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【書籍化決定】隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~  作者: 呑兵衛和尚
交易都市キャンベルの日常

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52品目・公国使節団は、揚げ物がお好き(アジフライサンドとフイッシュ&チップス)

 ラフロイグ伯爵からの無茶ぶり依頼。


 朝一番で越境庵に移動し、その為の仕込みの半分は無事に終了。

 ついでの昼営業分の準備も終えたので、とっとと店に戻るとしますか。

 ということで越境庵から店内に戻ると、すでにマリアンとシャットがやって来て店内の掃除をしている真っ最中。マリアンには合鍵を渡してあったので、どうやら俺が仕込みで手間取っている最中にやって来たのだろう。


「あ、ユウヤだ、おはようにゃ」

「おはようございます。昨晩も遅かったのですか?」

「いや、ちょいと珍しいお客が来てね。その人の頼みで、今晩、ここで公国の使節団の接待をすることになった。その仕込みもあって、ちょいと遅くなっちまったな」

「ありゃ、それはまた大変だったにゃ」

「まあ、無茶な依頼はいつものことさ」


 まあ、そういう事で炭焼き台で炭を起こす。

 今日はここでトーストを焼くから、少し弱火にしておく必要がある。


「はい、これでいつでも営業出来ますよ。今日は何を販売するのですか?」

「アジフライサンドだな、ちょいと作って見せるので、待っていろ」


 まずは焼き台でトーストを焼く。

 パンの厚さは昨日切った15ミリ、これを軽く両面焼き。

 次にアジフライとカットレタスの入ったバットを取り出す。

 それとトンカツソース、タルタルソースも忘れずに。

 

「この焼いたトーストにレタスを載せて……」


 レタスの上にアジフライ、そしてソースとタルタルソースをちょいとかけてトーストでサンドする。

 これを斜めにカットして、耐油袋に入れて完成。

 まあ、仕込みさえ終わらせてあれば難しくはない。

 

「ユウヤぁ、味見したいにゃ」

「ははは、ちょいと待ってろ、もう一人前作ってやるから」

 

 という事でもう一人前を作っているが、先程作った奴は二人で仲良く分け合って食べている真っ最中。本当に、仲が良いことで。


「ハフッハフッ……アジフライが美味しいにゃあ。これも魚みたいだけれど、生では食べないのかにゃ」

「刺身用で買った奴じゃないからな。まあ、鮮度については問題はないぐらい活きは良かったが、今日は敢えてフライにしてみた」


 過去に、刺身用に仕入れた関サバで『鯖の味噌煮』を作って提供したことがあったなぁ。

 あの時は、常連の兄さんが血涙を流しそうな勢いで文句を言っていたのを思い出したわ。

 『刺身で食わせろぉぉぉぉぉ』ってね。


「ほらよ、もう一人前作ったから、熱々のうちに食べてくれ」

「わぁ、ありがとうございます」

「さすがはユウヤだにゃ、ラムネ飲んでもいい?」

「なんでそこで飲みたがるかなぁ……一本だけだからな!!」

「やった」


――ブシュッ

 こっちの街に来てからは、ラムネは缶入りに変更した。

 というのも、西の湖を挟んでむこうのフォーティファイド王国はエルフの国らしく、魔導国家とも呼ばれているらしい。

 つまり、マジックアイテムの強化素材に使えるビー玉を取り扱っていると危険だというマリアンの忠告で、一時的に缶入りに切り替えさせてもらった。

 もっとも、缶ジュースの場合、それを鍛冶屋に持って行って買い取って貰っている連中もいるらしいが。あれ、アルミ缶だぞ? 俺はよく知らんが鍛冶屋で溶かせるのか?


