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【書籍化決定】隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~  作者: 呑兵衛和尚
酒と肴と、領主と親父

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24品目・アードベック辺境伯を招いて・後編(地鶏のすき焼きなべと、生ビール)

「こ、ここは一体……いや、ウドウさん、これは何なのですか?」


 シャットに席まで案内されてから、アードベック辺境伯は差し出された水をグイッと飲み干したのち、カウンター越しに俺に訪ねてくる。

 さて、どう返答を返すか考えどころだが、ここは一つ、甥っ子の小説に書いてあった話を使って誤魔化すことにしようかね。


「こいつは俺のユニークスキルっていうことで。俺はこいつを使って、仕入れや仕込みを行った後に露店で料理を作っていました。まあ、本当の俺はここにいて、接客しながら酒場を切り盛りする店主ってところですけれどね」

「ユ、ユニークスキル……ああ、そういうことですか。ウドウさん、貴方は【流れ人】だったのですね?」

「んんん? 流れ人……ってなんすか?」


 なにやら知らない単語が聞こえてきた。

 そして辺境伯の言葉を聞いて、お嬢さんたちまで目を丸くしているんだけれど。

 その流れ人って、一体何者なんだい。


「ああ、流れ人というのは、女神が私たちの世界に連れて来る人間の事を指していてね。本当に極稀に、女神は気まぐれにこことは異なる世界の住民を連れてくることがあるのです。そういう人のことを、私たちは流れ人と呼んでいます。そして彼らは、私たちにはない『ユニークスキル』を持っているという話です」

「へぇ……って、あれ、俺の正体ってバレた?」


 そう問いかけると、シャットとマリアン、そして辺境伯まで頷いている。

 あ、やばい。

 これは完全な凡ミスだ。

 

「ああ、約束通り、外には漏らさないので安心してくれ。しかし、ウドウさんの作る料理の味付けが、私の知っているどの味とも異なっている理由が理解できました。あれはつまり、異世界の料理ということだったのですね」

「まあ、ご内密に……って、シャットとマリアンも、いつまで呆けているんだ? 俺が流れ人だったとしても、別に何も変わらないだろうが」


 とはいうものの、やはり二人にはこのことを隠していたからなぁ。

 軽蔑されたかもしれないか。


「んんん、確かに何も変わらないにゃ。ということでユウヤ、ラムネを一本買うニャ」

「もってけもってけ。ホール横の冷蔵庫に入っているだろ? 代金はカウンターにでも置いとけ」

「ああ、前に話していた『俺の故郷とこっちの世界の間にある』って、そういうことだったのですね

うん、納得しましたので私も一本貰いますね。確かにユウヤ店長が流れ人でも、私たちの雇用主で美味しいものを作ってくれる料理人には変わりありませんよね」


 なんだよ、二人とも切り替えが早いなぁ。


「ま、そういう事なので」

「そういうことですか、分かりました。では、ここだけの秘密という事にしておきましょう。一旦、家族を呼んできますので席を外してよろしいですか?」

「どうぞどうぞ」


 辺境伯も俺のことを理解してくれたらしく。

 家族を呼びに席を外した。

 さて、今のうちに仕上げを終らせてしまいますか。


「でも、ユウヤが流れ人っていうのも、この店の中を見ていると納得できるにゃあ。これって、ユウヤの世界の店だにゃ」

「そんなところだ。つまり今、二人が飲んでいる瓶ラムネや瓶ジュースは、異世界の飲み物ってことになるな」

「ふむふむ。この瓶の透明度も異世界の技術……あのユウヤ店長、異世界の魔法って、どんなものがあるのですか?」


 いや、流石に魔法はないよなぁ。


「俺の住んでいた世界には、魔法なんてなかったからなぁ。だから、俺も使えないんだろうさ……と」


――コンコン 

 そんな話をしていると、入り口の横開き扉をノックする音が聞こえてくる。


「シャット、開けてやってくれるか」

「はいな、いらっしゃいませ~」


 シャットがガラガラッと勢いよく扉を開く。

 するとそこには、正装しているアードベック辺境伯とその奥さん、そして娘さんが一人、立っていた。


「それでは失礼する……」

「はい、お席はこちらです」


 マリアンが三人を案内してくれたのだが、辺境伯の家族は椅子に座ることなく立ったままこちらを見ている。


「ご挨拶が遅れました。私はマーガレット・ウーガ・アードベックと申します。この子は一人娘のフローラ・ウーガ・アードベッグです」

「丁寧なごあいさつ、ありがとうございます。俺はウドウ・ユウヤ。こっちの世界名ならユウヤ・ウドウといいます。異世界・地球の日本出身の……まあ、見ての通り料理人です。堅苦しいことは抜きにして、今日は楽しく飲んで語らっていてください」

「では、今日は楽しませてもらいますね」


 辺境伯も席に着いたところで、俺は地鶏すき焼きの入った鉄鍋をテーブルまで運んでいく。


「これは、俺の店の名物料理で、【地鶏のすき焼き鍋】っていいます。今、火を付けますのでお待ちを」


 カセットコンロの火を付けてから、暫くこのままにしてほしいと説明する。

 その間に、別途材料の入っている皿と追加の割り下、煮詰まった時に薄めるための鳥の出汁もポットに入れて持っていく。

 そして忘れてはいけないのが、生卵。

 こっちの世界では卵を生で食べる風習はないので、こうやって割った生卵が食卓に並ぶこと自体、驚きであるらしい。


「こ、これは……お腹を壊したりしないだろうね?」

「鮮度については保障します。しっかりと滅菌処理されていますので、ご安心ください……と、そろそろ出来ましたので、食べ方についてご説明します」


 そう告げつつ鍋の蓋を取る。

 その瞬間、甘しょっぱい香りが湯気と共にあふれ出し、店内に広がっていく。 

 

