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【書籍化決定】隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~  作者: 呑兵衛和尚
酒と肴と、領主と親父

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23品目・アードベック辺境伯を招いて・前編(久しぶりの鳥串豚串、それと鳥すき焼き鍋の仕込み)

 アードベッグ辺境伯に御馳走すると約束した。


 俺の作った焼き鳥のタレが気に入ってくれたらしく、ダイス市長の一件が手打ちになった後も時折ふらりと露店にやってきては、大量に食べ物を購入してくれている。

 つい数日前などカップ酒を二つ購入して帰ったのだが、その翌日からは毎日のように料理とカップ酒を購入して帰るようになった。

 まったく、ありがたいことで。


「ということで、明日辺りアードベック辺境伯の屋敷に伺おうかと思っているのだが。一緒にくるか?」


 いつものように露店を無事に終えて。

 食べ物が品切れになった時点で露店はおしまいなのだが、片づけや賄メシを作っている最中なら、クーラーボックスに残っている飲み物を売っていいとシャットやマリアンには話してある。

 そのせいか、露店が閉まるあたりにフラッとやって来る冒険者たち(アベルとミーシャ)も増えてきて、各々が別の屋台で購入して来た酒の肴をつつきつつ、ワンカップを購入して飲んでいる。

 こと最近になって、別の露店の店主や酒場の主人がワンカップを売って欲しいと交渉を持ちかけてくるようになったのだが、あいにくと自前の店で売るだけで手いっぱいで他所に回す余裕なんてない。

 丁寧に断りを入れつつ、うちの片付けが終わったら販売しないようにすると説明してどうにか事なきを得たのだがねぇ。

 この一件がアードベック辺境伯の耳にも届いてしまったらしく、うちで販売してる商品に興味を持ってしまったらしい。


「んんん、アードベック辺境伯のところにいくのかにゃ? 堅苦しいのは苦手なので、あたしはパスかにゃあ」

「そうですわね。ここが早めに終わるのでしたら、日が暮れる前に採取依頼を受けてきてもよさそうですわね」

「まあ、無理強いはしないから大丈夫だ。ということは、明日の晩飯は俺とアードベック辺境伯、あとは辺境伯の秘書の三人分でいいか」

「「晩飯?」」


 おいおい、そこには食いつくのかよ。

 いきなりこっちの方を凝視して、さっきの威勢はどこにいったんだ?


「あ、あのにゃユウヤ。晩飯って、辺境伯のうちの庭でなにかつくるのかにゃ?」

「いや、なんだか迷惑かけちまったようだし、越境庵にご招待っていうところだが」

「あ~、たまには堅い話もいいかもしれないにゃ」

「明日の天気はちょっと怪しいですわね。採取依頼はまた今度でもいいかもしれませんわ」


 いきなりソワソワしている二人を見て、思わずプッ、と噴き出しちまったじゃないか。

 まあ、折角だから二人にもいて貰った方がいいかもしれないな。

 お偉いさん相手の接客は慣れているとはいえ、見知った顔がいる方がこっちとしても気が楽になるからな。


「わかったわかった。それじゃあ明日は露店が終わってから、アードベック辺境伯のところに向かうぞ」

「あ、ユウヤ店長、それってつまり、越境庵の秘密を辺境伯にも話すっていう事ですよね?」

「まあ、あの人なら別に大丈夫だろうさ。流石に毎日開けろとか、店の商品を横流ししろとか言い始めたら、また次の町に向かうかもしれないが。あの感じだと、意外と俺の秘密についても内緒にしてくれそうだからな」


