26品目・勘違い吟遊詩人と、たまの休暇(市場の散策)
とりあえず急ぎ飯を食っちまって、近くの広場で座ってこっちを見ている吟遊詩人さんのところへ向かう。
こういう時、修行時代に培った『早飯』の癖が出てよろしくないんだがなぁ。
昔はとにかく、急いで食事を終らせて親方衆の世話をしないとならなかったからなぁ。
今、同じような事をしたらコンプライアンス違反とかって怒られちまうらしい。
パワハラに当たるんだってよ。
そんなことを思い出しつつ、吟遊詩人さんの近くに座る。
「さて、なんでも話を聞きたいそうですが。俺みたいな料理人から、何を聞きたいんですかい?」
優しく話しかけると、吟遊詩人さんも丁度食事を終えたらしく俺の方に向き直った。
「初めまして、私の名前はマーブルっていいます。旅の吟遊詩人でして、この先の王都に向かう途中の交易都市で、東方諸島王国の料理人さんの噂を聞きまして、はるばるやって参りました」
「東方諸島王国……ああ、ワランバのことか」
そう問い返すと、ニコニコと笑いながら頷いている。
「はいっ、なんでも、いかなる病をも癒す奇跡の丸薬をお持ちとか、貴方の正体が、実はワランバ王家お抱え料理人であったとか、いろいろな噂が流れていましてですね。これは物語になるのではと思ったのですよ」
「はぁ? 奇跡の丸薬っていうと……ああ、正露丸のことか。あれは奇跡でも何でもない、薬効成分が極めて高い薬っていうだけだ。それに王家お抱え料理人でもないな。ただの旅が大好きな料理人っていう事だ。さっきも、うちの露店の串物を食べていただろう?」
「はい、あんな素晴らしい料理は食べたことがありません。私たち庶民では味わえない美味しさ、そう、貴族お抱えとか宮廷料理人というのでしたら納得がいきます」
おいおい、あんまり持ち上げられても困るんだが。
確かに、こっちの世界では見たことも聞いたこともない料理とか味付けだったりするけれど、日本じゃごくありふれた技術なんだよなぁ。
「まず誤解を解かせてもらうか。俺はあんたのいうとんでもない料理人ではない。確かに奇跡の丸薬とやらは持っているが、あれだっていかなる病にも効くとかそんな薬じゃない、ただの腹痛を治すだけだ。ということで、物語にも何もならないってことだが」
「なるほど。つまり、旅の料理人というのは世を忍ぶ仮の姿なので、表立って物語にされたくないっていう事なのですね? うんうん、わかりますわかります……では、これで失礼します!」
はぁ?
いきなり勝手に納得して、誤解したまま立ち去っていったけれど。
「なんだ、ありゃ?」
「プーーークスクス。ユウヤが王家お抱え料理人だって」
「奇跡の丸薬って、あの旅商人さんの腹痛を癒した薬ですよね? あれも、あれなのですか?」
まあ、必死に笑いをこらえているシャットは放置しておくとして、マリアンのいうあれっていうのは、異世界から持ち込んだものっていう事だろう。
「まあ、な。多分そうじゃねえか? 越境庵で仕入れたものは、等しく特殊な効果があるみたいなんだけれど……どうやら料理には、そういうのは当てはまっていないよなぁ」
「でも、ラッキーエビスの瓶があれば幸運が訪れるってミーシャが話していたにゃ。ここ最近の依頼完遂率は10個うけて全てクリアしているって自慢していたにゃ」
「はは。また入荷できるかどうかは分からないけれどな……それにしても、マーブルさんはなにをしているんだ?」
立ち去ったと思ったら、帰り支度を終えてまとめられている荷物の近くで絵を描いているし、近くにいる人達に何か話を聞いているし。
あれか? 取材ってやつか?
