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【書籍化決定】隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~  作者: 呑兵衛和尚
交易都市キャンベルの日常

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46品目・収穫祭の終わり、そして旅が始まる(久しぶりのちくわパンとザンギ串)

 本日で収穫祭は終了。

 つい先程、サーカス団の団長であるアンドリューに最後の料理を手渡した。

 最終日である今日の公演のあとでサーカステントの中で打ち上げが行われるらしく、俺たち【ユウヤの露店】の従業員たちも招待されている。

 そのため今日の賄い飯はいつもよりも軽め、開店の準備を終らせた後に作り置きしてあったカツサンドで茶を濁すことにした。


「しっかし……収穫祭の最後っていうのは、いつもこんな感じなのか? このまま雪が積もるよなぁ」

「まあ、例年よりは少し早かったかもしれないにゃあ」

「でも、そんなに違いはない筈ですよ……でも、この大雪ですと、王都行きの定期馬車も走ることができませんし。隊商交易馬車便も先日、冬前の最終便が出てしまったのですから」

「はぁ。こうなると判っていたら、一昨日のうちに露店契約を解除して南に向かうべきだったよなぁ」


 深々と降り続ける雪。

 ブルーシートで作った天井部分も雪が積もり撓んでくるので、その都度太めの棒でテントの真ん中あたりをゆっくりと持ち上げ、雪を滑らせて落とす。

 今日は在庫で残っていたチョコバナナと姫リンゴの販売、そして綿菓子とポップコーンの最終日でもある。

 この収穫祭の間に、他の露店でもポップコーンの完全再現に成功したらしい店舗をいくつも見ているが、綿菓子についてはマリアンの知り合いが錬金術で完全再現した一軒のみ。


 それでも、チョコバナナについては最終日らしく大勢の客が集まって購入してくれた。


「まあ、バナナが無いらしいからなぁ。それに、チョコレートについても再現は出来ていないらしいから……次の街に行ったら、菓子類の露店も視野に入れておくか」


 とはいうものの、俺が作れる菓子についてはそれほど種類が多くはない。

 和菓子はまた、それでも見よう見まねで作ったことがあるのでどうとでもなるのだが、洋菓子については材料の入手についてやや難がある。

 【越境庵で仕入れたことがある食材】【業者に提出して貰った見積書】【一度でも使ったことのある業者のカタログ】、この三つが越境庵で仕入れることができる食材および備品の条件。


 つまり、近所のスーパーなどで仕入れたものについては、取り寄せることができない。

 もっとも、大抵のものはどこかしこかの業者で購入できるのだが、それ以外のものについてはまだ試したこともない。


「はぁ……自分で作ることができるものはともかく、たまにはパン屋で購入した菓子パンも食べたくなってくるよ」

「菓子パンってなんだにゃ?」


 ちょうどお客がはけてのんびりしているシャットが、俺の方を見てニコニコしている。

 その隣では、マリアンが集まって来た子供たち相手に綿菓子を作っている真っ最中。


「ああ、菓子パンっていうのは、パンの中に色々な具材が入っているお菓子のようなパンって事だ……った筈だな」

「ふぅん、そういうのが好きだったのかにゃ」

「ああ、買い物や仕入れのときなどは、よく『どんぐり』でチーズちくわパンを買って食べていたからなぁ。こう、パンの中にちくわが入っていて、ツナマヨが入っていたこともあったなぁ」

