37品目・生食文化は種族の違い(試しの握りずしと、綿菓子とポップコーン)
「こ……これは一体……」
今日の露店のメニューは、麻婆豆腐と炒飯。
そして現在、俺の露店の横では、見た事も無い旅商人たちが集まって、麻婆豆腐と炒飯の品評会を始めているんだが。
「南方のティラキート藩王国から輸入している香辛料にも、このような鮮烈で強烈なものはありませんよ!! これは、肉の臭みを消すだけでなく口の中の脂分をスッと消してくれる作用もあるじゃないですか」
「この白くてフワフワした食べ物も、見たことがありませんねぇ……ええ、これ単体では何も味がしないのですが、こう、このタレと赤い脂が絡み合うと、複雑な美味さを引き出しています」
「ハフッハフッ……こ、これでは足りない、もっとだ、お代わりをたのむ!!」
暑苦しいったらありゃしない。
というか、お代わりが食べたいのなら、並んでくれないと困るんですけれどねぇ。
「はーいはいはい、お代わりが欲しかったら並ぶにゃ!! でも、そろそろなくなるにゃ?」
シャットがそう叫ぶのとほぼ同時に、二つ目の保温ジャーの中身が完売したらしい。
マリアンがシャットの方を向いて、テヘッと舌を出して笑っている。
「あ~、すいませんねぇ。これで終わりのようですわ」
「そ、それは残念ですね。では、また明日も来るとしましょうか」
「ええ、明日は何が食べられるのか、実に楽しみですねぇ」
「あのカーリーリースとかいう奴は、明日は販売しないのでしょうかねぇ。本当、収穫祭でこの料理が食べられないのは残念ですよ」
いや、まったくその通りで。
残念だが、くじ引きできまった以上は仕方がない。
品切れでは仕方がないと、笑いながら帰っていく商人たち……って、待て待て、通りを挟んで向かいの露店の店主じゃないかよ。
自分の店は従業員に任せて、呑気に食事に来るっていうのはどうよ?
「まいどあり!! と、それじゃあこっちもそろそろ、賄い飯でも食べますかねぇ」
「待ってましたゃ」
「もう、お腹が減って大変なのですわ。今日のは特に空腹に響きます」
「ま、たらふく食べてくれ」
テーブルの上に、普段使いより一回り小さな保温ジャーを二つ取り出して並べる。
一つには炒飯が、そしてもう一つには麻婆豆腐が入っている。
これは賄い用に避けておいたものだが、ざっとみても10人前ぐらいは余裕で入っている。
「それじゃあ、あとはセルフサービスでよろしく」
「「セルフ……サービス?」」
「あ~、食べたい分を自分でよそってくれっていう事だ」
「「畏まりました!!」」
あ~、本当に、この二人の食欲魔人っぷりは、見ていて飽きないわ。
「さて、明日のメニューはどうしようかねぇ……」
「んんん、クラムチャウダーがいいにゃ」
「私は、こう、手軽に食べられるものがあると楽しそうですよね。ユウヤ店長のご飯は確かに美味しいのですけれど、これってディナータイムに食べるようなメニューが多いですよね?」
「まあ、確かにそうだなぁ。かといって、露店で生ものを取り扱うわけにはいかないしなぁ」
まさか、ここで寿司を握ったり刺身定食を用意するっていうのは、衛生的にも駄目だろう。
そもそも、生魚を食べるっていう風習は、この国にあるのか?
