55品目・エルフさんの食事情(居酒屋風ホットドックと焼き鳥盛り合わせ)
――パンパンッ!
二度、静かに頭を下げて礼をする。
二度、柏手を打って静かに祈る。
そして一度頭を下げて、礼をする。
神棚に祀られている神様への礼拝、これがいつもの日常。
それにしても、昨日は大変だった。
三日前に神様の供物を持って聖光教会に向かったのはいい。
その時、供物として作った料理を半分ほど大司教に預けて来たのだが、それを食べさせて貰ったらしい教会の関係者が神様の供物を私にも食べさせてほしいと殺到した。
なんでも、供物を食べた関係者達の癒しの奇跡が、一段階昇華したとかなんとか。
それを聞いた関係者が我先にとうちに押し寄せてきたのだが、あいにくと同じものはすでにシャットたちや夜の常連の腹の中。
ついでに言うと、夕方5つの鐘のあとにやってきて『神の意向であるぞ』と無理難題を吹っ掛けて来た教会関係者……のフリをしたどっかの冒険者連中については、たまたまカウンターで酒を飲んでいたラフロイグ伯爵と冒険者組合の組合長であるケイデンヘッドさんがとっ捕まえて説教。
どうやら最近になってやって来たらしい王都のクランの連中らしく、冒険者組合を通じて苦情を入れることになったらしい。
「まったく、そういう面倒くさい案件は、こっちに回してほしくないのだけれどねぇ。さて、それじゃあ仕込みを始めるとしますか」
今日の昼のメニューは『ホットドック』だ。
ちょうど昨日、グレンガイルさんに頼んでいた『鉄板』が届いたばかり。
それを昨日一日かけて鍛え直し、今日から本格的に使うことにした。
「まずは、ソーセージを軽く茹でてから湯煎して……と」
使うソーセージは、長さ16センチのロングシャウエッセン。
これを幾つかの鍋で茹でた後、バットに並べて空間収納へ。
次は具材となるタマネギとマッシュルームをとにかく刻んでおく。
これはフライパンでさっと炒めておく、本番の時は鉄板で炒め直す必要があるので、火を通し過ぎないように。
他にもフレッシュトマトの角切り、小さなピクルス、スイートオニオンを用意し、それぞれステン缶(ステンレス製の薬味入れ)に入れて冷蔵庫で冷やしておく。
「あとは、チェダーチーズだがねぇ……」
ボウルにバターを入れて湯煎。
そこに牛乳を加えてゆっくりと混ぜあわせたのち、削ったチェダーチーズを加えてよく練り合わせていく。硬すぎず、柔らかすぎず。
レードルで掬って、トローッと糸を引くように流れればオッケーなのだが、この街では少し硬めにして、具材に絡んで離れ難いように調節しておく。
「うん……いい感じだな」
チーズは本番でも湯煎するので、ステンレス製の深皿組バットに入れて時間停止。
蓋もついていて便利なので、材料を湯煎しておく時などに重宝している。
そもそも、こいつが填まるように鉄板にも3か所、お湯を張れるようなくぼみが作ってある。
「あとは、パンだけど……やっぱり無理だったか」
注文してあったのは、シカゴ風ホットドックに使う『けしの実をふったバンズ』。
だが、これを注文していた店が移転してしまったので、最近は別の店のバンズを使っていた。
一応注文書には『けしの実を振ったバンズ、なければホットドック用のバンズで』と書いておいたのだが、やはり普通のバンズが届いた。
「移転して手に入らなくなっちまったからねぇ……まあ、こればっかりは仕方がない」
バンズも袋から取り出してバットに並べて時間停止。
これで準備は完了だ。
「さて……飲み物だが。ラムネ缶、瓶入りオレンジジュース、あとは……ホットドックと言えば、ビールなんだよなぁ」
ということで、久しぶりに缶ビールの出番。
当然、うちで使っているビールはサッポロのエビス。
他のメーカーの銘柄が使えないわけではないが、一応は地元のビールメーカーということでご贔屓させてもらっている。
「まあ、箱ごとおいておくから、あとでシャットに冷やして貰えばいいか」
これで準備は完了。
越境庵の厨房から酒場に戻ると、いつものようにシャットとマリアンが掃除をして居る真っ最中だった。
………
……
…
「あ、おはようだにゃ」
「おはようございます、ユウヤ店長」
「ああ、おはようさん。今日もよろしく頼むよ」
「デルラ・フィリアの背中に乗ったつもりで任せるにゃ」
「なんだそれ?」
マリアン曰く、デルラ・フィリアはエルフの祀っている巨大な精霊の一種らしい。