 これはただの直感。

 そもそも無理難題を吹っ掛けて来るようだったら、ダイスの件のあとで色々と請求してくる筈。

 それどころか、執務官や護衛の騎士を差し置いて自分で露店に並ぶような人だからなぁ。

 そして、その様子を疑うことなく受け入れている町の人たち。

 つまりは、そういう人柄なのだろうさ。


「あはは……それはないにゃ」

「という事ですので、こちらの片付けも終わったので私たちは帰りますね~、それではまた明日!」

「おう、お疲れさん」


 さて、荷物一式を厨房倉庫(ストレージ)に放り込んで、俺も宿に戻って明日の仕込みと仕入れでも始めようかねぇ。


 〇 〇 〇 〇 〇


 宿に戻り越境庵へ転移。

 そして明日の仕入れと仕込みを始めようと思ったが、そろそろ海鮮系やとうきびにも飽きてくるころだろう。

 ということで、明日は鳥串と豚串のたれと塩。

 カップ酒は少し多めに仕入れておくとして、今日は明日の夜にアードベック辺境伯に振舞う食事の仕込みを始めるとしますか。


「メニューは、やっぱりうちの定番でいくかねぇ」


 うちのおすすめメニューは【地鶏のすき焼き鍋】。

 これについては常に材料はストックしてあるので、その仕込みから始めよう。

 まずはメインとなる鶏肉。

 北海道は上川郡新得町で育成されている【新得地鶏】というものを使用している。

 胸肉ともも肉の味わい、歯ごたえの違いがはっきりと分かる鶏肉で、もも肉は開いて2センチほどの幅に切って置く。ももの部分は火が通ると縮むので、少し大きめがいい。

 逆に胸肉は皮をはがして薄く削ぎ切りにし、しゃぶしゃぶのようにさっと火を通して食べて貰う。

 当然、生で食べることはお勧めしない、理由はわかるよね。

 

「ここで、胸肉には砂糖と酒を振りかけて……よく揉んでおく……と」


 こうすることで胸肉が保水力を高め、しっとりとした食感を与えてくれる。

 そして少ししてよく馴染んだら、時間停止処置を施して冷蔵庫へ。

 野菜は長ネギ、シイタケ、白菜を使用する。

 まず白菜、一枚ずつに解いたものを沸騰した熱湯に入れ、さっと湯がいてざるに切って置く。

 しいたけは斜め半分にカット、長ネギは厚さ一センチ程度のはす切り。

 

「おっと、割り下は新しく仕込んだ方がいいか」


 うちの割り下の割合は、酒と醤油が1:1、ここに砂糖を好みの量。これを沸騰しないように火を入れて、砂糖が溶けたらそこに『煮きり』を加えて甘さを整えておく。

 この煮切りは『本みりんに砂糖を加えて煮詰めたもの』であり、煮物などを作るときによく用いる。

 砂糖の甘さと味醂の艶を同時に出せる優れものだが、とにかく甘いので加減は必要。

 あとは鶏ガラを使って出汁を取り、灰汁を取ってさましたら時間停止からの冷蔵庫へ。

 