「これで肉にも火が通っていますので、これをこの穴あきレンゲで掬って、溶いた生卵の中に淹れてください。そして手早く肉や具材に卵を絡めてから、こう……」


――パクッ

 説明だけじゃ安心できなさそうなので、毒見も兼ねて俺が一口食べる。

 うん、肉汁も溢れてくるしまわりには醤油たれが絡んでいて、さらに溶き卵が表面にプルプルに絡まっていて、実に美味い。

 そのうまそうに食べている俺を見て、辺境伯が覚悟を決めたらしく火の通った具材をレンゲで掬うと、俺を真似て恐る恐る口に運んだ。


――ジュワッ

「んんん!!  こ、これは初めての食感。生の卵というものは、このような味わいなのか。それでいて、具にも甘しょっぱいたれが染みていて。それと卵が絶妙なバランスで深い味を引き出しているではないか。さあ、マーガレットもフローラも食べてごらん」

「そうね。では、いただきましょう」

「はい、お母さま」


 辺境伯が食べて見せたので、二人も安心して食べ始める。

 そして一口食べた瞬間に、時間が停止したかのようにうっとりとした表情ですき焼きを味わっているようだ。


「ちなみに鍋が空になりましたら、ここの具材を鍋に追加して、こっちのタレを注いで蓋をして待ってください。基本、鍋っていうのはセルフサービス、親しい家族や友人たちと、楽しそうに作りながら食べるのが基本なのですよ」

「なるほど、ちなみに私たちは鍋の初心者なので、手助けてくれると助かるのだが」

「畏まりました。では、少々お待ちください。うちの従業員たちも、もう限界そうなので」


 ふとシャットたちを見ると、とても乙女がやってよろしくない表情で鍋を凝視していた。

 だから、隣の席に二人用の鍋の用意を一通り行うと、二人にも食べるように促した。


「さて、食べ方の説明だけれど」

「さ、さっき辺境伯さまにご説明していた時に聞きましたので、大丈夫ですわ」

「早く火よ通れー、お肉出来上がれー」

「そっか。それじゃあ、ご飯の御櫃はここに置いておくからな、飲み物はセルフサービスでよろしく」

「「はいっ!!」」


 うん、楽しそうに鍋の蓋を開けたり閉じたりと、なにかと忙しそうだ。


「そういえばウドウさん」

「ユウヤか店長で構いませんよ。なにかありましたか?」

「いや、以前、うちに出入りしている冒険者が、キリッと冷たいビールを飲んだと言っていてね。できれば、それを飲んでみたいのだが」

「ああ、構いませんよ、少々お待ちください。奥方も、飲まれますか?」


 当然、旦那さんだけじゃなく夫人と娘さんにも尋ねる。


「私は、ワインを頂けると助かります」

「あ、あのですね……私は、彼女の飲んでいる、カラカランと音がするものを御所望したいのですが」

「ああ、ワインとラムネですね、畏まりました」

「ラムネはあたいが用意するにゃ!!」

「はは、シャットに任せるわ」

「では、私はワインの準備を……」


 いや、マリアンにはビールを頼むか。

 その方が、あとあと楽になりそうだからな。


「いや、マリアンはこっちに来てくれ、生ビールの注ぎ方を教えてやる」

「生ビール……生? あれは生きていたのですか?」

「生きてはいないなぁ。動物じゃないからな……と、まずはこっちの冷蔵庫から、冷えたジョッキを取り出して。こっちがビールサーバーで、こう、注ぎ口にジョッキをあてがって、上のレバーをこう……」


――トクトクトクトクッ

 小気味のいい音と同時に、琥珀色のビールが注がれる。


「そしてここまで注いだらレバーを戻して、こうジョッキを少しだけ傾けてから、今度はレバーを奥に軽く倒す……と」


 次は泡だけを注ぐ。

 そしてジョッキの中にビールを7:泡3の比率で注ぐと完成。


「これが完成だな。まあ、先にこれを辺境伯のところに運んでくれるか。俺はワインを用意するので」

「はいっ、畏まりましたわ」


 楽しそうにジョッキを持っていくマリアン。

 さて、ワインか。

 うちの店で出している、ちょっといいやつを開けるとしますか。


「では、ワインはこちらで……」


 ワインセラーに保存してあった適温の赤ワインを取り出し、それをテーブルでサーブする。

 ちょうど飲み物が揃ったらしく、改めて家族で乾杯を始めていた。


「ユ、ユウヤぁぁぁぁ、あたいにもビールぅぅぅぅぅ」

「はいはい。シャットの分は、私がついで差し上げますわ。よろしいですか?」

「ま、練習という事で」


 そのままシャットのためにビールを注ぐマリアン。

 まあ、予想通りにビール4:泡6になったのは仕方がない。

 そのあとも辺境伯の鍋の様子を見てあげたり、飲み物を追加するなどして楽しい時間は過ぎようとしていた。


 うん、本当に久しぶりだな、この感覚は。

 やっぱり、店を開いている方が楽しいよなぁ。


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