36品目・収穫祭、ユウヤ店長の出し物は……。(麻婆豆腐と炒飯、セットでも掛けても)
賄いのかつ丼と串揚げを食べ終えて。
うちのお嬢さんたちは腹いっぱい状態で、今は一休み。
その近くでは、常連のミーシャたちがビール片手に宴会の真っ最中。
それにしても、冒険者っていうのは返り血を浴びた衣類を着てても平気というか、無頓着というか。
「しっかし、随分と大変だったようだな。皮鎧のあちこちが血まみれじゃないか」
「まあ、今日の獲物はちょいと特別でね。あたしたちの世話になっている商会からの素材回収依頼をこなしてきたところなんだよ」
「それで、銭湯にいってからユウヤ店長のところに顔を出そうかと思っていたんですけれど、それだとここが閉まっちゃうかもっていうことで急いで来たんですよ? まあ、食べ物は終わっていましたけど、こうして仕事終わりの一杯には間に合いましたからね」
ああ、なるほどねぇ。
それはどうも、お疲れ様。
「んんん、商会の依頼で素材回収っていうことは、スペイサイド商会のラージモッフル討伐依頼でも受けていたのかにゃ?」
「そういうこと。シャットは知っていたのか」
「冒険者組合にも張り付けてあったにゃ。ということは、スペイサイド商会は収穫祭でモッフルの焼き肉を出すのかにゃ」
「多分ね。あそこの焼き肉の味付けは独特な風味があるからねぇ、今回の収穫祭でも、人気露店に選ばれると思っていたんだけれど……今年はユウヤ店長の露店もあるから、難しそうだねぇ」
なんだか楽しそうな会話をしてるんだが。
まあ、俺はこの後は商業ギルドに向かって、収穫祭の打ち合わせがあるからねぇ。
ということで荷物を全て片付け終わったので、今日はここまで。
「それじゃあ、俺はこの後は用事があるので。また明日な」
「はい、お疲れ様でした」
「明日はカレーライスがいいにゃ」
「ははは……それにしてもカレーライスが好きだなぁ。ちなみにだが、カツカレーといってトンカツが載ったカレーライスもあるんだぞ?」
おっと、この一言でお嬢さんたちだけじゃなくミーシャまで涎を垂らしそうになっているじゃないか。本当に、食いしん坊なことで。
「あ、明日はそれだにゃ!!」
「私も食べてみたいですわねぇ」
「ちょいと、あれは露店というには色々と面倒だからなぁ。まあ、何か考えてみるさ」
ということで、厨房倉庫から三輪自転車を引っ張り出すと、それで商業組合へと急いで向かうことにした。
〇 〇 〇 〇 〇
――商業組合
今朝方話のあった、二階の会議室にやって来たのはいいが。
部屋の中には、大勢の使用人たちでごった返している。
椅子に座ってふんぞり返っている身形のいい商会代表らしき人物から、壁際に立って周囲の様子をおっかなびっくり見渡している個人商店まで、とにかくこの領都中の商会や旅商人たちが集まっている。
そうして暫く待っていると、商業組合の代表らしき人物が数名の職員を連れて部屋に入って来た。
「さて、それでは会議を始めましょうか……」
そこから始まった説明は、これから始まる収穫祭についての取り組みと露店の場所決め、品目調整などについて。とにかく、収穫祭の期間が一神月の間(28日間)ということもあり、みな、真剣に話を聞いている。
ちなみにだが、領都内に店舗を構えている個人商店や商会でも、この期間は露店として指定された場所に店を出すことができるという。そのための場所決めが始まったのだが、やはり人気なのは領都中央にある広場周辺。
「う~む。一番区画は【ユウヤの露店】ですか。ここはくじ引きで選ぶことができないので?」
「はい。アードベッグ辺境伯から、その場所はユウヤ店長の指定場所として今年は外されています。来年度は多分ですが、解放されると思いますが」
「そうですか……うむむ、そうなると二番手を狙うしか……」
などといった感じで、場所決めの抽選会が始まる。
小さな板切れに場所を示す数字が記されていて、それが大量に入れてある箱から板を引くっていう、実に普通なくじ引きだな。
