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【書籍化決定】隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~  作者: 呑兵衛和尚
交易都市キャンベルの日常

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50/140

50品目・鎚を下ろしたドワーフの名工(スペアリブとアブサン)

 交易都市キャンベルで、久しぶりに店舗を構えて営業する事になった。


 といっても、カウンターに6席だけのこじんまりした店舗であり、主に持ち帰りメニューで回すことにしている。そして焼き台の具合を見るために、焼き鳥を焼いているのだけれど、ちょいと煙が店内に充満しつつある。

 

「……まあ、ダクトがないので、煙突から屋根に煙を逃がすことしかできないのは理解できるが」

「多分だけれど、煙突の中が煤で詰まっているか細くなっているにゃ。肉串屋の煙は、油を吸ってべっとりとしているからたまに詰まることもあるにゃ」


 カウンターで座っているシャットが、楽しそうに呟いている。

 彼女の仕事は、カウンター外での商品受け渡しと代金の受け取り。

 ついでにクーラーボックスから飲み物も販売している。


「私たちがまだ駆け出し冒険者だったとき、よく煙突掃除の仕事を請け負っていたのですよ。私は魔法で空を飛べますし、シャットは身軽なので。ユウヤ店長の都合がよろしければ、明日にでも調べて見ますか?」

「ああ、それじゃあ頼むよ。今日はどうにか我慢するさ。ほら、鳥串20本、豚串20本上がったよ」


 焼き台の斜め後ろ、カウンターの中にある調理台にバットを置いてあり、そこに焼きあがった串ものを次々と入れていく。そしてマリアンはシャットの指示通りに耐油袋に焼き鳥を入れて手渡し、シャットはそれをお客に渡す。

 流れ作業的にはワンクッション多いようにも感じるが、いまはこれで十分。

 店の外には行列が出来ているが、この街では普通に並んで購入するのが当たり前のようだ。

 今も店の外には10人近い客が並んでいるし、無理やり列に紛れて買おうなんて輩も見当たらない。

 まあ、これぐらいの客の流れがちょうどいい。


「ユウヤぁ、軟骨入りつくねってあるかにゃ?」

「……いや、今日は仕込んでいないが、なんでまたその名前が出てくるんだ?」

「ウーガ・トダールで食べたことがある冒険者にゃ」

「ああ、そういうことか。今日はないけれど、近々仕込んでおきますので」

「だそうだにゃ」


 俺とシャットの話を聞いて、ニコニコと立ち去っていく冒険者。

 そういえば確かに見た事があるなぁと思っていたら、デレンディ・サーカスの団長も並んでいた。


「おや、久しぶりですね。今日のメニューは焼き鳥ですけれど、よろしいですか?」


 そうカウンター越しに話しかけると、団長のアンドリューさんは鳥串と豚串を10本ずつ注文。

 ちょっと本数が足りないので、焼きあがるまで待ってもらう事になった。


「それにしても……ジャッキーの肉串屋がいなくなって、そこにユウヤ店長が入るとは驚きましたよ。ここの肉串は絶品でしたから、食べられなくなって残念だったのですけれど」

「ああ、ここの常連だったのですか」

「そうなんですよ。でも、ジャッキーがいなくなってしまって、ちょっと残念でしたけど。まあ、ウーガ・トダールで食べた美味しい料理がここで食べられるかと思ったら、もう嬉しくてですねぇ……」

