53品目・神の一撃、菜食主義神?(野菜中心のメニュー各種)
「嵐が来るにゃ」
いつものように、昼の営業を終えて店内でまったりとしている時、ふと突然、シャットがそう呟いた。
そして食べかけのカツサンドをムシャムシャと一気に頬張ると、いきなり店の入り口から外に飛び出し、空を見上げているんだが。
「なあマリアン。シャットって、天気予報もできるのか?」
「いえ、天気予報というものが良く分かりませんけれど、猫系獣人特有の超感覚だと思いますわ。それも、シャットの場合の的中率って、以前は五分五分ぐらいだったのですが、今は7割ぐらいの的中率を誇っています。それで、あちこちのクランからも声が掛かっているぐらいですから」
「へぇ。それってつまり、本当に嵐が来るかもっていうことか。ちなみにどんな嵐が来るんだ?」
マリアンに尋ねてみるが、彼女は頭を左右に振るだけ。
その代わり店に戻って来たシャットが、椅子に座りなおしてラムネを一口。
「んぐっ……ぷっは。嵐の神の一撃だにゃ。それもすっごく強烈な奴が!!」
「嵐の神ですって!! すぐに聖光教会と冒険者組合に伝えてこないと……シャット、ここはお願いします!!」
「わかったにゃ」
マリアンも血相を変えて飛び出していったんだが。
そもそも、こっちの世界の嵐って、一体どんなものなんだ?
「シャット、嵐について詳しく説明してくれないか?」
「わかったにゃ。あたいたちの世界でよく起こる嵐っていうのは、精霊神の眷属である嵐の神が起こす超自然現象の事を指すにゃ。具体的には……」
とシャットが説明してくれるのだが、どうやら嵐の神の一撃というのは地球でいう台風の事を指すらしく、東の海で発生する積乱雲が熱帯低気圧となり……って奴らしい。
厄介なのは、それが『嵐の神のきまぐれ』で起こるということ。
獣人族は精霊神の加護を持っているため、きまぐれが起こる事をいち早く察知できるのだそうだ。
「なるほどなぁ。それで、どの程度の被害がでるんだ?」
「う~にゅ。ただの気まぐれなら嵐が来て暴風と大雨が降る程度。ちょっと凄い時は大雨で川が氾濫して、街が飲み見込まれるにゃ。酷い時は……」
「酷い時は?」
「街が消し飛ぶにゃ」
街が吹き飛ぶレベルって、シャレになっていない。
「ちなみにだが……今回の神の一撃はどの程度の強さなんだ?」
「ん~、国が消し飛ぶレベルかもしれないにゃ」
「……さて、避難準備でもするか。そんなのが来るのなら、何処に逃げても無駄だろうけれど」
とはいえ、越境庵に移動しておけば災害からの逃げられるかもしれない。
ただし、外に出るタイミングを間違えると、台風ど真ん中ってことにもなりかねない。
「まあ、今頃はマリアンが冒険者組合に報告をしていると思うから、すぐに聖光教会で神託を受けると思うにゃ」
「聖光教会……ああ、こっちの世界の創造神様を祀っている教会だったな? でも、神託を受けるだけで、解決するものなのか?」
「神託を受けないと解決しないにゃ」
それは一体どういうことだと訪ねてみると。
どうやら教会に供物をそなえたり、神の願いをかなえることで神の一撃は収まることがあるらしい。
というか、過去に幾度となく起こった神の一撃も、それで躱し続けていたらしい。
本当に、この世界って神様が近くにいるんだなぁとつくづく思ったよ。
「ちなみにだが、過去に起こった神託とかって分かっているのか?」
「教会にもたらされた神託は王家にのみ伝えられるにゃ。そして王家に仕えている神官が、神託を解決するために動くにゃ。簡単な神託だと、国家間同士の戦争を止めたりとかあったにゃ。難しいのは、神の花嫁だにゃ」
はぁ、その難易度は逆じゃないのかって思ったが、神の一撃を躱すためなら戦争を止める事もありえるとかで。戦争による被害よりも神の一撃の方が酷いというのをなんとなく理解したよ。
「神の花嫁は?」
「ん~、普通に神様に見初められた女性を神に捧げるだけにゃ。神界に連れられて行き、結婚するだけにゃ。ただ、それを求める神様の条件が厳しすぎる場合が多いにゃ」
「へぇ……色々とあるんだなぁ。それで、今回の神の一撃って、いつ頃くるんだ?」
「多分だけれど、10日ぐらいでいきなりきて、全て消し飛んでおしまいにゃ。慈悲も何もないにゃ」
はぁ。最悪じゃないか。
その神託っていうのにかけるしかないのかよ……。
〇 〇 〇 〇 〇
――交易都市・キャンベル、聖光教会
シャットの嫌な予感、それは昔からよく当たることで有名でした。
とはいえ、それでも的中率は五分五分と、対策を練らないよりは練った方がいい程度。