「さて、それじゃあ開けるぞ」

「了解にゃ」

「畏まりましたわ」


 そう告げてから、厨房の棚の上に作った神棚に手を合わせる。

 仕込みのときに越境庵事務室にある神棚にお神酒と塩、御簾を開けて手を合わせているが、こっちでも手を合わせるようにしている。

 そして店を開けようと焼き台前の鎧戸を開けると、既にお客さんが外に並んでいた。


――カランカラーン

「ユウヤのお店の開店ですよー。注文は私に、受け取りと支払いはシャットからお願いしまーす」

「ジュースはこっちだにゃあ」」

「おお、今日は肉串じゃないのですか」

「ええ。本日はアジフライサンドです。何人前用意しますか?」


 次々と注文を聞いては、トーストを焼いてアジフライサンドを仕込んでいく。

 マリアンはそれをカットして耐油袋に詰めてシャットへ。

 まあ、いつもと同じ流れだが。

 ちょいと並んでいるお客さんの中に、一風変わった服装のお客がいる。

 黒いロングコートに鍔広帽子の集団。

 その帽子には、『白百合と鷹、装飾されたショートソード』の紋章……ふむ、知らん。

 そのお客さんたちの準備が回ってくると、一番年長らしい女性が帽子の鍔を指で押し上げつつ。


「この店で、新鮮な魚の料理が食べられると聞いたが」

「ああ、それは夜の話ですね。この時間ですと、今日はアジサンドフライです。生でも食べられる鮮度の鯵をフライにして、サンドイッチにしたものですが。それでよろしいですか?」 


 そう問いかけると、女性は振り向いて人数を確認。


「うむ、全部で5人なので、5人前頂けるか?」

「毎度あり。では今からお作りしますので、そちらへどうぞ」


 横の並びに誘導しつつ、次の客の注文を聞く。

 まあ、手を動かしながら聞く程度は容易いので、ある程度は纏めて作っていく。

 そして黒帽子の御一行も受け取ってから近くの路地へと歩いて行ったが。


「ふむ。あの人たちが、例の公国の使節団かねぇ。ま、本番は夜だから、別に気にすることもなし……と」


 あとは黙々とサンドイッチをつくる作業。

 実を言うと、俺はアジサンドが好きでね。

 昔見たテレビドラマの『俺たちは天使だ』っていう番組の中で、アジサンドがしょっちゅう出て来たものだ。まあ、あれはアジフライじゃなくアジの干物だったけれどな。

 さすがに料理人になってからは、アジの干物じゃ物足りなくなったのでアジフライにしたっていうこと。


「そういえば、探偵物語でも出ていたな、アジフライ定食……ま、いいか」

「今日の賄いは、アジフライ定食だにゃ!!」

「はぁ……ま、別に構わないけどな」


………

……


 いつもより客の回転が早かったせいか、アジフライサンドは終了。

 もっとも、アジフライは多めに仕込んであるのだが、肝心のトーストが切れてしまった。

 だから昼営業はこれで終了、お待ちかねの賄い飯タイムだ。

 といっても、シャットのリクエストで『アジフライ定食』に決定した。

 まあ、皿にキャベツとレタスの千切りを盛り付け、プチトマトとくし形レモンを添えるだけ。

 そこに熱々のアジフライを四枚乗せて、大盛ご飯とみそ汁を添えれば完成。


「ふぁぁぁぁぁ、これが定食だにゃ」

「前に越境庵で食べたのに似ていますね」

「まあ、そんなところだろうさ。それじゃあ、俺は仕込みをしてくるので、あとは任せるわ」

「「かしこまり!!」」


 ということで越境庵に移動。

 

「フイッシュ&チップスの準備を終らせますかねぇ」


 すでに大鮃の仕込みは終わっているので、付け合わせのポテトの準備を。

 本場のマリス・パイパー種の芋は手に入らないので、ここは男爵イモで代用。

 皮を剥いて薄めのくし形にカットし、水に晒しておく。

 そして静かに水洗いして澱粉が出なくなり始めたところで水を変え、塩と酢を加えて弱火で火を入れる。

 

