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【書籍化決定】隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~  作者: 呑兵衛和尚
ウーガ・トダールの収穫祭

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40品目・メニューのローテーションと、ラッキーエビスの魔力(ハッシュ・ド・ビーフ)

 収穫祭初日から、うちの露店は大盛況。


 ちなみにだが、露店が終わって賄い飯を食べている最中にも、常連客はやってくるもので。

 曰く、他の地方からやって来た露店では、今一つ物足りないだの、香辛料が少なくて満足できないだの。

 色々と理由を付けた挙句、最後は決まって『ということなので、何かないか?』である。

 残念ながら、商業組合との取り決めで、うちが出せるのは『その他』の分類。

 逆に考えれば、お面売りとかヨーヨー釣りとかでも特に問題はない。

 もっとも、食べ物以外の露店をやってみて、俺が満足するかというとそんなことはなく、むしろ料理を作りたくてうずうずしているというのが本音である。


………

……


「ということで、昨晩のうちに発注した材料は全て届いてある。だから今日仕込むのはカレーライスだ」


 ちなみにだが、一週間のメニューを決めてしまい、それをルーティンワークしていい事になったので、こっちとしてはあらかじめ仕込めるものは先に仕込んでおくことにした。

 

 ちなみに一週間のメニューだが。

 月神日……………クラムチャウダー      

 火神日……………焼き鳥丼

 水神日……………クリームシチュー

 精霊神日………肉じゃが

 鍛冶神日………カレーライス

 大地母神日……麻婆豆腐

 冥神日…………日替わり


 とまあ、冥神日だけは変わったものが食べたいとかで、その都度俺が勝手に作った良いことになったのである。そして今日は鍛冶神日、地方によっては剣神日とも呼ぶらしいので、カレーライスを仕込むことにした。


「とはいっても、別に新しいことをする気はないのでねぇ……」


 ということで、いつものような手順でカレーを仕込むのだけれど、ただカレーライスを仕込むだけじゃあ、俺が満足しない。

 ということで渡すカレーライスは半量にして、もう一つは別のものを用意してみることにした。


「作るのは、ハッシュ・ド・ビーフ……だが、うち流の味付けになるからなぁ、ちょいとハッシュドビーフと呼んでいいのかはばかられるが、ま、いっか」


 材料は牛肉の薄切り、タマネギ、シイタケ、そしてたけのこ。

 さすがにデミグラスソースについては一から作る時間もなければ、作るだけの腕はない。

 だからここは、世界の【Heinz】に頼るしかない。

 このメーカーの業務用デミグラスソースは、かの有名な一流店でも使われているからなぁ。

 

 まずは牛肉の仕込み。

 うちは牛バラ肉と牛もも肉のスライスを使う。

 どっちかだけでもいいけれど、二種類あれば食べ応えがあっていいだろう?

 この牛肉に塩コショウをして少し置いてから、軽く小麦粉を振って寝かせておく。

 次にタマネギとシイタケ、タケノコ水煮の細切りを用意してから、寝かせておいた牛肉をゆっくりと炒める。この時、ニンニクの擦り下ろしを先にフライパンで炒めておけば、香りづけにもなる。

 肉はだまになったりしないように、気を付けて炒めることを忘れずに。

 小麦粉を振ってあるので、何枚も重ねておくとべったりとくっついて離れにくくなってしまうので、ここは注意してほしい。

 

 そして肉に火が通ったあたりで、一度肉をバットに移しておき、ここにサラダ油とバターを投入、タマネギとシイタケを中火で炒める。玉ねぎに火が通ったあたりでタケノコも投入、全体的にしんなりしたら肉を戻してさっと混ぜ合わせる。


「うん、大体こんなかんじだなぁ……」


 このハッシュ・ド・ビーフは、実は俺が若い時に修行していたゴルフ場のレストランで、洋食屋さんに教わったもの。

 俺の師匠にあたる人は、某チェーン店で料理長を任されていた人で、そのチェーン店を転々としつつ、色々な料理を教わっていたのである。ゴルフ場、街場の和風レストラン、スキー場の和食や、カニ料理専門店etc……とにかく、あちこちに弟子を持っていたので、親方の鶴の一声であちこちに配属が変えられていたものだ。

 おかげで、普通に修行していれば20年はかかる技術や知識も、最初の10年で基礎はしっかりと身に付けさせられたものだ。


「ここで、赤ワインを投入して……」


 先ほどのフライパンに赤ワインを投入、強火でアルコールを飛ばしたのち、デミグラスソースを入れて煮込み始める。

 さっと煮込んだら大きめの寸胴に移し、フライパンを変えてまた最初から。

 何度か同じように作って寸胴に移してから、いよいよ仕上げの開始だ。

 

