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【書籍化決定】隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~  作者: 呑兵衛和尚
酒と肴と、領主と親父

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30品目・季節の変わり目と、香辛料問題(キーマカレーのトルティーヤ)

 大雨が降った日の翌日。


 まるで雨なんて降って無かった、いいね? と言わんばかりに、天気は快晴で気温も高い。

 そして朝一番で、大勢の人たちが西門から田園地帯へと仕事に向かう。

 その光景を待っていたかのように、領都の外からは入れ替わりで旅商人たちや交易馬車が入領する。

 

「うん……今日は本格的に暑くなりそうなんだが……このあたりの天候とか季節って、一体どうなっているんだ?」

 

 今日の天気の様子を確認するため、仕込みの前にちょっと宿の外に出てみたんだが。

 シャットたちの話しでは、もうすぐ冬がくると話していたと思うが、そんな様子は全く感じられない。

 まだ生きていたころの日本の天気はというと、まるで気象変動でもあったかと思うレベルで夏が長く気温も高かった。

 その癖、10月を過ぎたころから天候はがらりと変化、一気に秋が訪れ、11月に差し掛かったあたりには初雪が降ったり、またすこし暑くなったりとせわしなく天候が変わっていた。

 そして12月。

 再び雪が降り始めたかと思ったか初旬で根雪になり、年末には吹雪が起き大雪となってしまう。

 そんな荒れた天候の一年が何年も続いていたので、客が求めてくる料理にもなかなか合わせづらくなってしまう。


 前日の夜には天気予報を見て次の日のおすすめ料理を考えて発注し、翌朝には仕込みを行う。

 だが、やはり天気の神様はきまぐれで、折角仕込んだメニューが台無しになることもあったからなぁ。


「あ、ユウヤだにゃ?」

「おう、誰かと思ったらシャットか。朝から元気そうだな」

「大雨の翌朝は、フェルナ茸が一斉に顔を出すから、それの採取にいってきたにゃ。これが、フェルナ茸だにゃ」


 楽しそうに背中に背負っている籠から、巨大なマッシュルームのようなものを取り出して見せてくる。うん、傘の形といい色といい、ホワイトマッシュルームを巨大化したような感じだな。


「へぇ、これがフェルナ茸か。これはどうやって食べるんだ?」

「刻んで、ポリッジに混ぜて煮込むにゃ。この時期限定のぜいたく品だから、すっごく高値で買い取ってくれるにゃ」

「なるほどなぁ……と、そうだシャット、冒険者組合に報告に行ってからでいいんだか、この辺りの季節について教えてくれるか? ほら、もうすぐ冬が来るって話していただろ?」


 わからないことは現地の人に聞け。

 ということでシャットも俺の頼みを快諾し、先に納品依頼を済ませるために冒険者組合へと向かっていった。


………

……


――いつもの中央広場

 シャットとの待ち合わせ場所は、いつもの露店の場所。

 よく見ると、近くの露店も様変わりしているようで、一昨日まで見かけていた旅商人たちの姿はなく、入れ替わりに交易馬車を使って露店を開くらしい商人たちの姿もちらほらと見かけ始めた。

 そんな中、シャットとマリアンがのんびりとこっちに向かって歩いてくる。


「よっ、わざわざすまないな」

「別に問題ありませんわ。それで、シャットさんから伺いましたけれど、季節について教えて欲しいとか?」

「ああ。露店を続けるにしても畳んで別の町に向かうにしても、天候や季節について分からないとメニューの立て方も変わってくるからな。ということでよろしく頼む」

「まかせるニャ!」


 ということで始まった、二人のお嬢さんたちの季節の説明。

 この世界の季節というのは実に複雑で、神々の加護と聖霊の活性度合いによって変わって来るらしい。


 具体的に説明を聞くと、一週間が7日なのは理解できたが、そのあとの説明が実に複雑怪奇。


「月神日、火神日、水神日、精霊神日、鍛冶神日、大地母神日、冥神日で一週間、それが4つで一神月。それが三つで一季月で、七季月で壱年だにゃ」

「んんん、ちょいと待てよ」


 計算がややこしいので、厨房倉庫(ストレージ)から電卓を引っ張りだす。

 それでわかったことは、地球換算で一週間が七日、一か月が四週で二十八日。

 四か月で一季節、ちょうど112日ってところだ。

 それが七季節分で一年。

 つまり、一年の長さが784日もある。

 

