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【書籍化決定】隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~  作者: 呑兵衛和尚
交易都市キャンベルの日常

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49品目・心機一転、露店場所がない?(裏メニューのアブラーメン)

 交易都市・キャンベル。


 ウィシュケ・ビャハ王国の中北部に位置するこの交易都市は、近隣諸国からの交易商人が集まる都市として有名である。

 領主はジョンストン・ラフロイグ伯爵、二人の息子と妻に囲まれた、騎士団の団長を務める厳格な領主であるらしい。

 というのも、彼の領地の東にはフレティア山脈を挟んでシュッド・ウェスト公国が、そして西はマッケイブス湖を挟んでフォーティファイド王国が存在し、常に大勢の人々が領都であるキャンベルに集まっているためか、万が一のことを考えてウェールズ騎士団という屈強無比な騎士達が駐在している。

 その団長が、ここの領主であるラフロイグ伯爵らしい。


「……っていう感じだにゃ。つまり、この交易都市は東西の文化が流れ着く場所であると同時に、常に近隣諸国に対しての防衛の要の都市でもあるにゃ」

「へぇ……そいつはまた、凄いところに来ちまったもんだなぁ」


 交易都市キャンベルに到着した隊商交易馬車便は、真っ直ぐにキャンブル西部地区にある商業組合に向かった。

 そこで入領手続きを行った後、隊商交易馬車便は解散。

 サーカス団はここでのんびりと興行を行うらしい。

 ちなみにだが、ここではサーカス団からの食事提供の依頼は受けていない。

 というのも、この都市がデレンディ・サーカス団の本拠地らしく、宿泊施設にはお抱え料理人もいるということで、俺はこの都市ではお役目御免という事になった。


「それで、本当にここに残るのかい? うちらと一緒に王都に行かないかい?」

「まあ、基本的にはあての無い旅だけれど、折角、新しい街に来たんでね。悪いが、暫くはここでノンビリとさせてもらうよ」


 冒険者クラン・ミルトンダッフルのフランチェスカにも一緒に来ないかって誘われたのだが、とりあえずはこの街でしばし、のんびりさせてもらうという事で彼女達ともここでお別れ。

 そのあとはマリアンと一緒に魔術組合に出向いて『魔術認証』を受けたのち、今は商業用組合に戻って来て露店の申請を行うべく、順番待ちの真っ最中。

 そして一時間ほど待ってようやく順番がやって来たのだが。


「……え、露店の場所がない?」

「はい。このキャンベルでは、全部で6か所の露店設営指定地域があるのですが。ウィシュケ・ビャハ王国とシュッド・ウェスト公国、そしてフォーティファイド王国の三つの国の交易商人が集まっているので、露店の場所については早い者勝ちなのですよ。それで、現在は空いている場所がないので……」

「マジか。そうと分かっていたら、ミルトンダッフルと一緒に王都に行くっていう選択肢もあったのか……まあ、いいか」

「それじゃあ、ユウヤ店長、どうするのですか?」


 そうマリアンも心配しているんだけれど、まあ、折角新しい街に来たんだ、数日は観光を楽しむっていうのもありだろうさ。


「折角だからの、この街について色々と教えてくれると助かるな。二人は、この街に来た事もあるんだろう?」

「まあ、常宿はありますけれど、そこって冒険者組合の登録者専用なんですよ」

「という事で、ユウヤは急いで宿を取らないと大変なことになるにゃ。常に人が入れ替わっているような街だから、タイミングが悪いとどこも満員だにゃ」


 そりゃやばいって。

 ということで、二人に頼んであちこちの宿を探してみた結果、どうにか冒険者組合近くのちょっと古い宿屋を一室借りることに成功。

 長期宿泊の申請をして、代金も先に支払っておいた。

 

「それじゃあ、街の中を案内するにゃ。この街は、三つの国の食べ物が集まっている、ちょっと混沌とした街だにゃ」

「まあ、大陸中南部でも有数の大穀倉地帯でもありますから。美味しいものもいっぱいありますよ」


 ということで、今後の参考にするためにあちこちの露店や飲食店を訪れては、様々な食べ物を食べまくってみた。

 大麦や小麦を使ったグリュエルやポリッジ、パンといった主食から始まり、香草を使った獣肉や魚介類の煮物、炒め物といったものを取り扱っている店が、あちこちに並んでいる。

