29品目・炭火の天敵、大雨の日(豚汁とおにぎり、出汁巻き卵)
――ザァァァァァァァァァァァ
本日、雨。
流石に露店っていうのは、雨天決行という訳にはいかない。
特に俺のような、炭火を主体とした露店を営業している店にとっては、屋根付きの大型テントでもないと露店なんて開けるはずがない。
かといって、町内会のお祭りのときのように、2間3間サイズ(約3.6m×5.4m)の屋根付き大型テントを使うわけにもいかず。
あれ、町内会の備品なので個人所有していないんだよなぁ。
ということなので、今日の露店は休みだと、冒険者組合にいるであろうシャットとマリアンの元に向かう事にしたのだが。
――ザアアアアアアア
「結構な土砂降りだなぁ……女将さん、このあたりでは、こんなに雨が降ることがあるのか?」
宿を出るときに、食堂辺りの掃除をしている女将さんがいたので、そう問いかけてみたのだが。
「ああ、この時期はたまにくるねぇ。長雨じゃないから、明日にはカラッと晴れてくると思うよ。でも、この雨が来たっていう事は、これからどんどんと寒くなって来るだろうねぇ」
「そうか……もうすぐ冬がくるのか」
「そういうことさ。雨が上がるころには、旅商人とかはあったかい南方に向かうと思うよ。ユウヤさんはどうするんだい?」
どうすると聞かれてもなぁ。
特に当てのある旅ではないのだが、雪が降ってしまうとやはり露店を続けるのは難しくなってしまうだろう。
「まだ分からないなぁ。ただ、雪の中では炭火を使うのは厄介だから、そうなる前には南にでも向かうかもな……それじゃあ」
「ああ、こんな雨の中を出かけるのかい……って、なんだいそりゃ?」
さすがにずぶ練れになるのは嫌なので、店に置いてあった長靴を履き、傘を片手に宿を飛び出す。
いつもなら人で溢れかえっている町中も、今日は静けさの中に雨音が響いているだけ。
そんなこんなで宿を飛び出して30分後には、冒険者組合にどうにか到着した。
「ふぅ……参った参った」
軒下で傘についている雨雫を払い、空間収納に保管して組合の中へ入っていく。
ここにくるのはお嬢さんたちの指名依頼を提出したとき以来、入り口は言ってすぐ右側に併設されている酒場へと向かうと、案の定、テーブルに突っ伏しているシャットとマリアンの姿を発見。
「よう、やっぱりここにいたか」
「んんん、ユウヤがこんなところまで来るなんて、珍しいにゃ?」
「本当ですよ。今日は何かあったのですか?」
俺の顔を見てニカッと笑顔になったのは、気のせいじゃないだろう。
「いや、この雨じゃ露店は休みなのでね。雨が晴れるまでは休暇を取ってくれて構わないと話をしに来ただけだ。うちはほら、炭火が専門だろう? こう雨がザンザカ振っていると、露店なんて開けないからな」
「「「「「「「「ええええええ!!」」」」」」」」
そうシャットたちに告げると、店内にいた冒険者らしい奴らが揃って絶叫している。
いや、俺が露店を休むのが、そんなに嫌なのか?
というか、この雨の中で露店を開けっていうのかよ……。
「ユウヤの露店が休みになったら、カップ酒が買えないじゃないですか」
「それにですよ、今日の俺たちの昼飯はどうなるんです?」
「毎日、朝一で依頼を開けて昼前に戻って来て、疲れた体を癒すために露店で一杯……あの喜びは!!」
「知るか!!」
まったく、どいつもこいつも。
嬉しいことを言ってくれるのはありがたいが、だからといって雨の中じゃなぁ。
「露店を開けてやりてぇのはやまやまだが、そもそも雨風を凌げる場所じゃないと無理だ。今からそんな場所を、どうやって探せっていうんだ?」
「ユウヤさんよ、場所に困っているのなら、ここを借りるっていうのもありだぞ?」
「はぁ?」
俺の呟きに、アベルが手を上げてそう言ってくる。
ここを借りるといっても、そもそもここは冒険者組合直営の酒場じゃないのか?