巨大な翼を持った鳥らしいのだが、その背中には幾つもの街が広がっているそうで、世界各地をゆっくりと飛び回っているとか。
かつて一度も墜落したことが無く、背中にある町の住民たちも怯える事無く生活しているということで、『とにかく安全』という意味で使われることがあるらしい……と、マリアンが解説してくれた。
「もっとも、ここ数百年はデルラ・フィリアの姿を見たものが無いため、半ば伝説として扱われているということもあります。それに、背中に広がっている町はハイエルフの故郷でもありますから」
「ふぅん……まあ、安全というのなら、それはそれでよしという事で」
炭火を起こしてから右側に強火、左側を弱火になるように調節。
そこに鉄板を広げて、左側のくぼみの部分に水を入れてから、深皿組みバットを填めておく。
二つは溶けるチーズ、一つは湯煎してシャウエッセン。
そしてセットした後で、加熱された鉄板にバターを塗り、タマネギとマッシュルームを再度炒める。
「パパッと塩コショウを少な目に振って置いて……と」
極弱火のところに炒めたタマネギとマッシュルームを集めておく。
あとはバンズとシャウエッセンを開いて焼くだけ。
ということで、深皿組みバットからシャウエッセンを取り出して鉄板の熱い部分で焼きつつ、その横ではバンズを開いてさっと焼く。
――ジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
ソーセージの焼きあがる音と匂いが店内に広がっていく。
そしてバンズにソーセージを挟み、上からタマネギとマッシュルームをサッと載せて、溶けるチーズをタラッとかけてからマリアンのポジションに手渡す。
「そいつに、この薬味入れに入っている具材をのっけて完了だ」
「はい、これはトマト、こっちがピクルス? これはタマネギのみじん切り?」
「スイートオニオンっていってね。玉ねぎのみじん切りを甘酢漬けにしたものだ。うちのオリジナルでもあるのでね」
つまり、作り方も秘密という事で。
それらをトッピングしたのち、耐油袋ではなく紙箱に入れて完成。
「ほい、それで完成なので、試食してくれ。それと、こいつはクーラーボックスに入れて、あとで氷を張ってくれると助かる。今日は缶ラムネと瓶ジュース、そして缶ビールも販売する」
「うみゃ……ちょっと酸っぱいにゃ」
「ああ、ピクルスとスイートオニオンか。それはまあ、好みだからなぁ」
「オレンジジュース貰っていいかにゃ?」
「一本ずつな……と、もう少ししたら開店するからな!!」
「「かしこまり!」」
おいおい、そいつはどこで覚えてきたんだよ。
〇 〇 〇 〇 〇
「この缶ビールっていうのを二つたのむ!!」
「こっちも二つだ!!」
「ホットドック一本の注文につき、一本だけにゃ。瓶ジュースは、次回購入時に瓶を持ってきてくれたら割引するにゃ」
「ホットドックはおひとり様三本迄ですよー。もっと欲しい方は、後ろに並び直してくださーい」
まったくもって、今日の混雑具合は予想外。
客から聞いた話では、うちの料理を食べると強くなれるとかなんとか。
そんな効果があるなんて、俺は知らないんだがねぇ。
これも神様の加護っていう奴なのかねぇ
「おっと、シャウエッセンが切れたか。今日はあと10本で店じまいだ」
「はい、あと10本ですので、先に購入本数を教えてください!!」
「俺は2本で」
「うちは1本」
「3本頼む」
「伯爵さまに5本と言われたのですが……3本で」
「ちょっと待て、俺も3本欲しかったんだが……ああ、残りは一本か、仕方ねぇなぁ」
マリアンが注文を確認。
残念ながら購入できなかった客には頭を下げて、今日の昼営業は終了。
夜はまあ、焼き鳥屋でほぼ定着しているので、その仕込みを後でやればいい。
たまにサーカス団の団長から特注で注文を受けることもあるのと、向かいの酒場から出前を頼まれることもあるので『煮もの』ということでクラムチャウダーやカレーライスも仕込むが。
ということで、本日の昼営業も終了。
「まあ、大体のメニューは寸胴二つ分のストックを作ってあるからねぇ……と、外に休憩の看板を下げてきてくれるか?」
「はい……シャットは何しているの?」
マリアンが看板を下げてきた時、シャットがエビス缶の箱からビールを取り出し、カウンターに並べている。何やってんだ?
