56品目・馴染みの顔ぶれと、エルフの相談(焼き茄子と北海道風お好み焼き)
カウンター席で、ノンビリと焼き鳥を楽しんでいるエルフさん。
昔見た映画とかでは、エルフといえば森の住民であり、自然を愛し自然に生きる。
動物などの殺生は殆どせず、肉食する事はない。
また、里の外に出ず、エルフの里は魔術によって人目に付かない隠れ里となっている。
というのが、俺の中のエルフの常識であり、間違っても空になった一合徳利をつまんで軽く振りつつ、熱燗もう一本などと笑いつつ話すような存在ではない。
「ねぇ、この熱燗って美味しいですねぇ。大地の精霊の力がみなぎっているし、何よりも混じりっ気のない美味しいお酒に仕上がっていますよねぇ」
「お、分かりますか。流石はエルフですねぇ」
――カランカラーン
厨房倉庫から純米酒を取り出して燗を付けようとしたとき、入り口の扉が開いてグレンガイルとラフロイグ伯爵が入って来た。
「おおう、外は寒いのう。熱燗一本と、あとは適当に見繕って焼いてくれるか?」
「私も熱燗をお願いします。それと、何か煮込みを一つ」
「あいよ、少々お待ちください」
先に熱燗を追加してから、鳥精肉と豚精肉、あとは茄子焼きでも作りますかねぇ。
串に刺して焼くのではなく、純粋に炭火で茄子を焼き、皮を剥いて出す。
茄子はヘタの部分は取らず、付け根にクルッっと包丁で軽く切れ目を入れる。
そのあとで、切れ目からまっすぐに皮だけを切るように包丁を縦に入れてから、金串を中心に刺しておく。
あとは炭火で強火の遠火でじっくりと焼く。
「お、丁度いい感じですね。どうぞ。今日の酒は、天狗舞の山廃純米です。焼き鳥は少々お待ちください。それと、こちらは伯爵用の豚の角煮です」
豚の角煮は寸胴に入れて時間停止処理をしてあったものを取り出して盛り付けるだけ。
このあたりは、札幌で店を開いていた時と何ら変わりはない。
時間停止処理ができるので、温め直す必要が無いっていう所が助かっている。
「お、早いですね……うん、この薫りですよ」
「まあ、わしは焼き鳥じゃからな。こう、焼き上がるまでの時間を楽しむのも粋っていう事らしいが……どうしてここで、フォーティファイド王国のディズィ大使が飲んだくれているのだ?」
んんん? グレンガイルさんは知り合いのようで。
「あらぁ、どこかで見たようなドワーフだと思ったら、グレンガイルじゃないですか。こんな所で会うなんて、奇遇ですねぇ」
「ああ、まったくだ。それよりも、節制を好むエルフの大使が、どうしてここで燗酒を煽っているのだ? 実に珍しいところに出くわしたものだ」
「別に……節制したくてしている訳じゃないから。私たちエルフが食べられる食材が少ないから、こうして穴場の店を探し当てただけですからね」
「ああ、それは申し訳ないですね」
軽く頭を下げるラフロイグ伯爵だが、ディズィさんはそんなのお構いなしに、猪口を軽く掲げているだけ。
「領主の貴方には、何も罪はないわ。むしろ、気を使って私達が食べられそうな食材を用意してくれているのですから、こちらがお礼を言いたいぐらいだわ」
「そういっていただけると助かります……ちなみにですが、ユウヤ店長の店の料理は、普通に食べられるのですね?」
ちょっと驚いた表情でディズィさんに問いかけているが、彼女はニイッと笑っているだけ。
「はい、お待たせしました。グレンガイルさんの注文、焼き鳥の盛り合わせです。鳥精肉と豚精肉、これはウズラの卵、こっちは牛サガリ、そして餅ベーコン串です。餅ベーコン串以外はタレでご用意しました」
「おう、これは助かるな。それでは……と」
いきなりサガリ串にかじりつき、一気に串に刺さっている肉全てを口の中に頬張った。
さすがはドワーフ、じつに豪快な食べ方だな。
「んん、これは美味いぞ。実に野趣あふれる味わいじゃないか。これはオーロックスか?」
「いえ、そいつは道産牛でして……白老牛といいます。食肉用に肥育した牛でして。横隔膜の腰椎側の肉で……正確には肉ではなく内臓の一部ですけれどね」
「うむうむ。赤身の肉でサッパリしていて、でもかじりついた時に甘い肉汁が溢れてくる。そこにたれの甘しょっぱいのが混ざり合って、実にいい……こいつをあと三本貰おうか」
「はい、ありがとうございます」
追加で焼き台に並べる。
そろそろ茄子もいい感じに焼けて来たかなぁと思ったら。
「ユウヤ店長、私にもそのサガリ串っていうのを頂けるかしら? 2本焼いてもらえる?」