 面白いのは、タリアレッテのように幅広のパスタが一般的に出回っているという事。

 それを使った様々な料理もあったのだが、他の穀物やパンと比べて数倍は高い。

 客層も庶民というよりも富豪・貴族といった人々が出入りしていた為、この街では高級料理に分類されているのだろう。


「へぇ……この薫りは、ボロネーゼか?」

「ボロ? ネーってなんだにゃ?」

「ああ、俺のいた国の料理でな、ボロネーゼっていうのがあるんだよ。ああいう幅広のパスタを使った料理で、パンチェッタっていう豚肉の塩漬けと香味野菜を刻んで炒めて、トマトペーストと生クリームで味を調えて……っていうのが、俺のレシピなんだけれどな。ぶっちゃけると、このレシピでボロネーゼを語ると本場の料理人に怒らせるんだよなぁ」


 本場のボロネーゼは、材料や味付けについても厳格なルールがあるらしくてね。

 だんら、うちのは『なんちゃってボロネーゼ』っていうこと。

 そしてこの説明を聞いて、今にも涎を垂らしそうになっているお嬢さんたち、悪いが露店の場所がないので作れないからな。


「それ、食べてみたいですわ」

「露店で……あう、露店が開けないにゃ」

「そういうことだ。それこそ、一か月とか限定で小さな店でも開ければいいんだけれど、そんな物件なんてそうそうあるはずが……」


 そんなことを呟きつつ歩いていると、ふと、目の前にある小さな店に気が付いた。

 飲食店としてはそれほど大きくない店、入り口には『空き家』を示す張り紙が張り付けてある。

 

「ん、ユウヤ、なにかあったかにゃ?」

「いや、ここって空き家なのか?」

「え、何かあったのですか……って、あらら、ジャッキーさんの肉串屋さんがなくなっているじゃないですか。残念ですわ」

「んんん? まさか知り合いなのか?」


 そう二人に尋ねてみると、ちょうどこの建物が冒険者組合の裏手になるらしく。

 二人が駆け出しのころなど、しょっちゅう此処を訪ねてきては、格安で食事を食べさせてもらっていたらしい。


「そっか……もう、暫く会えなかったからにゃ」

「うん、そうですね……結構な歳でしたから」 


 ちょっと寂しそうに、しんみりとした表情で建物を眺めている二人。

 結構な歳……か、そういうことなんだろうなぁ。

 そう思って二人の近くで建物を見ていると、向かいの酒場の女将さんらしき人が出てきて。


「あら? ジャッキーさんなら王都に引っ越したわよ? 孫娘さんが王都で料理屋さんをやるらしく、そこを手伝うんでって元気よく旅立ったわよ」

「あのジジィぃぃぃ、まだ生きていたかにゃあ」

「し、心配して損しましたわ!!」


 女将さんのおかげで、そのジャッキーさんとやらが元気なことがわかった。

 そしてしんみりとした空気を返せと言わんばかりに、悪口を言いまくる二人。

 でも、おもいっきり笑顔なのは、そういうことなんだろう。


「……よし、ここを借りるか」

「「え?」」

「え? じゃねぇよ。露店が開けないのなら、店舗を借りた方が早いだろうが。どのみち春近くまではこの街で世話になるんだ、短期で借りることができるのなら、それにしたことはないってね。ということで、こういうのって何処で契約すればいいんだ?」


 二人は分からなかったのだが、酒場の女将さん曰く、この建物は商業組合が買い取り管理しているらしい。ということで急ぎ商業組合に戻り詳しい話を聞いてみたが、季節貸し可能という事で春までの期間だけ、この建物を借りることにした。

 ちなみに間取りだが、一階入り口から入って右手にカウンター席が伸びているだけ。

 正面の小道に面した部分は跳ね上げ式の大窓、そこを外に向かって開くと、ちょうど焼き台で物を焼いている姿が外からも見えるようになっている。


「ああ、肉串屋って、そういうことか……」


 確か最初に居た町でも、こんな感じの肉串屋があったよなぁ。

 ということで急ぎ契約した後は、店舗まで戻って来て大掃除を開始。

 まあ、シャットとマリアンの二人も手伝ってくれたし、掃除道具は厨房倉庫(ストレージ)から引っ張り出してきたので、それほど手間はかからなかった。


「はぁ、カウンター席は全部で6つだけか。そして二階が住宅というか、部屋が二つねぇ。この外に向かって張り出している窓は閉じることも可能……って、ああ、外に突っ張って開くタイプか」

「うん、ここでおっちゃんが串焼きを焼いていたにゃ。焼きたてをここで購入していたにゃ」

「なるほどねぇ……」


 とにもかくにも、まずは営業出来るような体裁を整える。

 そのあとは商業組合で飲食店の営業許可を取り、建物を借りて5日後には店を開けれるようにはなった。ちなみに宿については解約したが、手数料で少し持っていかれたのはまあ、仕方がないという事で。


