45品目・冬の到来と、ラムネ瓶の秘密(ジンギスカンとおにぎり、出汁巻き卵)
先日、王女殿下達は視察を終えて王都へ帰ったそうで。
その翌日にはアードベック辺境伯から大層お礼を言われたものだ。
第三王女王女であるアイリッシュ殿下からは、王都に来たらお礼をしたいので王城に来てくださいと手紙を渡されたし。第一王女のアイラ殿下からも、王都で露店を出すときは一番いいところを用意してくれるって言われたので、そっちは謹んでお断りさせてもらおうと思ったんだがねぇ。
問答無用で押し付けるそうだ、怖いねぇ。
そして収穫祭もあと三日、今日ものんびりと仕込みでも始めますかと朝一番で宿から外に出たんだが。
「あっちゃあ……風花かよ……」
天気は晴れ。
にも拘わらず、僅かに雪がちらついている。
これは本格的に冬が到来して来たなぁ。
「ありゃ、とうとう降って来たのかい……こりゃ、明日は大雪だねぇ」
「え、女将さん、それって本当か?」
俺が外に出ていると、ちょうどお宿の女将さんも天気の機嫌を見ようと顔を出してきた。
「ああ、これはね、雪の精霊が空の上に集まり始めたから降って来たんだよ。このままどんどん降りが強くなってね、明日には積もり始めると思うよ」
「あっちゃあ……今から王都へ向かう馬車って、出るかねぇ」
「そうだねぇ……あるとは思うけれど、今頃は旅商人や冒険者たちが乗合馬車に殺到していると思うから……今日明日の便はとれないと思うけれどねぇ」
はぁ、つまりは出遅れたってことか。
こりゃあ、明日まで様子を見るしかねぇなぁ……それにしても、雪の降る中での露店は厳しいよなぁ。
テントでもありゃあ別だったんだが、レンタルにはなかったはずなんだよなぁ。
………
……
…
――領都南地区、材木商
「……それじゃあ、これだけでいいんですね?」
「ああ、全部でいくらだい?」
「少々お待ちを……」
さすがにテントがないとまずいだろうという事で、簡易ではあるがテントを作ることにした。
流石に、雪の下にレンタル機材を剥きだしておくわけにはいかない。
もしも機材が破損した場合の弁償とか、考えるだけでも嫌になって来るだろう?
ということで材木を大量に購入、大工道具はDIY程度のものは倉庫に置いてある。
ついでに屋根にあたる部分にも、倉庫にしまってあるブルーシートを使えばいい。
元々は年に何度か、従業員とアルバイトを連れて丸山公園に花見に行ったときなどに使っていたものだ。
そう、北海道民の花見だよ、つまりジンギスカンパーティーだ。
そんなこんなで購入した材木一式は空間収納に移動、そのまま宿屋経由で越境庵へ。
「とりあえずは、今日のサーカス団に渡す料理を仕込んでおかないと……」
ということで、今日はちょいと簡単なメニューで誤魔化させてもらう。
「まずは大量のご飯を炊いて。具材用に使う鮭とカツオ節、チーズもあるな……」
最初はおにぎり。
中に入れる塩じゃけはオーブンで焼いておく。
次にプロセスチーズを賽の目状にカットしたのち、ボウルに投入。
そこに大量の鰹節(超極薄)をぶち込んだのち、醤油をさっと絡めて混ぜ合わせておく。
「そろそろいい感じだな」
オーブンから鮭を取り出して冷ましておく。これは後で解しておかないとならん。
これであとはご飯が炊けたら握るだけ。
一人頭4つは食べるだろうから、ざっと160個は必要。
まあ、握るのはそんなに時間はかからんから大丈夫だ。
ということで、本日のメイン料理である。
「まあ、メインといっても、ただの成吉思汗だけれどな」
今日はラムではなく味付けマトン。
これは精肉店のオリジナルのたれに漬けて貰っている奴を購入した。
このたれがまた絶妙に難しくて、何度も味を見ては真似して作ろうとしていたんだが、どうしても同じ味付けは再現できなかった。
これも俺にとっては、永遠の課題の一つである。
「もやしとタマネギ、ピーマン、ニンジンを用意して……」
タマネギはくし形にカット、ピーマンは種を取って6つ切りに。
人参は皮を剥いてから、ちょいと幅の広い短冊切りに。
まず先に大きめのフライパンで味付けマトンを焼く。
まあ、焼き加減は人それぞれだが、火を通し過ぎるとマトンは固くなるので注意が必要だ。
