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【書籍化決定】隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~  作者: 呑兵衛和尚
酒と肴と、領主と親父

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20/139

20品目・会いたくない奴、久しぶりな奴(タラバ焼きと北寄バター、本ししゃも焼き)

 うちの店で使っている食器、その大半は大通りにある某食器の卸売りメーカーから仕入れている。


 そのメーカーのカタログをどうにか引っ張りだし、急いでロッホユー男爵用の江戸切子をはじめとしたガラス製品を発注したところまでは良かったのだが。


「う~む、支払いは魔力払いだけでは足りないよなぁ、まあ、それは仕方がないか」


 事務室に置いてある金庫から大量の銀貨を取り出し、それを袋に詰めてカウンターに置いておく。

 後でファックスで発注を終らせたら、その用紙の上に袋を置いておけば納品と同時に支払いは完了する。

 それにしても、一晩で20万メレルの仕入れをするなど考えてもいなかった。

 まあ、貸し切り宴会があった時と同じようなものだと納得して、明日の露店分の仕入れもついでに終わらせた後、宿に戻ってゆっくりと体を休めることにした。


………

……


――翌朝

 朝一番で届いた食材をばらし、昼の露店用の仕込みを始める。

 今日はホタテとイカ、エビは使わない。

 代わりに仕入れたのが『タラバ蟹の脚付き抱き身』と『生干しシシャモ』、そして『北寄貝』。

 まあ、生干しシシャモはバットに並べなおすだけ、タラバガニは抱き身部分と脚をばらし、脚の部分だけ使う。

 足の裏側の殻を薄く削ぐように切り落としてバットに並べるだけだから手間もなにもない。

 北寄貝はホタテと同じように殻から外して水洗いし、身の部分を二つに割って中に詰まっている茶色い内臓部分を水洗いしつつ取り除く。

 また、北寄貝は砂地に住む貝なので、しっかりと塩もみし水洗いすることで砂を落とすことができる。この手間を省くと焼いた後でも砂が残っているので、そうならないように丁寧に砂を落としておく。

 あとは一人前ずつ殻に戻してバットに並べて、あとは冷凍。


「さて、ジュースは届いているから、いつものように冷やしておくか」


 瓶ラムネ、ジュース、コーラは定番で人気商品だけど。

 今日はちょっと、変わり種のものも冷やしておく。

 まあ、これは大人用なので、常連の冒険者にでも売ってやることにするか。

 

「しっかし、こっちの世界に来て一か月は経ったよなぁ……随分と馴染んだな」


 こっちの世界の常識や風習もかなり理解して来た。

 まあ、いってもまだ二つ目の町だし、いい加減に越境庵を開きたいところなのだが。

 予想外にいい場所が見つからない。

 それこそ、食堂が併設していない宿の一階で、臨時食堂として開けさせてもらうっていうのもありだよなぁ……。

 まあ、急いで戻って露店の場所にいかないと、うちのお嬢さんたちに怒られそうだよなぁ。


 〇 〇 〇 〇 〇


――中央広場

 いつものように昼前に露店の場所に向かうと、すでにシャットとマリアンが待っていた。


「おお、今日は早いなぁ」

「今日は朝から宿が騒がしかったのですよ」

「なんでも、視察に出ていた辺境伯が戻って来る日らしくてですね、朝一で付近の街道沿いの森の魔物退治で大勢の冒険者達が向かったのですわ。私たちも危なく駆り出されるところでしたの」

「辺境伯……ああ、アードベック辺境伯だったか。そうか、あっちの町での視察も終わったのか」


 まあ、俺としては食器が返ってきたら万々歳ってところだ。

 少ししか話していなかったけれど、話の判るいい領主っていうイメージだったからな。

 どこかの市長とは大違いだ。

 そんなことを考えていても仕方がないので、とっとと炭火を起こして今日の露店の準備を始める。

 いつものようにサンプルを二人分用意し、その作り方も説明。

 