「ははぁ。年齢の計算はどうなっていることやら……あ、歳っていつとるんだ?」

「三季節ごとの生まれ神月の生日で歳を取ります」

「んんん、なんだかややこしいなぁ……と、ああ、半年で392日だから、俺たちの壱年がこっちの世界の半年ってかんじなのか」

「ええっと……なんとなくニュアンスが伝わって頂けたようで、なによりですわ」

「そもそも、あたいたちの世界の暦の数え方だから、ユウヤに難しいのは当たり前だにゃ。ようは、『そうなんだ』で納得するだけにゃ」


 ごもっとも。

 まあ、一年というのが理解できたからよしとしておこう。


「それで、きのうの寒さの次に暑くなった理由は?」

「昨日までが火神季で、今日からは水神季ですね。このあたりの気候ですと、これから過ごしやすい気候に変わっていきますよ」

「神季の変わり目の精霊の暴走。それが大雨だったり暴風だったりと、いろいろとあるにゃ」

「そして水神季の終わりから精霊季のはじまりあたりで、雪が降ります」


 んんん、つまり3か月後には冬が来るっていう事で、これから訪れるのは秋か。

 必死に電卓をたたいているので、どうにか頭の中の理解が追い付いてきたが。

 暗算でこれをやるとなると、結構難しいよなぁ。


「それじゃあ、今すぐ、急いで近くの町に向かうっていう必要はないってことか」

「旅商人ですと、早めに南の暖かい土地に向かいますね。雪から逃れるためと、これから各地で収穫祭が始まりますので。旅商人や隊商交易馬車を持つ商会は、これからが稼ぎ時ですから」


 なるほどねぇ。

 このあたりの人が言う『もうすぐ』っていうのが、一神季単位、だいたい3か月に近いというのが理解できた。

 

「了解、大体理解できたわ。それじゃあ、俺は露店の準備でもしてくるので、また昼にここでな」

「了解しましたわ」

「あたいはもう納品依頼は終えたから、新しく来た露店でも眺めて時間を潰しているにゃ」

「はは、それじゃあまた後で」


 さて、この暑さだと色々とメニューも考えないとならないなぁ。

 

 〇 〇 〇 〇 〇


――越境庵・厨房

 当初の今日の露店のメニューは、つくね串と野菜串で考えていた。

 そのために鶏ひき肉とかしいたけ、長ネギ、ピーマン、茄子など、色々と仕入れをしてあったんだがねぇ。


「このメニューだと……炭火焼は無理だろうなぁ。かといって、雨上がりの猛暑だろ、熱いものは駄目だろうけれど……」


 ああ、そういえば、あれが残っていたなぁ。

 よし、今日はそれでいくか。


 材料は、今あるもので十分。

 まずは野菜の仕込みから。玉ねぎとにんにくは常備しているので、これをみじん切りにしておく。

 茄子とピーマン、シイタケも粗みじん切りにし、切った野菜をさっと炒める。

 ある程度火が通ってきたら、ここで鶏ひき肉を投入し、さっとだけ塩コショウを振って置く。

 

「そろそろだな……」


 鶏ひき肉に火が通ったあたりで、カレー粉とトマトピューレを投入。

 ピューレの汁気が無くなる程度まで炒めると、ここでガラムマサラを少々振りかけ、さっと混ぜて元タネとなるキーマカレーの完成。そしてバットに移して時間停止。

 あと残りの仕込みは、ほかに合わせる具材。

 トマトを四角くサイコロ大にカット、サニーレタスは千切って水に晒しておく。

 

「さて、万が一用にご飯を多めに炊いておくか……と、いかんいかん、こいつも冷やしておかないとなぁ」


 クーラーボックスには、いつものようにジュースとラムネを大量に投入。

 さらに、これ見よがしに瓶ビールもぶちこんでおくが、これがまたサイズも大きさもまちまち。

 これは以前、『世界各地のビールフェア』をやった時に、酒屋が協賛で色々と安く提供してくれたもの。酒屋としても『不良在庫』を処分できて万々歳だったし、うちとしても安く仕入れられたので良かったのだが……。

 このイベント、実は失敗だった。

 日本人の口に合うのは日本のビール。一本目は物珍しさで売れたんだけれど、二本目からはジョッキに移行されてしまったからなぁ。


「さて、こっちの世界の人たちに受け入れられるビールがあるかどうか……」


 まあ、残ったとしてもアベルやミーシャたちが喜んで飛んできそうだからなぁ。


………

……


――そして露店

「うんみゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! これ、香辛料がいっぱい入っているにゃ、高級品だにゃ」

