁ、なんだこりゃ?」
越境庵の厨房からユウヤの酒場の焼き場に移動したとき。
カウンターに座ってニコニコと笑っているディズィの姿が目に入った。
そして、彼女を避けるように掃除をしているマリアンとシャットの姿まで。
「あ、ユウヤ店長、ディズィさんが、マンドレイクの追加分を持って来てくれたのですよ」
「そうそう。昨日渡した分では足りないだろうと思って、急ぎ持ってきたのですよ。あと、こっちは天然のマンドレイクね、フォーティファイド王国から来た隊商交易馬車便が、今朝方届けてくれたのよ」
「ああ、なるほどねぇ。そいつは助かりますわ」
「それじゃあ、用事は終わったのでこれで失礼するわね。それにしても、転移術式まで使えるとは、ユウヤ店長って大魔導師としての資質も持ち合わせているんじゃない? それじゃあね」
そう呟きつ、手をヒラヒラと振りながらディズィは店から出ていった。
俺としても、あまり詮索はされたくないので詳しい説明は避けておくことにした。
「さてと、それじゃあ早速用意しますかねぇ……」
「待ってましたにゃ」
「んんん、バットに串物がいっぱい並んでいるということは、今日の昼メニューは焼き鳥の盛り合わせですか?」
「ちょいと違うな、まあ、待っていろって」
厨房倉庫から仕込み終わった串揚げ用の具材を取り出し、次々と揚げていく。
正面の窓から揚げ物の香りが漂っていくが、串物を焼いているときのように煙が上がっているわけではないので、それほどの宣伝効果はないだろうう。
そして揚がった串から順番に揚げ台に並べて余計な油を落としたのち、バットにキッチンペーパーを敷いてきれいに並べて厨房倉庫へ。
同時に二人用に取り皿に盛り付けて試食用として渡したが。
「う~にゅ。ジュース飲んでいいかにゃ? でも、これはきっと、リボンナポリンサワーがよく合うにゃ」
「惜しい、一番合うのはビールだな。熱々の串揚げを食べつつ、きゅっと冷えたビールを口の中に流し込んで油を流してしまう。そしてまた、別の串を……っと、まあ、とっとと食べて開店準備をしておいてくれ」
「かしこまりましたわ」
「任せるにゃ」
俺が色々と説明しているうちに、通りすがりの客たちが喉を鳴らして並び始めた。
ここ最近では、開店前から外で徘徊している客もいるので、こっちとしても準備が出来次第開けるようにはしてある。
「……よし、これで急ぎで出そうな分は大丈夫だ。あとは様子を見て揚げるので、よろしく頼む」
「「かしこまり!!」」
それじゃあ、今日も元気に頑張るとしましょうか。
〇 〇 〇 〇 〇
――午後2時頃
つい先程、昼営業は終了した。
予め用意しておいた分が全て売りつくしてしまったので、今日は早めの店じまい。
何故こんなに早く売り切ってしまったかというと、ディズィの話していた隊商交易馬車便でやって来た客が殺到した為だ。
どうやら商業組合でうちの店の話を聞きつけて来たらしく、串揚げを一気に食べ終わったかと思うと、いきなり交渉しようと話しかけてきてな。
残念だが、交渉については一切受けるつもりはないと伝えると、残念そうに立ち去っていった。
まあ、あの様子だと、明日も明後日もやって来て昼飯を買って帰るだろうと予測は出来た。
「さて、それじゃあマンドレイクの灰汁抜きでも始めてみるか」
「待ってましたにゃ」
「でも、本当にあの苦みが抜けるのですか?」
「やって見ない事には分からないけれどな、幾つか試してみるさ」
まず最初は、シャットに買ってきて貰った木製の桶の中にマンドレイクを入れる。
そこに藁束を燃やしてできた灰をまんべんなく掛けてから丁寧に揉み、全体に灰が馴染むようにする。そして、その桶に向かって上から熱湯をぶっかけたのち、厨房倉庫で保存。
ちなみに時間停止処理はしない。
これは蕨の灰汁抜きと同じ方法。
昨晩生で食べた時に、この方法ならいけるかもしれないと思ってしまったからな。
「さて、次は……米ぬかを使ってみるか」
やり方は簡単。
よく洗ったマンドレイクを鍋に丁寧に並べ、そこに水多めに入れて火にかけるのだが。
この時、米ぬかと種を取り除いた鷹の爪を数本加えて、ゆっくりと茹で上げる。
こっちはタケノコの灰汁抜きと同じ方法、それ以外だと皮を剥いてさっと酢水で茹でてから、別に作って置いた薄めの酢水に漬けておくとか。これは独活の灰汁抜きと同じ方法だが。
「しっかし、この程度の下ごしらえ程度は、エルフの里でも研究されつくしていると思うんだよなぁ」
「藁灰を使った方法については、実験しているエルフもいるかもしれませんが。でも、米ぬかを使ったやりかたについては、まだ誰も試してはいないと思いますよ」
「そもそも、米ぬかが存在しないニャ、東方の倭藍波諸島王国にならあるかもしれないけれど、それが到着するのは公国の港だからこっちまでやってこないにゃ」