「吟遊詩人というよりも学者に近いですね。まあ、ユウヤ店長の荷物については、とにかく珍しいものですから。冒険者ギルドでも、店長の持っている荷物についていろいろと噂されていますよ? 特に折り畳み椅子とか、あの焼き台とか」
「特に、炭と着火剤については、野営にもってこいなので同じものを作れないかって燃料屋さんに話を聞きに行った人達もいたにゃ」
はぁ、そりゃまた。
でも、木炭ってそんなに作るのは難しくないと思うんだがなぁ。
「ちなみにだが、俺が使っているような炭って、こっちの世界にはないのか?」
「え、ありますけれど高価ですし。それにユウヤ店長のところで使っているような綺麗なものではなく、泥炭が主流ですよ。それにですね、店長みたいに炭焼き台の中に大量に入れて使うなんて、鍛冶屋さんぐらいしかやりませんよ」
「ああ、あるにはあるのか。それで同じものを作れないかって燃料屋に聞いているのか、そりゃあ、申し訳ないな」
確かに、冒険者にとっては野営に便利ってことか。
かといって、これを譲ってやるというのも違うし。
ここは、現地の人たちに頑張ってもらうしかない。
そう思って思わず両手を合わせて頭を下げちまったよ。
「そういえば、明日の露店はどうするにゃ? 明日が冥神の日だにゃ」
「ああ、明日はいつも通り休みだな。ということでギルドで依頼を受けてもいいし、自由にしてかまわんよ」
こっちの世界の一週間は、それれぞれ月神、火神、水神、精霊神、鍛冶神、大地母神、冥神の7神を祀る日らしく。かといって何かするでもなく、せいぜいが教会で祈りを捧げる日らしい。
生まれてから半年後に教会で洗礼を受け、神の加護を授かるという事だが。
冥神の日に働くと、いつもより効率が悪くなったり疲労で動けなくなることから、冥神の日は仕事を休む人が多いとか。
その話を聞いて、俺も冥神の日は露店を閉めることにしている。
「それじゃあ、明日は久しぶりに討伐任務でも受けてきますわ。では、また月神の日に」
「ああ、頑張ってこいよ」
「明日のご飯、どうするかにゃあ……」
まあ、そんなこんなでお嬢さんたちも帰ったことだし、俺も荷物を纏めて宿に戻るとしますかねぇ。
〇 〇 〇 〇 〇
今日は休みなので、朝は越境庵の倉庫の整理。
地球の暦に合わせているのか、日曜日にあたる日は発注しても荷物は届かない。
だから、今のうちに色々と整理する必要が出てくる。
普段の露店で使っている紙皿や紙コップなどの食器類、炭の在庫や備品の整理など。
とにかく煩雑にならないように整理する必要がある。
あとは衣類の洗濯。
倉庫裏口横には洗濯機が置いてあり、店で使っているダスターやタオルなどを纏めて洗濯している。
おしぼりは業者が数をカウントして補充しているので問題はないが、こっちの世界に来てからは補充されていない。
まあ、そもそも使っていないのだが、おしぼりにも時間停止処理が掛かっているのには驚いた。
「本当に、チートってやつは凄いなぁ」
とはいえ、そればかりに頼っていても仕方がない。
そんなことを考えつつ洗濯機を回して衣類を洗いつつ、倉庫整理のつづき。
「ふむ。これは参った」
あちこちひっくり返していると、町内会のお祭りやご近所の小学校の縁日などで使っていた備品も出てくる。もっとも、食材などは使い切っているので、包み紙やスーパーボール掬いのポイなどがでてくるだけ。
それと、駄菓子や縁日用品を取り扱っている問屋のカタログも出てくる。
「……まさかと思うが、これも仕入れ可能なのか?」
そう思って事務室の発注書を引っ張り出し、適当な駄菓子を書き込んでみる。
そしてファックスで送信すると、そのまま受領されてしまった。
「……こりゃあ、手広く出来そうな気もするが……人手が足りないな」
それに、縁日はあくまでも近所づきあい。