「ははは、ご贔屓にどうも」


 なかなか嬉しいことを言ってくれるねぇ。

 そう思ったけれど、突然ハァ、とため息をついていた。


「ほんと、ここに連れてきたら元気になってくれるかねぇ」

「ん、なにか困りごとでもあったのですかい?」

「ああ、ちょっとね。ジャッキーさんが突然いなくなってしまって、ここの常連の一人がすっかりやる気をなくしてしまったのですよ。ユウヤさん、相談に乗ってくれますか?」

「まあ、話くらいは聞けますけれど……そうですね、あと鐘一つ鳴ったらまた来れますか? 多分ですけれど、それで今日の在庫は売り切れると思いますので」


 串打ちしてある鳥串と豚串は、あと100本ずつくらいしか残っていない。

 そして今日の客の購入本数を考えると、全部焼いたとしても30分ちょいで売り切ってしまうだろう。


「ええ、それじゃあ後程うかがいますので」

「畏まりました、ではお待ちしています」


 トボトボと帰っていくアンドリューさん。

 本当に、ウーガ・トダールでサーカス団を取り仕切っていたあの覇気を、まったく感じなくなっていた。


「まあ、ジャッキーさんの店の常連さんって、一癖も二癖もある人ばかりでしたからね」

「確かに。まあ、大体のひとは酔っ払いで酒癖が悪かったにゃ」

「まあ、古い常連っていうのはそんなもんだ。店主と客という立場以上に、縁が強く繋がっていたんだろうさ。今の俺のように、あちこちを旅している流れの料理人にとっては、羨ましい事だけれど」


 あっちの世界でも、同じように仲の良かった常連客はいた。

 それこそ休みの日に、一緒にキャンプに出掛けていたり花見なんかも楽しんだものだよ。

 

 〇 〇 〇 〇 〇


――1時間後

 アンドリューさんが帰ってから40分後には完売。

 そして午後4つの鐘が鳴るかならないかのタイミングで、アンドリューさんが店にやって来た。

 外看板は『休憩中』にしてあるので、客が入ってくることはない。

 そしてカウンターでは、シャットとマリアンが賄い飯の親子丼を食べている真っ最中。

 俺はとっくに終わらせているので、アンドリューさんが来るのをのんびりと待っていただけ。


「お待たせしたね。それじゃあすまないけれど、ちょっとだけ話を聞いてくれないか?」

「ええ、どうぞ」

「実は、私とその友人は、この街の出身でね……」


 アンドリューさんとジャッキーさん、そして話にあった常連さんっていうのは昔からの腐れ縁だったらしく。仕事が終わるとここに集まって、馬鹿話をして楽しんでいたらしい。

 とくに、ジャッキーさんが独自のレシピで薬草を漬け込んだ酒が絶妙に美味かったらしく、熱々に焼きあがった肉串とベストマッチしていたらしい。


「だけどねぇ。あいつがいうには、ジャッキーが突然いなくなってしまったらくて。幼馴染だった自分には何も話さずに居なくなったのがショックだったらしくて、仕事で使っていた鎚を下ろしてしまったんだと」

「ぬぁ、その常連って、鍛冶屋のグレンガイルかにゃ!!」

「なんだ、シャットは知っているか」

「知っているもなにも、ドワーフの名工グレンガイルと言えば、王都でも有名な鍛冶師だにゃ」


 詳しく話を聞いてみると。

 グレンガイルはこの国でも五指に入ると言われている名工らしく、一流の冒険者は皆、彼の打った武器を手にして育って来たといわれるぐらいの名工らしい。

 そのグレンガイルとジャッキー、アンドリューはこの近所に住んでいた幼馴染だったのだが、ある日、グレンガイルが仕事で王都に出かけていた最中にジャッキーがいなくなってしまったらしい。

 手紙も何も残さず、一人でフラッといなくなってしまったことでグレンガイルは心を痛めてしまい、鎚を置いて鍛冶工房を弟子たちに任せてしまったとか。


「成程ねぇ……」

「せめて、ジャッキーの墓の場所でも判れば、少しは落ち着くとは思うのですが。何も言わずにフラッといなくなってしまい、それもままなりません。ジャッキーがいなくなってからは、ずっと自宅に引きこもって酒浸りの毎日だったそうでして」