「ケチャップとウスターソース、ローリエを加えて……」


 ここからはゆっくりと煮詰めていく。

 やがてデミグラスソースとケチャップ、そして火を通した肉やタマネギの芳醇な香りが漂ってくる。

 焦がさないように、じっくりと弱火で煮詰めていき、ほどよい濃度に仕上がったところで溶かしバターを加えて完成。


「……うん、いい感じだ」


 昨日は50リットルサイズに8分だったので、今日は25リットルサイズの寸胴に分けておき、時間停止処理をして完成。

 あとは、精肉店に頼んで少し厚めにカットして貰った豚もも肉をトンカツにしておしまい。

 ちなみにだが、分厚い豚肉を低温調理してトンカツにする方法もあるが、できれば専用の器具を使うことをお勧めする。

 炊飯器で手軽に作る方法もあるらしいが、俺としては推奨はしない、怖いから。

 万が一にも低温調理に失敗して食中毒でも出そうものなら、料理人としての人生は終わったも当然。

 

 ちなみにだが、トンカツについては、別に頼まれて作ったわけじゃなく、ただ単純に俺が喰いたいから取り寄せただけ。


「うん、こんな感じか」


 サーカスに渡すカレーとハッシュ・ド・ビーフ、あとは賄い用のカツカレーの準備も終わり。

 あとは仕事中に空腹迷子に陥りそうなお嬢さんたち用に、カツサンドを作って置く。

 これについては、特段変わったことはしない。

 さっと焼いたトーストにバターを塗って、千切りにしたキャベツとトンカツを挟むだけ。

 ああ、ソースとマスタードは少しだけ掛けておき、あとは食べやすい大きさにカット。


「……うん、かぶりつきたいかもしれないから、大きめのも用意しておくか」


 一枚丸々の大きさなのもいくつか用意して空間収納(ストレージ)に保存しておく。

 それじゃあ、露店に向かうとしますかねぇ。


 〇 〇 〇 〇 〇


――いつもの場所・いつもの露店

 開店時間にはちょい早なので、機材の準備を一通り終わらせてから、今日のメニューについて説明しておく。


「ということで、ポップコーンは塩味を控えめにして。販売するときは、このスコップ二つ分をこっちの紙袋に入れてから、この粉を中に入れて蓋をする」


 試食として一つ、目の前で作って見せる。

 ちなみに今日のフレーバーは、【醤油バター】だ。

 やっぱり北海道民としては、これに勝る味はないと思っている。

 そして紙袋の中にフレーバーを入れて口を閉じて。


――シャカシャカシャカシャカ

 軽く振って完成。

 それを食べてみたお嬢さんたちの感想は……。


「あああ……ユウヤぁ、ラムネが飲みたいにゃ」

「わた、私にもラムネをください」

「ははは、やっぱりなぁ」


 そりゃあ、飲み物も欲しくなる。やめられない、止まらないってやつだ。


「それじゃあ、今日はこれで頼む。あと、これは賄い用に作ったカツサンドだ、適当なタイミングで食べてくれ……今食べてもいいぞ……って、もう食っているのかよ」


 シャットとマリアン、共に小さめにカットしたカツサンドを食べて固まっている。

 ま、そうなりますよねぇ、その2ってやつだな。


………

……


「いやぁ……ポップコーンに、こんな味もあるのですねぇ。昨日の塩味も美味しかったですけれど、この味付け……醤油バターというのですか? これも捨てがたいです。他にも味付けはあるのですか?」

「ユウヤァ、あとはなにかあるにゃ?」

「明日はキャラメル味を用意しますよ」

「キャラメル? なんだか甘そうな名前ですねぇ……楽しみにしていますよ」


 楽しそうにシャットと話している、常連のお客さん。

 そんなに気に入ってくれて、何よりだよ。

 そんな感じで販売を続けていると、アンドリューさんが昨日手渡した寸胴を手にやって来た。


「ユウヤ店長、この肉じゃがというのは最高でした」

「はは、それはありがとうございます。今日は打ち合わせ通りにカレーライスと、あと、カレーライスとはちょっと違うのですが、その亜種ということで、ハッシュ・ド・ビーフというものをご用意しました」