小学校のPTAから頼まれて、運動会や学校祭などで露店をやったこともあったが、とにかく細々と仕切られて面倒くさかったことも思い出した。
まあ、今では懐かしい思い出だ。
さて、今日はこんなところでいいか。
昼飯は軽く済ませたけれど、ちょっと小腹が減っている。
それなら、この街の市場調査にでも出かけるとするか。
〇 〇 〇 〇 〇
――ウーガ・トダール北部市場
この領都は町の北部地域が商業区画らしく、すぐ近くにある北部門から外が田園地帯に繋がっているらしい。
そこを出入りする隊商交易馬車の姿もあちこちで見られるし、冥神日なのに閉まっている店は殆どなく、いつものような賑わいを見せている。
「お、どこかで見たことがある客だと思ったら、露店のおじさんかい。何か探しているのかい?」
ちょうど通りがかった区画が野菜売りや穀物売りの商店だったらしく、軒先には箱に入れられた野菜や果物が大量に並んでいる。
それに、大きな麻袋に入った穀物も積まれてあり、その前にはざるに盛られている麦や豆なども並んでいた。
「いや、どんなものを取り扱っているのかなぁと思ってよ。それと、ちょいと聞きてえんだが」
「ん、なんだ?」
「ここの野菜とかも、化け物の素材なのか?」
最初に着いた町では、オークの肉串が売られていたからなぁ。
あの時の衝撃は慣れたと思っていたが、いざ市場を見回って魔物の肉が主流だって聞かされてからは、市場に寄り付かなくなっちまったからな。
「あっはっは。それはまさかだろ。このあたりの商店で取り扱っている野菜とかは、全てこの外の田園地帯で栽培している奴だよ。魔物由来の食材は、ここじゃなく西地区の冒険者組合の近くにある商店で扱っているんじゃないかな」
「それじゃあ、このあたりで売っている肉や魚は、化物じゃないのか」
「化物じゃなく、魔物だな。まあ、そもそも肉なんて魔物の肉以外はめったに手に入らないから、北地区では取り扱っている店はないなぁ」
「やっぱりか……」
まあ、そういうことなら仕方がない。
無理に魔物の肉を使うこともないだろう。
ちょっと興味はあるのだが、そういった魔物の肉を使って料理を作るのは、もう少しこっちの世界に慣れてきてからだな。
「それにしても、随分と種類があるなぁ。このあたりの野菜なんて、見たこともないぞ」
「それはですね、このウーガ・トダールから南方にあるローランド伯爵領で栽培されているモルッソという野菜ですよ。ちょっと苦くて癖がありますけれど、軽く表面を炙って皮を剥いてから、生で食べるのが美味しいのですよ」
緑の棘々したバナナのような野菜を見ていると、昨日会った吟遊詩人のマーブルさんが、楽しそうに解説してくれた。
ほう、詳しいじゃないか。
「随分と詳しいな」
「そりゃあ当然ですよ。吟遊詩人たるもの、様々な分野の知識を持っていなくてはなりませんから」
どん、と胸を張っているマーブルだが、商店の親父は顔の前で手を左右に振っている。
「マーブルの実家が荘園領主の親類だから詳しいだけだよ。な」
「ああっ、久しぶりに会ってそんな言い方は酷いじゃないですか!」
「なんだ、知り合いなのかよ……まあ、それなら都合がいい、ちょいと駄賃をはずむから、このあたりの商品について説明してもらえるか?」
「う~ん、そうですねぇ……」
あいにくと、こっちの世界の料理知識についてはさっぱりでね。
ステータス画面の詳細説明に頼ろうかとも思ったんだが、直接話を聞いた方が早いんじゃないかって思えてきたんだわ。
そしてマーブルも少しだけ考えてから。
「それじゃあ、このあたりの商品説明が終わったら、なにか食べてさせください。近くの食堂のご飯ではなく、ユウヤ店長の料理を」
「ん……ああ、そんなことでいいのなら、別に構わないさ。終わったらあとで、いつもの場所でなにか作ってやるよ」
これで交渉は成立。
まずは目の前に並んでいる野菜について、マーブルが細かい説明を始めてくれた。




