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【書籍化決定】隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~  作者: 呑兵衛和尚
酒と肴と、領主と親父

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25品目・いつもの露店と、謎の吟遊詩人(もちベーコン串と、アスパラ豚巻き串)

 アードベック辺境伯の屋敷の応接室で、隠れ居酒屋・越境庵の初お披露目となった。


 まあ、俺としても久しぶりの居酒屋営業のようなものだから、色々と楽しかった。

 どうやら辺境伯の家族も食事を堪能し、今はのんびりとシャットとマリアンから店内の設備についての説明を受けている最中。

 そっちは二人に任せるとして、おれは後片付けを開始するか。

 ということでホールから食器を全て下げてから、食洗器にセットする。

 鍋は手洗いしないとならないので、先に残った鍋だしなどを捨ててから水に浸しておいた時。 


「ユウヤ店長、今日は楽しかったよ、ありがとう」

「おっと、ありがとうございます。満足していただけましたか?」


 カウンター越しに辺境伯が話しかけてきた。

 そして俺の問いかけにも笑顔で頷いてくれた。


「それはもう。異世界の料理など初めて食べるのでね。あの旅先で食べさせてもらった丼ものだったかな? あれがユウヤ店長の本気でなかったという事が、よくわかったよ」

「そりゃ、どうも。まあ、本当なら旅先で建物でも借りて、そこで越境庵を開きつつ世界中を旅してみようかなとも考えていましたけれど、流石に流れ人っていうのがばれると、不味いですよねぇ?」


 そう問いかけてみると、辺境伯も腕を組み顎に手を当てて考え込んでいる。


「確かに……王都の図書館に残されている流れ人についての記述は、確か今から300年も昔のものだったからね。このウィシュケ・ビャハ王国でも、過去に居たと伝えられている流れ人は二人だけ。名前などはちょっと憶えていないが、流れ人が私たちの世界にやって来た時、世界は改革されると伝えられていてね」

「改革……ねぇ。俺に出来ることといえば料理を作ることだけですからねぇ。それで世界が改革されるとは思えませんし」


 思わず頬を掻きつつ呟いてみたけれど、やっぱり俺には何も思いつかない。

 まあ、そういうことは他の流れ人にでも任せればいい。

 俺は俺なりに、ノンビリと旅をして生きていきたいからさ。


「まあ、私が思うに、ユウヤ店長は思うように行動すればいいと思うがね。ただ、越境庵を堂々と公表するような事は避けて貰えると助かる。ここの料理だけでなく、扱っている素材や瓶ジュースのような特殊な技術は、我々の世界ではまだ受け入れられない部分が多いと思う」

「それってつまり、露店も禁止ってことですかい?」


 そうなると、また飯の種を探さないとならないんだが。


「いや、露店は別に構わないと思う。瓶ジュースだって、この街では結構広まりつつあると思うが、それでも再現することは難しいだろう。だが、再現しようと研究を始めている者たちがいるのも事実。彼らのためにも、そういったものを少しずつ小出ししてくれる分には構わないとおもうがね」

「つまりは……まあ、やりすぎないように注意ってところですか」


 そう呟くと、辺境伯は軽く頷いている。

 まあ、越境庵の暖簾を堂々と町の中に掲げることはできないが、そもそもここは【隠れ居酒屋】だ。

 今日のように出張して暖簾を出しても構わないし、以前、宿で開けたように身内を招いてノンビリと楽しむのもありだろうさ。


「何か困ったことがあったら、いつでも相談に来たまえ……と。後、たまには家で越境庵を開いてくれると助かるがね」

 

 そう告げつつ、辺境伯はちらっと家族の方を見ている。

 そっちでは小上がり部分に腰かけて、シャットとマリアンから話を聞いている辺境伯夫人と娘さんの姿があった。

 凄く楽しそうに、瞳をキラキラと輝かせて話を聞いている二人。

 その姿を、優しい瞳で見ている辺境伯。

 