「なあ、ちょいと聞きたいんだけれど。この国って、魚を生で食べる風習ってあるのか?」
「あるにゃ」
「ないですねぇ」
どや顔であると言い切るシャットと、不思議そうな顔をしつつないというマリアン。
「いや、どっちだよ!!」
「獣人族の人たちは、魚を生で食べることがあるようですね」
「人間族は、生で食べるとお腹が痛くなるって食べないにゃ」
「つまり、種族的な問題か……ちょいと待っていてくれ」
一旦、この場で越境庵に移動。
俺が死んだ日に冷蔵庫に入れてあった刺身のタネは、全て時間停止処理をしてある。
あとは余っているご飯にすし酢を振りかけてさっと混ぜてみる。
うちで仕込んでいるすし酢には数種類あってね、今使った奴は純米酢一合と上白糖100グラム、あとは塩を少々。
これを沸騰しないように火にかけて、砂糖を煮溶かしたら火から下ろして冷ます。
あとは水加減をして炊いたご飯にすし酢を振りかけ、うちわで冷ましつつ混ぜ合わせていく。
本当なら飯きり桶とか鮨桶にご飯を入れて、そこで大きめのしゃもじを使って切るように混ぜるのがいいんだけれど、今はまあ、急ぎなのでボウルで混ぜる。
あとはマグロとサーモン、ホタテ、塩〆鯖を寿司ネタに切りつけてから、ちゃっちゃと寿司を握って皿に乗せるだけ。
――シュンッ
とりあえず、急ぎ仕事で握った鮨なので、賄い用にしかできないが。
何事も経験ということで、ものは試しで握って来た。
「あ、ユウヤがかえってきたにゃ」
「ひょっとして店に行っていたのですか?」
「まあ、そんなところだな。と、これがさっき話していた、生魚を使った料理だ。握り鮨といって、俺の故郷ではそれなりにポピュラーで、ちょっと高級な料理だな」
テーブルの上に鮨の載った皿を置くと、二人とも不思議そうな顔をしている。
「これって、生魚にゃ?」
「そういうこと。鮮度が良くないと生で食べられないからな。こう、食べるときはちょっとだけ醤油に付けて、パクッと」
二人が不思議そうな顔をしているので、まずは見本として俺が食べてみせる。
うん、本マグロの赤身って、本当にうまい。
俺ぐらいの歳になると、中トロとか大トロの脂がきつく感じて、食べられたとしても一貫か二貫程度なんだけれど、赤身は別。
口の中でシャリがほろっとほぐれ、マグロの赤身独特の旨味が口の中に広がっていく。
醤油はチョン付けなので、しょっぱさは口の中にそれほど広がらない、むしろ赤身のアクセントとしてしっかりと仕事をしてくれている。
「ん~、やっばり鮨はいい」
「そ、そんなにかにゃ?」
シャットは本マグロ鮨をフォークでブッ差して、醤油チョン付けを真似てから、目をつぶって覚悟を決めた表情で口の中に放り込んでいる。
まあ、生魚を食べなれない人にとっては、怖いよなぁ……って、お前、獣人族だろ、さっきの話はどこにいったんだよ!!
「シャ、シャット、無理しちゃだめですよ、食べられないのなら我慢しないで……ね」
「うみゃあ」
テーレッテレーと擬音が響きそうな勢いで、シャットが破顔一笑。
「うわわ、うわわ、あたい、ユウヤの料理の中でこれが一番好きだにゃ。もう一つ食べてもいいにゃ?今食べたのはなんだにゃ?」
「今喰ったのは本マグロだな、こっちの白いのがホタテという貝で、こっちはサーモン。そしてこれは……ちょいと通好みで口にあうか分からんが、鯖という魚を塩で〆たやつだ」
「それじゃあ、さーむんを頂くにゃ」
「はは、さーむんじゃなくて、サーモンだな……マリアン、無理しなくていいからな?」
初めて見る食べ物、それを恐る恐る食べたシャットが、楽しそうに食べている。
そんな姿を見て、マリアンが黙っているだろうか、いや、それはない。
「私も食べます、シャットと同じ本マグロを!!」
マリアンは俺を真似て、人差し指と中指で鮨をつまみ、やはり醬油チョイ付けでガブッとかじりつく。
「どうだ? 無理はするなよ?」
「美味~ですわ♪」
「はは、そうか。それじゃあ残りは二人で食べていいぞ。まあ、これを昼に露店で出すのは無理っていったのは、理解できるだろう?」
そう問いかけると、二人は無言で頭を縦に振っている。
ま、そのうち越境庵の中ででも、喰わせてやるか。
いい加減、時間停止処理してある生ものは早めに処理したいからな。