それでも冒険者組合の依頼などでは、数々の危険を回避することが出来ました。
ですが、ユウヤ店長が私たちの前に現れてから、シャットの嫌な予感の的中率は飛躍的に伸び始めていたのです。
そして私自身も、ここ数か月で魔力の限界値が以前よりも増えていたのには驚きでした。
この街の冒険者組合で魔力検査を受けた時も、ウーガ・トダールで検査したときの1.4倍にまで高まっていたのです。
そして、その恩恵については、ウーガ・トダールを拠点としている冒険者や狩人たちにも広まりつつありました。
これは私の予測ですが、ユウヤ店長の店の料理を食べていた人ほど、その現象が顕著に表れていたのではと思っています。
閑話休題
話は戻ります。
とにかくシャットがいう神の一撃について、聖光教会で神託が降りているのではと思い急ぎ駆けつけてきたのです。
――ラ~ラララァ~、ララ~ラア~ララァ~
聖歌隊の歌声が響く中、大司教様が聖光教会の主神であるジ・マクアレンの像の前で祈りを捧げていました。これは日課である礼拝を行っている最中であることがわかります。
そし私が教会に入った時、ちょうど礼拝も終わったようで聖歌隊の方々が退室するところでした。
「お久しぶりですミンストレル大司教さま、実はご報告したいことがあって参りました」
「おお、誰かと思えば、マリアンではありませんか。そんなに慌てて何が起こったのですか?」
振り向きつつにこやかに語り掛けてくるミンストレル大司教。
彼は幾つもの神の奇跡を行使できる、ジ・マクアレンの使徒と呼ばれている聖職者です。
この方なら、シャットの嫌な予感についても神にお伺いして貰えるでしょう。
「実はですね、シャットが嫌な予感がすると……嵐の神の一撃が訪れるということで、こちらにご報告に参りました」
「そ、それはそれは……では、今一度、嵐の神タリスカーにお伺いしてみましょう……」
獣人族の直感については、大司教も良く理解しているのでしょう。
すぐさま両手を合わせて、祈り始めます。
すると、天井から青い光が静かに注ぎ込んできました。
『……運命の女神ばかり、美味しい思いをして狡いですよね?』
ええ、神は私たちに申されました。
運命の女神は狡いと。
え、それってどういうことですか?
「おお、タリスカーさまの御声です。運命の女神ばかり狡い……んんん、神よ、それだけの理由で、神の一撃を放つというのですか?」
『ええ。私も、運命の女神と対等に扱いなさい。そう、かの者に伝えるのです。さもなくは、この世界は滅び……え、ちょっと待っててくださいね、どうしてマクアレン様がここに? 説教? 私に?』
「おお、なにやら神界でも揉めているようです。ですが、一人の神のみが美味しい思いをしているということにつきましては、信仰の自由というものが私たち人間には許されています。嵐の神タリスカーよ、貴方はその自由すら奪うという事なのですか!!」
んんん、今度は神の声が私には聞こえません。
ですが、大司教様が必死に神と会話を行っているのがよくわかります。
『我が使徒、ミンストレルよ。嵐の神タリスカーの神託については無かったこととします。嵐の神の一撃は収まりました。ですが、一度でいいので異界の供物を備えよと、かのものにお伝えください。詳しくは、そこにいるマリアンに伝えるといいでしょう』
「おお、そうでしたか。では、そのようにお伝えしておきます、ありがとうございました……」
うーん。
天井から注いでいた青い光が、一瞬だけ虹色に輝いていたように感じます。
そして大司教様も安堵の表情を浮かべても、こちらに振り向きました。
「マリアンよ、ジ・マクアレンの言葉を伝えます。異界の供物をここに持ってきてください。それを供えるのならば、此度の嵐の神の一撃は収まるでしょうと」
「畏まりました。異界の供物……え、異界? それってどこで手に入れるのですか?」
「それは私にはわかりません。ジ・マクアレンさまがあなたにそう伝えよと仰ったのですから。では、よろしくお願いします」
「はぁ……」
深々と頭を下げる大司教さま。
でも、異界の供物と言われましても。
「やっぱり、あそこしかありませんよねぇ……」
ええ、流れ人であるユウヤ店長にしか、入手不可能でしょうから。
〇 〇 〇 〇 〇
――ユウヤの酒場
「なるほどねぇ。それで、俺にどうにかして異界の供物を用意しろっていうことなのか」
マリアンが息を切らせつつ教会から戻って来た。