なるほどねぇ。
それじゃあ、もう一つ試してみますか。
「マリアン、今のと同じ方法で試してみたいのだけれど、魔法で水を作り出すことってできるのか?」
「クリエイト・ウォーターですね、初歩ですので簡単ですわ」
「それじゃあ、こっちとこっちの寸胴に入れてくれれるか? 魔法で作った水を使った実験結果も見てみたいからな」
「畏まりましたわ」
ということで、マリアンには次々と魔法の水を生成して貰っている。
その間、シャットは夜営業前の準備で、店内の掃除をしている真っ最中。
そして夕方5つの鐘が鳴るころには、一通りの灰汁抜き実験は終了。
あとは明日の朝まで鍋ごと静かに寝かせておいて、明日になって結果を確認するだけ。
「うまくいっているといいですよね」
「まあ……な。ちなみに今日は、二人とも飲んでいくのか?」
「ん~、流石に連日飲んで帰るというのも不健康だにゃ」
「折角頂いたこの店の賃金ですから、大切に使わないと。それに少しずつですが、貸金組合に預けているのですよ」
この貸金組合というのは商業組合の下部組織の一つであるらしく、要は『王国公認の銀行』のようなものらしい。
ここに財産を預け、預り証を発行して貰うような仕組みらしく、二人とも少しずつではあるが貯金を行っているとのこと。
「そもそも、ここで働いていると食べ物や飲み物に困らないニャ」
「賄い飯の範囲で……ですけれどね」
「ま、そこまで言われると悪い気はしないか。ということで、二人の飲み代については社割を適用するとしますか」
「社割……ってなんだにゃ?」
「従業員割引っていえば、理解できるか?」
そう説明した瞬間、今日もうちで飲むことが決定したらしい。
時同じくして、グレンガイルさんとラフロイグ伯爵も来店。
昨日来れなかった事が悔しかったらしい。
まあ、今日はその分、少しだけサービスさせていただきますよ。
〇 〇 〇 〇 〇
――翌日・早朝
昨日仕込んだマンドレイクの灰汁抜き作業。
どれが正解なのか今一つ読めないので、とりあえずは昨日漬けて置いたり煮込んだマンドラゴラを綺麗に洗い流し、まずは何も加工せずに一口ずつ。
――フニュッ
「ふむ。ワラビ式は予想通り、しっかりとえぐみが抜けているか。だが、これじゃあ実の部分が柔らかくなり過ぎのような気もする」
悪くはない。
食感といい、噛んだ時に口に溢れる滑り気といい、ワラビにかなり近いといえる。
あの苦々しい味はしないし、なによりもえぐみも抜けている。
「うん、80点ってところか。それじゃあ次は……」
米ぬかで炊いたバージョンを食べてみる。
こっちは皮を剥いてあるので、そのまま水に晒して洗った後、角切りにして口の中へ。
――シャクッ
ふむ。
タケノコの水煮……に近いが、こっちは滑り気がない。
米ぬかがマンドラゴラのぬめりを取り除いたという所か。
これなら普通に食べられるが、米ぬかが無いと仕込みが出来ないというのが難点か。
そして分かったこと。
「ふむ、魔法で生成した水を使った場合の方が、旨味が効いている。ちょいと芯があって硬い程度が、色々と料理に使えるのかもしれないなぁ。どれ、それじゃあちょいと失礼して」
厚さ1センチ程度に輪切りにしたマンドラゴラを、薄い天ぷら衣でさっと揚げる。
野菜天と同じ方法で天ぷらにすると、あらかじめ用意しておいた天つゆで試食タイムといきますか。
――サクッ……
まずは天つゆを使わずに、素材の味を楽しめるかどうか。
衣が分かれる事無くサクサクッと歯ごたえも残してある。
「ん……うん、タケノコの天ぷらのような歯ごたえもあり、それでいて口の中に広がり鼻に抜ける香りは山菜系に近いか。いい所取りだが、これは天ぷら以外にも色々と楽しめそうだな。二人はどう思う?」
カウンターに座ってマンドラゴラの天ぷらを食べている二人に尋ねてみる。
「硬い茄子天?」
「さつまいも天の柔らかい感じですか?」
「そりゃまた、絶妙な表現だな。だが、言いたい事は理解できた」
これは下ごしらえの時は温度調節に気を付けないとならないようだ。
柔らかいのを求めるのなら、中火の長時間。
逆に歯ごたえを楽しむのなら強火でさっと。
灰をまぶして熱湯を掛けたものは柔らかくしなっとしているのに対して、米ぬかを入れて炊いたものは芯が残っていて硬い。普通、これって逆じゃないのかと思えるのだが、マンドラゴラというのはそういう物なのだろうと理解する事にした。
「よし、あとは色々と料理してみて最適解を探し出し、ディズィにも試食してもらう事にするか」
「そうだにゃ」
「その方がよいかと思いますわ」
よし、そうと決まれば下ごしらえの再開だな。
とにかく、この素材を生かした料理方法を探す事にしますか。




