54品目・菜食主義の神様は、雑煮もお好きのようで(神の供物、煮しめと雑煮)
嵐の神の神託……というか、創造神の注文をクリアするため、俺はユウヤの酒場で料理の真っ最中。
「ラーメンサラダ、揚げジャガイモ、野菜串、野菜の天ぷら……ここまではいい。後一品ぐらい、何か用意したいところだが……」
「今まで作ったものって、結構な確率で肉が入っていましたよね? それって何か意味があったのですか?」
「いや、仕事帰りの人達って、体力つけるために肉を食べる……っていうことよりも、酒に合う料理としては肉もしくは魚が多いっていうだけだ」
それじゃあ、あと一つはあれで行きますかねぇ。
使う材料はニンジン、ゴボウ、サトイモ、こんにゃく、レンコン水煮、しいたけ、絹さや。
まずはよく洗った人参とゴボウ、レンコンは乱切りに。
しいたけは石づきを切って半分にしておく。本当なら干しシイタケを使った戻し汁を使いたいところだが、時間が足りないのでカット。
サトイモは皮を剥いてから米のとぎ汁でさっと茹でる。まあ、米のとぎ汁が無かったら米を大さじ1~2を加えて一緒に煮てもいい。ちなみに火の通り加減は8分程度、あとで他の具材と煮るのでね。
こんにゃくは一口大にカット、ただし包丁は使わず、ビアタンの口で押すように千切る。
こうすることで包丁で切るよりも味がしみ込みやすいということだが、先に一度、水から茹でておくのも忘れずに。
絹さやは出汁と酒、薄口しょうゆでさっと煮て、火から下ろしておく。これは最後に添えるものなので、今から味を含ませておくっていう事。
「それじゃあ、はじめますかねぇ」
大きめの雪平鍋を火にかけ、ごま油を入れて馴染ませる。
ここに下ごしらえを終えた人参、ゴボウ、レンコン、こんにゃく、サトイモを加えて、宮島(木べら)でそっと混ぜ合わせ、全体的にごま油を馴染ませる。
「ここで出汁と酒、みりん、煮切りを加えて……」
出汁は大目、酒と味醂、煮切りは少々。
比率はそうだな……今日は出汁5:酒2:味醂2:醤油2ってところか。
醤油は入れず、出汁と酒、味醂で煮始める。
このとき煮切りも少々加えて、甘さを加減する。
なんども説明したが、醤油は最後に入れる事。
「……うん、いい感じに火が通って来たな」
ゴボウと人参に火が通ったら、醤油を入れて弱火で10分。
普段なら火を止めて冷ましておくのだが、今日は熱々で出したいのでもう10分ほど弱火で。
煮物の味付けって、冷めるときにゆっくりと浸透していくので、冷ますことも大切ってね。
「よし、肉抜きの筑前炊きの完成……って、肉は入っていないので、筑前炊きではないか」
「んんん、野菜オンリーだにゃ」
「味見したいです!!」
「はは、それじゃあちょっとだけな」
小皿に少しずつ盛り付けて、二人の前に置いてやる。
「んんん、ショーユのいい香りがするにゃ」
「これって、本当はお肉も入るのですか? これでも十分美味しそうですけれど」
「まあ、筑前っていう地方の郷土料理でね。肉抜きだから『煮しめ』ってところか」
このあたりは、細かく説明すると蘊蓄も加わって来るので割愛。
ということで、これも急ぎ時間停止処理をしてから、空間収納へ。
「あと一品行けそうだが……ああ、あれも作っておくか」
「まだ何か作るのかにゃ?」
「まあ、これはすぐだから大丈夫……と」
雪平鍋に出汁を張りって火に掛けて。
飾切りした人参といちょう切りの大根を加えて火を通す。
あたりは酒と薄口しょうゆのみ、味醂は入れずに煮切りをほんの少々だけ。
そして弱火で火にかけたまま、焼き台で餅を焼く。
これは餅ベーコン巻きに使う餅で、余っていたものを使ってしまうだけ。
とにかく次々と餅を焼いてバットに入れ、熱いうちに時間停止処理からの空間収納。
一番早く、手軽に作れるので俺としても大変重宝しているメニューだな。
空腹を紛らわせるのにもいいが、食べ過ぎには注意。