「うっわぁ、語彙が消滅しますわ。これ一つおいくらで売るのですか? 王都なら一つ5000メレルでも十分に人気がでますよ?」

「そんな大げさな……って、マジかよ」


 お嬢さんたちの話では、この世界でも香辛料は普通に普及している。

 主に煮物の臭み消しだったり、ホットワインに砕いた胡椒を少し加えるなどするらしいが、問題は流通量。

 ウィシュケ・ビャハ王国に流通していてる香辛料の大半は、隣の大陸にあるとある王国からの輸入。

 わずかに南部のタリバーティン男爵領で栽培はされているものの、自領での流通分にも満たない程度。

 それだけ希少な存在らしい。


「あ~、インドの香辛料貿易みたいなものか。まあ、こっちの世界の香辛料の価値は高そうだけれど、それほど高価じゃなくてねぇ」


 とはいえ、いつものような安値だと、あとから色々と問題が出てきそうだ。


「一人前1000メレルでいい」

「やっす!! 買占められそうにゃ」

「だから、おひとり二つまで……と、貴族の代理人なら三つってところだな」

「まあ、それなら……」


 ということで、炭火は起こすけれどトルティーヤを炙るため。

 それと、トルティーヤが足りなくなった時用に炊いておいたご飯を保温ジャーに移して厨房倉庫(ストレージ)で時間停止処理と。

 あとは紙皿で問題なし。

 きょうは俺がトルティーヤを炙る担当、盛り付けは俺とマリアンで。

 最近は『優也の露店は並ぶのが常識』というルールが広まったらしく、こっちの世界の文字で『最後尾』『本日のメニューは○○、値段は△△』と書かれたボードを用意しておけば、購入希望者が勝手に並んでくれる。

 列の最前列でシャットが冷たいドリンク&アルコールを販売してくれるので、流れとしてもスムーズだ。

 まあ、今日は高価なのでそんなに忙しいことはないだろう。


「……と、思っていた俺が甘かったという事か」

「ユウヤ店長、続いてキーマトルティーヤ6つです」

「はいはいっと、少々お待ちください」


 炭焼き台全体まで炭火を広げ、やや落ち火状態に調節して全体に金網を張ってある。

 こんなに忙しくなる予定が無かったため、前半で既にトルティーヤの在庫も捌けそうである。

 

「こ、こんなに大量の香辛料を、いったいどこから仕入れてきたんだ」

「それよりも、この味付けはどうやっているんだ、頼む、教えてくれないか!!」


 などなど、うちのルールを知らない商人たちが列に割り込んで話をしようとしているのだが、当然ながら常連の冒険者たちががっちりとガード。


「喰いたかったら並んで買え!!」

「横入りは厳禁だ、きちんと並んで買わねーと何も教えちゃくれないぜ」

「そもそも、料理の味付けや材料の仕入れうんぬんは料理人の秘密だろうが、商人ならそのあたりは理解しているんじゃないのか!!」


といった、うちの常連たちが猛威を振るっているおかげで、商人たちもスゴスゴと列に戻って購入。

 途中からはトルティーヤが無くなったので、皿にご飯とキーマカレーを装って、本格的なキーマカレーとして販売。

 するとトルティーヤを購入した客も再び並び始めるし、シャットの冷たいドリンクコーナーもビールの補充が追い付いていないようで、まさに天手古舞状態だ。

 まったく、こんなに凄いことになるんなら、あらかじめ香辛料の事を聞いておけばよかったよ。


………

……


「ほい、おつかれさん」

「今日は一段と忙しかったにゃぁ」

「本当ですわね。季月の変わり目で旅商人が入れ替わり始めるのを、すっかり忘れていましたわ」

「全くだよ。俺も予想外だったな」


 お嬢さんたちと一緒に、冷たいビール片手に賄い飯タイム。

 今日の感想や反省点などを話し合いつつ、のんびりと食事の真っ最中。

 そして、俺たちの近くでなんだかソワソワしている商人たちと、そういうのは全く気にせずに晩酌を楽しんでいるマーブル。

 うん、どうやら何処だかの商会との話し合いは無事についたようだな。


「そういえばマーブルさんよ、なんとか商会の人との話し合いは済んだのか?」

「ええ、キングズバリー商会の支店長ですね、無事にアードベック辺境伯の名前を出したら引き下がって頂けましたよ、すっごく残念そうでしたけれど」

「そうか、まあ、それならいい」


 そのままとっとと食事を終らせると、今度は商人たちとの戦いか。

 まあ、うちとしてはいつも通りの対応しかしないから、どうとでもなるか。 


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