「……うぇ、蜘蛛の脚だにゃ」

「それは蜘蛛じゃねーから、海の生き物だからな、蟹って見たことないか?」


 焼きあがったタラバガニの脚を見て、シャットがウヘェっていう顔をして見せた。

 うん、蜘蛛の脚っていうが、こんなに巨大な蜘蛛がいるのかよ。


「蟹って、見たことも聞いたこともないにゃ」

「私は見たことだけはありますけれど。これは蟹の子供なのですね?」

「いや、成体の脚だが?」

「え? 蟹ってあれですよね、この足の長さが大体12ミールの巨大な海洋系の魔物ですよね?」

「こっちの大陸の蟹って、そんなにでかいのかよ。ちょっと食ってみたいところだな……って、シャット、これはその蟹のようなものだから、試しに食べて見ろって、このレモンを好みで絞って掛けてみると、酸味がいいアクセントになるからな」


 そう説明すると、ようやくシャットも覚悟を決めたらしい。

 くし形に切ったレモンを蟹脚の身に絞ってから、目を閉じて一気にかぶりついた。


――カプッ……モッシャモッシャ

 一口食べて少しして、シャットが目を開けて頭を傾げる。


「本当だ、蜘蛛じゃないにゃ?」

「だから蟹だっていっているだろうが。ほら、こっちはこの前食べたシシャモで、これは北寄のバター焼きだ。ホタテとは別の貝だけど、こっちも味があってうまいぞ」

「本当です! ホタテは身の甘さが堪らなかったのですが、こちらはまさに海の幸、プリプリしていて、それでじゅわっと甘いのですね」

「そうだろうそうだろう……」


 よし、二人とも旨そうに食べているので、周りに集まって来た常連たちが今か今かとせかし始めたじゃないか。

 

「それじゃあ、露店を始めますか……と、シャット、このクーラーボックスに入っている小さな瓶はジュースじゃないので、子供には売るなよ?」

「んんん、このビアタンに青い蓋が付いているやつにゃ?」

「そう、それはカップ酒っていってな、酒なんだよ……って、おいおい、いきなり開けようとするなって」


 酒と聞いた瞬間、シャットがアルミ蓋の部分を捻る素振りを見せる。


「ん、これは味見しないのにゃ?」

「今からのんだら仕事にならんぞ。ということで、賄い飯のときに一本付けてやるから、我慢しろって」

「了解にゃ」


 さて、それじゃあ俺も炭焼き台の前に戻って、海鮮焼きでも始めますか。


………

……

 

――ガラガラガラガラ

 無事に領都ウーガ・トダールに到着したアードベック辺境伯は、馬車の窓からノンビリと外を眺めている。

 今回の視察旅行は、辺境伯にとっては実に有意義であった。

 南方の領地へ向かい、そこからぐるりと輪を描くように途中の町を中継。

 そして一旦ウーガ・トダールに戻ってから、最後に北方へと向かった。

 問題があったと言えば、ベルランドの市長を務めるダイス・ルフトハーケンの陳情ぐらい。

 それも実に下らない、それでいて彼の性格が良く見えるような陳情であった。


『アードベック辺境伯さまをおもてなしするためのパーティー料理を用意する筈でしたが、雇っていた流れの料理人が調味料を盗んで逃亡してしまったのです』


 という、領地経営にほとんど関係のない陳情を始めたのである。

 しかも、その翌日にダイスの案内で町の中を散策していると、旅の途中で嗅いだことのある匂いが流れてきたのである。

 それは一件の肉串屋から流れてきていたので、ちょうど小腹が減っていたのでダイスと共にその店に寄ってみた。

 そこで食べた肉串のタレ、それは紛れもなく私が領都を出て二日後に出会った、旅の料理人の作ってくれた『焼き鳥丼』のタレそのものであった。

 