そんなところを借りれるはずがないだろうが。
「待ってくれアベルさんよ、ここって冒険者組合の直営だよな?」
そうアベルに問いかけると同時に、奥のカウンターの方をじっと見る。
そこには酒場の店員もいるし、その奥には厨房もある。
俺みたいな流れの料理人に、厨房を貸してくれるはずがないだろうが。
「ああ、そうだけれどさ。ここのマスターが、前からユウヤさんの露店に興味を持っていてね。いちど、うちの厨房でなにか料理を教えて貰えないかって話していたんだよ」
「おお、何か作って見せてくれるのなら、2時間ぐらいなら厨房を貸しても構わんぞ」
アベルの声が届いたのか、厨房からこの酒場のマスターらしき人が出てくる。
「いや、それっていいのか?」
「いいも悪いも、ここの連中も、最近は昼になったら此処で飯を食わないで、ユウヤの露店に出ずっぱりだったからな。それならいっそ、うちでなにか作って貰ってレシピでも覚えさせてもらおうと思っているだけだ」
「はぁ、それならまあ、構いませんけれど……」
マスターが手招きするので、厨房に案内して貰う。
そして酒場の奥に案内して貰ったけれど、意外と広い厨房なのには驚いた。
大きな炭焼きかまどもあるし、ピザを焼くような石窯まで設置されている。
水道はないが大きな水瓶が幾つも並んでいるのと、その横に石を削り出したようなキッチンテーブルまで設置されているじゃないか。
「まあ、これならいけますかねぇ。それじゃあ、ちょいと失礼しますよ」
厨房倉庫から作務衣の上とバンダナを引っ張り出して着替える。
ついでに除菌スプレーも出して、キッチンテーブルとその付近を丁寧に消毒。
衛生面については大丈夫だとは思うが、念には念を入れて。
「さて、それじゃあ……そうだなぁ」
天気は大雨、やや寒い。
この店でも簡単に作れそうな料理か。
この前、市場でマーブルに教えて貰った穀物の中で、陸稲があったのも思い出した。
それならあれがいけるかもしれないな。
「それじゃあ、幾つか料理を作ってみますので。あまり人に教えるのは上手くないので、見て覚えてください。材料はまあ、ここの市場で似たようなものは取り扱っているのを見ていますので、あとは創意工夫という事で」
「ああ、よろしく頼むよ」
ということで、まずは飯を炊く。
厨房倉庫から大型の鍋と米を取り出し、ざっと研いで鍋に戻したのち、水を適量加えて炊飯開始。土鍋と同じ要領で炊くが、水分の調節がちょいと難しい。
まあ、このあたりも見て覚えて貰うとするか。
「寒いと言えば、豚汁だよな」
ということで、もう一つの大鍋で豚汁を仕込む。
材料は豚のバラ肉、人参、ジャガイモ、大根、ゴボウ、タマネギのオーソドックススタイル。
人参と大根は皮を剥いていちょう切りに、ジャガイモは皮を剥いて4等分。
タマネギはやや厚めのスライス、ゴボウはささがきにしてから、あく抜きのため酢水に浸しておく。
豚肉は、本当なら厚めのバラ肉を使うところだが、実は豚串を作るときの端切れが大量に保存してあるので、今日はそれをふんだんに使わせてもらう。
大鍋で豚肉と野菜を炒める。この時は大豆油にごま油少々で、少し香りもつけておく。
そして肉にさっと火が通ったあたりで、だし汁を加える。
まあ、いきなりだったので、今日はちょいとずるをして顆粒ダシを使用。
ここで火加減を中火に落とし、ぐつぐつと野菜に火が通るまで待つ。
「……うん、いい火加減だな」
このまま野菜に火が通るのを待っているのもなんなので。
厨房倉庫から卵と砂糖、薄口しょうゆを取り出す。
そしてボールの中に卵を割り入れ、出汁と砂糖、薄口しょうゆ、塩であたり(加減)をつける。
俺の場合、卵6つにつき、だし汁は100mlが目安。これで出汁巻き卵を一本焼く。
卵焼き用の銅鍋を引っ張り出して、炭火で加熱。
あとは丁寧に、少しずつ卵液を流し込んで焼いていくだけ。
大体5本も焼けば、豚汁の野菜にも火が入っているので、あとは仕上げに味噌を溶き入れてあたりを取って出来上がり。
