28品目・とんでもない提案と、のんびり店主(イモモチとジャーマンポテト・トルティーヤ)
「ユウヤ店長、王都に出店しましょう!!」
「あぁ? ちょいと待ってくれ!」
先日、市場の案内をしてくれたマーブルが、露店開始早々に喰って掛かるような勢いで何か叫んでいるのだが。
今日は特に忙しいのでよく聞き取れん。
いつものように串に刺して焼いているだけのメニューとは違い、ちょっと趣向を凝らしてみたので手間が掛かっているのだよ。
まあ、先日、市場で色々な食材を見て、ちょっとやる気がメーター限界を振り切ったという事もあってねぇ。
ちなみに今日の露店メニューは、ジャガイモが安かったので大量に購入してイモモチを作ってある。
それと厚切りベーコンと玉ねぎ、ジャガイモを炒めた、いわゆる『ジャーマンポテト』なのだが、こいつを炙ったトルティーヤでサンドして出すことにした。
イモモチはほら、良く洗って泥を落としたジャガイモを蒸し器で蒸し、皮をはがしてから熱々のうちに裏漉し器を使って裏漉しし、そこに片栗粉を加えてよく練り込む。
この時のコツとしては、熱いうちに片栗粉を入れると熱が入ってモッチモチになり、このあとの手順がやりづらくなる。
だから、粗熱が取れたあたりで片栗粉を加えてよく練り込み、小判型に成型してバットに並べて時間停止処理。
あとは提供する際に炭火の横にフライパンを掛けて、両面に焦げ目がつく程度に焼いたらバターをひとかけら。
バターが溶けたあたりで火から下ろし、醤油を垂らして絡めれば完成だ。
ジャーマンポテトは、これも簡単。
輪切りにしたジャガイモとスライスした玉ねぎ、そしてちょっと厚切りにカットしたベーコンを炒めて、塩コショウで炒めるだけ。
流石にトルティーヤについては手作りとはいかないので、市販品を使う。
これを炭火でさっと炙り、二つに折って間に細切りにしたレタスとジャーマンポテトを挟み、最後にポテトの上に溶けるチーズをタラっと垂らして完成だ。
溶けるチーズはマイルドチェダー、これを少しだけワインで伸ばす。
ちなみにワインはあらかじめ鍋に掛けて、アルコール分を飛ばしておくことは忘れない。
何故かというと、うちの露店は子供も買いに来る事が結構あるのとワイン等のアルコール度数がこの街で一般的に普及しているものよりも強いから。
「あの~、ユウヤ店長、私の話、聞いていましたかぁ?」
「すまん、忙しくて聞いていなかった。後にしてくれると助かるのだが」
「そうだにゃ、客じゃないなら焼き台の前から離れるのにゃ」
「お客ですよ~だ。このイモモチっていうのとジャーマンなんとかを二つずつ、あとはラムネをください」
はいはい。
俺の仕事はイモモチ担当、マリアンがトルティーヤを炙ってジャーマンポテトを詰めたりと仕上げの作業。だからいつもよりちょっと手が足りないのだが、並んでいる客たちはのんびりと待ってくれている。
「ほらよ、瓶ラムネはシャットにいってくれ。はい、次の方!!」
次々と客を捌いていると、いつもよりも30分早く仕込んだ材料が切れてしまった。
だから、今日はこれで閉店。
残念ながら食べられなかった客に頭を下げて、賄い飯の準備を始めるとするか。
「う~ん、ちょっと目測を誤ったか。イモモチはともかく、ジャーマンポテトが切れるとはねぇ」
「すいません、私がすこし奮発しすぎたかもしれません」
「そうなのか? ちょっと賄い用に作って見てくれ。客に出したのと同じ量でいいから」
「はい」
ちょっと落ち込んでいるマリアンにそう告げて、試しに一つ作らせてみる。
そして出来上がったものを確認するが、露店を開くときにマリアンにサンプルで作ってやったのとほぼ変わらない。
「ん~、最初にユウヤが作ったのと同じにゃ? だからユウヤが材料を少なめに作っただけにゃ」
「シャットの言う通りかもなぁ。久しぶりに作ったメニューだと、やっぱり量の加減を忘れているなぁ。ま、賄い飯でも食って、元気出せ」
「はい、そうします……うん、おっかしいなぁ……どうしてこうなったんでしょう」
そんなこんなで俺たちは賄い飯を食べるが、マリアンは頭をひねっている。
まあ、飯食ったらそのうち元気になるだろう。
「あの~、ユウヤ店長、さっきの話の続きをしたいのですが、よろしいでしょうかぁ?」
「ん? マーブルか。さっきの続きって、なんだ?」
ちょうど俺が飯を食い終わったころ、マーブルが近寄って来て話を振って来た。
そういえば、オーダーを捌いている最中に何か話していたような気がするんだが、なんだったかな?