そして一時間もすれば、この場に集まっているすべての商店や商会、旅商人たちの露店の場所が決まった。
人気の中央広場付近は10か所中8か所が決定、残り二か所は明日以降の露店申し込み時にくじを引いて決定するらしい。
「それでは次に、露店での出し物についての話し合いとくじ引きを行います……」
これは、それぞれの露店で何を出すか決定するというもの。
食べ物の場合は、『焼き物』『煮もの』『飲み物』『酒類』『その他』の5つの種類があり、それぞれの名前が書いてある箱に、自分の露店の名前が書いてある木札を入れる。
そしてそこからくじ引きのように組合職員が引いて決定するらしいが、とにかく『焼き物』と『煮もの』『酒類』の倍率が高い。
商会によっては複数の場所で露店を出すらしく、焼き物に3枚、煮ものに2枚という感じで木札を入れるらしい。
「おお、やはりユウヤ店長は焼き物ですか」
「ええ、ここは外せないでしょうからねぇ」
「これは負けていられませんな。あなたの露店で焼き物を出された日には、他の露店が潰れてしまいかねません」
「そうですね。では、うちも今年は焼き物を……」
おいおい、堪忍してくれよ。
あまり面倒くさいものはやりたくないんだよ。
そう笑いつつ呟いてみると、商会関係者たちは大爆笑しているが。
目が笑っていないじゃないか。
そしていよいよ、運命のくじ引きが始まった。
〇 〇 〇 〇 〇
――翌日朝
昨日は参った。
場所決めのくじは引かずに済んだのだが、そのあとの出し物を決定するためのくじ引きでは惨敗だったよ。
焼き物、煮もの、飲み物、酒類の4種類全てで惨敗。
今回の収穫祭で最も引きが強かったのが、スペイサイド商会。
俺が引きたかったくじを、ことごとく引き当てたという。
仕方なく他にも狙ってみたものの、やはり他の商会や旅商人が引き当ててしまっていた。
ちなみに旅商人の場合、出すものが一種類とかになってしまうため、そういったところはくじを引く前に優遇されている。
なんでもできるところはくじを引け、そういうことらしい。
「そしてユウヤの露店は【その他枠】ねぇ」
これは収穫祭当日までに、事前に出し物を組合に提出しなくてはならない。
それが他の分野に重ならないようにするためらしい。
「まぁ、そうと決まったらやるっきゃないか……」
すでに昨日、越境庵で必要な道具は仕入れてある。
正確には【レンタル】だ。
小学校の運動会とかで、PTAに頼まれて出したのが、【綿菓子】と【ポップコーン】。
材料については普通に仕入れられるものの、道具についてはレンタルしなくてはならない。
まあ、赤字になりさえしなければいいと思い、町内会長にレンタル業者を紹介して貰ったことがあってね。
その時のカタログが残っていたので、行けるかとおもって注文した結果、朝一番で店の方に道具が一式、置いてあった。
「ま、こいつはこのままおいておくとして。収穫祭は3日後からだから、明日には外で稼働テストをする必要があるか……ま、なんとかなるか」
ということで、そろそろ今日の露店の仕込みを始める。
今日は、カレーではなく麻婆豆腐。
それと炒飯も作って置く。
別々に紙製のボウルに盛り付けてもいいし、麻婆掛け炒飯にしてもいい。
どっちも作り置きできるものだから、今日は実に手軽である。
「そういえば、炒飯と麻婆豆腐って、露店の区分はどこになるんだろうか……ま、やるわけじゃないからいいか」
まずは麻婆豆腐から。
材料は豚ひき肉と木綿豆腐、長ネギと実にスタンダード。
まず最初は、合わせ調味料から。
ボウルにニンニクのみじん切り、豆板醤、甜麺醤、豆鼓醬を入れて混ぜ合わせる。
辛めが好きなら豆板醤多めで、粉唐辛子も入れておくといい。
辛めが苦手なら甜麺醤を多めで、このあたりは個人の好みでいいだろう。
うちは豆板醤と甜麺醤は同じ量でつくるので、今日もそれでいく。
豆腐はさいの目切りで、少し多めのお湯で軽く茹でておく。