「ま、次からはお代を頂きますけれどね、それでよろしければ構いませんよ」

「ありがとう」


 そんな感じで、初めての越境庵の営業は無事に閉店となった。

 そのあとは一旦応接室に出てから暖簾を外して厨房倉庫(ストレージ)へ収納。

 俺とシャット、マリアンの三人は辺境伯の屋敷を後にして、本日は解散となった。

 とはいえ、途中までは同じ方向なので三人で並んでノンビリと歩いているのだけれどねぇ。


「それにしても、あの鳥のすき焼きはうみゃかったにゃぁ」

「ええ。でも、露店では食べられないのが残念ですわね。それとユウヤ店長、明日の露店は何を売るのでしょうか?」


 楽しそうに話をしている二人。

 そうだな、明日の露店かぁ。


「まだ暑いからなぁ。焼き鳥と……いや、明日はつくねと野菜串にするか」

「それと、つくねのスープもだにゃ!!」

「だから、暑いっていっているだろうが……まったく」


 やがて俺の泊っている宿に到着したので、俺はここで別れる。

 そして部屋に戻り越境庵に移動すると、今日の料理に使った食材の在庫チェックと明日の仕込みの発注を開始。

 つくねと野菜串……ん、ちょっと待てよ、面倒くさいが面白いものを作ってみるか。


 〇 〇 〇 〇 〇


――翌朝

 朝一番で身支度間を整え、越境庵の厨房へ。

 ちょうどデシャップ台の上に注文したものが届いていたので検品をしてから一旦は冷蔵庫へ。


「さて、それじゃあ始めますか」


 今日の露店のメニューは【もちベーコン巻き】と【アスパラ豚肉巻き】。

 まずはアスパラ豚肉巻きからだな。

 アスパラは根元の硬くて筋張った部分の皮を剥く。

 ピーラーとかを使った方が早い人もいるが、俺は包丁一本で問題ない。

 洗ったアスパラをまな板に載せて、薄刃包丁をまな板にぴったりとくっつけて刃の部分にアスパラを当てると、そのまま横にスライドする。

 要は、『カンナ掛け』するようにアスパラの皮を剥くのだが、慣れないとごっそりと根元を抉ってしまう。

 コツはいるものの、長年やっているのでスッスッスッと皮が剝けて来る。

 

「……と、ちょうどお湯も沸いたか」


 次にアスパラをさっと湯がく。

 この時点で長さを合わせる人もいるが、俺は湯がいて肉を巻いてから合わせる。

 後から炭火で火を通すので、本当にさっとくぐらせる程度。

 そして湯がいたアスパラを冷ましてから、ゆっくりと豚バラ肉を巻いていくのだが。

 

「やっぱり、肉の厚さはこれぐらいだよなぁ」


 豚バラ肉のスライス、それもしゃぶしゃぶ用に近い薄さ。

 それをまな板の上に敷いてから片栗粉を軽く振り、あとはアスパラを斜めに巻いていくだけ。

 片栗粉を振っておくと剥がれずらくなるので、自宅でも試すときはやってみるといい。

 あとは巻き終わったアスパラ肉巻きを5センチ程度に切り、串に刺して完成。

 これをバットに並べて終わったら、次の仕込み。


「しっかし、よく考えてみたら、今日の露店は巻物ばっかりだなぁ……ま、いいか」


 次はもちベーコン串。

 これは簡単で、先に餅をカットして硬いうちにベーコンを巻き、串に刺してからレンジでチンするだけ。

 昔は横着するなって言われて、餅を少し蒸して柔らかくしてからベーコンを巻いていたけれど、先に巻いてからレンジで少しだけチンした方が形が崩れにくい。

 そしてなによりも、刺し終わった串をバットに並べて時間停止処理をしておけば、時間経過でモチが硬くなっていくのを防いでくれる。


「……ふむ。ベーコンが少し余ったか。なにかほかに巻くものは……と、ああ、あれがあったか」


 予定よりもベーコンが余ってしまったので、残りはプロセスチーズとエノキ茸を巻くことにする。

 数はそれほど多くないので、賄いにでもすればいいか。

 

「しっかし、こうして露店のメニューを考えると、そのうち鉄板の焼きそばとかお好み焼きとかまで始めそうだなぁ……うん、今は考えるのはやめておこう」


 できないとは言わない。

 町内会のお祭りや近所の小学校の催し物とかで出したことがあったからな。

 まあ、それでも本業には敵わないので、なんちゃって焼きそばとなんとなくお好み焼きになってしまったが。それでも子供たちは楽しんでくれたから、良いことにしておこう。


「うん、今日はこれでいいか。賄い飯が巻物だけっていうのもなんだが、昨日は贅沢したからこれでよし」


 うん。

 たまにはこういうのもいいだろう。

 あとは時間になって露店に移動するだけか。

 それまでは、店内の掃除でもしておくか。


………

……


――昼12の鐘

 いつものように露店の場所にやって来て、炭火を起こす。

 ほどよく炭の香りが周りに広がり始めるころにシャットとマリアンもやって来るので、今日の試食を作って食べさせるのだけれど。


「うんみゃぁぁぁぁぁ、これ、この塩漬け肉の中に入っているモチモチしたものはなんだにゃ」

「いや、それは餅なんだけど。もちもちっていう言葉のニュアンスの出所は、何処から来ているんだ?」

「んにゃ?」

「あ、ユウヤ店長、モチモチっていうのはですね、小麦を練って発酵させた『モッチリーヌ』というパンの一種がありましてですね。高級品で貴族しか食べられなくて、私たちのような冒険者ではちょっと手が出しづらい食品なのですよ」


