表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化決定】隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~  作者: 呑兵衛和尚
ウーガ・トダールの収穫祭

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/140

35品目・収穫祭の、その前に(串揚げ5本盛りと黒ビール)

 フランチェスカ姉さんの所のチンピラ衆がやらかした数日後。


 朝一番の清々しい空気を吸うために宿から外に出た時、ちょうど通りかかった商業組合の職員とばったり目があった。


「あら、ユウヤ店長、おはようございます」

「ああ、おはようさん。なんだか朝っぱらから忙しそうだなぁ」


 そう問いかけてみると、職員さんが鞄から羊皮紙を取り出して俺に手渡してくれる。

 まさか新聞配達か? などと考えたがどっちかというと瓦版のようなものだろうと思っていたんだが。


「ええ、実は露店の主人たちにこの羊皮紙を配布している真っ最中でして。ちょうどユウヤ店長の所にも伺うところだったのですよ……今日の夕方からですね、収穫祭の露店の場所についての取り決めを行いますので、商業組合二階の大会議室にいらっしゃってください」

「へぇ、俺の露店の場所って、アードベッグ辺境伯から半年間の使用許可が出ているんだけれど?」


 あのダイス市長のごたごたで、半年間の使用許可を貰っていることは、商業組合も知っているはずだが。


「はい、ユウヤ店長の場所については決定事項となっています。ですが、露店で扱う商品についての申請と抽選については、その限りではないのですよ」

「へぇ。つまり、出したい露店の品目も取り決めるのか……」

「ええ。串肉専門の露店を営んでいる方とかもいらっしゃいますから。そういった方々の利益を守るのも、私たち商業組合の仕事ですので。では、よろしくお願いします」


 まあ、色々と大変そうだけれど、これってつまりは、夏祭りの仕切りを商業組合でやっているってことだよなぁ。

 まあ、俺は北海道神宮祭とかに出店したことはないが、知人に頼まれて申請の手続きや露店の準備をしたことはある。それに、バイトのお嬢さんたちが北海学園大学に通っていて、その学園祭で出す露店の仕込みのために、閉店してから厨房を貸し出したこともあったなぁ。


「……まあ、ウチの場合は、何でも売れると思うから、余った枠で十分だな……と、そういえば、面白い物がある筈だな」


 ちょいと越境庵に戻り、仕込みのついでにあるものを探すことにする。

 まあ、露店はできないとしても、最悪は縁日程度は楽しめるだろうさ。


………

……


――越境庵

 とりあえず探し物は発見できた。

 あとは今日の露店の仕込みといきますか。

 二日続けてクラムチャウダーだったので、今日はちょいと趣向を変えてみる。

 といっても、そんなに難しいものじゃない。

 

「材料の仕込みは簡単だから、そっちから終わらせるとするか」


 豚バラ肉、鶉の卵、アスパラガス、茹でたジャガイモ、プロセスチーズ、オクラの五種類を用意。

 豚バラ肉はちょいと厚めの豚串用にカットしたものを串に二つ刺しておく。

 ウズラの卵は水煮のものを用意し、これも別の串に二つ刺す。

 アスパラガスはさっと茹でておき、3等分に切ったのものを二本分、イカダ状に串に刺しておく。

 ジャガイモはさっと火が通る程度に茹でてから賽の目切りにして、適量を串に刺す。

 プロセスチーズは長方形にカットし、細い方からまっすぐに串を通して。

 オクラは塩もみして産毛を取り除いて水洗いし、チーズと同じ方法で串に刺す。

 とにかくこれを大量に用意、つまり今日の露店は『串揚げ屋』だな。

 一本ずつ注文を取るようなことはしない、5種類の串揚げを一緒盛りで提供するだけ。


「おっと、忘れちゃいけないよな」


 キャベツをブツ切りにしてざっと水洗い。

 それをボウルに入れてから、塩昆布を加えてよく混ぜ合わせる。

 そして仕上げは、ごま油を少々混ぜてからよく揉みこみ、袋に入れて保存。

 串揚げの付け合わせは、塩キャベツと相場は決まっている。

 なお、当店はソース2度づけ禁止などということは言わない。

 そもそも、ソースはとんすいに別添えしているので、個人個人に供されているから問題はない。

 露店の場合、ソース入れを使って上からさっと掛けて出すのがいいだろう。


「そして、あまった豚肉は、賄いように……」


 こっちは一口カツの準備だけ。

 さて、材料の仕込みは終わったので、ここからが本番。

 