「おいしそうだにゃあ」


 シャットがジュルッと舌なめずりしている。

 ほら、近くで綿菓子が出来るのを待っていた子供たちまで、口から涎を垂らしそうになっているじゃないか。


「ちなみにだけど、ユウヤはちくわパンは作れないのかにゃ?」

「ちくわパンか……そうだなぁ」


 ちょいと作り方を考えてみるか。

 パンを焼くための材料については、ほぼ仕入れが可能。

 まあ、生地から自分で作るよりも、冷凍のパン生地を仕入れた方が早い。

 幸いなことに、ガーリックトーストを作るときに使ったフランスパンを仕入れた業者から購入可能だ。

 ツナ缶もマヨネーズも用意できる、問題はちくわか。


「どれ、ちょいと待っていろ……」


 厨房倉庫(ストレージ)から事務室に置いてある帳簿をひっぱりだす。

 だが、流石にちくわを取り扱っている業者のデータはない。

 豆腐などは取り扱い業者があったけれど、ちくわについては都度、スーパーで仕入れていたからなぁ……と思ったが。


「あ、あったあった……こいつは確か、食品商談会に来ていた蒲鉾屋の見積書じゃないか。ここからなら仕入れられるかもな」

「それじゃあ、今日の賄いはちくわパンだにゃ」

「そいつは無理だな。今日の発注で仕入れられたとしても、作るのは明日だ。そしてこの雪じゃあ、さすがに露店はもう無理だろう?」


 周囲に点在していた露店も、ほとんどが畳まれて姿が見えない。

 俺も次の街に向かうことを考えないとならないからなぁ。


「うにゅ……残念だにゃ」

「まあ、ちくわパンは試しに作ってみるから、明日の昼にでも宿屋まで来ることだ」

「わかったにゃ」


 ということで、ちょうど客が集まって来たので仕事に戻る。

 そして夕方まで粘って開けていたが、まもなくサーカス団の打ち上げパーティーが始まるそうなので、ユウヤの露店も終了だ。

 とっとと片付けて、パーティーに向かうとしますかねぇ。


 〇 〇 〇 〇 〇


――そして翌日

 う~む。

 さすがに昨日ははっちゃけ過ぎたかもしれん。

 サーカス団は今日からテントなどの片付けなどを開始、それが終了したら南へ向かうらしい。

 そしてフランチェスカたちのクランはサーカス団の護衛を引き受けたらしく、隊商交易馬車便のように一団を伴って王都へ向かうらしい。

 ついでに乗っていくかいと誘われたので、ちょいとばかり考える時間が欲しいとだけ伝えてはある。

 まあ、この街にも長くいたので、それでもいいかなぁとシャットやマリアンには伝えてある。

 

「ということで……ちくわパンとザンギ串でも仕込んで置きますねぇ。本当に、見積書さえあれば仕入れ可能とは恐れ入ったよ」


 朝一で、昨晩発注した食材が一式届いていた。

 その中にしっかりと、焼きたてのちくわまで入っていたので思わずガッツポーズをとってしまったじゃないか。

 ついでだから、ザンギも仕込みますかねぇと思ったが、そもそも鶏モモ肉については時間停止してストッカーに蓄えてある。

 それを昨晩のうちに仕込んでおいたんだ。


 鳥のもも肉はやや大き目の一口大にカット、それを纏めてボウルに入れておく。

 漬け込む調味料は醤油と酒、隠し味のオレンジジュース、塩、胡椒、そして中華スープの素。

 どこのスーパーでもそろえることができる、簡単な調味料だ。

 ちなみに漬け込むたれの割合は【醤油3:酒5:オレンジジュース2】、ここに中華スープの素と塩を少々。黒コショウは好みの量を。

 これを一晩冷蔵庫で寝かせて置いたものが、これ。


「さて、ここに片栗粉と小麦粉を加えてよく練り込んで……」


 つけだれが多い場合は少し捨てる事。

 この小麦粉と片栗粉の比率が大切で、これを間違えると仕上がりがベタッとなったり、黒く焦げやすくなる。適切な比率は存在するのだが、それについては内緒だ。

 最初のうちは5:5で始めて、いろいろと試してみるといい。

 

「あとは中火から強火でしっかり揚げる……と」


 これでザンギは完成。

 食べやすいように、3個ずつ割り箸をブッ刺してバットに並べておく。

 竹串だと細すぎて、スルッと抜け落ちてしまうのでね。


「次は、ちくわパン……と、こっちは簡単だな」


 ボウルにツナ缶を入れて、そこにマヨネーズを加えて混ぜるだけ。

 この時、缶詰に入っている余分な油は捨てる事、黒コショウを少し加える事。

 これをちくわの中に詰めるのだけれど、この時はケーキで生クリームを飾り付けるときに使う『しぼり器』を使って入れるといい。

 うちでは自家製ソーセージを作るときにも、このしぼり器を使っているのでね。

 袋の部分は使い捨てなので、衛生的で便利だろう?

 

「そして、ツナマヨが入ったちくわを、このコッペパンの生地の真ん中に埋め込んで……と」


 さきに包丁で切れ目を入れておけば、埋め込むのは簡単。 

 あとはオーブンで焼くだけだが、ちょいと意趣を凝らし、半分はそのままで、もう半分はちくわに沿ってチーズをのせて焼く。

 そうして完成したものはバットに並べ、時間停止処理をして厨房倉庫(ストレージ)へ。

 

「……ちょいと時間が余ったが……そうだなぁ」


 ついでだから、今のうちにまとめて仕込みをしておくか。

 

「この街に来て、もう三か月も経ったからなぁ。流石に自宅もない場所での越冬はも何かあったら怖いからな……南下するかねぇ」


 うん、それでいいだろう。

 午後にはサーカス団の団長の元にいって、同行する許可を貰うか。

 隊商交易馬車便だから、馬車に空きがあれば大丈夫だよなぁ……と、いや、急いだ方がいいか。


「それじゃあ、先に馬車便の申し込みをしてきますかねぇ」


………

……

 