「へい、まいど……」
追加で二本ね。
そしてカウンターの向こうではラフロイグ伯爵とディズィさんが何やら話し合いを開始。
まあ、酒はまだ残っているので、いつでも追加できるように準備だけはしておきますか。
「お、茄子焼きもいいところかな?」
焼き台から下ろしてまな板へ。
そして焼きあがった皮を剥くために、竹串を最初に切れ目を入れた部分からちょいと下あたりにさして、スーッと皮目と実の間を滑らせるようにして皮を剥いていく。
そしてすべてを剥き終わったら大体5等分に切って皿に盛り付け、薬味皿に鰹節と下ろし生姜を添えて完成。鰹節は掛けないで、好みで使ってもらう。
「お待たせしました、こいつは焼き茄子といいます。醤油をちょいと垂らして食べてください。生姜と鰹節は好みでどうぞ」
「おお、これは初めて見るな……どれ」
グレンガイルさんが鰹節を中指と親指でつまみ、パラパラと茄子の上に掛けていく。
そしておろし生姜に醤油をかけると、茄子をフォークで刺して生姜に付けてから、口の中へ。
「ホフハフホフッ……おお、熱々の茄子とやらが甘くて美味い。この生姜と醤油がピリッとアクセントになっているし、なによりもこの鰹節の旨味が、口の中をサッパリとしてくれるじゃないか」
「ありがとうございます」
「私には熱燗のお代わりを頂戴。それと、その焼き茄子も」
「少々お待ちを」
熱燗をグイッと煽りつつ、焼き茄子を食べるグレンガイルさん。
それを横目に眺めつつ、空になった徳利を振っているディズィさん。
そして角煮の最後の一切れを食べつつ、静かに彼女の話を聞いているラフロイグ伯爵。
不思議な光景だなぁと思いつつ、熱燗の準備をしてから追加で茄子を焼いていく。
「それにしても、今年は随分と暖かい冬になりそうですなぁ」
「異常気象にはならないと思いますよ、世界樹はいつもと同じように輝いていましたから。ただ、東の公国には気を付けた方がいいって、うちのばあ様が話していましたけれど」
「ばあ様というと、剛腕のメイヤートのことか? あのババァはまだ生きていたのか」
「あ、グレンガイルがばぁ様の事を馬鹿にしていたって報告しておきますからね。いくらばぁ様の元パーティーメンバーでも、その言葉は許しがたいので」
はぁ、色々な情報が入って来るのは、居酒屋の特権ですけどねぇ。
それを使って物事を有利にしようとか、聞いてしまった秘密を誰かに吹聴するような事はないので、ご安心を。
「そうだ……店長さん、明日ですけれど、うちの神官長がこの街に来るのですけれど、晩御飯をここで食べさせたいのですよ。席って予約できるかしら?」
「それは構いませんが、何名ですか?」
「私を入れて3名でお願いします。あと、その神官長って湖畔の里出身で、魚料理が好きな人よ。でも、ここ数十年は、湖の魚も魔物化してしまっていてね、元々住み着いていた精霊魚が減ってしまって……どうにかできる?」
魔物でない魚は……普段取り扱っているから問題はないが。
その精霊魚ってなんだろう?
「ちょいとお伺いしますが、その精霊魚っていうのはなんですか?」
「ええっと、元々、湖に棲息していた原種の魚の一つでね。精霊の使いって呼ばれているよ」
「ああ、そういうのですか……そいつはちょいと、きついですねぇ」
精霊の魚……ねぇ。
それに近しい魚といえば……ああ、いたなぁ。
あまりにも身近過ぎて、すっかり忘れていたわ。
「そうよね。精霊魚は無理よね」
「でも、似たようなものなら、入手できるかもしれませんが。まあ、あまり期待しないで待っていてください」
「そうなの!! それなら明日、また来ますので!!」
「ええ、お待ちしています……」
やれやれ、明日は色々と忙しくなりそうだな。
その前に、追加分の燗酒と茄子焼きを、とっとと用意しますか。
〇 〇 〇 〇 〇
――ユウヤの酒場、昼営業
「なるほど。そういう事情があったのですか」
店内の掃除を熟しつつ、マリアンが相槌を打っている。
昨晩の件について、エルフが店にやってきたこと、今晩の席予約が入っている事を説明すると、二人共頭を傾げている。
基本的に、エルフという種族は人間の住む街には寄り付くことはない。
ディズィのように、国の代表として派遣されてくること以外は、自分たちの住むテリトリーからは出て来ないのが普通らしい。
「まあ、そういうことなので、今晩は3つ席が埋まっているっていうこと」