「うん、いい感じだな。煮崩れしないようにしておかないと、あとで揚げるときに大変だからな」


 ジャガイモに火が通ったら、水気を切ってキッチンペーパーを敷いたバットに並べて冷ましておく。

 次は揚げる為の衣づくり。

 これは簡単、うちではビールをボウルに注ぎこみ、ここに小麦粉を入れて混ぜるだけ。

 そしてターメリックと塩を加えて冷蔵庫で寝かせておく。


「あとは揚げるだけだから、外でも大丈夫だが……まあ、保険も兼ねて用意しておきますか」


 タマネギをスライスして水に晒しておく。

 大鮃の冊が残っているので、これをカルパッチョに仕立てますかねぇ。

 とはいえ、今から仕込んでおくというのも粋じゃない。

 お客さんの目の前で作るのが粋ってものだろうねぇ。


――シュンッ

 そして越境庵から戻り、夜の営業の準備をする。


「ちみにマリアンとシャットはどうする? 手伝っていくのなら飯は出すが?」


 2人との契約は昼と夜の営業の手伝い、二食付き+賃金で一か月の専属契約をしている。

 まあ、以前の契約をカットしていないので、夜については手伝っても手伝わなくてもいいとは話してある。


「ん~、今日は暇だから手伝うにゃ」

「何かありましたら指示をしてくださいね」

「助かるねぇ」


 それじゃあ、お客様をお待ちしますか。


………

……


 そして日が暮れて。


――カランカラーン

 ドアの鐘が鳴り響き、まずラフロイグ伯爵が入店した。

 そののち、黒いコートを着て鍔広帽子をかぶった三人の男女が入って来る。


「お待ちしていました、カウンター席しかありませんので、お好きな場所へどうぞ」

「ああ、今日はよろしく頼む。こちらがシュッド・ウェスト公国の外交使節だ」


 ラフロイグ伯爵がそう告げると、三人とも帽子を外して背中に回す。

 

「シュッド・ウェスト公国外交使節団の団長を務めています、カオルと申します。こちらは副団長のターナ、彼はコットです」

「ターナです、よろしくお願いします」

「コットだ、今日は美味いものを食べさせてくれよ」

「店主のユウヤです。では、さっそく始めますか」


 用意してある天ぷら鍋は二台。

 そのうち片方ではジャガイモを揚げてチップスを作る。

 まあ、バットに並べてある仕込みの終わったジャガイモを揚げるだけなので、そけれほど手間はかからない。

 もう一つの鍋では大鮃を揚げる。

 こっちも朝一で仕込んであったものがバットに並べてあるので、これに軽く小麦粉をまぶし、冷蔵庫で冷やしておいた揚げ衣を絡めて揚げる。

 油の温度は170度から180度。 

 チップスはカラッと揚がったら揚げ台に置いて油を切る。

 そしてフイッシュフライは、さっと表面が揚がってきたら一度取り出して小麦粉をもう一度振るい、さらに衣をつけて揚げ直す。

 つまり、二度揚げ。

 こうすることでカリカリに仕上がるので、食べた時の食感がサクサクと音を立てるようになる。

 まあ、これについては好みの問題だな。

 

「ほい、マリアン、これをお客さんの前に」

「かしこまりました」


 後ろの調理台でマリアンがフイッシュ&チップスを盛り付けてくれるので、俺はタルタルソースを用意して、先にお客さんの前に並べていく。


「ちなみにですが、お飲み物はどうしますか? 特にこだわりが無ければ、こちらでご用意しますが」

「そうですね、ではお任せします」

「まいど……シャット、瓶ビールを頼む」

「了解にゃ……それでは、失礼しますにゃ」


――シュポンッ

 クーラーボックスで冷やしてあった瓶入りエビスビールの栓を抜き、お客さんの前に並べたビアタンに注いでいく。

 うん、シャットもマリアンも、結構さまになっているじゃないか。


「はい、お待たせしました。こちらがフイッシュ&チップスです。熱いのでお気をつけてください」

「そちらのタルタルソースを付けても美味しいですが、先ずは何もつけずに味わってみてください」


 そうマリアンと俺が勧めるので、外交使節団の皆さんが顔を見合わせたのちに食べ始め……。


「う、美味い、これは絶妙に美味いじゃないか!! このサクサクとした歯ごたえがいい、この音が、この食感が実にいい。味わいも実にシンプルで、魚の臭みがないぞ……それにこの……と失礼」