「ん~ラッキーエビスを探しているにゃ」
「ああ、そういうことか……缶のエビスビールには、ラッキーエビスはないぞ?」
「本当なのかにゃ!!」
「ああ、昔はあったんだが、いつの間にかなくなっちまったらしい」
「んにゅ~、そうなのかにゃ」
寂しそうに箱に缶ビールを戻すシャット。
まあ、そのうち会えるだろうさ。
ちなみにだが、エビスのプレミアムブラックにもラッキーエビスは存在する。
こっちは一度だけ見た事があるが、お客さんが喜んで持って帰ったからなぁ。
「ま、そのうちそのうち。それじゃあ賄い飯にするか。今日は何がいいんだ?」
「鮨だにゃ」
「酢飯を仕込んでいないから、それは明日で」
「では、麻婆豆腐炒飯でお願いします」
「はいはい」
そのまま賄いタイムに突入。
一休みした後、シャットとマリアンは冒険者組合で仕事を受けてくるらしい。
俺はそのまま仕込みをするため越境庵へ。
夜営業といっても、いつもの常連と向かいの酒場の連中が顔を出す程度だからなぁ。
〇 〇 〇 〇 〇
夕方6つの鐘の頃。
今日は珍しく、グレンガイルもラフロイグ伯爵も来ない。
まあ、そんなに毎日のように飲み歩いている訳でもないという事は理解しているが、誰も来ない日というのは寂しいもので。
「たまには、こういう日もあるさ」
厨房倉庫からラジカセを引っ張り出し、CDを掛けておく。
昭和の時代に流行した歌謡曲だが、こっちの世界で知っている人もいないから、ツッコまれることもないだろう。
――キイッ
すると、一人の女性が店内に入って来る。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
「ありがとうございます……では、ここで」
入り口から少し離れた席に座ったので、おしぼりとお冷を用意して差し出す。
あと、メニューを目の前に置くのも忘れない。
こいつはマリアンに代筆して貰ったもので、この世界の公用語である『ガナ・ハリ語』で記されている。まあ、基本的な焼き物と飲み物しか書いていなくて、それ以外は応相談ということになっている。
「ふぅん。店主さん、エルフでも食べられるものってありますか?」
「エルフでも……と言いますと、食べられない食材について教えて頂ければ、用意出来るものもあるかもしれませんが」
そう問いかけると、女性はカウンターに頬杖をついて、にっこりと笑った。
「魔物以外の肉はあるかしら? 魔力を帯びている獣の肉は食べられないのよね。それと精霊の加護を得ている野菜、世界樹の聳えるメインランド大森林産の素材程度の加護がないと辛いのよ……」
「う~む。とりあえず、やってみますか」
「え、あるの?」
そりゃあ、有るか無いかといわれると……うちはそもそも、魔物の肉を扱っていないのでね。
――ジュゥゥゥゥゥ
まずは簡単なあたりで鳥串、皮串、砂肝、鳥ハツを塩とタレで一本ずつ。
開いた鎧戸から外に向かって、焼き鳥の煙と香りが流れていくが、これも宣伝という事で。
シャットに煙突掃除をして貰ってからは、店内に煙が充満することもなくなったからなぁ。
「へい、お待たせしました。焼き鳥の盛り合わせです。これが鳥精肉、鳥皮、砂肝、鳥ハツです。タレと塩で用意してありますので。それと、こちらは付け合わせの塩キャベツです」
塩キャベツはサービス。まあ、口直しも兼ねているのでお代わりも自由。
「あとは、鳥スープです。こいつはサービスですので」
つくねを仕込めば必ずできる鳥スープ。
こうして夜の客にサービスで出しているので、たまに昼も欲しいと言われるが。
まあ、忙しくなければね。
ただ、差し出された料理を見て、お客さんが呆然としているのはどういうことだろうか。
「嘘でしょ……肉串からは魔力を感じないし、この塩キャベツというものからは精霊の力を感じる。ねぇ、あんたはこれをどこで手に入れたっていうの?」
「仕入れ先については秘密です。まあ、違法なところじゃありませんのでご安心を」
「そ、そうなの……それじゃあいただくわ」
――ハムッ
そっと鳥精肉を口に頬張ると、目を丸くしてウンウンと頷き始めた。
「うっわ、こんなに新鮮なお肉ってあるのかしら。血抜きがしっかりしているから? アイテム鞄で運んだの? こんなに上質な鳥肉なんて、本当に久しぶりだわ……」
「ありがとうございます」
そのあとも、一つ、また一つと口に運んでは何か独り言をつぶやいている。
まあ、お客さんのプライベートには触れないのが基本。
こちらは黙々と、注文を捌くだけだな。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