「ありゃ、あたいたちも、お客さんを連れてくる予定だったにゃ」
「ミーシャとアベルが王都からこっちに戻って来たらしくて、顔を出したいって話していたにゃ」
「なるほどなぁ……ということは、夜の営業は貸し切りにしておくか」
グレンガイルさんとラフロイグ伯爵は、向かいの酒場で楽しんでもらうことにしましょうかねぇ。
出前はできるので、そういうことで。
「それで、ユウヤは何をつくっているにゃ? 今日の昼のメニューなのかにゃ?」
「まあ、そんなところだ」
今仕込んでいるのは、お好み焼き。
といっても、大阪でも広島でもない、北海道風。
生地については、手っ取り早く『業務用お好み焼きの素』を使用。
ただし、定量よりも水を少しだけ多めにし、卵と長芋の擦り下ろしを加えておく。
「これを、熱々の鉄板の上に流し込んで……」
お玉で一杯分の生地を、炙りを敷いた鉄板に丸く流し込む。
ここに刻んだキャベツを載せたのち、イカとホタテ、エビを載せて少し置いたのち、上からお玉半量の生地を掛けてから、小手を使ってくるっとひっくり返す。
ちなみに烏賊の仕込みについてだが、今回は冷凍イカを解凍し、内臓と軟骨、脚を引っこ抜いて皮を剥く。それを綺麗に開いたのち、刺身を引くように細く切る。
普通のお好み焼き用のイカなら、紋甲イカのように身の厚いものを使うのだけれど、うちでは親方の代からスルメイカを使用していてね。
同じようにエビも解凍して下ごしらえ、今日のは26-30のサイズのものを使用する。
これもあらかじめ解凍して殻を剥いたのち、背ワタを取ってボウルに入れてから、生姜を少々加えて酒を振り、よく揉みこんでおく。
ホタテはベビーホタテを使用、ここは手抜きで業務用のボイル品。
本当なら生のホタテの貝柱を使いたいところだが、それをやると昼営業に出すにしては値段が高くなってしまうからな。
「ということで……広島風なら、ここで焼きそばを炒めてその上に焼いた生地を載せるところだが。うちはこれで完成。ただし、目玉焼きは乗せるということで」
焼けた生地に半熟の目玉焼きを載せてからさっとソースを塗り、マヨネーズと鰹節、青のりをふり掛けて完成。
「ほらよ、今日の昼のメニュー【ユウヤ式お好み焼き】ってところだ。熱いから気を付けて食べろよ」
「熱いのなら、ラムネを開けていいかにゃ?」
「一本だけな。今日の昼は缶ビールは売らないから、そのつもりで」
うちでランチメニューを買って向かいの酒場で食べる輩もいるらしくでね。
せめて『昼は酒を出さないようにしてくれると助かるんだけど』って頼まれたので、ビールに合うメニューを取り扱う日以外は昼ビールの販売はなし。ここは持ちつ持たれつってことで。
「ううう、鰹節がウネウネと動いているにゃ」
「ハフッホフッ……これは美味しいですね。どうして今まで隠していたのですか?」
「ああ、鉄板が無かったからさ。以前は一人前ずつをフライパンで焼いていたんだけれど、このでっかい鉄板が手に入ったから、遠慮なく作れるようになったのでね。それじゃあ、俺は先に少し焼いておくので、二人とも食べ終わったら開店準備をよろしく頼む」
「「かしこまり!!」」
ということでも、炭焼き台の前の鎧戸を上に開き、外にお好み焼きの香りが流れるようにする。
しっかし、上に開く鎧戸って、誰がデザインしたんだろうなぁ。
――ジュゥゥゥゥゥゥ
ここからは速度勝負。
鉄板全体に一気に生地を広げてから、次々とキャベツを載せていく。
以前見た、お好み焼きの露店を真似て試してみたが、これは結構テクニックがいる。
それでも、二巡目ともなればコツは掴めてきたので、あとは次々と仕上げてはバットに並べて厨房倉庫へ。
一度に9人前は焼けるので、大体六巡目まで作ればいいだろう。
「ユウヤ店長、お店開きまーす!!」
「おう、それじゃあこいつの仕上げを頼む」
バットに入っている、焼きあがったお好み焼き。
マリアンはこれにソースを塗ってマヨネーズと鰹節、青のりを掛けてから、ちょいと大きめのボウル皿に盛り付けて完成させる。
「うん、いい感じに慣れてきたなぁ」
「そりゃあ、いつもユウヤ店長の仕事を横で見ていますから」
「まあ、そのうちご褒美も考えないとなぁ」
「それなら、今晩は越境庵を開くにゃ!!」
「ははは……まあ、貸し切りにして開くっていうのもありか」
去り合えずは、今はこっちの仕事に集中。
夜の事については、また後で考えるとしようか。