俺がもくもくと料理を作っている横では、マスターが必死に俺の手順を見ている。
ブツブツと何かつぶやいているのは、きっと作り方を自分なりに覚えようと反芻しているのだろう。
そんなこんなで飯も炊けたので、ここからは人海戦術。
「マリアン、ちょいと手伝ってくれるか?」
「は、はいっ、何をすればいいでしょうか?」
俺が声をかけると、すぐに厨房に飛んでくる。
そして手を洗って近寄って来るので、炊き立ての飯を指さす。
「俺が握るので、海苔を巻いてくれるか?」
「はい、それは構いませんけれど。私やシャットも、おにぎりなら作れますよ?」
「炊き立てご飯だから火傷する、シャットが握ると毛が混ざるからな」
「あ~、納得ですわ」
ということで、素早くご飯を手に取って一気に握っていく。
先にボウルに塩水を用意しておくので、ある程度握って形が出来たら、指先を塩水に浸して最後にもう一握り。それを横の皿に置いておくと、マリアンが切ってある海苔を丁寧におにぎりに巻いて完成。
「今回は、あたいは出番がなかったにゃあ」
「まあ、そう腐るなって。焼き台が使えるのならシャットにも何か頼んだけれどなぁ」
「そ、そういうことなら次の機会に」
はいはい。
という事で、完成したおにぎりと豚汁、そして出汁巻き卵の乗った皿を木製のトレーに並べて、マスターに手渡す。
「これで完成だ。おにぎりと豚汁、出汁巻き卵ってところだな」
「お、おおう……本当に、うちの連中がベタ誉めしているのが判る。手順が見惚れるように綺麗で、一切の無駄が無いように感じる」
「そりゃ、どうも……と、ウチのお嬢さんたちの分も合わせて3人前、貰っていっていいか?」
「ああ、それは構わないぞ」
そのままシャットとマリアン、俺の分もよそって、テーブルにもっていく。
マスターも味見のために俺たちに合流したので、4人で仲良く昼食といこうか。
「それじゃあ、いただきます」
「「いただきます(にゃ)」」
両手を合わせて食事前の挨拶。
そしてさっそく出来立てを一口。
「アフッアフッ……豚汁が熱いけれど、美味しいにゃ」
「本当。こういう少し寒い日には、体が芯から暖まって美味しいですわ」
「そりゃ、どうも」
うん、お褒めに頂き恐悦至極ってところか。
そしてマスターはというと、恐る恐る一口ずつ口に運んだ後、目を見開いてガツガツと食べ始めた。
それはもう、烈火のごとく。
――ゴクッ
そして俺たちの食事風景を眺めている冒険者達が、喉を鳴らす音が聞こえる。
「だ、駄目だ我慢できないっ、ユウヤ店長、俺にも喰わせてくれ」
「こっちは二人前頼む!」
「うちは一人前、おにぎりは三つだ!!」
我慢の限界なのか、次々と注文してくれるのはありがたいんだが。
「悪いが、うちらが飯を食い終わるまで待ってくれ……」
「ああ、そんな殺生なぁ」
恨めしそうにつぶやいているから、ちょいと飯を喰うペースを早める。
そしてあとはいつも通り、マリアンに盛り付けを頼み、シャットに運んでもらう。
俺は追加で足りない分の料理を補充、ついでにマスターにも同じものを作らせてみた。
「う、うーむ。このぐらいか」
「まあ、大体似たような味だが、味噌がないのはどうしたものかなぁ……ま、少しだけ融通してやるわ」
さすがに味噌はここの市場にもなかったので、厨房倉庫から1キロ入りの白みそを取り出して、ツボに入れて分けてやる。
まあ、無理言って厨房を貸して貰ったから、その礼も含んでいるという事で。
料理を教えた件については、まあ、豚汁とおにぎり、出汁巻き卵だからなぁ。
あとは努力してものにしてくれればいいんじゃないか。
そして仕込んだ料理が完売したころ、ようやく雨も小雨に変わってくる。
「ふう、ようやく小雨かぁ」
「今年は、雪が降るのが早そうだにゃ……早く南に移動した方がいいにゃ」
「そうですわねぇ。猫族の獣人は、寒さに弱いですからねぇ」
「そうだなぁ。俺ももう少ししたら、南に向かうとするか……」
雪が降る前には、南に行きたいところだがねぇ。
あとはタイミングだけか。