俺は8分程度に焼いてからバットに開けて置き、次に同じ鍋に油を少し入れてニンジンを投入。
これもある程度しんなりしてきたら、もやしとバットに分けておいたマトンをフライパンに戻す。
この時、肉汁の混ざったタレも一緒に戻すことを忘れない。
「んんん、いい感じだ。やっぱり成吉思汗といえば、この薫りだよなぁ」
マトンが焼けるときに漂ってくる香りが臭いと敬遠する人は結構多い。
最近ではラム肉の成吉思汗も結構見かけるようになったけれど、マトンだって根強い人気は残っているからな。
そして仕上げにピーマンを入れてさっと炒めて完成。
味付けがちょいと薄いなと思ったら、ここは札幌市民のソウルフード『ベル成吉思汗のタレ』をささっと加えてもういちど混ぜ合わせて完成だ。
「出汁巻き卵は、おにぎりにはマストなおかずだからなぁ」
作り方については、以前も書いたと思うので割愛。
まあ、この大量の人数分となると、使う卵の量も凄いことになっているが。
それはそれ、どうにでもできる。
そんな感じでご飯も炊きあがったので、あとはおにぎりを大量に握り、最後のノリを巻いて完成。
焼きのりを短冊に切り、ちょっとだけ醤油をつけて巻く。
こうすることで、おにぎりの表面に醤油がちょっとだけしみ込んで、いい塩梅になるんだよ。
「……と、ちょっと早いが、そろそろ行ってテントを作らないとなぁ」
チャチャッと片付けを終えてから、急いで露店の場所まで向かうことにしますかねぇ。
〇 〇 〇 〇 〇
――いつもの広場・いつもの露店
幸いなことに、朝方ちらついていた雪は積もることなく溶けてしまったようだ。
だが、宿屋の女将の話しでは、明日は積もるかもねぇと話していたので、急いでテントを作って置く。
「さて、それじゃあ始めますかねぇ」
細い材木を露店の枠にそって並べていく。
次に厨房倉庫から工具とネジ入れを引っ張り出し、インパクトドライバーで枠を作ってしまう。
この街の材木商で購入した角材は、ある程度の規格に合わせて削ってあるらしく、ねじを打ち込むときも大変助かっている。
次に組み上げた枠を立てて、ここに足を作るんだけれど。
「んんん、ユウヤぁ、きょうは大工さんかにゃ?」
「テントを作っているんだよ。とりあえず手伝ってくれるか?」
「私もお手伝いしますよ!!」
マリアンとシャットもやって来たので、このまま一気にテントの枠組みだけを作ってしまう。
ほら、よくイベント会場で置いてある白いテントって言えばわかるか?
大きさは二間×三間で、アイドルとかの屋外公演などの会場でグッズを販売している場所にあるだろう? それを木材で作り、天井部分はブルーシートを針金で固定してしまう。
「あ~、これ、先に組み立てる前に屋根部分を付けておいた方が楽でしたね?」
「そうなんだよなぁ。組み立ててから気が付いたんだよ。流石に脚立は店においてなくてなぁ」
テントを張る作業はシャットとマリアンに頼んだ。
獣人の身軽さでひょいひょいとあがっていくシャットと、外側で魔法の杖を構えてフヨフヨと浮かんでいるマリアン。
「本当に、ここって異世界だよなぁ……と、しみじみ思うわ」
「まあ、ユウヤは魔法が使えないから仕方がないにゃ」
「手軽な魔導書でも、一冊で150万メレルはかかりますからね」
「はぁ……車やバイクじゃあるまいし」
ちなみに魔法使いは、師匠に弟子入りして最初に魔導書を作るところから始まるらしい。
その次が発動媒体の杖、この二つを作るのがかなり難しいらしい。
どちらも魔力を蓄積するための宝石を必要とするらしく、それも真球に近い形状が望ましいらしい。
なんでも、その内部を魔力が綺麗に循環していなくてはならず、いびつな形だと魔力が滞ってしまい、効果が半減してしまうとか。
そんな説明を、ブルーシートを張りつつマリアンが説明してくれた。
「ちなみにですが、私のこの杖もかなり高価な部類に入りますよ。ほら、これは『二極六星杖』といいまして、先端部分にはルビーとエメラルドが填められています。そして最近になって、その下に6つの星を追加したのですよ」
ゆっくりと着地して、杖を見せてくれる。
へぇ、こういう造りになっている……ん……んんん?