「えぇっと、全部で……6品か。野菜カレーとかもあるけれど、今日はこのあたりでいいだろう」
「あまり時間をかけすぎるのもよろしくないですわね。あまり神様を待たせるのも問題がありますので……」
「そういうことかねぇ。まあ、二人が食べ終わったら教会へ向かうとしますか……」
そして急いで戻ってこないと、そろそろ夕方5つの鐘がなるころだろう。
ちなみにここから教会は距離があるので、俺はいつもの三輪自転車を用意。
マリアンは魔法の箒で飛んでいくらしく、シャットはその後ろに乗っていくとか。
さて、それじゃあ奉納に向かいますか。
〇 〇 〇 〇 〇
――キャンベル・聖光教会
マリアンの案内で訪れたのは、街の中を流れている大きな川を挟んで向こう側の地区。
彼女曰く『貴族の居住区』であるらしいが、別に出入りが禁止されているわけではない。
ただ、王都に近いという事、この街が最初に出来た時はそこしか人が住む場所が無かったという事らしく『旧市街地』とも呼ばれているらしい。
そのまま橋を渡って貴族街に到着すると、すぐ目の前に巨大な教会がそびえたっている。
「ここがキャンベル最大の教会、聖光教会ですわ」
「久しぶりだにゃあ。あたいが此処に来たのは、かなり前に流行り病で倒れた時だったにゃ」
「へぇ。神様の奇跡で治してもらったっていう事か」
「そういうことにゃ、お布施もお気持ち程度で構わないし、なかったら野菜とかでも大丈夫だにゃ」
つまり、本当の意味で神に仕えている、人のための教会っていうことか。
血迷っても信者から莫大な寄付金を集めたら、怪しいツボを売ったり謎の水を販売していたりはしないということだな。
そのままマリアンの後ろについていくと、聖堂の中で綺麗なローブに身を包んだ男性が待っていた。
「おお、マリアンさんではないですか。先程の件でしょうか?」
「はい、異界の供物をご用意できましたので、奉納にやって参りました。こちらはユウヤ・ウドウさん、今回の協力者です。彼女はシャット、ここに一緒に来たことがあります」
「それはそれは……私はこの聖光教会の大司教を務めているミンストレルと申します。では、奥の聖域へ向かいましょう。そちらの方々も、こちらへどうぞ」
ミンストレル大司教が先に進み、俺たちはその後ろをついていく。
そして聖堂から伸びる細い回廊を通り、その奥にある両開き扉で閉じられた場所へ到着した。
「ジ・マクアレンよ。供物を届けに参りましたので、この扉を開き給え」
大司教がそう告げると、扉全体が静かに輝きスッと開いた。
「では、こちらへどうぞ。ここからは聖域となりますので」
「はい、ありがとうございます……」
「ありがとうございます」
「どうもだにゃ」
一礼して扉の奥へと進むが。
室内はドーム状に作られた空間。
天井が高く、部屋の大きさもかなり広い。
その中心に一つの巨大な柱が立っており、さらにその周囲に幾つもの小さな柱が円を描くように立ち並んでいる。
「この中央の柱がジ・マクアレンさまです。そして周囲の柱は世界の様々な理を司る神々を現わしています。このような場所に立ち入ることができるのは、私たち聖職者でもほんの僅か、此度のように、神の許しが無くては立ち入ることはできないのです……と、ああ、ここですか」
大司教が俺たちに対して丁寧に説明をしてくれると、中央の大きな柱の前に、大理石で作られたようなテーブルが生み出されている。
『そちらへ供物をお願いします……』
そう声が聞こえてきたのだが。
ああ、どこかで経験したように気がしたけれど、ここはあれか、俺が初めてこっちの世界にたどり着いた時に着た場所と同じところなのか。
ということは……。
ふと、一つの柱に目が行ってしまう。
ああ、この柱が運命の女神を現わしているんだなぁと、すぐに理解できた。
「お久しぶりですね……というか、いつも神棚で見守ってくれて、ありがとうございます」
先にそっちの柱に近寄ってみると、そこにもテーブルが浮かび上がった。