「うちの場合、揚げるときは小麦粉、卵液、パン粉じゃなくてねぇ」


 用意するものは『ねりや』。

 卵と牛乳、煮きり酒、小麦粉、山芋のすりおろし、塩、胡椒を用意。

 これを適量ずつ混ぜ合わせて、天ぷら衣のようなものを作る。

 ここに具材を通してから、パン粉を付けて揚げるだけ。

 手も汚れないし、なにより時短できるのがいい。

 卓上天ぷら鍋揚げとかがあれば、これで簡単に揚げ物が出来る。


 レシピを見てわかる通り、水は使っていない。

 牛乳と煮きり酒の比率は、牛乳4~5:煮きり酒1ってところかな。

 卵は牛乳の半分から3/4程度、あとは内緒で。


「パン粉はまあ、細かい奴で短時間勝負と。こんな感じだろうさ。それにしても……便利だよなぁ」


 いつも使っている五徳とガス台だが。

 接続してある小型のプロパンガスだが、10kgの大型ボンベを使用している。

 これもガスが切れたら注文するのだが、今朝方越境庵にくると、新しい充填済みのボンベと請求書が置いてあった。


「まったく、神様、いつもありがとうございます。ちょうど発注しようとしていたところなんだよなぁ……これでまた、暫くは大丈夫か」


 とりあえず、仕込みについては問題ない。

 やっばり串揚げにはビールだよなということで、メキシコの黒ビールも発注しておいた。

 今日は少し暑くなりそうだから、ちょうどいいだろう。

 そしていつものように事務所に戻り、日課である神棚に手を合わせて宿に戻ろうとしたとき。


「……ん、ファックスが届いているか……よし、これでいける」


 いや、とあるカタログの商品について、問い合わせを行ったんだけれどさ。

 その返事が届いたので、これで万が一のときは露店についても困ることはない。

 さて、今日も忙しくなりそうだ。


 〇 〇 〇 〇 〇


――中央広場・露店場所

「……いや、いくらなんでも早すぎじゃないのか?」


 いつものように露店の場所にやってくると、既に3人の男が待っていた。

 二人は例のチンピラ冒険者で、もう一人はなんとなく色男っていう感じの冒険者だ。


「いえ、一番乗りしておけば、買いそこなう事もないでしょうという事で。私はシルヴェスタと申します。彼らのお目付け役という事で、同行しました」

「それはご苦労様です。まあ、開店まではもう少しかかりますので、今暫くお待ちください」


 そう告げると、二人組が何か文句を言いそうになったものの、すぐにシルヴェスタがギロリと睨みを利かせていた。まったく、多少は反省しているようだけれど、根本的にどうにかしないとならないような気がするなぁ。


「お、おまたせしましたにゃ……って、またこの二人に絡まれているのかにゃ?」

「「絡んでねーし」」

「おはようございます。今日もよろしくおねがいします」

「おう。それじゃあ、今日のメニューについて説明するから、ちょいと待っていろよ」


 とっとと五徳とガス台、テーブルを用意して。

 油の入った天ぷら鍋を二台セット、火にかけているうちに素材の入ったバットとねりやの入ったボール、そしてパン粉の入ったバットも並べておく。

 そしてもう一つのテーブルには大きめのボウルに塩キャベツを大量投入、トングもブッ刺しておくと、その横にソース入れを並べて準備完了。


「シャット、今日は冷たい飲み物を出すからな……いつものこれと、あとはこいつだ」


 最近は水の入ったクーラーボックスを用意すると、マリアンがそこに魔法で氷を作ってくれるので助かる。

 その手前に瓶ジュースとラムネ、黒ビールの入った箱を次々と用意。

 シャットがそこからクーラーボックスに移してくれる。


「んんん、ユウヤ? この黒っぽいずんぐりした瓶はなんだにゃ?」

「黒ビールだな。今日のメニューには最適だから」

「うちらの分はあるのかにゃ?」

「まだ倉庫にあるから心配するな……と、そろそろだな」


 油も温まって来たので、まずは恒例の、試食用の串を揚げる。

 ついでだから、豚串だけ多めに揚げておいて、うちのお嬢さんたちの分と、ついでに一番乗りして待ってくれている3人にも一本ずつ差し出す。


「これは……よろしいのですか?」

「さすがに、一番乗りでずっと待たせちまっているからねぇ。今日だけだな」


 今日だけ、の部分はちょいと強調。

 そうじゃないと、早めに来て無料で昼飯に預かろうとする輩も出てきそうだから。

 

「ハフッホフッハフハフ……う、うめぇ」

「これは凄いですねぇ。うちのクランメンバーも並んで購入していたと伺っていますけれど、ここの露店をべた褒めしていましたので気になってはいたのですよ」

「フハッハフフハッ……も、もう一本喰いてぇ」

「間もなく開店だから、買うにゃ」

  