………

……


――そして夜

 外窓は閉じて鍵を掛けてある。

 店内にはランタンをぶら下げて明かりを取っているのだが、ちょいと光量が弱いのでなにか工夫をした方がいいだろう。


「それで、今日は何を食べさせてくれるにゃ?」

「この壁でしたら、越境庵の暖簾も掛けられますよね」

「まあ、それは必要に応じてということで」


 入り口から入って左側は広い壁。

 そこになら、越境庵の暖簾を下げることもできる。

 まあ、そんなに開けることもないだろうけれど、ここなら隠れ居酒屋っぽくていい感じかもな。


「さて、今日の賄い飯は、(アブラ)ーメンだな」

「アブリャメ???」

「アブラーメン? ですか? それは一体何でしょうか?」

「まあ、待っていろって」


 一般的には『油そば』と呼ばれている料理なのだが、この『アブラーメン』は、俺が若いころに通っていた居酒屋の店主が作ったオリジナル。

 何度も通って食べて、ようやく近い味で作れるようになったのだが、残念なことにその居酒屋は閉店。やむなく試行錯誤を繰り返しているのだが、未だにあの味にたどり着くことができない。

 だから、このアブラーメンは、うちの定番メニューには入っていない。

 まあ、噂を聞きつけた人達がたまに来るが、そういうときは裏メニューとして格安で提供する事にしている。


「まずは、大きめの寸胴でお湯を沸かして……」


 アブラーメンの材料は叉焼と長ネギ、なると、メンマ、ゆで卵。

 叉焼は賽の目切り、長ネギは刻んでおく。 

 茹で卵は殻を剥いて縦に二等分、あとは横のガス台で雪平鍋の用意。

 雪平鍋にはラードと長ネギの青い部分を入れて置き、ゆっくりと火にかけておく。

 ラーメンのたれについては、自家製叉焼の煮汁を使用。


「さて、こっちの用意は出来たので……それじゃあいきますか」


 ラーメン丼に叉焼の煮汁を少々入れておく。

 今回使うラーメンは細めの縮れ麺、これを沸騰したお湯でしっかりと茹でると、そのまま麺上げで掬い取って、たれの入っている丼にいれる。

 そして手早くササッっと混ぜてから、叉焼と長ネギ、なるとにメンマ、そしてゆで卵をトッピング。

 

「そして仕上げは……熱々のラードっと!!」


 ラードの入っていた雪平鍋から葱を取り除く、一気に強火でラードを沸騰させる。

 それを盛り付けの終わった丼に上から注ぎ……。


――ジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!

 熱したラードをかけたら、これで完成。

 カウンターで涎を垂らしそうなぐらい大口を開けているお二人さんの前に差し出す。


「ほらよ。ユウヤの飯屋・裏メニューだ。名前はアブラーメン、そのままさっと混ぜて食べてくれ」

「ふぁぁぁぁ、このお肉の焦げる香りが堪らないにゃあ」

「葱の香ばしい匂いが堪りませんわ……」

「ははは、まあ、熱々のうちに食べてくれ」


 二人の前に、氷水の入ったピッチャーとグラスを置いておく。

 おっと、お嬢さんたちには、ラーメン一杯じゃ足りないだろうなぁ。


「ハフッホフッハフハフッ……うんみゃぁぁぁぁぁぁ」

「こ、これは露店では食べられない味ですわね。なんていうか、ちゃんとお店で食べる味ですわ」

「そりゃそうだ。こういうのは、風の吹きすさぶ外でなんて作れないからな。ということで、このキャンベルでは、露店の食べ物以外もここで提供する……んだが、二人はどうするかなぁ」


――ピクッ

 露店のときは、客の整理係と調理補助で雇っていたんだが。

 こう店舗を構えるとなると……。


「まさか、うちらはクビだにゃ?」

「違う違う。マリアンには前と同じ調理補助を頼む予定だから……シャットは、外向きの場所で焼き物か飲み物を売って貰うとするか。まあ、この狭さなら、そんなに混む事はないだろうからなぁ」

「わかりましたわ。作り方を教えて頂ければ、どうにか挑戦して見せます」

「ここにもクーラーボックスを置くのかにゃ?」

「そういうこと……まあ、別に冒険者の仕事をしてきても構わないけれどな」


 とはいうものの、この二人の事だからずっとここに張り付いたままだろう。

 さて、明日からの営業で、何を売るか考えてみますか。

 とりあえずは、久しぶりに焼き鳥屋からスタートしつつ、色々と試すか。

 しっかし、あの居酒屋のおやじさん、まだ元気にしているのかねぇ……。

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