「ユウヤの露店をですね、王都でも流行らせませんかっていう事ですよ。露店じゃなくて、しっかりと店舗を構えてやってみてはいかがですかっていう提案です」
「ああ、そういうことか、すまんが、その気はない」
楽しそうに話しかけてくれるのはありがたいが、今は、越境庵と露店以外に店をどうこうするつもりはなくてね。
そう断ったら、マーブルが頭を傾げているんだが。
「え、私は断られたの? え? 王都ですよ? 王都で自分の店を持つっていうのは、料理人にとっての夢じゃないですか? それにですよ、今回はユウヤさんのお店のスポンサーになってくれるっていう大商会もいるのですよ? 話ぐらいは聞いてみてもいいのでは?」
「んんん、悪いが故郷じゃ一国一城の主だからな。それにスポンサーっていうのがねぇ。大商会お抱えになる気もないので、この話はなかったことにしてくれ」
そうきっぱりと断りを入れると、マーブルはガクッと肩を落としている。
「はぁ……この話って、キングズバリー商会から勧められてきたのですよ? ほら、王都南部に荘園を持つキングズバリー子爵家が経営している大商会ですよ?」
「大商会だか、子爵だか知らんが、俺は自分の納得いく仕事しかしない。そもそも、なんでそんな話をマーブルが俺に持ってきたんだ? そういうのは商会の関係者が直接、訪ねて来るもんじゃないのか?」
そう問いかけると、マーブルの目線がキョロキョロと左右に動く。
「ほら、あの、えぇっとですね……」
「ユウヤ、こいつは大方、どっかの酒場でそんな話を聞いていて、そこに首を突っ込んだに違いないにゃ、酔っぱらいは気が大きくなるから大変だにゃ」
「そうですよ。例えば……酒場でキングズバリー商会の支店長辺りが相談していたのを聞いて、『私はユウヤ店長とは懇意にしているから、話を付けてあげましょう!!』とか酔った勢いで言っていたに違いありませんよ」
「な、な、何故、そのことを知っているのですか!」
ああ、シャットとマリアンのツッコミに思いっきり動揺しているし。
それにしても、二人もよくそういうのを見抜くもんだなぁ。
「だって、近くで見ていましたから」
「そうだにゃ、あたいとマリアン、アベルとミーシャの四人で、マーブルの後ろの席でお酒を飲んでいたにゃ」
「なんだそりゃ」
自爆もいいところだな。
それじゃあ、同情の余地はないか。
「うん、すまないが縁がなかったと思ってあきらめてくれ」
「そ、そんなぁ~」
涙目でこっちを向いても無駄。
勝手に話を進めていたマーブルが悪い。
そういう話は、まず俺の方に話を持ってくるのが筋ってもんだろうが。
「さて、それじゃあ今日はこれぐらいにしておくか。シャット、マリアン、晩酌に一本、持っていくか?」
クーラーボックスによく冷えたカップ酒を手に取って見せると、二人とも凄い勢いで頷いている。
「それは助かるにゃ。でも、いいのかにゃ?」
「別に構わんよ。これも福利厚生って奴だ」
「そうですか……ちなみにユウヤ店長、このカップ酒とかラムネの瓶が高額取引されているのってご存じですか?」
「高額取引……ああ、誰か、こいつを買い取っているのか」
そう尋ねてみると案の定、カレットル職人のアモルファスが買取を始めているらしい。
ガラスは溶かして再利用できるから、奴も色々と試行錯誤しているんだろうなぁ。
まあ、売ったものをどう使うかなんて、俺にはあまり関係が無いからな。
それに、これで透明ガラスの器やコップが出回るようになったら、それこそこの領都の名物になるかもしれないか。
「ま、アードベック辺境伯にも言われていた通り、新たな技術を手に入れたり腕を磨くためなら、別に構わんとおもうが。ちなみに買取価格っていくらなんだ?」
「えぇっと、ラムネの瓶が一本150メレル、カップ酒の瓶は200メレルだったかにゃ?」
「それを売り飛ばして入手したお金で、またカップ酒やラムネを買っているので……」
「ああ、そこについては気にすることでもないから。しっかし、よくもまあ、そんなことを考えたものだなあ。しっかりとリサイクルしているじゃないか」
リサイクル? と二人に突っ込まれたので、俺のいた世界の再生利用について簡単に説明してやった。まあ、こっちの世界でそういう考え方が根付いてもいいし、無視されても構わないが。
「なるほど。アモルファスさんがまさに、空き瓶のリサイクルをしているということですか」
「ま、そんなところだろうさ。さて、それじゃあそろそろ帰ることにするが……マーブルはどうするんだ?」
「とほほ……これから酒場に行って、キングズバリー商会の支店長に報告ですよぉ」
「まあ、さっき話した通りなので。それに、アードベック辺境伯にも、大っぴらに店を構えないようにって言われているのでね。それじゃあ」
とっとと荷物を厨房倉庫に放り込んで、俺たちは広場を後にする。
「そ、それを先に話してくださいよぉ~」
というマーブルの叫びが聞こえてきたようだが、うん、頑張れ。