だからまず先に、カップ酒と煮しめだけを置いておく。
残りはほら、ジ・マクアレンさまに奉納してから、改めてということで。
「ユウヤさん、こちらに供物をお願いします」
「はい、それでは失礼して……」
大司教に誘われて、ジ・マクアレンの柱の前に向かう。
そして作った料理を一つずつ並べていく。
野菜の天ぷらにはしっかりと天つゆも添える。
雑煮はここで木椀に餅を入れてから、地を張って差し出す。
煮しめは少し大きめの器に、彩も良く盛り付ける。
野菜串と揚げジャガイモは一つの大皿に笹の葉を敷いてから並べて。
最後にラーメンサラダとドレッシングを付けて完成。
「では、これで終わりです」
「ありがとうございます。とても美しく、それでいて美味しそうな料理です。こちらが異界の供物なのですね」
「はい、正確には、異界の料理ですけれど供物……ということで」
そう大司教に伝えると、俺の言葉の意図を理解してくれたらしくウンウンと頷いている。
異界の料理が作れる存在=流れ人という図式が出来てしまうからな。
だから、『ここだけの話しですよ』ということを含ませてみた。
すると、聖域に声が響いてきた。
『ありがとうございます。我が使徒・ミンストレルよ。かの者の出自については詮索なきように。そしてユウヤさん、此度は嵐の神の我儘を受け入れていただき、ありがとうございます』
「いえ、この程度でしたら……まあ、いつもいつもと言われると困ってしまいますけれどね」
これと同じものを毎日といわれても困るのでね。
せめて、運命の女神さまと同じように、うちの神棚から眺めて奉納させていただければ。
『では、そのようにしましょう。これを、神棚というところに供えてください』
――フワッ
その声が聞こえてきたのと同時に、小さな柱が二つ、目の前に現れる。
これは、この聖域にあるものと同じものらしい。
二つあるということは、越境庵とユウヤの酒場の二か所に供えなさいっていう事だろう。
「畏まりました。では……」
柱に向かって一礼。
そして先程と同じものを運命の女神さまの前にも供えておくのだが。
――フワッ
目の前に、小さな柱が二つ浮かび上がる。
それを手に取った時、ふと、頭の中に言葉が聞こえてくる。
『ヘーゼル・ウッド。それが運命の女神である私の名前です……』
ヘーゼル・ウッドですね、畏まりました。
「それじゃあ、用件は終わったので帰るとしますか」
「そのようですね。では、これで此度の聖域訪問は終わります……」
そう大司教が告げた時、目の前の風景が聖域から扉の外へと切り替わった。
「これはまた、すごい仕掛けだにゃ」
「私も初めて経験しました。あそこが、聖域という場所だったのですね」
「ええ。選ばれた者しか訪れることができない場所です。ゆえに、入ることが許された皆さんは、神に赦された存在なのでしょう。御柱は大切にしてください」
御柱って、俺が受け取ったものだよな。
これって神像とか仏像のようなものであり、そして神が訪れる部屋のようなものであるらしい。
まあ、だからといっていつもとやることは変わりはない。
ちょっとだけ、神様たちの立ち寄る場所が正式に増えただけっていう事だ。
そして大司教にお礼を告げて、供物として用意した料理を少し分けて差し上げてから、俺たちは家路についた。
「ああ、そういうことか……」
ふと、先ほど体験したことで分かったことがある。
「んんん、ユウヤ、どうしたにゃ?」
「なにか、分かったことがあるのですか?」
「いや、俺が神様から受け取った御柱って、こっちの世界でいうところの『神様の寄家』だってこと。そしてそれはつまり、あのラッキーエビスの瓶もそうじゃないかっていうとだよ」
「ぬぁんですと!!」
シャットが驚いているんだけれど、まあ、そういうことなんだろうな。
こうなると、うちでも一本おいておくとしますかねぇ。
そうすれば恵比須様も、うちの店に立ち寄って一杯ひっかけられるんじゃないですか?