 この領都の酒屋を廻っては酒を購入し、これは違う、あの味じゃないと呟きつつ飲んだくれているらしい。


「あにょ、ジャッキーさんなら生きているにゃ」

「ええ、王都に孫娘さんが嫁いでいったらしくてですね、その旦那さんが切り盛りしている食堂を手伝っているそうですよ。向かいの女将さんのところにも、近況報告ではないですけれど、手紙が届いていたそうですから」


 お、なんだよ。

 手紙が届いているっていうのは元気な証拠じゃないか。

 ちなみにだが、シャットたちの話を聞いて、アンドリューさんが『鳩が豆鉄砲を受けた』ような顔で呆然としているんだが。


「そ、それは本当ですか?」

「本当だにゃ。なんなら後で、手紙を借りてきてあげるからここにグレンガイルの旦那を呼んでくるにゃ」

「わかりました、では急いで呼んできます!!」


 そう告げて、アンドリューさんが嬉しそうに店を飛び出していった。


「ユウヤさん、グレンガイルさんはかなりの酒豪なのですけれど。ドワーフを唸らせるような酒ってありますか?」

「いやぁ……それは分からんが。アルコール度数の強い酒なら用意できるが」

「では、それと焼き鳥を用意して頂けます? きっと手紙を見て元気になったら、肉串と酒を寄越せってくると思いますよ」

「あいよ、ちょいと待っていろ」


 手紙についてはマリアンが借りてきてくれるそうなので、シャットに店番を任せて俺は越境庵へ。

 ここで店を開くにあたって、色々な食材を仕入れてあったんだよ。

 その中でも、ちょうどいい感じに用意してあったものがあるので、それを準備するとしますか。


 軟骨入りつくねについては、前にも仕込んだことがあったので割愛。

 それとは別に用意しておいたのは『スペアリブ』。

 精肉店から仕入れたスペアリブ(骨付き牛あばら肉)を、丁寧に余計な脂を取り除いてから一本ずつに切り落とす。

 これを漬けダレに漬けこむ。使う調味料はしょうゆと蜂蜜、ニンニク、粗挽き黒コショウ、そしてオイスターソース。

 醤油と蜂蜜の割合は1:1、にんにくは擦り下ろしても潰しても、スライスしても構わない。

 ちなみに俺は、スライスしたものを使っている。

 黒胡椒とオイスターソースは好みの量で、オイスターソースはやや控えめで隠し味程度。

 本当なら、朝方仕込んでおいたこれを一晩漬けておくのだけれど、今日はすぐに使うようだから漬け込み時間は6時間ってところか。


「さて、酒精の強い酒と言えば、多分だがスピリタスでいいと思うのだが。これはただ度数が高いだけだからなぁ」


 それに、薬草を漬けこんでいたって話していたからな。

 まあ、代替品というわけではないが、これもアルコール度数が高くてうまい酒に違いはない。

 こっちを持っていくか。


………

……


 俺が越境庵から戻って来たあたりで、マリアンが手紙を預かって来た。


「女将さんがですね、酔っぱらいグレンガイルに見せる程度なら構わないよって貸してくれました」

「そりゃあ良かった。こっちも準備は出来たので、あとはアンドリューさんたちが戻ってくるのを待つばかり……と」


――カランカラーン

 扉の上に付けておいたベルが鳴り、アンドリューさん一人のドワーフを連れて来た。


「おいアンドリュー、ここに来るのならついてこなかったぞ。わしは帰る!!」

「まあまあ、まずは座って、そしてこれを見てくださいよ」


 ドワーフってのは確か、背かやや低くて髭モジャの妖精とか種族だったな。

 映画でしか見た事が無かったが、本当に存在するんだな。


「グレンガイルさん、こちらがジャッキーが向かいの酒場の女将さん宛に送ってくれた手紙です。届いたのは4日前だそうですから、死んだなんて早とちりしては駄目ですよ」

「手紙……が届いたじゃと?」


 それまで帰る帰ると叫びつつ立ち上がろうとしていたグレンガイルさんが、マリアンの持っていた手紙を奪うようにして読み始めた。


「……なんじゃい、あいつは生きていやがったのか……まったく人騒がせなやつじゃな」

「人騒がせなのはお前の方だ!! ジャッキーが死んだ、病気を悟られたくないから旅だったとか訳の分からん話をしてからに!! 人の話をしっかり聞け、調べろとどれだけ口を酸っぱく言えばわかるんだ!!」