 ははは、お褒めに預かり恐悦至極って奴だな。

 こっちはとっくに揚げ始めているので、急いで数を揚げてマリアンの前に並べておかないとならない。


「ユウヤ店長、この緑色のものは?」

「口直し用の塩キャベツだ。皿の横に付けてやってくれ、こいつは無料サービスだからな」

「ふーん……パクッ」

「おいおい……シャット、行儀が悪いぞ!!」

  

 と突っ込んだけれど、そのシャットがバリバリモグモグと音を立てて食べているのを、マリアンたちもじっと見守っている。


「はぁ……営業中につまみ食いしなければよし、いまならちょいと食べてもいい」

「ありがとうございます。えぇっと、チンピラさんたちも少しどうぞ!!」

「「チンピラってなんだよ!!」」


 ああ、そうツッコミをするってことは、俺の言うチンピラっていう単語は翻訳されていないのか。

 本当、面白いもんだよなぁ。


「それじゃあ、数も揚がって来たことだし、ユウヤの露店の開店だ!!」

「「よろしくおねがいしまーす(にゃ)」」


………

……


――2時間後

 一人前5本盛り。

 最初に15人前の持ち帰りのあとは、多くてもおひとり様三人前程度の注文だった……。

 ちなみにフランチェスカのところの支払いは、チンピラ2人が投げ捨てていった代金で賄った。

 先日の飲み会の時、彼女からそうしてくれって預かったからな。

 そして、最初に購入した客が再び並び始め、追加購入を始めている。

 少し離れた場所で食べていた客たちが、其れじゃあ足りないという事で再び並んで購入を始めたらしい。

 しかも、街のパン屋で買って来たらしいカットしたパンに串カツを挟んで食べていたじゃないか。


「ああ、この街のパンって、四角い食パンじゃないのか」

「んんん、パンは丸いのが普通だにゃ?」


 見た感じ、この街で流通しているのは現代でいう『パン・ド・カンパーニュ』、つまりラグビーボール大の食事パンって奴だな。

 テレビで見た時は確か、小麦粉と塩、水、イーストで発酵させたものを焼いていた筈。

 それを購入してその場でカットして貰い、ここでうちで購入したおかずを挟んで食べる……いわゆる、サンドイッチか。


「よっし、これで最後だ」


 最後の串揚げを揚げ終ると、俺も少し休憩。

 並んでいたお客についても、最近は慣れてきたのかこっちの様子を見ていたり、残り何人前か声をかけてくれるようになっていた。

 だから、買えなくても怒鳴り込んだりするような輩は殆どいなかった。


「それじゃあ、賄いの用意するから、ちょいと片づけを頼む」

「ドリンクはまだ売っていてもいいかにゃ?」

「そっちは構わないぞ」

「では、私はこのあたりの……ユウヤ店長、キャベツの残りはどうします?」


 明日まで持たせると、塩が入りすぎたり水気が出て歯ごたえが悪くなるからなぁ。


「ビールを購入した希望者に、無料でつけてやってくれ」

「畏まりました」


 ということで、こっちは普通にトンカツを揚げる。

 そしてもう一つ、親子鍋を用意してタマネギと丼タレを入れて火にかける。

 あとは揚げたてのトンカツをサクサクとカットして、タマネギの上に乗せる。

 そして溶き卵を掛けてから素早く蓋をして、30秒だけ火にかけた後、火を止める。

 そしてどんぶりにご飯をよそい、上から出来立て半熟卵の絡まったトンカツを乗せてかつ丼の完成だ。


「そして、賄い用の串カツも揚げて……完成と」

「うわ……この匂いだけで絶句しますよ」

「は、早く食べるにゃあ」

「はいはい、それじゃあいただきます……っと」

「「いただきまーす」」


 あいさつの後は、いつものように二人は沈黙。

 賄い飯を堪能すべく、黙々と食べている。

 そしてそれをじっと見ているミーシャとアベル。


「……美味そうですねぇ」

「ああ、美味しそうだなぁ」

「悪いな、人数分しかなくてね。代わりに塩キャベツなら、いくら食っても構わんぞ」

「この黒いビールも売ってくれ」

「はいはい……っと」


 楽しそうに黒ビールと塩キャベツを食べているミーシャとアベル。

 しっかし、今日はよほど難しい依頼を受けていたんだろうなぁ。

 皮鎧のあちこちに返り血が付いているじゃないか。

 まったく、いくら体が資本とはいえ、あまり無茶をしてくれるな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