〇 〇 〇 〇 〇
気が付くと鮨は一瞬で消えて、あとはノンビリと麻婆豆腐掛け炒飯を食べている二人。
俺はとっくに飯を食べ終えたので、ここでちょっとテストを兼ねて縁日のメニューでも試してみるか。
「さて、無事に出てきてくれよ……」
――シュルルルルッ
縁日で使う電動綿菓子機、まずはこいつを厨房倉庫から引っ張り出す。
次に電源だが、あらかじめドラム式の電源コードを越境庵事務室に置いてきた。
それを厨房倉庫で引っ張って来て、電源がここまで届くかどうか。
最悪届かなかった場合は、発電機を追加で借りるっていう手段もあるが。
――カチッ
引っ張り出したドラム式電源コードに、電動綿菓子機のコンセントを接続。
そして綿菓子機のヒーターをオンにすると、何事もなくパイロットランプが点灯した。
「ふう。どうやら、厨房倉庫を通して電源を引っ張ってくるのは成功したか。とかし……これとポップコーンマシン程度にしか使えないなぁ」
「……あの、ユウヤ店長? この変なマジックアイテムは、一体なんでしょうか?」
さすがにマリアンは気になったらしい。
麻婆炒飯片手に、恐る恐る問いかけてきた。
「ああ、収穫祭でうちが売る綿菓子の機械だな。これとポップコーンを販売する予定だ。焼き物も駄目、煮ものも駄目、飲み物も駄目となったら、こういう面白いもので勝負するのがいいかなと思ってね」
「はぁ……」
「ま、あとは試してみるだけ……ちょいと厨房からザラメと割りばしを取り出して……と」
ちょうど暖機運転も終わったので、中心の回転している部分にザラメをスプーンで一杯入れる。
すると、綿菓子機の中に細い綿のような飴が作り出されていく。
このレンタルした電動綿菓子機は風よけの風防と屋根もついているので、急な突風にも綿あめが飛んでいくことはない。
あとは割りばしでクルクルっと巻き付けて完成だ。
「ほらよ、これが綿飴とか、わた菓子っていうんだ。まあ、子供用のお菓子っていうところだが、こういうのってこの国には……あるはずがないか」
俺がクルクルっとわた菓子を作って見せると、シャットやマリアンだけでなく俺が何をしているのか興味深々で近寄って来た客達も呆然としている。
「……うん、ユウヤの作る料理はいつもおかしいと思っていたけれど、とうとうマジックアイテムまで引っ張って来てお菓子を作り出したにゃ」
「そ、それよりも、そのわた菓子って、どういう味なのでしょうか?」
シャットは腕を組んでウンウンと頷いているが、マリアンはもうお菓子と聞いてワクワク感が止まらなくなっている。
まあ、試食も兼ねて一本渡すとするか。
「ほらよ、試しに食べてみな」
「ありがとうございます……って、うわ、軽くてふわふわしていて、雲みたいですね」
「雲……ああ、雲っていう単語は存在していたのか。ま、そんな感じだ、あれは水の塊だけれどな?」
そう説明していると、マリアンがわた菓子をちょっと千切って、口の中にぽいッと。
「んんん……んー、ふわぁぁぁぁぁ、口の中でわた菓子が溶けていきましたわ」
「ま、、そういうものだから……と、シャットも食べたいのか?」
「ん~、作ってみたいにゃ」
「まじか」
まあ、何事も経験。
もう一度、横で作り方を見せてやると、そのあとは器用にクルクルと作り始めた。
へぇ、意外と器用だな。
「お、おお、おおお、大きくなっていくにゃ」
「その程度で完成だな。自分で食ってみな」
「それじゃあ……んんん? 一瞬で消えたニャ……ってあみゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
まあ、そりゃあ甘いよな。
ザラメだからなぁ。
「これとあと一つ、ポップコーンっていうのを収穫祭で試しに販売するが。商業組合にサンプル提出しないとならないからなぁ……ま、明日にでも纏めて出すことにするか」
兎にも角にも、この電動綿菓子機は使った後の手入れが大変。
しかも、自分で使うために購入したものではなく、レンタル品だからなおさら壊すわけにはいかない。
実際に購入してもいいのだが、残念なことに俺の手元にあるのはレンタル用のカタログなので、購入は不可能。
まあ、必要に応じて借りればいいか。