 昨日よりも小さめの寸胴を二本。

 アンドリューさんはまずカレーライスの蓋を開けたのだが。


――フワッ

 周囲に広がるスパイスの香り。

 カレー独特の香ばしさが広がり、通りを歩く人たちまでこっちを振り向いている。


「こ、これが、街の人たちが噂していた香辛料を大量に使った料理、カレーですか。では、こちらはなんでしょうか?」

「こっちはですね。牛骨や野菜から旨味を抽出したデミグラスソースというものを使っている料理です。パンと共に食べると美味しいですよ。あと、メンチカツというのも用意してありますが、これはどうしますか?」


 せっかく作ったものの、メニューを決定されたので宙に浮いてしまったメンチカツ。

 それを耐油紙で包んで、アンドリューさんと二人の団員たちに手渡してみる。


――ゴクッ

 生唾を飲みこむ団員さんたちと、周囲のお客さん。

 いや、本当にすまない、これだけは勘弁してくれ。


「で、では食べてみて……サクッ」


――プシュッ

 サクッとメンチカツを噛むと、たちまち熱い肉汁が口の中に溢れていく。

 生系といわれている、柔らかくてジューシィな奴には劣るものの、肉のうまみが凝縮している点ではこっちの方が上。

 団員さんたちもサクサクと食べていて、気が付くと無くなっていてがっかりしている。


「では、この……ええっと」

「メンチカツですね」

「そう、これもこの入れ物全部頂こう!!」

「まいどあり」


 支払いを終えて、ホクホク顔で帰っていくサーカスの皆さん。

 そして目の前にあった料理が全て持っていかれたので、がっかりしているお客さんたちと。


「ユウヤ店長、メンチカツも食べたいにゃ」

「わ、私もその……」


 ははっ、相変わらずなことで。

 厨房倉庫(ストレージ)に保存してある分から二つだけ取り出して、お嬢さんたちにも手渡す。

 そして熱々のメンチカツを食べて元気100パーセントになったお嬢さんたちは、昨日以上に気合を入れて頑張っていたことは言うまでもなく。

 本当に、食いしん坊さんなことで。 


………

……


「まさか、賄いにメンチカツが出るとは思っていなかったにゃ」

「それもカレーライスですわよ、メンチカツカレーですわ」

「はは、ちなみにだが、トンカツもある」

「「おかわり!!」」


 今日の露店も完売。

 終ったあとは、いつものように賄いタイム。

 昨日作ったメンチカツもカレーの上に乗せて、楽しそうに食べているシャットとマリアン。


「お、ユウヤ店長、こんにちは」

「賄いですか、美味しそうですね」


 ふらりとやって来たミーシャとアベル。

 心なしか、疲れているようにも感じるが。


「随分と疲れているなぁ。何かあったのか?」

「いえ、ついさっき、ようやく今日の仕事が終わりました」

「俺とミーシャは、スペイサイド商会の露店の警備を担当していましてね。モッフルの焼き肉が大盛況なんですよ」

「本当に、ユウヤ店長さまさまなんですよ!!」

「なんで俺が?」


 俺はモッフル焼きについては何もアドバイスをした覚えがない。

 だから、二人にここでお礼を言われる謂われはないんだが。


「以前、ユウヤ店長から貰ったラッキーエビスの瓶があるじゃないですか。毎日朝、ワインとパンをお供えして拝んだら、狩りや採取は大収穫だし討伐依頼も成功するし」

「そのことをですね、酒の肴程度にスペイサイド商会の会頭に話したら、翌日から会頭もうちらの宿にやってきまして」

「そして大量の酒とかお供えをしてお祈りを捧げたらですね、収穫祭ではメニューくじで次々と一番を引いたり、メニューも大盛況と、とにかくご利益が凄いのですよ!!」


 あ~、エビスさま、頑張っていますねぇ。

 うちはほら、事務室の神棚に商売繁盛の神様以外にも、こっちの世界の運命の女神さまも祀っていますし、毎日欠かさずお供えとお祈りは欠かしていませんから。

 おかげて商売繁盛で助かっていますが、まさか恵比須様も頑張っていらっしゃるとは。


「まあ、商売繁盛大変結構。飯でも食っていくか?」

「ありがたい!!」

「ご相伴に預かります」

「ああっ……あの時、私が先にラッキーエビスを頂いていれば!」

「ユ、ユウヤぁ、次のラッキーエビスはいつかにゃ?」


 そんなことを言われても、俺にもわからんよ。


「それこそ、神様のみぞ知る……ってところだろうさ」


 おあとがよろしいようで?


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