これはやばい事なのかと思い、まずは落ち着くようにと冷たい水を差しだしたのだが。マリアンはそれをグイッと飲み干すと、教会でなにがおこったのか話してくれた。
その話を聞いてシャットも外を見に行ったが、ウンウンと腕を組んで戻って来た。
「間違いないニャ、嵐の神の一撃の気配は完全に消えたニャ。でも、異界の供物って、なんだろう」
「まあ、運命の女神ばかり美味しい思いをして狡いっていうのは、どうかなぁと思うがね。俺のいた世界では、そんなことでいちいち神が信徒に文句を言いに来たりはしないんだけれど。こっちの世界って、そういうことはよくあるのか?」
「……それがあるから困るのですよ」
マリアン曰く。
様々な神が仮初めの身体を纏って地上に降臨することは、たまにあるらしい。
もっとも、基本的には人間の行うことには深く干渉はしないというが、世界の根幹に関わる出来事が起こったときは、顕現するそうだ。
あと、今回のように自身の主義主張を告げるためにも来ることがあるらしい。
それってあれだよな、俺の世界でいうのなら『お稲荷様』や『地蔵菩薩』がふらりと蕎麦屋に立ち寄って、晩飯食って帰るっていう感じなんだろうなぁ。
「……それで、異界の供物って何を用意すればいいんだ?」
「詳しくはわかりませんけれど。嵐の神は女神でして、菜食を好むと伝えられています」
「肉は駄目にゃ、お酒も飲めないにゃ」
「菜食で、ノンアルコールと……どれ、ちょいと調べてみるかね」
厨房倉庫からレシピ集を取り出して確認してみる。
まあ、菜食というか野菜中心のメニューなら、いくらでも用意する事は出来る。
問題なのは『運命の女神ばかり狡い』という言葉。
それってつまり、俺が越境庵で仕込んでいた料理を見ていたっていう事だろう。
その話っぷりから察するに、仕込みを行った料理というのは、間接的に『運命の女神』に供されているっていうことだよな?
『そうですね』
「ああ、やっぱりか……って、はぁ、分かりましたよ、そっちのメニューから野菜中心で組み立ててみますよ」
――コトッ
そう声に出してみると、厨房の奥に作ってある神棚から音が聞こえた。
うん、こっちの言葉も伝わっているのか。
そしてシャット、音がする直前に神棚を見るな、怖いから。
「そんじゃ、野菜中心で行きますかねぇ」
ということで、ユウヤの酒場のカウンター内で仕込みを始める。
野菜中心なので、まずは『揚げジャガイモ』から。
衣を作るときに卵などの動物性素材を使わずに。
「んんん、揚げ物なら手伝うにゃ」
「ああ、それじゃあ揚げジャガはシャットに頼むか」
「ついでに賄い用にも何か揚げるから、具材を貰えると助かるにゃ」
「はいはい……」
ということなら、エビやイカ、鶏肉といった天ぷらの種を厨房倉庫から取り出してシャットに手渡す。そして次のメニューにかかりますか。
「肉抜きでいいなら、ラーメンサラダもいけるか……」
キャベツ、レタス、トマト、ワカメ、ストックしてあったヤングコーンの水煮もある。
あとはカイワレ大根、ニンジンってところか。
ワカメとヤングコーン、トマト以外は細切りにして水に晒して置き、その間にラーメンを茹でておく。
「ドレッシングは……ああ、ポン酢ベースで作ってみますか」
ポン酢しょうゆではなく、ポン酢。
かんきつ果汁で作ったポン酢をベースに出汁と醤油、味醂の煮切り、ごま油であたりを取って置く。
それをタレ入れに入れて小さめのレードルを添えておく。
そしてラーメンが茹で上がったら水洗いして。
「あ、ラーメンサラダでしたら、盛り付けしておきますよ」
「おう、それじゃあ木のボウルに盛り付けてくれるか?」
「畏まりました」
それじゃあラーメンサラダはマリアンに任せる。
炭はまだ残り火だから、急いで火を起こす。
「あとは野菜串ぐらいだろう。あ、シャット、野菜の天ぷらも任せていいか?」
「ユウヤほど上手に揚げられないにゃ」
「そっか、それじゃあ後で交代だ」
今の内に野菜串も準備する。
茄子、長ネギいかだ、タマネギ、ピーマン、ミニトマト。
一通り切りつけたのち竹串を刺してバットに並べておく。
そして揚げジャガイモを終らせたシャットと焼き台を交代し、俺が野菜の天ぷらを作る。
串焼きならシャットに任せたことが何度もある、筋がいいので結構キレイに焼いてくれるから助かっている。
マリアンは盛り付けが得意、女性ならではの綺麗なも盛り付けは、俺には真似ができないからな。
「よし、大体揃ってきたな……」
出来上がった物から、空間収納に仕舞って時間停止処理。
全てが出来上がったら、俺も教会に同行して奉納するとしますかねぇ。