 へぇ、そういうものがあるのか。

 モッチリーヌのような触感だからモチモチか。

 俺たちの世界でいう、『餅のような触感』っていうのと語源が同じというのは笑えてくるな。


「この緑色の野菜を豚肉で巻いたものも美味しいですね。オークの肉ではこういう臭みの少ない部位はなかなか手に入らないのですよ」

「またオークか。こんど、魔物専用の食材店も見てみることにするよ。と、そろそろ始めるぞ、今日もよろしく頼むな」

「了解だにゃぁ」

「畏まりました」


 シャットはすっかり地の言葉が出るようになってきたし、マリアンも仕事のときと普段では言葉遣いを変えている。

 そしていつものように常連客が並び始めると、【ユウヤの露店】の営業開始だ。

 もちベーコン巻きとアスパラ豚肉巻きはたれと塩のどちらの注文にも対応可能。

 さすがにこれはカップ酒には合わないだろうと読んでいたが、常連の酒飲み連中は気にすることもなくカップ酒と串を買ってその辺で酒盛りを始めている。

 そして二時間立たずにほぼ完売したのだが。


「あの~、こちらの料理について、ちょっとお尋ねしたいのですが、よろしいでしょうかぁ」


 カップ酒とラムネの瓶と、二種類の串が乗せられている紙皿を手に一人の女性が話しかけてくる。

 見た感じは冒険者ではないが、背中に背負っているギターのような楽器が妙に気になって仕方がない。


「ああ、ちょっと待ってくださいね、一旦、従業員の賄い飯を作っちまうので」

「はい、それではその辺で待っていますので」


 そう告げてから、女性は少し離れた場所で食事を始めている。

 始めているのだが、堅い黒パンをナイフで二つに割いて、そこにアスパラ肉巻きを挟んで食べるとは、なかなか豪気な食べ方というか……ホットドックのようなものか。


「ん、ユウヤ、なにかあったかにゃ?」

「いや、そっちのお嬢さんが話を聞きたいらしくてね。一体なんの話が聞きたいのか」


 賄い用の串を焼いていると、片づけを終えたシャットとマリアンがやって来たので、そう返答しておく。うん、チーズベーコン巻きは気を抜くと中が溶けて台無しになるからなぁ。


「んんん、彼女は吟遊詩人ですね。きっとユウヤ店長の料理についての歌か物語でも考えるのではないでしょうか?」

「はぁ? 料理の歌だぁ? それってあれか? 『これっくらいの、お弁当箱に♪』ってやつか?」

「あ、ユウヤは歌も歌えるのかにゃ?」

「いえ、どちらかというとですねリュートを使っての弾き語りかと思います。英雄譚とか、恋愛物語とか、そういったものを酒場や広場で歌い、稼いでいるのですよ」


 へぇ。

 俺の修行時代には見なかったが、昔の親方たちが店をやっていた時代には、店先にギターを持った流しの歌手がやって来て、店の中で歌っていたとか話していたよなぁ。

 先々代は親方は津軽の人だったらしく、三味線を持って流しをしていた人もいたとか。

 まあ、その時代は民謡とかそういったものらしいって話していたったけ。 


「ま、まずは飯でも食ってからだな……本日はメニューにあった二種類の串と、チーズベーコン巻き、そしてえのき茸のベーコン巻きだ。ご飯じゃなく塩おにぎりでどうぞ」


 皿に盛り付けた4種類の串と、大量に握った塩おにぎり。

 あとは冷たい麦茶のボトルも取り出して、いざ食事タイム……なんだが。


――タラーッ 

 離れた場所から、こっちを見ている吟遊詩人の圧が凄いんだが。

 こいつもあれか、乙女がしてはいけないような表情で、口から涎を垂らしそうになっている。

 まったく、どいつもこいつも食いしん坊なことで。

 

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