うちは豆腐がゴロゴロしているのが特徴なので、少し大きめに。
豚ひき肉を中華鍋で炒めたのち、火を止めてからボウルに入れてあった豆板醤などを纏めて入れる。
再び火をつけて少し炒めてから、中華スープをひたひたになるぐらいに入れる。
うちはご存じ、中華スープの缶詰の奴を使用。小さいほうな。
あとはスープが沸騰したらざるに切った豆腐を加えて、最後は酒と醤油、塩コショウで味を調え、水溶き片栗粉を加えてとろみをつけて完成。
こいつを保温ジャーに入れておく。
あとはひたすら作っては保温ジャーへを繰り返すだけ。
寸胴にまとめて入れておくと、出すときに温め直すのが面倒でね。
炒飯はまあ、叉焼、長ネギ、卵の三種類と実にシンプル。
中華鍋を加熱し、熱くなった辺りでラードを投入。
そこに卵を加えてさっと炒め、さらに温かいご飯を入れて急いで炒める。
ご飯がパラパラになったあたりで角切り叉焼と長ネギのみじん切りを入れ、鳥ガラスープの素、塩コショウを入れてさっと炒め、仕上げに鍋肌に醤油を少々垂らして勢いよく炒める。
炒飯だけは、数をこなしてコツを掴むようにしたほうがいいと思う。
俺も慣れるまで、結構時間が掛かったからなぁ。
「そして、こいつも保温ジャーへ……。時間停止も忘れずに……と」
保温ジャーにいれた場合、そのままだと水分がジャーの上に溜まり、折角炒めた炒飯がべたべたになってしまうから。
以前なら、都度出来立てを用意していたのだが、この時間停止処理というのは本当に便利だとおもうが、使い過ぎには気を付けたいところだ。
「……まあ、こんなところか……って、おいおい、大切なものを忘れるところだったぞ」
麻婆豆腐の仕上げには、やはり山椒の粉が必要。
うちは花山椒の粉を最後に振りかけて完成だが、小さな小鉢で横に添えることもある。
今日は仕上げにパパッと掛けるだけにしておこうか。
「よし、今日は少し楽をさせて貰いますかねぇ……と、飲み物を忘れていたな」
クーラーボックスとジュースの箱を急いで用意。
今日はやっぱり、ウーロン茶だろうなぁ。
さて、そろそろ出かけるとしますか。
………
……
…
――中央広場・いつもの露店
今日は俺が一番乗り。
到着してすぐにテーブルをいくつも用意し、先に紙製のお椀とスプーンを準備しておく。
そしてクーラーボックスに水を張り、200mlの瓶入りウーロン茶を冷やしておく。
「ユウヤ、おはようだにゃ」
「お待たせしました……って、あらら、急ぎ氷を入れますね。水の精霊よ……」
「ああ、頼むわ。俺は試食を作るから、ちょいと待っていてくれ」
ということで、保温ジャーを次々と並べる。
今日は本当に楽をしているなぁと、自分でも思う。
「はい、氷は完了です」
「ねぇ、このクーラーボックスに入っている瓶って、今日の飲み物だにゃ?」
「ああ、ウーロン茶っていってな、お茶の一種だ」
「オチャ?」
おっと、そういえば、この地方ではお茶は栽培されていなかったな。
確か他国では普通に飲まれているらしいが、このあたりではお茶は薬湯しかないんだった。
「まあ、口の中をすっきりさせる薬湯のようなもの、かな?」
「ふぅん」
「ま、それよりも今日の試食だ」
ということで、二人には麻婆豆腐と炒飯別々によそって手渡す。
「食べる前に、こいつをちょっと振りかけるといい感じになるが」
「これですか……これをこう……って、うわ、鼻がムズムズしますよ!!」
「あ、あたいはこれは駄目だニャ!!くしゃみがでそうだにゃ」
「おぉっと、そうか。それじゃあシャットの分はもう一つよそってやるから」
獣人には、花山椒の粉はきついらしい。
だから代わりのものを渡すと、いつも通り沈黙してモグモグと食べ始めた。
さて、今日はちょいと涼しいから、辛いものであったまってもらうとしましょうかねぇ。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