 外交使節団の皆さんが顔を見合わせて食べようとした瞬間に、いきなりラフロイグ伯爵が叫びつつ食べ始めている。

 はぁ、なんでお客様よりも先にあんたが食べるかねぇ。

 

「いえ、大変おいしそうで。では、いただきます」

「油で揚げているのですか……でも、我が国にも揚げ料理はありますが」

「サクッ……んんん、この油、臭くないぞ……ラウドじゃないのか? こんなに癖のない揚げ料理は初めてだぞ」


 団長、副団長を差し置いてコットという男性がサクサクと食べ始めた。

 いや、そこは団長が食べるのを待つんじゃないのかい。


「はぁ、コット、まずは団長からでしょうが」

「おおっと、是は失礼。でも、熱々のうちに食べないと……ですよね?」

「まあ、コットのいう通りですね。では、私も失礼して……」


――サクッ

 カオルさんとターナさんが同時にかじりついて。

 そして目を見張ると、ウンウンと頷いている。


「これはまた、素晴らしい味ですわね。ええ、魚の臭みを感じない、良い鮮度を保っています」

「我が国の港町でも、このような揚げ料理はありますけれど。どうしても揚げ油にはオークから取ったラウドを熱して使います。ですから、これほどしつこくない揚げ料理は初めてです」

「そいつは、どうも」

「それとですね、この琥珀色の飲み物……エールのようでエールでない、こんなにすっきりと透明感のある飲み物は初めてです」 


 そこまで褒められると、ちょいとテレが入ってしまう。

 だから無言でニコリと笑ってから、静かに頭を下げる。

 

「それと、この付け合わせのバタタモ(ジャガイモ)を揚げたものも最高じゃないですか。こんなの本国でも食べたことはありませんよ!! ええ、この……ビイルですか、口の中をさっぱりとさせてくれます、この組み合わせも最高です!!」


 うん、恐らくは打ち合わせをしていたのだろう。

 コットという男性がベタ誉めしているのを横で聞いている団長たちが、頭を抱えそうな表情をしている。つまりは、うちで食べた料理でも満足できなかった、という答えを出そうとしていたのかもしれないが。


「それでは、この料理は公国でも食べたことがないという事でよろしいのですね?」


 ラフロイグ伯爵が楽しそうに問いかけているので、カオル団長も目をつぶり小さく両手を上げている。


「そうですね。揚げ料理としては存在しますけれど、ここまで癖のない料理に昇華させているとは予想もしていませんでしたわ。付け合わせの揚げバタタモもホクホクしていて美味しいですし、なによりこの、ビイルという飲み物との相性は最高です。これは、この組み合わせでひとつの料理として完成していますわ」

「ありがとうございます」


 そこまで褒められるとねぇ。

 それじゃあ、折角ですので、おまけでも用意しますか。

 厨房倉庫(ストレージ)から大鮃の冊とオニオンスライスを取り出す。

 そして皿の奥の方に小さくオニオンスライスの山を作っておくと、蛸引き包丁で薄く削ぎ切りした大鮃を、オニオンスライスにちょいと重なるように並べていく。

 そして小鉢にワサビを下ろして醤油を少しだけ注ぎ、軽く混ぜて大鮃のカルパッチョと一緒に出す。


「こちらはサービスです。大鮃のカルパッチョです。ドレッシング代わりにワサビ醤油を添えてありますので、お好みでスプーンですくってかけてください」


 そう告げると、使節団の人たちがカルパッチョを楽しそうに食べ始めた。

 やっばり、生魚の食べ方を知っている国なんだなぁ。

 だから、うちのお嬢さん達もちょいと待っていなさい、夜の賄いは刺身定食にしてあげるから。


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