「なあ、マリアン。この星って、まさかとは思うけれど」
「はい、ラムネの球ですね。ここまで精密に真球が作れる工房はそうそうありませんので、使わせて貰っています」
「はぁ……ラムネ玉って、そんなに便利なのかよ」
そう呟いた瞬間、マリアンがズズッと杖を手に近寄って来た。
「そんなに、じゃありませんよ。ここまで精密な球状に仕上げることが難しいのですよ。私の魔法の威力だって、この星を追加してから最大6倍にまで高めることができるようになったのですから」
「にゃははは。ユウヤのラムネのビー玉は、魔力増幅作用があるにゃ」
「はぁ……どうりで、あのアイリッシュ殿下がじっと眺めていたわけだ」
「それどころか、この街で出回っているラムネの瓶は、実はとんでもないことになっているのを知らないのですか!!」
マリアン曰く。
うちでラムネを買っていった子供達の中には、瓶を石で割ってビー玉を取り出し、ガラスの欠片はカレットル職人のアモルファスに、ビー玉は魔術組合で引き取ってもらっているらしい。
中にはそれで生計を立てている家庭もあるとかないとか。
「……それで、収穫祭の間も、ラムネを売って欲しいっていうお客がいたのかよ。まあ、今後は気を付ける必要があるっていうことだよな?」
「でも、ラムネは美味しいから、純粋に飲みたいお客さんもいるにゃ」
「それはそれで、やり方があるんだよ」
ぶっちゃけると、瓶入りラムネを辞めて缶入りラムネにするとか。
まあ、これから冬になるので、ラムネの需要的にはそれほどないだろう。
もっとも、中身ではなく周りのガラスとビー玉の需要というのなら、缶入りに切り替えた方がいい。
「さて、テントも出来たことだし、そろそろ露店を始めますかねぇ」
テントの中に機材を広げ、逆さにしたビールケースの上にドラム式電源コードを載せておく。
俺はいつものように姫リンゴ飴の販売準備……をしているところでサーカス団の皆さんが来たので、今日の料理を手渡しておく。
「これは確か……おにぎりですね? こっちは卵焼きで………これは?」
「羊の肉をたれに漬けこんで焼いたものでして。ジンギスカンっていいます」
「ほうほう、これは楽しそうですねぇ………では、ありがたくいただいていきますよ!!」
「まいどあり……って、二人にはおにぎりだ。成吉思汗は、あとで焼いてやるから」
「うにゅ……」
なんでシャットはショボーンとしていることやら。
さすがに焼き肉を食べながらは不味いだろうが。
「さ、気合入れて露店を頑張りますか!!」
「おー」
「はいっ!!」
シャットの気合が電池切れのような感じだなぁ。
ま、途中の休憩で少しだけ分けてやるとするか。
………
……
…
――そして露店終了後
いつものように片づけを終えて。
たまには気合を入れた賄い飯でも作りますかねぇ。
ということで、厨房倉庫から七輪コンロと炭を取り出し、まずは火を起こす。
「んんん? いつもの炭焼き台とはちがうにゃ、小さいにゃ」
「まあ、な。これはこういう使い方をするんだよ」
火が起きたなら、そこにジンギスカン鍋を載せて、上に羊脂の塊を載せておく。
やがて、ジュウジュウと音を立てて脂が流れ出す。
「いい香りだにゃあ。これは、なんの肉だにゃ?」
「そうですね、私も初めて見ましたわ」
「はは、これはジンギスカン鍋に脂を染み渡らせる為の物だ。どれ、そろそろいいだろうな」
まずはジンギスカン鍋の下の方にもやしやピーマン、タマネギを並べていく。
次に、ドーム状の部分に味付けマトンを乗せると。
――ジュワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワ!!
音を立ててマトンが焼け始める。
このたれに漬けこんだマトンの香り、実にいい。
「あとは、このとんすいにこっちのタレを入れて。焼きあがったらここに付けて食べるだけだ」
「はぁぁぁぁぁぁぁ。サーカスのおっちゃんたちに渡したものよりも香ばしくて、美味そうだにゃあ」
「こっちのテーブルにはおにぎりと出汁巻き卵も置いておくからな……って、マリアン、それはどうしたんだ?」
よく見ると、マリアンとシャットが箸を使って成吉思汗を食べ始めているじゃないか。
「へへへ、ユウヤがいつも、このぼっこ二つで器用に食べているから、自分達で作ってみたにゃ」
「結構練習したのですよ? でも、この方が色々と掴めて便利ですよね」
「まあな。でも、それはちょっと大きすぎるから、今度店にあるやつを渡すよ」
なんだろうねぇ。
しっかりと俺のことを見ていたのかって思うと、ちょっと嬉しくなってくるねぇ。
「お、こんなところで焼き肉とは珍しいねぇ……」
のんびりと賄い飯を食べ始めたら、久しぶりのフランチェスカまでやって来た。
「おお、珍しいな、暫く見ていなかったと思ったら」
「北方にスノータイガーの群れがやって来たっていうんで、それの討伐依頼に行っていただけさ。それで、賄い飯は、もう一人分ぐらいは余裕があるのかい?」
「いや、三人分で」
「ユウヤ店長、お金払いますから賄い飯を食べさせてくださいよ」
アベルとミーシャまで来たのかよ。
まったく、しようがねぇなぁ。