『こ、これはあの腐れ料理人の味じゃないか!! これをどうやって手に入れたのだ?』

『ええっと……いくらあっしとダイスさんの仲でも、これを教えることはできませんって』

『ううむ……そ、そうか……しかしなぁ……』


 そんなやりとりをしていたのだが、それは辺境伯にとってはどうでもいい。

 もしもこのタレを齎したのが流れの料理人だったとしたら、ダイスの話している腐れ料理人というのは彼の事になる。

 そう考えて、アードベック辺境伯はダイスに事の真相を問いだそうと考えた。


『ダイス君、つかぬ事を訪ねるが。この肉串のタレというのが、先日の晩餐会で聞いた『流れの料理人が盗んでいったタレ』というのかね?』

『そ、その通りでございます……確か、ユウヤとかいう料理人でして、辺境伯の晩餐会に必要なタレを盗んでですね』

『ちょっと待ったぁ。このタレはユウヤさんが勉強のために置いていったんだけれど。そもそもタレを作ったのはユウヤさんだし、露店の免許が取り消されたんでこの街を出ていったって冒険者から聞いたこともあったぞ』


 途中から、肉串屋の主人がユウヤという料理人をかばい始める。

 その瞬間から、ダイスの挙動もおかしくなってきた。


『い、いや、それは間違いであろう……うむ、このタレを開発したのはユウヤだが、いや、だか……』

『まあ、その話は今はいいでしょう。では、美味しかったですよ、また立ち寄らせてもらいますから』



 そう告げて、アードベック辺境伯は店を出る。

 そしてダイス市長の提出した領地経営の報告書をはじめ、様々な決算書類、実務記録などを同行していた執務官と共にチェック。

 やや数値が合わない部分については執務官がダイスに直接指摘していたので、アードベックは特に問題とはしない。

 無事に視察を終えた後は、アードベックは領都へと戻るだけであったのだが、今度はダイスが領都の視察を行いたいと提案したため、領都へ同行することを許可したのである。


――時間・戻る

「それにしても、いい街です。人々が皆、笑顔じゃないですか」

「世辞はいい。私は貴族の務めを果たしているだけだからな。ダイスももっと研鑽し、民の事を第一に考えられるような政務を行うように心がけてくれればいい」


 ダイスの目的は、自分の貴族階級を市長から上にあげること。

 今の彼の貴族階級は、荘園領主であるロッホユー男爵よりも下。

 市長とは言うものの、実際は荘園準男爵であり、貴族階級としては最下層に位置する。

 それをどうにか男爵にまで上げたいがため、視察という名目でアードベックに同行しては、彼のごますりを行っているだけである。


「はっ、このダイス、いつかはアードベッグ辺境伯の片腕と呼ばれるほどに出世して見せますぞ」

「まあ、できる事だけをコツコツと。余計な欲をかくことがないように……と、なんだこの薫りは?」


 ダイスと語り合っている最中、馬車の中に香ばしい香りが流れて来る。

 それはちょうど領都中央広場に差し掛かった時。

 おりしも、ユウヤの露店で焼いている『北寄のバター焼き』の香りや、タラバガニ、シシャモといった海産物が炭で炙られている匂いである。


「おお、そこで露店が開いているようですな。では、ちっょと馬車を止めて頂けますか? この私が直接、購入してまいりましょう」


 そう告げると、ダイスは馬車を止めてから露店へと走っていく。

 そして海鮮焼きを買おうと露店の店主に話しかけようとした時……。


「き、貴様はあの露店の料理人か、どうしてこんなところで露店を開いているのだ、貴様がいなくなったおかげて、この私はアードベッグ辺境伯に恥をかくことになったのだ、どうしてくれる!!」

「んんん? ああ、誰かと思ったら、あっちの辺境都市の市長さんか。俺がいなくなったところで、どうしてあんたが恥をかくことになるんだ?」


 いつものようにのんびりと応答するユウヤだが。

 この態度がダイスの怒りの炎に、さらに燃料を投下した。


「う、煩いっ、貴族に対する不敬罪だ、兵士たちよ、この男を捕らえよ!! この男は犯罪者だ!!」


 そう叫ぶダイスに、アードベックの馬車を護衛していた騎士たちが慌てて駆けつけると、ユウヤの露店に向かって盾を構えて抜刀する。


「……はぁ。なんだか面倒くさいことになったようですが、これってどういうことでしょうかねぇ」


 ユウヤの前に回って身構えるシャットとマリアンだが、ユウヤは兵士たちの後ろから笑顔で歩いてくるアードベッグ辺境伯に向かって、静かにそう問いかけていた。


いつもお読み頂き、ありがとうございます。


・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。



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