 そうアンドリューさんに怒鳴られているが、グレンガイルは涙を流しつつ笑っている。

 そりゃあ、早とちりしていただけだからなぁ。


「そうか……うむ、そうと分かったら酒を飲みたくなってきたぞ……店主、酒と肉串を出せ」

「あいよ……ちょいとお待ちを」


 厨房倉庫(ストレージ)から漬け込んだスペアリブを取り出し、炭焼き台の網の上に置いておく。

 その横では軟骨入りつくねも焼き始める。

 スペアリブは焼きあがるまで時間がかかるので、それまではつくねで茶を濁してもらいますか。


「今焼いていますので、しばしお待ちを……それと、先にこちらの酒でも飲んでいてください」


 とりあえずウイスキーの角瓶を引っ張り出し、氷を入れてロックで手渡す。


「ふむ、これはまた、琥珀色の蒸留酒とは珍しいのう……こいつは普通、透き通っているのじゃが……うむ、これは美味い」

「そりゃどうも……と、お待たせしました軟骨入りつくねです」


 グレンガイルさんだけに出してもなんなので、アンドリューさんにも一人前2本を出す。

 アンドリューさんにはウイスキーのロックではなく水割りで。

 

「これはまた、カップ酒とは違うのですね?」

「ああ、あの町の冒険者から聞いたのですか。今日のはウイスキーっていいます。酒精が強いので気を付けてください」

「う、うむ……と、おお、これはまたなんというか、良い香りが口の中から鼻に抜けてきますなぁ」

「店主、おかわりじゃ。まあまあうまいぞ、酒精は弱いがな」


 はいはい。

 空になったグレンガイルさんのグラスを下げて、新しいロックグラスと氷を用意してウイスキーを注ぐ。間違っても今のグラスに注ぐようなことはしない。

 そんなことを繰り返しているうちに、スペアリブがいい感じに焼けて来た。

 うちではこれに包丁で切れ目を入れてから皿に盛りつけて出すのだけれど、今日は骨の部分にアルミホイルを巻いて皿に乗せるだけ。


「お待たせしました。こちらが本日のおすすめ、スペアリブです。熱いので気を付けてください。それと、こちらは酒精が強い酒ですのでお気をつけて」


 別のグラスに氷を入れて。

 そこに酒を静かに注ぐ。


「ふむう、これはまた、食べ応えのある肉じゃな……うむ、良い感じにタレがしみ込んでいて旨い。それと、この酒は?」

「はい、薬草を漬けこんだ酒でして。ハプスブルグ・アブサンといいます」


 アブサン、つまり薬草酒。

 これはニガヨモギを原料として作られた酒で、ほかにも17種類の薬草が漬け込んである。

 そのアブサンが入っているグラスを手に取ると、グレンガイルさんは静かに香りを楽しんでから、ゆっくりと口のなかへと流し込んだ。

 

「ふん……悪くはない。が、ジャッキーの薬草酒には負けるな」

「そりゃどうも、勉強になります」


 そう告げたが。

 残ったアブサンを一気に飲み干すと、俺の前にグラスを突き出してきた。


「だが、今はこれでいい。ジャッキーの薬草酒の次にうまい酒だ、たまに顔を出させてもらうぞ」

「ありがとうございます」


 どうやら、この街で最初の常連客が決まったようだ。

 いや、恐らくはアンドリューさんも連れられてくるから、二人ということになるだろう。

 さて、酒の肴を適当に見繕ってから、カウンターの端で腹の虫が鳴いているお嬢さんたちにもスペアリブを焼くことにしようかねぇ。


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