「よし、どうにか手配できたな」

「それにしても急だったにゃあ。まあ、寒いのは苦手だから、助かったにゃ」

「久しぶりの旅ですね。この次の街は王都の手前、交易都市キャンベルです。そこまで南下すれば、雪は降りますけれど積もることはありませんので」


 冒険者組合に向かい、デレンディ・サーカスの隊商交易馬車便の手配をした。

 前回と同じく、俺たち三人は護衛任務ではなく馬車便に同乗する客。

 そうしないと、旅の最中にも料理を作る羽目になりかねない。

 幸いなことに出発は二日後の朝一番なので、今日の午後には商業組合に向かい露店の契約を解除。

 ついでにアードベック辺境伯のところにも挨拶に向かうとしますかねぇ。


「でも、そうなると明日の夜は越境庵を開くことになると思うにゃ」

「次にいつ、この領都に戻って来るか分かりませんからね」

「はは、違いない……」


 そんなことを話しつつ、冒険者組合を後にして宿に向かってみると。

 入り口の横に、大勢の子供たちが集まっていた。


「あ、ユウヤ店長、待っていました」

「よろしくお願いします!」

「んんん、一体なんのことだ?」


 そう思って、ちょいと寒いが宿の入り口横に椅子を出して座ってみると。

 子供たちが、つぎつぎと『どんぐり』を取り出して俺に差し出してくる。


「これは……どんぐりだよなぁ」

「はい、昨日、ユウヤ店長がシャットねーちゃんと話していましたよね、『どんぐり』で『チーズちくわパン』が『買える』って」

「だから、蓄えから少し持ってきました!! これで買えますか!!」

「あ~、そういうことかぁ」


 俺が話していたのは、【どんぐり】っていうパンの名店があって、そこで人気ナンバーワンの【ちくわパン】を買っていたっていうことで……うん、翻訳がうまくいっていないのか、いや、これはあっているけれど俺の説明が足りなかったのか。


「まあ、いいだろう。でも今日だけだからな。ちくわパン一つにつき、どんぐり10個だ」

「やった、ありがとうございます!!」


 まさか、宿屋の外で臨時露店を開くことになるとは思ってもいなかったよ。

 あとで女将さんにも差し入れをして、頭を下げないとなぁ。

 そしてバットに並んでいるちくわパンが減っていくのを悲しそうに眺めているシャットとマリアン、ちゃんと賄い分は残しておくから安心しろって。


………

……


――宿屋の食堂

「へぇ……ユウヤさんのところの露店で、こんなのも売っていたのかい」

「こりゃあ面白いねぇ」

「こっちの棒に刺さっている肉は……まさかリククックか!! この時期に新鮮なリククックの肉が食べられるとは。ユウヤさんはアイテムボックスも持っているのか」


 子供たちが帰ってから、女将さんに頼んで宿屋の食堂を借りた。 

 といっても、俺とシャット、マリアンが飯を食うために場所を貸して貰っただけなんだが、子供たちが集まって騒がしくしてしまったので、バットに残っているちくわパンとザンギ串も差し入れさせてもらった。

 

 ちなみに、うちのお嬢さんたちはニコニコ笑顔で食べている真っ最中。

 右手にちくわパン、左手にザンギ串って、どれだけ食いしん坊さんなんだよ。


「まあ、似たようなものを持っていましてね。ちなみにですが、リククックってなんですかい?」

「え、この肉ってリククックじゃないのか。冒険者組合でも上位危険度に認定されている大型鳥で、肉質はなめらかでジューシィ、卵は栄養満点で、どんな病も一瞬で癒してくれるって」

「大体10羽程度で群れを作っていて、雪が降る前には南下して暖かい地方で営巣するんですよ。だから、この時期は食べられなくてねぇ」

「体高が大体6ミール前後で、普段はおとなしいのですが一度怒らせると小さな村や町程度なら壊滅しますよ」


 へぇ。

 でっかい鶏みたいなイメージに捕らえていたが、よくよく聞いていると巨大な軍鶏ってかんじか。

 

「ちなみに、越境庵でアードベッグ辺境伯が地鶏のすき焼きを食べていましたよね、あのとき、辺境伯は小声で『まさか、リククックの料理が食べられるとは……』って感動していましたよ。ご家族の方も、それは嬉しそうでした」

「それぐらい貴重だけれど、南部地方では繁殖用に飼いならしているところもあるにゃ。卵が欲しい時はちゃんと訪ねれば、持っていっていい卵を教えてくれるにゃ」

「人語を理解して、交渉も可能か。そりゃまた、とんでもない鳥だなぁ」


 そんな話をしていると、あっという間にバットに並んでいたちくわパンとザンギ串が無くなってしまった。まあ、あとバット一つ分は取ってあるので、これは旅の途中にでも食べることにしようか。


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