「本当、時間停止処理ができて無限に入る冷蔵庫って、チートすぎるよなぁ……と、飯を炊かないとならんが、それは明日でいいか」


 炊き立てご飯に鳥すき焼き。

 明日は店内のクーラーも使って温度調整することも忘れずに……ってか。

 さて、それじゃあ明日に備えて眠ることにしますかねぇ。


 〇 〇 〇 〇 〇


――翌日・露店にて

「や・き・と・り・だにゃぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「ほんと、久しぶりですわね」


 いつものように露店を開く。

 まあ、最初に焼き加減と宣伝を兼ねてシャットとマリアンに試食して貰っているのだが、すでに焼いている最中にあちこちから人が集まって来た。

 幸いなことに今日の天気はやや曇り、道産子の俺には少し涼しいかもしれないが、このあたりの人には過ごしやすい天気なのかもしれない。


「いつものようにたれと塩、値段も一緒で。多分だが、最初に買った大人はお代わりでカップ酒も買うと思うので、飲み物の補充もよろしく頼む」

「まかせるにゃ!!」

「では、私は今日は販売オンリーですね」

「そういうこと。それじゃあ、始めましょうか!!」


 次々とやってくるお客さん。

 冒険者の連中は焼き鳥を大量に購入してギルドの酒場へと走っていく。

 常連客はカップ酒片手に広場でのんびりと昼末から晩酌に突入、そしていつものようにやってくるアードベック辺境伯の姿も発見。


「おお、これはあの時食べた焼き鳥ではないか。そうだな、5本ずつを全てタレで頼めますか?」

「まいどあり……と、アードベック辺境伯、今日の夜ですが、お時間は空いていますか?」


 出張越境庵のため、伯爵のスケジュールも確認。

 まあ、今日でなくても仕込みは終わって時間停止処理してあるので、後日でもかまいやしないんだが。

 やっば、仕込んだものは早めに使ってしまいたいっていうのは、職人のサガだろうねぇ。

 時間停止しているとはいえ、やっばり気になって仕方がない時があるんだよ。


「ええ、今日は大丈夫ですが、なにかありましたか?」

「いえね、この前の約束ですよ。御馳走しますって話をしましたよね? 今晩辺りどうかなと思いまして」

「ごちそうするといいますが、それはこの焼き鳥ではないのですか?」

「これは俺の料理のレパートリーのほんの一つにすぎません。食べてみませんか? 異国の料理を」


――ゴクッ

 俺の言葉に乗せられたのか、辺境伯が喉を鳴らす。


「ゴホン……では、折角なのでご相伴に預かるとしましょう。ちなみにですが、私の家族も同席してよろしいでしょうか?」

「構いませんよ。うちのお嬢さんたちも同席させていただければ」

「分かりました。では、夜6つの鐘の頃にでも私の屋敷にいらしてください」

「へへ、まいど」


 これで話は付いた。

 それじゃあ、気合を入れて露店を続けるとしますか。


………

……


――夜・アードベック辺境伯邸

 露店が終わったあとは、俺は一旦宿に戻り越境庵で最後の仕込み。

 シャットとマリアンも辺境伯邸を訪れるという事で、一旦、汗を流してくるらしい。

 この街には割高だが公衆浴場があり、一日の疲れや汗を流すために大勢の人たちが訪れるらしい。

 俺も何度が行ったことがあるが、ほら、映画であっただろ、ローマ人がタイムスリップしてくる銭湯の物語。あんな感じの公衆浴場だったので、意外と楽しむ事ができたんだよ。


 まあ、そんな話は置いておき、俺たちは定刻よりも少し早めに辺境伯邸に到着。

 料理を振る舞うと俺が話していたため、最初は厨房に案内されそうになったんだけれど、そのまえに話があると誤魔化して応接室へと案内して貰った。


「……まあ、アイテムバッグ持ちなので、ある程度の仕込みを終えているとは思うが。まさか、ここで仕上げを?」

「いえ、それではアードベック辺境伯、これから御覧いただくものは秘密厳守ということでお願いします。なにぶん、俺にとっては命より大切なものなので」


 そう告げると、アードベック辺境伯も真顔で頷いてくれた。

 だから、厨房倉庫(ストレージ)から越境庵の暖簾を取り出すと、それを一番広い壁の上に掲げた。


――チリーン

 どこからともなく鈴の音が響く。

 そして暖簾が固定されると、その後ろに店の入り口が姿を現わした。


「こ、これは一体……なんなのだ、私は何を見せられているのだ……」

「これが、ユウヤの秘密だにゃ」

「はい。隠れ居酒屋・越境庵っていいます、そうですよね?」


 狼狽している辺境伯をなだめるように、シャットとマリアンが解説してくれる。

 だから、俺もニイッと笑って店の扉を開いた。


「ようこそ、隠れ居酒屋・越境庵へ。アードベック辺境伯が、お客様第一号です」

「んんん……ユウヤ、うちらは一番じゃないニャ?」

「二人は従業員でしょうが……と、では、ご案内しますので、こちらへどうぞ。安全を確認しましたら、ご家族をお招きしても構いませんが、できれば少人数で……くれぐれもご内密にお願いします」

「ん、あ、ああ……」


 まず俺が店の中にはいる。

 そして厨房に回り込んだあたりで、シャットたちが辺境伯の背中を押して店内へ入ってきた。

 すでにテーブル席に準備は出来ているので、マリアンがそこに辺境伯を案内してくれた。


「シャット、マリアン、店内の設備とかの説明は任せたからな。俺は料理の準備をするので」

「まっかせなさーい!! まずは、こちらがお水の出る魔導具です」

「シャット、違うって。まずはお席に案内して、私たちがお水を運ぶんでしょ!!」


 あっはっは。

 2人とも、慣れないながらも頑張っているようだな。

 それじゃあ、こっちも本気でやらせてもらいますか。


いつもお読み頂き、ありがとうございます。


・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。



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